サロン風の豪華な部屋に客は十五人ほどいた。客の格好はこの前のショーの時と同じ頭巾と長衣だったがはるかに上質だった。
「お客様、残念ですが花形スターの桔梗さんを見ることが出来るのはひょっとすると本日が最後になるかもしれません」
　客の口から「フォー」とか「やはり」とかの声が上がった。
「このお仕事を旦那が気付いたらしいのです。旦那の同意が得られればいいんですがねー。という訳で今夜はランクが特Ａのお客様だけにお集まりいただきました。プログラムも素晴らしいものをご用意しました。お客様には絶対に失望させることはないと思います。お楽しみください」

　部屋の照明が暗くなった。
「それでは登場人物のご説明をさせていただきます。夫婦がいます。夫には妻が他の男に犯されるのを見たい、犯される妻がどういう状態になるか知りたいという願望があります。やっとのことで妻を説き伏せ今日を迎えました。この夫婦をリードしていたぶるのが桔梗です。妻を犯す男達は本物のヤクザですが妻はもちろん夫も知りません。
　その部屋を横の小部屋からマジックミラーで覗く一人の男がいます。桔梗の夫です。夫はすでに桔梗の仕事をビデオや写真で見てショックを受けていますが、自分の意思でここにいます。しかし、この後自分に起こることは知りません。お客様にも今は秘密です。桔梗はもちろん夫の存在は知らず、今日が最後の仕事と思っています。これ以外の筋書き、演出は一切ありません。さーどう成りますことか。お代はご満足度に応じてお客様にお決めいただきます」

　続いて個室の説明に移った。
「多くのお客様はご存知かと思いますが、初めてのお客様もおられますので個室に入る前にご説明させていただきます。登場人物はヤクザ以外は桔梗さんを含めお客様方の存在を知りません。覗かれていることを知りません。そのためこれから入る個室はこの部屋の暗さになっています。足元にご注意ください。防音には万全を期しておりますが音、振動にも十分にご注意ください。直接部屋を覗くことが出来ますが、隠しカメラが幾つも仕掛けてありますので、モニターでいろんな角度からご覧になれます。それでは個室へどうぞ。初めてのお客様には係りのものがご案内いたします」

　お客はそれぞれ個室に分れた。やはりカップルの客がいる。俊雅も階段を上がりロフトのような中二階の小部屋に案内された。天井が低く奥行き二メートル、幅一.五メートル、二畳あるかないかの暗く狭い部屋だった。係りの人にうながされ椅子に座った。椅子は床に固定されている。椅子の前は高さ七十センチ、奥行き一メートルの段があり、係りの人が上の面にあるツマミを横に引くと覗き窓が現れた。ガラスごしに覗くと天井からの部屋が見えた。ガラスの下にカモフラージュの網があるのが分る。肘を突いて見ると楽に見えるようになっている。正面にはモニター画面があり、手元にあるリモコンのようなボタンを押すと画面が変わった。係りの人はヘッドホーンを渡すと部屋を出た。

　下の部屋は三つに分かれていた。ビジネスホテルの一室のようなメインの部屋には誰もいない。その部屋の隣に小さな部屋に椅子が一つ置かれ褌姿の男が三人いる。この二つの部屋に隣接した細長い部屋には男が一人いた。その男は落ち着きがなく部屋の中を動き回っていて、時々壁の近くに行く。二つの部屋を覗けるようだ。メインの部屋は普通以上に明るく他の部屋は暗かった。
　そのメインの部屋に男女が入ってきた。生贄となる夫婦のようだ。人間を天井から覗くのはなんとも不思議な感覚だ。女性は三十ぐらい、濃茶の格子柄でロングのプリーツスカートにシルクニットの白いシャツ、ベージュのカーディガン、上品な大人しい奥さんタイプだ。男性は三十五ぐらい、スーツにネクタイ、チョッと神経質そうな感じだ。
　俊雅はモニターで人妻を見た。結婚した頃の妻に感じが似ていると思った。
　
「怖いわ」
「大丈夫、お前がイヤと言えばすぐ止めてくれることになっている。それにはじめはソフトにしてもらうように頼んである」
「あなたに見られるの、恥ずかしい」
　妻の肩を抱いて夫が優しく言った。
「いいよ、僕は近くの部屋にいるから。でも何かあれば直ぐに飛んでくるからね」
　二人の視線がドアに向いた。女が入ってきた。嘉代だ。マスクをしているがこの前のショーの時のマスクと違いキャッツアイのマスクなので直ぐ分った。丈の長い黒いガウンを着ている。落ち着かなかった別室の男が壁にへばり付いた。この男が嘉代の夫なのだろう。俊雅はこれまで嘉代の夫と面識がない。
「旦那様は別のお部屋へどうぞ」
　嘉代に促されすがる妻を振り切るように夫は外に出ると隣の部屋に通された。褌姿の男達は入って来た夫にアッという間に猿轡を噛ませ、椅子に縛り付けると部屋を出た。つんざくような妻の悲鳴が上がった。

