１　本性

　朝七時、麗子は、濃い化粧に派手な服を着ると、悠々と部屋を出た。

　春。麗子は引越しをし、職場を変えた。『ありのままの自分で生きていこう』それが麗子の出した結論だった。

　スキー場での惨劇は麗子に、『暴力こそ強さであり、欲望こそ純粋である』という歪んだ定義を芽生えさせてしまっていた。
　全ての常識に、社会に、そしてその中で正しい顔をして生きている人間達に失望していた。

「今日からウチで一緒に働いてもらうことになった、山崎麗子君だ。みんな、面倒見てやってくれ。」

　小太りの部長にそう紹介された麗子を見て、社員達は固まっていた。

　ワイシャツのボタンはだらしなく胸元まで開かれ、繊細な銀のネックレスの下に、ふくよかな乳房の谷間がはっきりと露出している。
　スカートも女子高生並みに短く、その上に両側に犯罪とも思えるほどの深いスリットが入り、べらぼうにヒールの高いサンダルで飾られたレベルの高い脚線美が嫌でも目に付く。
　服装にうるさくない会社ではあったが、ここまで節操のない格好をするものはいない。

　そして、その女は、童顔でありながら驚くほど艶のある美貌を持っていた。

　服装は人間の内面を顕わす。麗子の内面にある、性欲に対する無防備さを、この場にいる誰もが感じていた。醜悪な体型の部長の横にいることが、更にそのエロスと美貌を際立たせている。

「山崎麗子、二十三歳でぇす。よろしくお願いしまぁす。」

　麗子は恥知らずなほどあからさまに媚を売った。
　女性社員達ははっきりと嫌悪感を顕わにし、男性社員達は淫欲を孕んだ目で麗子を歓迎する。
　満足だった。『自分はエロ女なのだ』『そう思われるべき存在なのだ』という自嘲的な誇りがあった。

　麗子の節操の無いエロスに、しばらくの間誰も仕事以外に声をかけてこなかったが、麗子は全く気にしなかった。男達の視線を見れば、そんなことが長くは続かないのはわかりきっていることだ。

　一週間ほどすると、隣のデスクの男子社員が話しかけてきた。
　
「営業部の山下ってやつには気をつけたほうがいいよ。手が早いんで有名なんだ。山崎さん美人だから、きっと目をつけられるよ。」
　
　男性社員は、周りに気遣うようにヒソヒソと麗子に耳打ちした。
　
「ありがと。」
　
　麗子は男の目をじっと見て微笑を浮かべた。男はその麗子の女神のような瞳にドギマギする。
　
「いやぁっ！・・あいつはほんと手が早いから・・・泣かされてる子もいっぱいいるし・・・。」
「違うわよ。私のこと『美人』って言ってくれてありがとうって言ったの。」

　麗子はにっこりと笑う。男は真っ赤になって頭を掻いた。
　
（この人に誘惑されて、落ちねえやつなんて、いないんじゃねえか・・・）
　
　男は一瞬で麗子の虜になってしまった自分を、恥じることができなかった。

　山下という男のことを、麗子は知っていた。何度か社内で見たことがある。
　目立つ男だった。色黒で逆三角形の筋肉質な体。顔も整っていて、いかにも女遊びの激しそうなタイプだった。噂では、かなり仕事はできるようだが、仕事のできない社員をあからさまにクズ扱いするところがあるらしい。『ふてぶてしくて女たらし』これが、社内一般の評価だ。

（それぐらいでないとね･･･）

　麗子は、山下の姿を思い浮かべて、舌なめずりした。

２　痴漢電車

　その日、麗子は一時間早く家を出た。黒いシルクの、フリルつきのいかにもフェミニンなワンピースが、歩くたびに裾をヒラヒラと舞わせて、スラリとした麗子の太ももを無防備に露出する。

　今日は朝からおかしかった。

　行き帰りの電車、社内、街中・・。普通にエロティックな化粧や服装で外を出歩くようになってから、当然のことながら、男の視線をいやというほど浴びるようになった。あらゆるところで、性的アプローチを含んだいやらしい目に晒される。
　毎日のように犯される夢を見て、その夢の中で淫靡な快感を愉しんでいても、欲望が消化しきれずに溢れ出てしまう。

　今日は、夢が中途半端だったせいか、朝からもやもやが取れなかった。

　駅に着くと、麗子はトイレでピンクローターを入れ、何食わぬ顔でいつものホームに並んだ。
　この時間でも、周り中は人だらけである。麗子のすぐ前にも、すぐ後ろにも、背広姿のサラリーマンが並んで電車を待っている。

（さすがに、スリルあるわね・・・）

　麗子は、気づかれないように気をつけながら、パンティーに挟んだローターのスイッチを入れた。

（ああ･･･）

　突然発生した振動が、麗子を、一瞬にして社会人とはまるで正反対の意識へスイッチさせる。周囲の『社会』のざわめきが、『非常識』な行為に耽る麗子の背徳感と罪悪感をより高める。

（んん･･･ダメ、ばれちゃうわよ・・）

　そう自分に囁くことによってより気分は高揚する。電車はすぐに来た。

　ドアが開くと、並んでいた客達が塊となって一斉に車内に雪崩れ込む。麗子もその波に乗って車内に運ばれた。

　麗子は反対側のドアまで流されて落ち着いた。その間もローターは容赦なく麗子の恥ずかしい肉を侵食し、骨盤に振動を伝え続けている。

（ああ･･･素敵なスリル･･）

　ふと、ドアの向こうの爽やかな新緑が目に入った。その緑は、極めて誠実な、穢れのない美しさを麗子に感じさせた。

（・・・私の人生って・・・）

　麗子はふと、自分の選んだ道が正しかったのだろうかと考えた。全てが信じられなくなり、欲望のままに生きることを決めた。決めたが、その選択に、未来は無いように思えた。

（こんな生活が、いつまで続けられるっていうの・・・）

　ちやほやされているうちはいい。しかしいずれ老いる。そのときに自分に一体何が残るのか。

　そう思いながらも、清らかな景色と淫らな自分とのギャップの心地よさに、身体が勝手に熱くなり、腰が動いてしまう。
　今現在、『官能』のほかに逃げ道はない。ブラウンのグラデーションと両脇に埋め込まれたダイヤががケバケバしいサングラスの後ろで、瞳が淫らに潤む。

