３　業務

　七月。今月も最早月末を待たずに麗子はダントツのトップだった。あとは適当に流していればよかった。

　麗子は立派な屋敷のベルを鳴らした。中からこの家の主人らしい初老の男が出てきた。六十過ぎくらいだろうか。こういうタイプは厄介である。

　まず問題は契約内容だ。本人は年齢制限で保険が限られる。それだけではそれほどおいしい契約というわけではない。しかし、会社の社長クラスなら企業ごと保険に加入させられる。
　ただ、老人に対する色仕掛けは、下半身が引退していると長いスパンを覚悟しなければならない。

（まあ、今月はほっといてもトップだし･･）

　麗子は暇つぶし感覚で話をしてみることにした。

　いつものように話を進めていくと、老人は以外にもあっさり話に乗ってきた。

「ようし、二時間儂の奴隷になれ。そうしたら会社ぐるみで契約しよう。」

　老人は鈍く光る目の奥で麗子の美しい肢体を舐めるように見た。
　こんなおいしい話はなかった。二時間で普通の何十倍もの契約を取ることが出来る。

「三時間でもよろしいですわよ。」

　麗子はニッコリと媚びるように微笑んだ。

「ようし、じゃあ、三時間だ。」

　麗子は中に通された。広い家の中は静まり返っている。
　
（誰もいないのかしら・・・）

　麗子は気にもとめなかった。誰かいるのに麗子のような女を中に入れるというのも考えにくかった。

　前を歩いていた老人が突き当たりの引き戸を開けた。

「まず風呂へ入れ。着るものを用意しておくから、出たらそれを着て、きちんと化粧をして、この部屋に来なさい。」

　麗子は言われたとおり風呂に入った。檜の風呂で、狭すぎず広すぎず、風情を感じさせた。

（やっぱり、お金持ちねえ･･･）

　風呂を出ると着るものが用意されていた。グレーのカーディガンと、ダイヤのアクセサリー類、ガラスのように透明なヒールの高いサンダルが置かれていた。

　麗子は裸の上にカーディガンだけを着て、ダイヤを身につけ、濃いめに化粧をすると、ハイヒールのサンダルを履いて老人の待つ部屋へと向かった。

「ほっほっほ。神々しいほど美しいのう。」

　老人は、半裸にダイヤを散りばめた麗子の美しい肢体を見て目を細くした。

「ありがと、おじいちゃん。」

　麗子は当然だと言わんばかりに色っぽく微笑んで見せた。

　部屋は普通の部屋ではあったが、妙な改造が施されていた。天井や壁の所々に、鉄棒が通っている。

　老人は自分よりずっと背の高い麗子のそばに歩み寄ると、手首を荒縄でぐるぐる巻きにした。
　
「ようし、そこへ這いつくばれ！」

　老人の濁った目が爛々と輝いている。麗子はその真剣な表情と、年に似合わない大きな声に少し驚いたが、とにかく言われるまま、手首を縛られているので肘を着いて這い蹲った。

