４．秘密

　康子も４０才の声を聞いた頃、その蓄財も一財産になっていた。
　空家となった娼館を手に入れる事に苦はなかった。
　長年、娼婦として勤めてきた康子は、物わかりのいい女主人となっていた。
　食事から、衣類まで全て割高に扱われていたものは、庶民価格に下げ、彼女たちには全て一流品が宛がわれた。
　娼婦たちの境遇は、さまざまで、住み込んでいる者、通いの者といろいろであったが、康子への世話役は途絶えることがなく、案棒の日々が続いた。
　一流娼婦として長年勤めた康子には、秘密があった。
　数々の男と身体を重ねたが、その行為で気持ち良さは有っても、エクスタシーを感じることは無かった。
　娼婦として、あらゆるサービスを可能にしたのも、そのことが第一の理由だった。
　男の怒り立った肉棒に支配されることなく、サービスに徹することができた。
　めくるめく快感を知らない、知ることができなかった。
　これまでにも、いくつものカウンセリングを受けていたが、解決されることはなかった。
　肉体的には何の問題もない、精神的な傷に、定まった治療法はなかった。
　・・・・
　康子には、恋人ができていた。
　娼婦を引退した康子にとって、本気になれる、夢の環境になっていた。
　相手の男は、精神科医、４５才、この年になつても康子の美貌は、際立っていた。
「そうすると、過去の経験が、その人の精神を蝕み、性的な不感症を伴うことがあるのね」
「そのとおり、受け入れる事のできない程の強烈な刺激が、精神を破壊する」
「治療法は、あるのかしら」
「最新の研究でも、その事象が確認されたとこだから、治療法までは確立していないなぁ」
「そんなことより、僕の願いは、いつ聴いてもらえるんだい」
「願いって、何かお願いされてたかしら」
「二人とも、そう若くないんだ、できるだけ早く一緒になろう」
「まぁ、それってプロポーズかしら」
「考えることないだろ」
「うふふっ、心配しないで、近い内にお返事するわ」
「それじゃ、また明日」
　性的な傷を持つ康子でも、それをカバーして、有り余るほどの経験と技を持っていた。
　それでも、心の底から愛する男と、身体から湧き上がる性の喜びを感じてみたかった
・・・・
　康子の住む娼館まで、１キロほど、いつもならタクシーを拾うのだが、よく晴れた、気持ちのいい昼下がり、歩いて帰ることにした。
　ところが、５分も歩いた頃、けっこう強い雨が降ってきた。
　狐の嫁入り？。
　康子は、辺りを見回し、小さな木造倉庫を見つけた。
　駆け出す康子。
　引き戸を開ける。
　濡れた服をパタパタと払う。
　中には、慌てて衣服を整える若い男女。
　道外れのこの倉庫で、睦みあっていたらしい。
　怒ったように、雨の中へ駆け出す女。
「ごめんなさい、気が付かなくて」
　扉を閉める康子、紫のドレスを脱ぎ捨てる。
　若い男の皮バンドを外し、強張りを引き出す。
　慣れた手つきで、愛撫する康子、一向に大きくならない。
　衣服を脱ぎ始める男。
　康子の下着にも手を掛け、生まれたままの姿になる二人。
　どれぐらい経ったのだろう、外の雨音が小さくなっている。
　疲れるほどに、手管を駆使し、やっと硬さを持ってきた強張りを空かさず、康子の壺に導く。
「あぁ〜」
　娼館外での営み、身体の奥底がら湧き出る快感。
「母さん」
　男はマザコンか胸フェチなのか、康子の豊満な胸を揉み上げ歓喜しいてる。
　康子との営みを母親とのそれに見立てているのか、射精を拒み続ける男。
　必要に起上位で、腰を振る康子。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
　湧き上がる身体のざわめきを、抑えることができない。
　母親との擬似行為に、強張りを硬くし、背徳感に射精を堪える男。
　湧き出る快感に悶えながら、知り尽くした性技を繰り出し続ける康子。
　初めて経験する娼館の囲いの外での営み。
「あぁ〜〜〜・・・・・・・・」
　男の噴射を、壺奥に感じながら、歓喜の絶息と痙攣を体験する康子。
　石のよう動かなかった二人が、服を整える。
「一番街の娼館ご存知かしら、要があればいつでもいらっしゃい、お金を持って」
　すっかり雨の上った、明るい世界へ歩み出す康子。
　康子の脳裏には、明く輝く未来が見えていた。
　・・・・
　翌日、小さなテーブルを前に、精神科医と向かい合う康子。
「今日こそは、いい返事を貰うよ」
　毎日のように、繰返されている。
「まぁ、片膝ついて、言ってくださらないかしら」
　戸惑いなく、康子の手を取り、片膝をつく医師。
「結婚しょう・・・・」
「はい」
　医師の言葉を遮るように、答える康子。

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　愛と官能に飢えた半生を過ごした康子は、引退し娼館を出たとき、やっと真の愛を手にした。

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−完−

参考文献：『大修院長ジュスティーヌ』「娼婦ティティーヌ」(文春文庫)藤本ひとみ作。