　夫は椅子をガタガタさせながら真っ赤な顔で嘉代を睨んでいる。嘉代は便箋の内容を読んだ。
「何々、妻の性感帯はうなじから…。好きな体位は後ろから、ふふ…。相手の男の容姿は、そうかい。初めはソフトに四、五回かけてじっくりとがご要望です…か」
嘉代はうめき声を上げ抗議している夫の顔を壁に向けると言った。
「あんたの奥さんは真性のマゾだよ。私が保証するよ。見ていてご覧。三十分もすればあんた達はひざまずいてあたしに感謝するよ」

　妻のいる部屋と夫のいる部屋の間の壁にはマジックミラーがあり、妻の部屋では普通の鏡、夫の部屋からは妻の部屋が覗ける仕掛けになっている。そのミラーを凝視している夫の耳元で嘉代はささやいた。
「あの人達はねあそこ一本で女に貢がせるんだよ。三人に責められたら素人の奥さんじゃひとたまりもないよ。見ていてご覧」
　妻はベットで洋服を着たまま一人の男に犯されている。他の二人は妻の手と足をつかんでいる。妻は首を左右に振り抵抗している。男達は順番に変わった。
「あなたー、助けて。いや、いや、こんなのいや。あなたー」

　嘉代の言うとおり人妻の悲鳴も抵抗も止み、喘ぐ息遣いだけになっていた。俊雅には特別なテクニックを使っているようには見えなかった。やがて悲鳴とは違う声を上げのたうつ人妻を男達は裸に剥いていった。ヒーヒーという息遣いに合わせあらわになった胸が激しく上下している。
　男が動きを止めると人妻が自分でも腰をくねらせているのがわかる。突然人妻は隣に寝た男の上に乗せられた。人妻は一瞬躊躇したが男のモノをつかみ自分の中に収めると男の上で水泳でもするように手足を動かし腰を大きく回した。唸り声上げながら。そして、体を起し騎乗位の形になると、髪を両手で掻きむしり腰をグラインドさせた。

「私の妻はハードは嫌いです。一度に複数の相手とするのは好きではありません。自分から動くのは苦手なので騎乗位はしたがりません。お前は自分の女房のことを全然分かっちゃいないんだよ。見てみろ、あれがお前のスケベ女房の正体だ」
　夫を罵る嘉代はいつの間にかガウンを脱いでいた。乳房が丸く露出した皮のブラジャーとやはり皮のＴバックを履き、足には網タイツ、ガードルのベルトは鎖で出来ていた。
　騎乗位の形で狂ったように腰を振っている妻の横に男が立ち妻の頭を横に向けると男のモノは妻の口に吸い込まれた。もう一人の男が反対側に立ち男のモノを妻の手に握らせると、妻は今度はそちらの男のモノを咥えた。下になっていた男も上半身を起した。入れ墨の男達に囲まれて、嬲られ犯されそれに激しく淫らに反応するこの女が、本当にさっきの大人しそうな奥さんなのだろうか。
　俊雅は思い直した。女は妻とは似ているが、妻は間違ってもこうはならない。

