５　四面楚歌

　男達はピクッと反応した。女の声がトイレから聞こえてくる。

　客のいなくなった構内は静かだった。女の声は、誰もが静寂を保っていれば聞こえる程度ではあったが、はっきりと構内に響いていた。

　男達は困惑した。『高い女』だと思った。その高いはずの女が、地下鉄の駅の便所で、薄汚い自分たちの存在を知りながら、オナニーを始めているのであった。
　『どうせ手を出す度胸などない』と思って馬鹿にしているのか、馬鹿にしておいて、男達が逆上するのを誘っているのか。

　男達は女の声に聞き入った。今すぐ便所に跪かせて、自分の汚い肉棒の性奴隷にしてやりたいと誰もが思っていた。

　暫くぼうっと立っていたハゲのよしおが、フラフラと女の入った便所に歩いて行く。それをきっかけに、他の男達もよろよろと立ち上がった。

「ああ！・・はあぁ・・んぁっ！・・」

　麗子は興奮していた。外の男達に聞こえるように、遠慮なく喘いだ。玩具は無節操な音を立てながら絶え間なくピストンし、溢れる愛液を所かまわずまき散らす。男たちにこの音が、声が、聞こえているだろうか。
　
「コンコン」

　ドアが静かにノックされた。

「はっ！・・・」

　電撃の走るような感覚が一瞬にして麗子を凍りつかせた。麗子は玩具のスイッチを切って息を潜めた。

（・・・ああ・・・来たわ・・・とうとう来た・・・）
「コンコン」

　『ドアのすぐ向こうに男が来ている』。女子用トイレでありながら、麗子は疑いもなくそう感じた。

　個室の中、逃げるすべなど無い。『諦めざるを得ない状況』。運命のなすがままである。
　自ら追い込んだ、自分ではどうすることもできない状況の極限のスリルに、血の気がサーッと引き、視界がクラクラとしていく。

　麗子には男と交わった記憶はない。全く想像もつかない世界。一分先も見えない恐怖と期待が、すぐ目の前にある。気絶しそうなほどの緊張が襲う。

「ドンドンドン！」
「オネエちゃん、オネエちゃん！」

　激しい音と野蛮な声のたびに、体がビクビクと反応し、鳥肌が立つ。ドアの向こうから、何人もの飢えた男たちのざわめく声が聞こえる。

「ああ・・・」

　絶望的な状況。心臓が飛び出るほどに高鳴る。

　頭の中のスイッチが、この恐怖からの唯一の逃避作に切り替わった。

（どうすることもできないなら、愉しむしかない・・・キレてしまおう・・・）

　麗子はゴクリと唾を飲み込むと、再び玩具のスイッチを入れた。その瞬間、とてつもない快感が沸き起こった。

「ああ・・・ああ！ああん！」

　頭の中で張りつめた最後の一本の糸が切れる音がした。恐怖と緊張が、男たちの声、音に化学反応を起こすように淫靡な快感に変わり、どくどくと体中に流れ込む。麗子はなりふり構わず声を上げ、快感を貪った。

「ああ！・・・凄い！・・凄いわ！・・・」

　中から聞こえる狂ったような女の喘ぎ声に、男たちはさらに興奮する。

「ドンドンドン！」
「開けろ！出てこい！」

　理性をかなぐり捨てた怒号。ガタガタとドアを乱暴にこじ開けようとする音。隣の個室からも壁をドンドンと叩いてくる。その度に緊張した神経が刺激され、麗子のどす黒い淫欲は更に大量に体に流れ込む。

　黒いスカートからにょっきりと伸びた脚は大きく開き、その中心で黒光りする物体が卑猥に蠢く。その玩具が深々と差し込まれているピンクの蜜壺からは、粘度の高い、半透明のバニラシェイクのような愛液が溢れ、飛び散り、滴り落ち、ギラギラと光って汚らわしいエロスを醸し出す。

「ああ！たまんない！・・・イっちゃいそう！・・・」

　男達の欲望の代行者のように、玩具は容赦なく、凶暴に麗子の蜜肉を責め立てている。

「おい！ドアを開けろよ！」

　怒鳴り声がして、麗子はハッと上を見た。男が隣の個室からよじ登って必死な形相の顔を出している。
　麗子はその男の見えるように身体を向け、目を見つめながら悶えて見せた。

「ねえ、犯して！・・・・私のカラダ、犯してぇん！・・・・」

　男は、目の前の女のあまりにも美しく、あまりにもあからさまなエロティックな痴態に、頭の中が真っ白になるのを感じた。
　黒い玩具のこれでもかとピストンを繰り返す責めに、女の表情は甘くとろけ、身体は桜色に紅潮している。見ているだけで、男の肉棒は意思と関係なく痛いほどに硬くなっていく。

