５　醜痴

「！！」

　麗子は、突然後ろから羽交い絞めにされて、口を押さえられた。心臓が止まりそうなほど大きく鳴り、悦楽が一瞬のうちに恐怖のパニックに変わった。

（！？・・・！？・・）

　まったく予想外の出来事だった。何が起こっているのか理解する間もなく、ガチャンという音ともに、あたりが真っ暗になった。男が電灯を叩き割ったのだ。

「暴れたら・・・殺す・・・」

　耳元で男が囁く。麗子はその声で逆に少し落ち着いた。

（緊張してる・・・）

　その声だけでも、男がかなりの覚悟をして襲い掛かってきたのかが漠然とだが感じられた。この男には余裕がない。怯えている。逆らいさえしなければ、危険なことはしないだろうと思った。

「降りろ・・・ゆっくりと・・・」

　麗子は言われたとおりにした。カンカンと麗子のヒールがためらいがちに響く。

　男は、麗子の身体のあまりの柔らかさと甘い匂いに気が遠くなりそうなのを、必死で抑えた。

『やってしまった』。それだけは頭にあったが、後先を考えている余裕は、今はない。通りに人が通る前に階下に下りなければならない。

　男の頭の中はフル回転していた。さっき見たときは誰も歩いていなかった。あれからすぐ人が来ていたとしても、

（いける・・・。）

　男は落ち着いて麗子を階下まで下ろすと、階段の裏側の芝生に連れ込んで突き倒した。

「きゃっ」

　はあはあと肩で息をする二人。しとしとと夏の雨が降り出していることも気がつかなかった。道路からは、階段の影になるのと暗さとで、ほとんど見えない。

　男は、そこまで計算していた。が、計算はここまでである。

　男の中で色んな思いが駆け巡っていた。しかし、『やらなければならない』。

　当然だった。そのために、人生最大の危険を犯したのだった。この『時』は永遠になど続かないのだ。迷っている暇があったら、長年押さえ込んでいた欲望をさっさと解放するべきである。

　男の中で、再び理性が断ち切れた。男は麗子に飛び掛った。

「ウッヒッヒッヒッヒーッ！！」

　男は奇声を上げて麗子にしがみついた。しがみつき、奇声を上げ続けながら滑稽なほど焦って、雨に濡れて脱ぎにくい自分の服を苛立たしげに剥ぎ取っている。

「ヒャーーッ！ヒャーーーッ！」

　体をべったりと密着させ、麗子の太ももを自分の太ももで挟み込み、すでに先から淫汁の染み出ている男根を擦りつける。

（んんっ！・・・あぁっ！・・・）

　太ももに感じる、汗ばんだ玉袋とペニスの先から染み出る淫汁の感触に、麗子の身体にもスイッチが入る。

　男の両手が麗子のチューブトップを乱暴に引き上げた。

「あぁんっ！・・・」
「ハアッ！・・・ハアッ！・・」

　真っ白い乳房をしっかりと掴む。そしてそのつんと浮き出たピンクの乳首に、よだれだらけの口が狂ったようにむしゃぶりついてきた。

「あぁあ！・・・」

　麗子はその、あまりに雑で、乱暴な陵辱に、自分の身体が悦んでいるのを感じた。

「ヒー！ヒー！」

　男はひとしきり麗子の身体の匂いを愉しむと息継ぎをするため顔を上げた。

（いい女だ！！・・・スゲエいい女だっ！！）

　男の汗と、よだれと、雨の混じった大量の水滴が、麗子の身体に降りそそぐ。

（ああ・・・凄い！・・）

　そのぬめりと、男の狂気に歪んだ顔が、麗子の性欲を格段に高めた。『本当のレイプ』の臨場感が、そこにはあった。

「バーカ！このくそアマ！！エロ！ペッペッ！！」

　男は麗子に声を押し殺した罵声を浴びせながら、乱暴に麗子の身体を貪る。

「なんだコノヤロウ！･･やってやんよ！･･」

　ぶつぶつと神経質につぶやきながら男根を麗子の蜜肉に宛がう。

「んんん･･･」

　麗子の蜜壺は、すでに準備完了になっている。男はその節操のなさに、頭の血管が二、三本切れるような感覚を覚えた。

「てぇんめえ･･･なんだこれは？･･･グチョグチョじゃねえかよぉ・・・」

　男は興奮を抑えるように苛立たしげに言うと、肉棒を差し込んだ。

「あぁあん！！･･･」

　麗子は驚いた。麗子の目に、男はいかにも貧弱に見えた。暴力と罵声は明らかにストレスの捌け口であり、それだけ男が日々の日常で他人に虐げられていることを示している。
しかし、男根は違った。この男の風貌からは信じられないほど逞しく、誇らしげだった。