　嘉代は夫の耳元で何かささやいた。男が少しの間を置いて頷く。嘉代は部屋を出るとメインの部屋をノックした。
「旦那さんが心配で一度奥様の様子を見たいそうです」
　快楽の絶頂にいた妻は我に返り焦って備え付けのローブを羽織り椅子に座った。男二人は外へ出て、残った男はベットで毛布に包まった。夫は入って来た男二人に拘束を解かれ妻の部屋に向かう。
「大丈夫かい」
「ええ…」
　妻は夫の目を見ず下を向いたまま答える。夫は妻の肩を抱きながら言った。
「嫌なことないかい。何だったら終わりにしても良いんだよ」
「…そんなことない、大丈夫」
　妻は小さく答えた。
「じゃーもう少し延ばしてもいいんだね」
　妻は首を振らなかった。
「よろしくお願いします」
　ベットの男に夫は頭を下げると部屋を出た。隣の部屋に戻った夫は嘉代に裸にされると男達にまた椅子に拘束されたが今度は何の抵抗もしない。

　戻った男達に妻は椅子に座ったまま鏡の前に運ばれると男達に初めて愛撫された。夫の注文どおりの性感帯を六本の手と三つの口で、そして言葉で嬲られながら。
「奥さん、旦那のところより俺達がいいんだ」
「まだやり足りないんだ。まったくスケベな奥さんだぜ」
「旦那さんが可哀想だなー。こんな淫乱女を奥さんに持ってよー」
　妻は刺青の男達に埋もれもがいている。
「目を開けて見てみろ、自分の姿を」
　頬を軽く叩かれた妻は必死で目を開け鏡を見た。
「旦那にみせてやりたいぜ。えー」

　夫は興奮しすぎてほとんど無表情な顔をしている。その夫は見ている。ミラー越しにこちらを見ている妻を。一人の男は妻の足を大きく広げ顔を埋めている。長い舌がゆっくりと妻の秘部を舐めあげている。一人の男は妻の手の指、指の間、腕、その腕を上に上げ、脇の下からあばら骨、乳房へと指と唇の愛撫が続く。それまで乳房を愛撫していた三人目の男は肩甲骨のくぼみ、肩、うなじ、耳へと舌が這う。そして、妻のあごに手をやり顔を横向きにさせ、妻の唇に男の舌がツンツンと軽くあたると、妻の口は開き、妻の舌は男の舌を求めた。
「鏡を見るんだよ！」
　男の命令で妻は目だけを動かしこちらを見た。妻の視線は自分の舌を吸う男から乳房を愛撫する男に、そしてモロに見えている自分のあそこを舐めあげる男にゆっくり移っていく。その自分の姿に余計に興奮が高まったのか、目は鏡から離れ天井を見上げさ迷っている。快楽の衝動に妻の肉体はのた打ち回りたいのだが男達はわざと妻の身体が動けないように拘束している。それがまた妻を興奮させる。上がっていた腕は掌を大きく拡げ断末魔のように痙攣している。

「なんだい、こんなに硬くして。アレ、先っぽから汁を垂らしてるよ。女房がヤクザにオモチャにされてよがってるのを見て興奮する旦那がいるかね。変態！」
　嘉代が夫のモノを指でひと撫でする。
「あーー」
　夫の叫び声と同時に妻が悶える姿を写すマジックミラーに精液が勢いよく飛んだ。

　妻から男達が一斉に離れた。椅子に座り両足を肘掛に置き股を大きく開いたまま、妻はすがるように男達を見回す。曝されていいる秘部がぱっくりと口を開けヒクついている。
「どうしたんだ」
「……」
「何だその顔は、言いたいことがあるんなら言ってみな」
「…したいの」
「何を」
「…」
「何をしたいんだ」
「苛めないで、お願い」
「ちゃんと言え」
「…オマ○○して」
「オマ○○てどうするんだ」
「言えない…そんなこと」
「じゃ、ズッーとそうしてな」
「…あんたの…キン○○を私のここに入れて」
「言えるじゃねーか。もう一回言ってみな」
「恥ずかしいわ」
　妻は何回も言わされた。最後には自分の手で秘部を広げ叫んだ。
「ここよ！このオマ○○にキン○○を突っ込んで〜」
「そんなにやりたいのかい。それじゃー旦那を呼ぶから旦那にしてもらえよ」
　妻は激しく首を横に振った。
「俺達に輪わされたいのか」
　妻は何回も首を縦に振る。
「ようし、これで一度イッたら、最高の思いを味あわせてやるよ」
　一人の男が電動こけしを妻の手に握らせた。
「いや、本物がいいの」
「やれ！やらなきゃ旦那を呼ぶぞ」
　妻はこけしを自分の中に収めた。
「スイッチを入れろ」
「自分で出し入れしろ。もっと、もっとだ！」
「バイブをクリにあてろ」
「ほれ、目を開けて鏡のいやらしい自分を見ながらやるんだよ」

