３　闇のストリッパー

　きっかけはいつでも小さな灯火だった。しかし、その灯火は、麗子の類まれなる想像力によって、本人が想像できないほどに膨らんでいく。
　それは慣れることの無い恐怖だった。しかし、想像のできない恐怖が、想像のできない快感を運んでくることを、麗子は知っている。

（ここで、オナニーしてみようかしら・・・。）

　一瞬そう思っただけで、身体の欲望は一気に制止できないレベルにまで昇り詰める。

　冷たい鉄のドアノブを回してみた。予想通り鍵はかかっている。身を隠す場所は皆無だった。

　麗子は再び階段のほうを向くと、ゆっくりとローライズのジーパンを脱いだ。

（はあ・・・はあ・・・）

　心臓が一気に鼓動を速める。最早この時点で、言い訳などできない状況である。

　麗子は、今、街に歓迎されたばかりだということを思い出した。その好意を踏みにじり、早速この街を淫らに汚そうとしている。

（うふふ・・・私って悪い女・・・）

　見晴らしのいいところにいるということも手伝って、麗子は悪の女王になったような気分になった。ひ弱な『街』を、この誰も敵わない強力な欲望が踏みにじる。

　白いチューブトップに、紫のレースの紐パン姿になった麗子は、階段の下を見つめて、ゆっくりとしゃがみこんだ。

（人が下を通って、私に気づく確立はどれくらいだろう・・・）

　音さえ出さなければ、上を見ることなどないかもしれない。そのスリルが堪らない。
　緊張が肌をピリピリと刺激する。添えつけられた小さなライトが、Ｍ字型に膝を開いた麗子の、美しい痴態を完全に照らし出している。

　麗子は、片手を脚の前から、片手を後ろから回して、パンティーの脇の隙間から、細く美しい指を滑り込ませた。

（一番乗りは誰かしら・・・）

　そんなことを考えながらも、行為は勝手に進んでいく。すでにヌメヌメと良い加減に染み出た蜜を、やさしくクリトリスとアナルに塗りつける。

「はあ･･･」

　自分にだけ聞こえるような声で、麗子は喘いだ。

　快感に視界が虚ろになるが、それでも注意して下の道路を見る。『見る』ことで、ともすれば妄想に埋没しがちな意識を現実に引き戻し、新鮮な緊張を保つのである。

　そのとき、下の道路に細く長い影が映った。

（ああ！･･･来た・・）

　麗子の緊張が一気に駆け上る。『後悔しても遅い』。その感覚が堪らない。スリルを感じさせる最高のものは、やはり『動いている人』であった。

　コツコツと革靴の音が麗子の精神を極限まで追い詰める。そのスピード、音の圧力から、『男だ』と麗子は思った。

「んん・・・」

　愛液が一気に量を増して垂れ落ちる。徐々に影が脚を映していく。麗子の体は固まった。影の主が姿を現した瞬間、麗子の背筋にゾクゾクと心地良い鳥肌が立った。

（はあ！・・・はあ！・・・）

　麗子の予想通り男だった。麗子は恥ずかしさに顔を背けたい衝動を必死で抑え、男に集中した。恐怖する理性とは別に、独立したもののように身体が勝手に反応し、熱を発している。

　男は、階上の麗子に気づかず、そのまま視界から消えていった。

「はあ････はあ・・・」

　麗子の全身の力が抜けた。

（想像していた以上のスリルね・・・）

　下を通る人は、麗子を求める『男』に限られているわけではない。『子供』かも知れないし、『老人』かもしれない。もちろん『女』かも知れないのだ。
『誰に見られても逃げられない状況』と言う意味では、それはあの、マサト達との浴場での陵辱と似ていた。しかし、大事な部分が違っている。『一人ぼっちだ』ということである。

　あのときは、もちろん凄まじい屈辱ではあったが、マサト達がいる限り、最も非難を受けるのは常に彼らであり、麗子はその影に隠れることができた。全ての行為を『マサト達のせい』にできた。
　しかし今は違う。この異常行為、見下されて然るべき痴態の責任は、麗子一人にあり、例え目の前で赤の他人に罵られ、嘲り笑われ、若しくは怒りをぶつけられたとしても、何一つ言い訳することはできないのだ。

