３．娼婦の恋

　康子の人気は、衰えることなく続き、惜しみなくお金を注ぎ込む男達に支持されてきた。
　そんな時、一人の父である男が、おくての息子の事で悩んでいた。
　何とかして、一人前にしてやりたいと。
　男は考え、名前の通った一流娼婦を宛がうことにした。
　康子のうわさを知っていたのである。
　息子は、２５才、今まで童貞であることが信じられないような、立派な体格と、ハンサムな顔立ちを持っていた。
　康子にとっては、いつもと変わらぬ娼婦としての勤め。
　２５才の男に対し誠心誠意つくした。
　男は大満足で、童貞を捨てた。
　・・・・
　康子は、娼婦でない自分自身の姿になって、町に出ていた。
　康子が町を歩いていると、走って康子に近づき声を掛ける者がいた。
　声を掛けるのは、あの青年。
　勤めを忘れた康子は、一人の少女になっていた。
　脳裏に、女主人の教えがこだまする。
「本気になってはならない、心も身体も」
　目の前にいる青年は、あの２５才の男だった。
　青年は康子が娼館の女と同一であることに気ずいていない。
　誠実なその青年が言っている。
「やっと見つけた、生涯愛し続ける相手を」
　康子は、女主人の教えに従えず、恋をした。
　・・・・
　娼婦でない自分自身を、愛してくれる男が現れた。
　康子は、我を忘れていた。
　何度か青年とのデートを重ねた。
　青年は、自分の友達を紹介した。
「山崎です。よろしく」
「はじめまして、康子です」
　その時の、山崎のにやついた顔が、気になる康子。
　以降、山崎は、そんな表情を見せることはなかった。
　初めての顔合わせに、笑顔を見せただけのことか。
　・・・・
　青年は、名前を変え、鬘を被り、チャイナドレスを着た娼婦の康子がいる娼館にも現れた。
　いつも、康子を指名していた。
　青年の待つ部屋へ向かう康子。
　初めての時よりも、緊張感と心のざわめきを覚える康子。
　ドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
　そこには、山崎の顔、あの青年は？
　山崎が、康子の左手を乱暴に引き回し、ベッドに押し倒す。
　戸惑う康子。
　山崎の手が、ブロンドのショートカットヘアーを剥ぎ取っていた。
「な、なにを・・・・」
　・・・・
　ベッドの脇に立つ、青年の悲しそうな暗い表情が、康子の瞳に飛び込んでくる。
　言葉など必要なかった。
　青年のいつもの明るく優しい瞳は、暗くくすんでいた。

参考文献：『大修院長ジュスティーヌ』「娼婦ティティーヌ」(文春文庫)藤本ひとみ作。