　夫は頭を抱えながらも妻を見ていた。嘉代が股の間に顔を埋め男のモノを口に含んでいる。妻が狂ったように手を動かしている。頭が後ろに反ってきた。男達が妻からこけしを取り上げると二人の男が妻を両脇から抱えて立ち上がった。残った男が思い切り開かれた妻の足の間に立ち、三人の中でも一番立派なモノのホンの先だけを妻の秘部に入れたままにしている。
「入れて！入れて！奥へ入れて！」
　妻は腰を振りながら口を尖らせ叫んでいる。男達はそれをニタニタと笑いながら見ている。妻は泣いていた。
「焦らさないで、もう駄目。気が変になりそう」
　男のモノが徐々に中に入っていく。妻は口を半開きに開け、首をゆっくりと左右に振っている。全部収まると両脇の男達の身体が揺れるほど妻の身体は痙攣した。
「イー、イー、鳥肌が立ってる〜」
　後は男の動きに合わせ言葉にならない叫び声を上げるだけだった。
「今、旦那が来たらどうする」
「いいの、来てもいいの。やめないで、突いて，突いて激しく突いて」

　嘉代は夫に跨り腰を上下している。Ｔバックは穴が開いていた。ミラーの妻を夫は口をだらしなく開け、涎を垂らして見ている。嘉代の容赦ないいたぶりの言葉が飛ぶ。その嘉代の手が壁に伸びた。壁が音もなく横に動き隣との境界が消えた。妻はまだ気がつかずに快楽の絶頂をさ迷っている。男が言った。
「鏡を見てみろ」
　妻はゆっくり顔をこちらに向けた。妻の両足を抱えた男の腰の動きが激しくなる。両脇の男は舌を妻のうなじに這わし、空いた手が乳房をもみ硬くなった乳首を愛撫している。快楽に犯された目が自分の姿を探す。

「イャーー」
　この一際大きな叫び声は嘉代とセックスをしてる夫を見つけたためだろうか。狂った自分を見られていた羞恥の心が上げさせたのだろうか。それとも他の男とのセックスを夫に見られている異常な興奮が出させたのだろうか。
　妻を突いていた男が離れると妻の股間から液体が「シャー」という音をたてほとばしり出た。妻は男達の手から離れ元の椅子にだらしなく股を開いた身体を投げ出し全身を痙攣させていたが、目は大きく開き夫を凝視している。
　その前から嘉代の上下運動も激しくなってきており妻に合わせ夫も何回目かのクライマックスに近付いていた。
「ウオー」
　夫の雄叫びが上がると嘉代は立ち上がり男のモノを握り角度を決めた。天井近く上がった精液は妻の腹から胸、カッと目を見開いた顔に落ちてきた。

　部屋の電話が鳴った。男の一人が受話器を取った。
「桔梗さん、ママからです」
「桔梗です。はい、…はい、この部屋でですか。分かりました。ママ、これが最後ですよね」
　電話を切ると嘉代は男達に言った。
「この後のマゾ男とのプレーで使う上の部屋、電気系統の故障だそうよ。この夫婦連れて行って頂戴。さーお二人さん別室で抱き合うなり、今後のことを話し合うなりして頂戴。さー、さー」
　夫婦は男達に助けられて部屋を出た。取り付かれたように二つの部屋を行き来して覗いていた嘉代の夫もいつの間にかいなくなっていた。三つの部屋には誰もいなくなったが、しばらくすると年配の女性が現れ清掃を始めた。