　アスファルトに、また影が映った。まだ一一時である。中学生でも起きている時間だった。

　４　欲望

　男は仕事帰りの家路を急いでいた。一一時。今日は早く片付いたほうだった。この一ヶ月というもの、何しろ忙しかった。

（あいつら、面倒な仕事は全部俺に押し付けやがって・・・。）

　男は会社に不満を持っていた。誰も自分の能力を認めようとしないばかりか、寄ってたかって自分をチャンスから遠ざけようとする。
　不満は会社だけではない。妻も完全に夫を見下していた。付き合っている頃から言いなりだったのは認めるが、子供ができてからよりひどくなった。最早『いてもいなくてもいい』存在として扱われていた。

「はあ･･･」

　大きくため息をつく。いつもの工場が見えた。

　男はこの工場の階段が好きだった。昔ながらの鉄板の階段。一度二，三段上がったことがあるが、カンカンと小気味のいい音がする。いつもの通り道なので、もちろん見慣れてはいたが、何かと気を張る日常を終えての帰り道、この階段が見えると、ほっとできた。

　男は通り過ぎざまに、何とはなく、チラッと階段の天辺を見上げた。

「！」

　麗子は心臓を乱暴に握りつけられたようなショックを感じた。

　男は上を見上げたのだ。麗子の体中の毛穴から熱が噴出す。
　今度は体は固まらなかった。緊張しながらも、指が与える痴部への刺激に肉がとろけている。その蜜壷から、じわじわと淫汁が溢れる。

（あぁん・・・お兄さん・・見て行って・・・）

　男はそのままじっと立ち止まって麗子を見上げている。街灯が逆光になって表情までは見えない。蛇に睨まれた蛙のように凍りついていた思考が、徐々に正常な活動を再開していく。選べる道は一つしかない。『愉しむ』ことだけだ。

（はじめましてぇ・・・エロ女の麗子でぇす・・・）

　麗子は無理やり恐怖を押さえ込むように、ゆっくりと艶めかしく身体をくねらせ始めた。

　男は目を疑った。

『階段の天辺で、女がストリップをしている』

　男は目の前の状況が理解できず、しばらくあっけに取られていた。
　朝の献立を思い出し、会社でのことから、帰りの駅のホームを出てここに辿り着くまでの記憶を辿った。

（夢ではない・・・）

　我に返った男は、急いで辺りを見回した。

（何かのいたずらか、ドッキリカメラか・・・）

　しかし、住宅街は何も関知しないように静まり返っている。

　男は再び上を見た。女は自分を見ている。ゆっくりと美しい身体をくねらせて、エロティックな痴態を演じながら、濡れた瞳で自分を見ている。

　男は弾かれたように走り出すと、階段の下の茂みに逃げ込んだ。

「はあ、はあ・・」

　そこは街灯が届かない死角だった。これで女からは見えなくなり、通りから人が来ても、すぐに察知できる。男は慎重に、再び階上の女に視線を戻した。

　麗子の視界から男が消えた。しかし見えなくなっても、そこに男の存在を感じる。

（見てる・・・まだ見てる・・・）

　麗子の緊張は続いた。男がどういう行動に出るか分からない。友達にでも電話するか、それとも警察を呼ぶかもしれなかった。
　分からないだけに燃える。自分では左右できない未来。だからこそ、スリルがある。

（私・・・凄いことしちゃうわよ・・・）

　麗子は美しさを一瞬でも失わないよう気を配ってゆっくりと立ち上がると、パンティーを脱ぎ始めた。見えない男の、その目の力が強まったように感じる。

（あん・・・どう？私のカラダ・・・）

　麗子は後ろを向き、手すりを掴んだ。注意するべき『場所』が、視界からなくなったことに、焦燥が沸き起こり、麗子の身体を痺れさす。

　夜景が美しい。美しい街を汚す自分。その餌食が階段の下にいる。

　麗子は肘に下げていたバックからクリームを取り出すと、手にたっぷりと出した。形の良い尻を色っぽく突き出す。

（見てるんでしょう・・・分かってるのよ・・・）

　最早自分の視界で男を確認することはできない。しかし、きっとよだれを垂らして見ているはずだった。
　クリームをアナルに塗りつける。ヌルヌル感が心地よい背徳感を生む。

「ああ･･･」

　恥じらいに毛穴から汗が噴出すのがわかる。凄まじい羞恥感だった。

　例え他に人が通りかかっていたとしても、階上で後ろを向いている麗子は、それを感知することが出来ない。が、ライトは、その真っ白い尻を、はっきりと階下に映し出しているのだ。