（大きい・・・・）

　麗子は、自分が『男好き』なのではなく、『男根好き』であることを知っていた。

　男根は、ときにはその主人よりも何倍も魅力的だった。
　それは常に正直で、凶暴な性欲を隠すことなく堂々と顕す。そしてその『魔王』のような威風堂々の姿形が、麗子の白く、美しく、繊細な身体の中に美食を味わうように侵入し、気の狂うほどの快楽を与えてくれるのだ。

「へああっ！・・・へああっ！・・」

　男は麗子にしがみつき、首筋に顔を埋めて狂ったように腰を振った。麗子はすでに、男根の奴隷になっている。

「ああっ！気持ちいいっ！気持ちいいなあっ！」

　男は、心の底から感激していた。その歓喜に歪んだ顔は、この世のものとは思えないほど醜悪だった。だらしなく舌を出し、目が血走ったまま笑っている。

（なんて醜いの・・・）

　麗子はその顔に、欲望というものの強大さを再認識し、身を任せた。

「あぁ！･･･んん！･･ん！･･」

　まさに『汚され』ていた。まるでゾンビにでも犯されているような、新鮮な背徳感だった。

「ヒャハハッ！！バーーーーカッ！」

　男は麗子の顔に唾を吐きかけ、罵倒し、顔を歪めて笑う。
　麗子は、狂気そのものの男の血走った目に、潤んだ瞳を合わせて自分の悦びを伝えた。

「はあ、はあ、はあ、」

　男はさすがに体力の限界を感じたのか、一休みすると、ゆっくり肉棒を抜いた。

「ああっ・・・はあ・・・はあ・・」

　麗子も息を整えた。男は立ち上がると、麗子のびしょぬれの髪を掴んだ。麗子は逆らわなかった。
　麗子を工場の壁まで連れて行き、壁に両手を突かせる。

（ああ・・・入れて・・・早く・・・）

　麗子は命令されてもいないのに、自ら身体を反らせて高々と尻を突き出した。

「さあて、次は、やっぱここでしょ。」

　男はクリームをすくいあげるように力強く麗子のアナルを指でなぞった。

「あぁん！･･･」

　麗子が色っぽく反応する。首とウエストに巻かれた金のチェーンが濡れて光り、いかにも『女』を強調する。男は。その『ギャル』の肢体に、目を爛々と輝かせた。

「てめえここに何か入れてたよなあ！！」

　男が指を入れる。指は何の抵抗もなくスムーズに麗子のアナルに入った。

「ああ！・・はああ・・」
「このエロ女が！！恥知らずのズベ公がよう！！」

　もちろん男は初めてアナルに指を入れた。夢のように思い通りに進んでいく陵辱。興奮は最高潮だった。女の髪を引き上げる。

「ああん！」

　女がエロティックに尻を突き出したまま顔をのけぞらせる。その美しい顔を、しとしとと生暖かい小雨が叩く。

「ふんふふーん・・・」

　男は興奮を抑えるような神経質な鼻歌を歌いながら、アナルに肉棒を宛がった。

「はい！入りまーーーす！」

　グチュグチュと麗子の中に音が響いて、『愛しき』男根が侵入してくる。麗子は更に尻を突き出して、その男根を奥までいざなった。

「あはぁあぁん！･･･」
「ヒャハッ！ヒャハハハハッ！！」

　麗子の叫び声に、背中で男の満足そうな笑い声がする。

「こっち向いてっ、こっち向いてっ。いい顔見せてっ。」

　男にあごを掴まれて後ろを向かせられる。真っ白い肌に、濃いマスカラ、厚めの唇に塗られた真ピンクの口紅が男の濁った目に映える。

「へへ・・エロギャルめえ・・・」

　その屈辱感と快感に色っぽく歪んだ顔が、男の支配感を格段に引き上げ、更なる欲情を促す。まさに、『理想の女』そのものだった。

「泣け！わめけ！こンのメス豚があっ！」

　男は我を忘れて腰を振り出した。

「ああ！・・あぁあん！・・・」

　凶暴な肉棒がピストンする度に、麻薬のように甘美な快感が次から次へと脳に流れ込んでくる。

「ゲッヘッヘーッ！！」

　男は狂ったように笑いながら、麗子の身体を犯し続けた。

　６　結婚

　麗子は妊娠していた。

　ピルを服用していたはずだったが、それも完全ではないことは知っていた。

　以前は、もし子供ができたら堕ろすつもりだった。しかし、妊娠が分かったとき、麗子は自分の将来を初めて真剣に考えた。