　緊張が解けた俊雅は急に喉の渇きを覚えビールの缶を掴んだが空だった。いつの間にか二本空けている。部屋を出て階段を下りると係りの女性に声をかけた。
「もう、終わりですか？」
「いいえ、まだまだお楽しみいただけると思いますよ」
　トイレに行き俊雅が部屋に戻ると空き缶は冷えたビールに交換され、オシボリも新しくなっている。
　覗き窓から覗くと清掃が済んだメインの部屋に椅子が二つ置かれ一つに誰かが座っている。モニターで見ると頭に全部を覆うマスクをかぶっている。耳と鼻のところに小さな穴がいくつか開き、目、口の所には丸い穴があったがジッパーがあり全て締められていた。身体はゴムのような服で覆われており、股の付け根だけ穴が開きだらしない一物が剥き出しになっている。頭、首、手、胴、足が専用の皮のベルトで椅子に縛り付けられている。

　嘉代が入って来た。前と同じスタイルだったがＴバックは脱いで濃い陰毛が剥き出しだ。細長い部屋には嘉代の夫はまだいなかった。狂気の妻をこれ以上見ていられなくなったのだろうか。
「貧相なモノぶら下げてるね」
　嘉代は持ったムチで男の小さく縮こまった一物をいたぶった。
「あたしのショーを見て私のファンになり、私に虐められたいってかい」
　男が唸り声を上げ身体を揺すろうとしたが動けない。嘉代は目と口のジッパーを開けた。口には猿轡をされている。
「外してほしいだろ。喋りたいだろ。いいんだよ、お前は犬なんだから」
　嘉代は散々に男をいたぶった。突き刺さるような激しさで執拗に男のプライドを傷つけた。俊雅はＳＭに興味はないがマニアには堪らない光景なのだろう。
「あたしとやりたいんだって。ふざけるんじゃないよ。こんな持ち物じゃ女房だって満足してないよ。あたしのここはね太くて長くて硬くなきゃ感じないんだよ」
　嘉代は男の前の椅子に座ると大きく股を広げた。男の呻き声が大きくなった。
「そんなに喋りたいのかい」
　嘉代は男の猿轡を外した。男は途切れ途切れに呻き声を上げた。
「…か…よ」

　嘉代の体が固まった。しばらくの間があって、嘉代の手で頭巾が取られた。嘉代は男の拘束を必死で外そうとしたが取れない。
「誰かー」
入って来た刺青の男達は嘉代をベットに倒した。
「何するのよ！」
　嘉代は大きな声を上げた。
「これが始めからの筋書きなんだよ」
「自分が旦那の前で犯られる気分はどうだ。さっきの女の気持ちが分かったろう」
「女王様とやるよりマゾの桔梗さんとやるほうがやっぱりいいぜ」
「無理やり輪姦されるのは久しぶりだろうが」
「この抵抗も何分持つかな」
ベットではさっきの場面が再現されている。やがて嘉代の声の音色が変わってきた。
「見てみろ旦那を」
　男の一人が嘉代の髪を持ち顔を横に向けた。夫の股間が立っている。

　客達はサロンに戻り、飲み物のテーブルから各自好きな飲み物を取るとテーブルに着いた。俊雅は水割りのグラスを取った。ビールをいくら飲んでも酔えない。
「あの桔梗さんは普段は大人しい控えめな奥さんなんですよ」
　案内の声が聞こえ、嘉代の写真が大型スクリーンに映し出された。スーパーでの買い物姿、喫茶店で女友達とお喋りしている姿、夫婦で散歩している姿。自分の趣味について静かに話す嘉代の声をバックにスナップ写真が続く。俊雅も知っている嘉代だ。画面は変わり、恥ずかしそうにポーズをとるヌードの嘉代、ぎこちないセックスのスチールへと変わったが、やはり、さっきの嘉代とは別人だった。

　突然画面が動き出し、女の悲鳴が聞こえた。ビデオの画面に変わったのだ。大勢の黒人に埋もれた女が一人いる。嘉代が輪姦されている。黒人の男はいったい何人いるのだろう。英語で喋る声や笑い声にまじり、嘉代の怒鳴り声が懇願に変わっていく。そして、セックスに悦ぶ声に変わっていった。黒人特有の太く長いモノを全ての穴にぶち込まれている。目は開いているがもう声は出ていない。黒人の男達はどんどん変わった。男達のモノが抜かれてもどの穴も丸く穴が開いたままで閉じる間もなく別のモノがぶち込まれた。