　男は茂みの中で唖然とした。あの女は何をしているのだろう。馬鹿なクソガキ達の『オヤジ狩り』かと思ったが、仲間が出てくる様子もない。
　女は一人、自分という男の存在を知りながら、尚も痴態に耽っている。

（俺を馬鹿にしてんのかよ・・・）

　男の中に、驚きの次に怒りが湧いてきた。

（『どうせ、何もできない』とでも思ってんのかよ！！）

　男は一瞬、自分の人生を振り返って癇癪をおこした。

　女は三人ほど経験しているが、いつも相手の言いなりだった。
　自分にも『プレイ』に対する願望はあった。しかし、それを女に否定されると、一気に気が萎えてしまう弱さが、男にはあった。

　結局は女の望むようにしかＳＥＸをしたことがなかった。自分の欲望はといえば、一人ぼっちの部屋で妄想し、自慰で発散するだけだった。

　レイプ願望があった。しかし、女に否定されると萎えてしまうという性格の弱さは、その願望に矛盾していた。

　男は混乱する頭を落ち着けて、もう一度考えた。

（あの女は、『どんなつもりで』あんなことをしているのだろうか・・・・）

　想像が膨らむ。それは、男が何度となく妄想した理想の性行為とピッタリ噛み合ってくる。

『レイプしたい男』と『レイプされたい女』。

　男は頭を振った。それはあくまで想像である。もし、そうでなかったら、あの女をどうにかすることは犯罪行為である。男は歯軋りした。

（あの女は俺を惑わしている・・・。俺がここで葛藤に歯軋りをしているのを見透かして、笑ってやがるんだ！！）

　麗子はクリームを塗ると、バックからゴム製の細長い棒を出した。玩具であった。アナル専用の、下劣な玩具である。それをアナルにあてがい、ゆっくりと差し込んでいく。

「ああ･･･気持ちいい・・・」

　麗子はすでに男の視線に犯されていた。

　男はぶつける勇気のない、しかし我慢ならならない怒りに体を掻き回されていた。『美女は自分なんか相手にしない』。

「んん！くのやるお！！くの！くの！」

　いじめられた少年が一人怒りを吐き出すように、茂みの中で力んだ。目は血走り、歯を砕けんばかりに噛み締める。

『彼女達は、権力のある、或いは美貌を持った男たちの傍らで、自分を嘲り笑っている』。強烈な自己批判から生み出された被害妄想が、男には染み付いていた。

　女をメチャクチャにしてやりたかった。体の中にある全てのストレスが、怒りとなって暴発しそうになっていた。

『自分は全ての人間に見下されている』そう思い始めたのは、もうずいぶん前からだった。しかし、目の前の女。この女は、自分よりはるかに下等なはずだ。
　当然である。こんな恥知らずなことを平気でやっているあの女が、自分より『上』であるはずがない。

　じゃあ、なぜだ？なぜ自分はあの女を見て『バカな女だ』と笑えないのか。それはあの女が、『あの女の分際』で、自分の心の中の、幼稚な欲望をくすぐり、弄んでいるからだ。男に勇気がないのを見越して。

（クソッ！このアマがっ！グオッ！ングッ！！）

　男は握りしめた拳を自らの膝に打ちつけた。

（やってやるさ！！ああ、やってやるっ！！）

　男の中で、何かが切れた。

「ウヒヒヒヒッ！！」

　男は醜怪極まりない顔で、よだれを垂らしながら小さく叫んだ。

「グチャグチャにしてえっ！！」

　その声は小さいが、凶暴な力みを持っていた。

　男は次の瞬間、驚くほど冷静に行動に移った。意を決した男の集中力が、『火事場のバカ力』的に全ての能力を一段階引き上げたと言える。

　男は音が出ないよう靴を脱ぎ、手ごろな木の棒を掴むと、一度通りへ飛び出した。そして素早く辺りを見回し、人気のないことを確認すると、振り向いて一気に階段を駆け上がった。

　それはすばらしい運動能力だった。まるで猫のように静かに、素早く、男は階段を駆け上がり、あっという間に麗子のいる天辺から三、四段下まで上り詰めて止まった。

　獲物を狙う豹のように、じっと女の様子を見る。女は気づいていない。まだ一人悠々とアナルオナニーに耽っている。邪念はなかった。男はそこから一足飛びに天辺まで駆け上がった。