　マサト達に犯され、裕也に裏切られて、『愛』も『正義』も信じられなくなって、自暴自棄になっていた。今の生活はその延長でしかない。
　黒い欲望を断ち切って、爽やかな人生を送るという遠い願望は、確かに今の麗子にとっては雲を掴むように非現実的なことではあったが、まだ、彼女の中で光を放っているのだ。

　妊娠すると、ホルモンのバランスが変わるという。それに、『守るもの』が出来る。

（『母の強さ』『生命の神秘』は、この漆黒の欲望を打ち砕いてくれるのかもしれない・・・）

　それは、不確かではあったが、賭けてみる価値のあることのように思えた。

　麗子はその夜、山下を部屋に招いた。

　山下はいつものようにソファで新聞を読んでいる。何も知らない山下の横顔を麗子は見た。

　麗子は山下が好きだった。それが『愛』などというものかどうかは知らなかったが、彼といると安心できた。

　彼は、麗子のすることに何一つ干渉しない。しかし、麗子の身体にしか興味がないのかといえば、そうでもなさそうだった。

　誕生日やクリスマスには、色々な趣向を凝らして麗子を楽しませてくれたし、もっと小さな、日常の生活の彼の行動の中にも、麗子に対する些細な気遣いがあるのを、麗子は感じていた。

（それだからこそ、別れなければならない・・・）

　麗子は目を伏せた。この体の中にいる子は、誰の子だか分からない。麗子はその子を産もうとしているのだ。山下に対して、これほどの侮辱があるだろうか。

「ねえ・・・」
「うん？」

　山下はまだ新聞を読んでいる。

「私、子供が出来たの・・。」

　山下が麗子を見た。そのまま、ねじが切れたように止まっている。

「妊娠したの・・・」

　もう一度言った麗子の声に、山下は我に返った。

「そうか・・・」

　山下はまた、新聞に目を戻した。麗子はうつむいた。それが誰の子か分からないことは、言わなくても山下には分かっているはずだ。

「別れましょう・・・。」

　とうとう言った。仕方のないことである。

「・・・なぜ？」

　山下は物分りの悪い子供のように言う。みなまで言わせるつもりか。しかし、麗子に山下を責める権利は、当然無い。

「だって、誰の子かも分からないし・・・」

　山下は、黙っていた。平静を装っているが、頭の中を整理できないようだった。

「別れたほうがいいわ。どうせ、割り切った関係だったんだし・・・。」

　沈黙が続いた。その沈黙を、山下が破った。

「結婚しよう。」
「！？・・・」

　山下は、まだ新聞を見ながら言った。麗子は耳を疑った。

「子供が出来たら、何かと金もいるだろう。」
「そんなこと、出来ないわ。」

　麗子は山下を金づるにする気はない。山下でなくてもだ。

　セックスはお互いの欲望であり、麗子が満足している以上、金をもらうのは筋違いだというのが麗子の考え方だった。

　おかしなこだわりではあったが、邪悪だが、真っ直ぐであるこの忌まわしい性欲に対して、自分が真っ直ぐでなければ、罪悪感に潰れてしまいそうだった。

「何も干渉しないよ。今まで通りでいい。今からそんな都合のいい相手を見つけるのも、大変だろ？」

　山下は笑った。麗子には山下の真意が分からなかった。お腹が大きくなってくれば当然セックスだってできなくなる。山下が麗子を放さない理由が、思いつかない。

「あなたのメリットは何よ。」

　麗子は正直に聞いた。山下が新聞をおろす。

「俺は、お前を本気で愛しちゃったみたいなんだ。」

　山下は沈んだ顔でそう言った。麗子は戸惑った。

　当たり前である。自分は、名前も知らないような男と何度も体を交え、快感を貪っている女なのだ。それに、麗子自身、山下に感じているものが『愛』なのかどうかさえ分からない。そんなことは山下も十分分かっているはずだった。

「私と一緒になって、幸せになれると思ってるの？」

　麗子は静かに聞いた。山下はうつむいている。

「分からない。・・・でも、それでもいい。」

　長い沈黙が、二人を包んだ。