「この時に、どんなプレーもこなせる今の桔梗さんが誕生しました。さー、本当に今日でやめてしまうのでしょうか」
「私はやめないと思うね。それにしてもクライマックスはすごかったですねー。ベテランの桔梗さんもあの部屋の仕掛けを知らなかったんですね」
　右隣の客が俊雅に話しかけた。頷いただけで俊雅が乗ってこないのでお喋りそうなその客は反対側の客に相手を求めている。俊雅は嘉代と夫が今どうしてるだろうと思っていた。

「それでは、次にご覧頂く奥様につきましては、先にプロフィールとこれまでの流れをご説明いたします。引き続きご覧になる方はそのままお待ちください」
　左隣の客の声が聞こえた。カップルの客で、雰囲気から夫婦のようだった。
「俺、今度の奥さん知ってるぜ」
「本当？」
「あー、お前も会ったことあるよ」
「えー、誰よ」
「直ぐに分かる」

　何人か席を立ち、入れ替わりに入って来る人もいる。
「こちらへ」
　俊雅は係りの人について行くと廊下に出たので自分は帰されるのだと思った。しかし、別の部屋に通された。佐竹がいた。にこやかに笑いながら話しかけた。
「如何でしたか、野田さん」
「凄かったです。興奮しました」
「それは、それは」
「二人は今どうしているんでしょう」
「ご心配要りません」
　佐竹は指をさした。その部屋の壁にはモニター画面が幾つも並び、プロ用のビデオ編集機やパソコンがあり、反対の壁にはビデオテープやＣＤ類が収まっている。ここで映像の集中管理をしているのだろう。佐竹が指さしたモニターはさっきの部屋のベットでセックスをしている二人を映している。佐竹が操作している男に命ずると、二人は真ん中のメインの画面に大きく映り、声が聞こえた。
「あなたー、あなたー」
「嘉代、いいんだ、いいんだ、嘉代ー」
　二人は泣きながらセックスをしていた。あんな残酷な仕打ちを受けたこの部屋でセックスをする二人が俊雅には理解できなかった。
「夫婦愛ですな。やめてほしくないのでちょっと手荒なことになりましたが、これで桔梗も続けられるでしょう。それに、マゾ夫婦も二組誕生しましたし、ありがたいことです」

　俊雅は意を決して佐竹に尋ねた。
「実は、あの嘉代さんと私の妻が友達でして、最近妻の様子がおかしいのですが佐竹さんは何かご存知でしょうか」
「存じております」
　佐竹は微笑みながらサラっと答えた。俊雅は二の句が継げない。
「お知りになりたいですか」
　ゆっくり俊雅が頷くと、佐竹はさっきの男に命じた。
「始めろ」

「お待たせしました、次にご覧頂く奥様は白百合さんと言います」
　メインの画面に妻が映った。サロンの客も見ているはずだ。
「ご覧の通り奥ゆかしいどちらかというと古風なタイプの奥様です」
　自然な妻のスナップが次々と映し出される。
　　家族と楽しそうに買い物をしている妻、
　　デパートで焼き物の器を手に取る妻、
　　花屋で欄の花に見とれている妻、
　　ベンチで編み物をしている妻、
　　喫茶店で本を読んでいる妻、
　　ＰＴＡのイベントでの妻。

「ふとした弾みでこの奥様は”不思議の国のアリス”のように、別世界に迷い込んでしまいます」
　　下着の妻、
　　ヌードの妻、
　　秘部を晒す妻、
　　セックスをする妻。
「この貞淑で分別のある奥様が、あの名人”岩木翁”の手で快楽地獄に堕ちて行きます。夫も知らない淫乱なメス犬に変身します」
　ビデオになった。老人が手解きをしている。
　　　　　　　　　若い男との妻を、
　　　　　　　　　段々と積極的になる妻を、
　　　　　　　　　二人の男を相手にしている妻を。

