(3)告白

　駅までの道、彼女のドキドキ感が伝わる。
「気に入った？」
「はい。・・・あの。ありがとうございます」
「そんなお礼なんて。女の子はこういうのも持っていないとね。イザという時のためにもね」
「はい・・・」
　彼女は下を向き黙ったまま小さな歩幅で歩く。

「それじゃぁ、来週ね」
　路線の分かれ目で恵理ちゃんに手を振ると恵理ちゃんはピタリと足を止めた。
「あの・・・。やっぱり言わなくちゃ」
「えっ？」
「あの・・・私今度の日曜日、デートなんです」
「あら。いいわね」
　私は笑顔を返す。やはり図星だった。
　彼女は慌てて喋りだした。
「あの、あの、私、藤岡さんにデートに誘われたんです。でも、藤岡さん、由香里さんには黙っててって・・・でも、そんな由香里さんに私隠せなくて・・・下着も一緒に買いに来てもらって、何でも教えてもらって・・・」
　なんて可愛いコなの。こんなにオロオロして。思わず抱きしめたくなる。
　でも、なんでアイツなの？

　藤岡諒太郎。高校時代からの友人。親友と言ってもいい。大学は別々だけど、地元が同じなのでちょくちょく遊んでいるし、お互いがいい相談相手になっている。
　諒太郎が英会話学校に通っていることを聞いて、そろそろ行かなければと思っていた私は同じところを紹介してもらい通い始めた。クラスは別だけど、時々一緒に帰ることがあるので、彼女のことも紹介していた。
　アイツ、手、早すぎ。こんな純真無垢な少女を・・・。というより、いつのまに。
「・・・本当にごめんなさい」
　ふと考えていた私に彼女が謝る。
「えっ？何言ってるの。そんなこと全然気にしなくていいのに」
「よかったー。藤岡さんが由香里さんが知ったら何言われるか分からないって」
「何も言わないわよー。楽しんでね」
「はい」
　最高の笑顔で彼女は笑う。
「映画でしょ」
「えっどうして分かるんですか？藤岡さんが由香里さんは何でも自分のことを知っているって言ったの本当なんですね」
　彼女の顔が少し曇る。
「それは、付き合いが長いからね。でも友達よ。知っていることは全部恵理ちゃんに教えてあげるからね。・・・じゃあね。楽しんできてね」
　安心した彼女に手を振り私は改札に向かった。

　そう。私は諒太郎のことは知りすぎるくらい知っている。アイツの恋愛相談に何度のってあげたことか。女の子経験もデートパターンも全部知っている。
　悪い男ではない。むしろ爽やかで、笑顔がまぶしい好青年を絵に描いたような男。私とは全く縁がないだけで、女だったら誰だって好きになってしまいそうなタイプ。
　恵理ちゃんと諒太郎。見た目お似合いのカップルだと思う。
　でもね・・・・。諒太郎には他人には言えない秘密がある。
　それは、私しか知らない。
　何とかしてあげなくては。あのコの為にも。

(4)決心

　夏休みに入って英会話学校も休みに入った。恵理ちゃんとは会っていないが、電話で諒太郎と何度かデートしていることは聞いている。嬉しそうなデート報告がとても可愛い。
　でも、今日の電話は少し暗い。
「由香里さん・・・。藤岡さん、私のことどう思っているのか分からないんです」
　すこし思いつめている。
「諒太郎にこの間地元でばったり会ったけど、恵理ちゃんのこと言ったら、もう惚気られちゃったわ」
「本当ですかー？でも、藤岡さん・・・」
　私はピンと来た。やはり私の思った通り。
「キスしてないんでしょ」
「えっ・・・」
　虚をつかれたように、恵理ちゃんは声を詰まらせた。
　予想通り。
「それはね、諒太郎が恵理ちゃんのことを大切にしたいと思っているからなのよ」
「そうでしょうか」
「そうよ。大丈夫よ。諒太郎はいいヤツだから」
「よかった。今度ドライブに行くんです。もしかしたら・・・」
　恵理ちゃんの声が小さくなる。
「イエ。何でもありません。それじゃ。失礼します」
　恵理ちゃんは、慌てて電話を切った。
　大丈夫だなんて、大嘘。確かに諒太郎は恵理ちゃんのことを大切に思っているけど、キスもしないのは別の理由。
　何とかしましょう。私は彼女とお揃いの下着に着替え家を出た。
　そして諒太郎の家へ・・・。

「悪いな・・・今母さんいないから、こんなのしか出せなくって」
　諒太郎が麦茶を出しながら言う。
「お構いなく。おば様パート？」
「ああ、最近シフト伸ばしたらしくて、8時過ぎまで帰って来ないんだ」
「あらそうなの・・・」
　私は時計を見た。現在4時。
「・・・で、用って何？」
「用があるのは、そっちでしょ」
「何でだよ」
「そろそろかなって・・・」
「お見通しか・・・」
　諒太郎は少しうな垂れた。

　諒太郎には女性に触れると極度に緊張して震えてしまうという癖がある。私のような女友達なら平気なのに、ガールフレンドになるともうダメらしい。
　その為に、今迄の恋は成就せずに終わっている。その度私は諒太郎の相談にのり、アドバイスもしてきた。
　もちろん。未だに童貞。これは、秘密中の秘密。私しか知らない。
　今までは「残念ね」で終わっていたが、今回ばかりはそうはいかない。親友諒太郎と妹のような恵理ちゃん。なんとしても幸せになって欲しい。

「で・・・。今度ドライブに行くんでしょう？どうするの？」
「うん。俺も彼女だけは離したくないんだ。だから、その前に・・・」
「何とかしたいわけね」
　諒太郎がコクンと頷く。
　そして、意を決したようにテーブルから離れ私の前に手を付いて頭を下げた。
「た、頼む。由香里。お前だけなんだ。お前にしか頼めないんだ。俺を助けてくれ。お前に彼氏がいることは知っている。でもお前しか・・・」
　諒太郎はおでこを床にピッタリとつけて懇願する。
「諒太郎・・・頭上げて。わかってる。もしかしたらこうしなきゃいけないかもしれないって私も思っていたの。諒太郎と恵理ちゃんの為にも・・・」
「由香里・・・。ごめん。俺・・・」
「いいのよ。私達親友じゃない。困った時は助け合おうって、いつも言ってるじゃない」
　私は諒太郎を安心させるように微笑んだ。