「ようし、宴の始まりじゃ。」

　老人はそう言うと、麗子にヌルヌルとした液体を大量にかけ始めた。グレーのカーディガンが、見る見る液体を吸い込んでゆく。
「ああ・・・あぁあ・・・」

　そのヌルヌル感と拘束感が、麗子の性欲を刺激し始めた。

　老人は麗子を仰向けにしてカーディガンの上から足でグチャグチャと胸を踏んで撫で回した。その無法な光景は醜怪な色気を醸し出している。

「ようし、いいぞ、いいぞ。」

　老人は嬉しそうに足元で悶える麗子の様子を見ている。

　ひとしきり撫で終えると、老人は麗子を四つん這いにさせ、洋服箪笥から、先が平べったく六つに割れた鞭を取りだした。

「！」

　麗子は、初めて見るその鞭のあまりにおぞましい姿形に寒気がした。

「この淫売め。」

　老人はその鞭を思いきり麗子に振り下ろした。

「・・・あぁあっ！・・・」

『バシーッ』という強烈な炸裂音と共に激痛が走る。麗子はその痛みに喘いだ。しかし、今受けた激痛が、じわじわと快感に変わっていく。

（ＳＭ・・・）

　初めての経験である。その痛みは麗子に新たな快感を発見させた。
　
「ほれっ！ほれ！ほれ！」

　老人は狂ったように容赦なく鞭を振りまくる。

「あぁっ！・・・あぁっ！・・・あぁん！」

　近所の人が集まってくるのではないかというほどの炸裂音と共に真っ白い雪のような麗子の身体が見る見る赤くなる。　

　痛みは麗子に強烈な屈辱感を与えた。そして、その新鮮な感覚は、麗子の性欲を信じられないスピードで掻き立てていく。

「はあっ・・はあっ・・はあっ・・」

　老人はひとしきり麗子を痛めつけると鞭を止めた。肩で息をしているということは、それだけ力を込めて打っていたということである。

「・・・立ちなさい・・・」

　麗子は言われるままに立ち上がった。膝が、恐怖と、痛みと、それによる快感に、自分のものではないかのようにガクガクと震えている。

　老人は持ち出してきた脚立に昇り、麗子の手首を縛っている縄を、天井に通っている頑丈な鉄棒に縛り付けた。麗子は、強制的に直立させられた。
　老人は両腕を高々と上げて吊り上げられた麗子を正面から眺めると、満足そうにニヤリと笑って電話の受話器をとった。

「・・・・ああ、雅彦かい、ちょっと儂の部屋に来なさい。」

　麗子はドキッとした。『誰かこの部屋に来る』。老人に縛られ、鞭で滅多打ちにされた自分を、誰かが『見』に来る。

　麗子の心臓が高鳴る。それが、不安なのか、はたまた期待なのか、麗子本人にも分からなかった。

　目の前の障子が初夏の日差しを柔らかい明かりに変えて部屋の中に迎え入れている。その障子に人影が映った。

（来たわ・・・）

　麗子の身体に緊迫感が走る。

「おじいちゃん、入るよ。」

　心臓の鼓動が高鳴り、恥じらいに蜜が染み出る。若い男の声だ。
　障子がスッと開き、高校生くらいの小柄な少年が姿を現した。金縁の眼鏡を掛けて、いかにも頭のよさそうな顔をしている。だが、その目は直視できないほどに冷徹である。

　少年は正面に吊されている女に目を留めて、微かに微笑んだ。

「おじいちゃん、今日はまたずいぶん美人だね。」

　少年は何食わぬ顔でそう言うと、障子を閉めて麗子に歩み寄った。

「雅彦よ、この女はお前より三つ年上だ。」

　麗子より三つ年下ということは、少年は十五、六歳と言うことになる。

「美しいだろう。美しいが、恥知らずな女だ。お前が将来会社を継げば、このような女が数え切れぬほど買収の道具に使われてくる。女を見る目を今の内につけておかないと、つまらん金を使うことになるぞ。」

　老人は少年に説いた。少年は目の前の麗子のローションまみれの身体をニヤニヤと眺めている。麗子が恥じらいに顔を背けると、少年は嘲るようにクスリと笑った。

「この女は？もらっちゃってもいい方？」

　少年が、右手で無造作に麗子の乳房を揉んだ。

「あぁっ･･･」

　思わず声が出た。クチャクチャと淫らな感覚が麗子を襲う。

「そうじゃな。これぐらいのレベルはなかなかおらん。少し高飛車なようじゃがな。
　所詮お前の前では媚びることぐらいしか出来ん女じゃが、これぐらいを用意してくる相手となら話す価値もあろう。」

　老人が話している最中にも、少年は自分より頭ひとつ背の高い麗子の首筋や胸元に、くすぐるように指を這わせている。

「あぁっ・・あんっ！・・・あぁん！」

　麗子はその度に敏感に反応を示す。少年は、その反応をニヤニヤと観察している。
　
「あ、おじいちゃん、鞭で打ったの？」

　少年は麗子の白い脚についたピンクの痣を発見した。麗子には、それが体のどこであれ、隠す術はない。

「ああ、少し調子に乗っているようだったのでな、自分の立場というものを分からせてやろうと思ったんじゃが、どうやらこの女、そっちの気もあるようじゃの。感じておったわい。」

　老人が笑うと、少年も陰湿な目で、ニヤリと笑った。

「殴られて気持ちいいヤツって分かんないな。殴るんだったら、楽しいけどね。」

　少年は、黙って老人から鞭を取った。

（ああ・・・また来る・・・）

　麗子は再び襲いくる痛みに構えた。『バシッ』と畳を打つ。『バシッ』『バシッ』。雅彦は畳を叩き続けながら、麗子の潤んだ目を冷たい微笑で凝視している。その激しい音が響くたびに、麗子の身体に鳥肌がたった。

　少年は麗子の恐怖を愉しんでいた。恐れおののく表情に性欲を膨らませていた。その証拠に、少年のズボンがはち切れんばかりに隆起しているのを、麗子は知っていた。

　その目に浮かんだ僅かな嘲笑を雅彦は見逃さなかった。その冷徹な目に、一瞬にして神経質な憤怒の色が浮かんだ。
　雅彦は思い切り鞭を振り上げた。