「ああ！気持ちいい！・・気持ちいい！」

　この状況を愉しむかのように悶えまくる女。男はよだれを拭うのも忘れて、とにかく乗り越えようと、滑稽なほど必死にもがいた。

「おい！引きずり出せ！」

　他の男たちが叫ぶ。男はもちろんそのつもりだった。引きずり出して、みんなでこのいやらしい汁を垂れ流している、餅のような白い柔肉を貪るのだ。この高飛車なイケイケネエちゃんを全員が気の済むまで、犯して、汚して、陵辱しまくるのだ。しかし、その前に自分が存分に味わわなければならない。

「クエーッ！」

　男は渾身の力で、壁を乗り越え、女の居る狭い個室に転がり込んだ。

「ああ！・・・ああ！・・・」

　とうとう目の前に男が来た、その現実に麗子の興奮が一気に高まる。男は、麗子に抱きついた。

「ウヒョッ！クァッ！」
「キャーッ！！」

　タバコ臭い口臭が麗子の顔にぶつかり、汗と汗が擦れあう。麗子は抵抗しなかった。

「ハアッ・・ハアッ･･」

　初めて感じる『他人』の感触。剥き出しの脚が、蜜肉が、舐められ、まさぐられて、無法に侵されていく。

（凄い！・・・凄い！・・・）

　その度に体を貫く気の狂いそうなほどの甘い快感から、麗子は気をそらすことができなかった。
　
「ああ！・・・ああ！・・・」
　
　男の手の質感、体臭、力強さ。それは、想像を遙かに超える感覚だった。

「ウヒャヒャヒャッ！！！」

　次の男が乗り越えてきた。狭い個室に三人が絡み合い、自分の体制さえ確認できない中で必死に各々の欲望を貪る。
　麗子には、最早自分の身体のどこをどうされているのかも分からなかった。ただ、快感だけが次々と襲ってくる。

「ヒィィ・・・・」

　背徳感は極限に達している。あまりの快感に気が狂いそうな麗子の視界に、次に乗り込もうとしている男達が、濁った瞳を爛々と輝かせて下を見下ろしているのが見える。

「早く空けろ！てめえ！」

　ドアの外から罵声が飛ぶが、二人の男はここぞとばかりに麗子の身体を夢中で貪り続けている。

「てめえ！殺すぞ！」

　殺気立った表の男達の声に、男は仕方なく麗子の体から口を離すと、鍵を開けた。

　麗子は、ゆっくりと開いていくドアの向こうに、十人ほどの薄汚い男達の狂気に歪む顔を見た。

「ひゃあ・・・ああ・・・」

　頭の中が真っ白になっていく。これから自分は『いけにえ』として彼らに貪り倒されるのである。

　もうどうでもよかった。好きなだけ自分の身体を貪ってほしかった。自分が狂っていくのを感じていた。そのときだった。

「お前ら！何やってる！」

　突然の怒号に、麗子の体がビクビクと痙攣した。一瞬にして男たちが静まり返る。
　
「降りろ！貴様！」

　声に命令され、乗り越えかかっていた男達が、大人しく向こう側に降りた。麗子を抱いていた男達も外へ出た。麗子は息を殺して様子を窺った。

「出ろ！みんな出るんだ！」

　男達が怨めしそうな顔で麗子を睨みながらぞろぞろ出ていく。

「大丈夫ですか？」

　気持ち悪いほどニコニコと作り笑いしている四十前後の警備員が、ドアの前から中を覗き込んで麗子に話しかけた。

「あ・・・だ・・大丈夫です。」

　麗子はそそくさと乱れた服を整えた。

「もう大丈夫ですよ。僕は駅の警備のものです。もう、みんな追っ払いましたから。」

　麗子はやっと事情を飲み込んだ。現実に帰還したのだ。緊張と興奮が、風船がしぼむように体から抜けていき、代わりに理性が戻っていく。
　しかし、そのスピードに体がついていかない。身だしなみを整える手が、自分のものではないように震えている。

「今、出ます。」

　麗子はオナニーの痕跡が残っていないことを入念にチェックすると、個室から出た。

「ここは、ああいうのが多いですから、気をつけてくださいね。」

　警備員は、職務を全うしたという満足そうな笑顔で言った。

「ありがとうございました。」

　麗子は、足早に駅を出た。地上へ上がった途端、体の中が空っぽになったような空虚感に襲われ、麗子はその場にへたり込んだ。