　電車が動き出す。さっきの騒乱が嘘のように、車内が落ち着いて静まり返る。
　大量の人間が詰め込まれていながら、喋るものは誰もいない。ただ、電車の線路を越える音だけが、人間で埋め尽くされた車内に、ガタンゴトンと一定のリズムを刻み、皆それに耳を預けている。

　麗子は、その中に、自分のローターの音がやけに響いているような気がして焦った。その音は、微かではあったが、『知っている』者ならすぐに気づくのではないかという程度、車内に響いている。

　麗子は頭の中で計算していた。

（満員電車で痴漢に遭う確立、五〇％・・・）

　麗子は二日に一回は痴漢に遭っていた。

（私みたいにエッチな格好をしている女の人は他にもたくさんいるけど・・・。でも、みんながみんな、こんなに触られているのかしら・・・）

　やはり自分には、男を惹きつけるフェロモンのようなものがあるのかもしれない。

　そして、その五〇％に、今日の服装の『男の欲情を誘う度』を合わせると七〇％、ローターの音に痴漢候補者達が気づく確立を合わせると八〇％になる。

　それに反して、今日の『痴漢に遭ったら大変度』は、いつもの三倍である。

　何しろ誰に強制されるでもなく、自らローターを咥え込んで『車内オナニー』をしているのだ。そんなことが痴漢をしてくる男にばれれば、どうなるのか。目の前に振って沸いたような『好きモノ女』に、どんなことをするのか。
　麗子はそのときの自分の姿を妄想していた。

（久しぶりのスリルね・・・）

　次の駅に着く。

「はぁ・・・」

　麗子は大きくため息をついた。
　痴漢というものは、すでに触っていたとしても駅に着くと陵辱の手を休めるものだ。駅は、女にとって安全地帯である。

　再び電車が走り出す。すると、ついに太ももに手が伸びてきた。

（ああっ！･･･）

　麗子はその『手』に集中した。男の手は太ももを付け根まで上がり、また下る。車内の人の熱気と、興奮に汗ばんだ麗子の肌をヌルヌルと弄んでいる。

（ダメよ・・・ダメ・・・）

　麗子は尻を振って痴漢を牽制した。気づいていないのか、気づいていて焦らしているのか。緊張で固まり、敏感になった麗子の肌を、『手』は舐め続けている。

「ううんっ・・・」

　麗子は咳払いしてみた。『拒否』を示しても、『手』は動じない。徐々に脚の付け根から中央へ移動していく。麗子は鳥肌が立つような焦燥を感じた。

（ああ･･ダメ・・・）

　今更どうすることもできない。

（！・・・）

　麗子はピクンと身体を震わせた。『手』が恥部に達したのである。その『手』が一瞬止まった。まるで、麗子の恥知らずな行為を嘲り笑っているかのように。

（見つかった･･･）

　指がパンティー越しにローターを確認しているのをはっきりと感じる。

　大量に流れ込んでくる羞恥に身体が熱くなる。『手』は、ゆとりを持った、しかし、明らかにさっきより遠慮のない動きでパンティーの中に進入してくる。

（あぁん・・・）

　麗子の中に敗北感が充満した。局所に集中した神経が、『手』に従うように移動して、とうとう蜜園に到着した。

（あ！・・・）

　電撃のような快感が走る。『手』がローターをいじくり、蜜肉が優しく刺激されている。

（あぁあ！･････）

　麗子の耳に届いている車内のモーター音が微かに揺れる。それが、麗子の蜜肉を弄ぶローターの動きを示すものであることは、麗子と『手』の持ち主しか知らないはずである。

　『手』はひとしきり遊ぶとゆっくりと蜜壷からローターを引き抜いた。

「あぁん・・・！・・・」

　思わず小さな声が出て、麗子はとっさに口を押さえた。車内のモーター音がより大きくなる。それはすでに『知ってる人』でなくても気になるレベルで鳴っていた。

（ああ！･･･）

　自分の顔が、耳が。真っ赤になっていくのがわかる。車内全員に自分の変態行為がばれてしまったような気がした。『手』はローターを麗子のクリトリスに押し付けた。

（！･･･！！･･･）

　麗子は静かに悶えた。モーター音が、明らかに不自然に振動している。

（お願い・・・気づかれちゃう・・・）

　麗子はパニックを起こしていた。マサト達と行った、あのスキー場以来の陵辱感だった。

　『手』がやっと、文字通り手探りでローターのスイッチを切った。

（はあ・・はあ・・・）

　麗子は安堵感にその場に崩れ落ちそうになるのを必死でこらえた。

　『手』は、今度は自らで蜜壺を責め始める。それもまた、上手に麗子の感じる部分を責めた。

（ああ・・すごい･･･この人うまいわ・・・）

　愛液まみれの蜜肉に染みる暖かい『人』の体温に、身体がとろけていく。もう一方の手がワンピースの前のボタンを器用に外し、ノーブラの乳房を舐めるように卑猥に揉みしだく。

（あ・・あぁん・・）

　次の駅につくと、手は麗子から離れた。