「これまでの流れをご説明いたします。白百合は商品相場に手を出し夫に言えない借金を作ってしまいこの仕事を始めました。そしてビデオの中の親子ほども年の違う若い男と恋仲になり、彼の部屋で何回も昼下がりの情事を楽しみます。お客様の中にはその様子をご覧になった方も大勢いらっしゃると思います。
　先日の仕事で初めて二人の男を相手にしましたが、中年男のテクニックに恋人をそっちのけでご覧の有様です。あまりの興奮に白百合の記憶は飛んでしまい自分が何をしたのかが不安でたまりません。われわれの経験するひどい二日酔いの状態です。どこで飲んだのだろう、何をしたのだろう、どうやって帰ってきたのだろう、全然覚えてない。あれです。

　若い男に会い確かめたいと思いましたが、連絡が取れません。ずっと会えなかったが、今日やっと会えることになりました。一人で彼の部屋で彼の帰りを待っています。といっても彼女だけが彼の部屋と思い込んでるだけですけれども。彼には覗かれる心配のない部屋が別にちゃんとあります。
　白百合さんはこの世界に入り半年が経ちました。時間が掛かりましたがサナギから蝶に脱皮する瞬間が近づいています。私どもは正に今夜、皆様にお見せしたいと心から願っております。美しい蝶が初めて淫らに舞う姿を。
　現実の展開は期待通りに進むのでしょうか？　さーいよいよ、筋書きのないドラマが始まります。では、ご案内いたします」

　俊雅の目を残酷な映像が突き刺す。若い男にせがまれて俊雅との夫婦のセックスを再現している。二人の男を相手に放蕩に性をむさぼる妻。
「あれは妻じゃない。妻はこんなセックスに積極的なはしたない女じゃない。犬の真似などするはずがない。ましてや二人の男を相手になぞ出来るわけがない。
　自分は客の一人ではなかったのか。嘉代夫妻は知り合いだが客として覗き見る立場だった。それがなぜ客の自分の妻が覗きの対象にならなけりゃならないんだ」
　俊雅は思いたかった。自分は今、白昼夢の中にいるんだと。しかし、現実であることは否定できるはずはなかった。

「なぜだ、何なんだこれは。どうしてこんな事になったんだ。誰か教えてくれ。
　今はそんなことはどうでもいい。何とかせねば、妻は何も知らない。大勢の前で妻が晒し者になる。その中には妻を知る人もいる。どうすればいいんだ」
　俊雅は土下座でもなんでもするつもりですがるように佐竹の顔を見た。微笑んでいるような表情だったが目は鮫のように感情のない冷たい目をしている。突然、怒りがこみ上げてきた。俊雅は佐竹に飛び掛った。
　次の瞬間、俊雅は床に寝ていた。慌てて起きようとするとわき腹が急激に痛んだ。床の上で丸くなった体がゆっくり時計回りに回転する。声を出したいが出ない。刺されたと思った。

「これまでの誼みでお前を晒しもんにはしなかったんだ。お前らをあの夫婦や、桔梗夫婦のように扱うことも出来たんだ。お望みなら、椅子に縛り付けて女房の前に放り出してやろうか」
　もう佐竹の言葉に敬語はない。痛むわき腹に手をやった。パンチを貰っただけのようだ。
「訴えてやる」
　怒鳴りたかったが、絞り出すようにしか声が出なかった。
「俺達がお前の女房に借金を作らせた訳じゃない。この仕事もお前の女房が自分の意思で始めたんだ。借金の分も粗方稼いだろう、自分の身体で。男を作ったのも自分からだ。やれるモンならやってみな」

　冷酷に言い放つと佐竹は俊雅の髪を掴み顔をメインの画面の方に向けさせた。画面にはさっきの部屋で覗き窓に顔を押し付け桔梗が犯されるのを見ながら股間に持っていった手を激しく動かしている俊雅がいた。

　佐竹は命じた。
「客に切り替えろ」
　モニター画面にいろんな顔が一斉に映し出された。頭巾のままの顔もあったが、ほとんどが頭巾を取り顔を出していた。個室の監視もしていたのだ。メインの画面に中年の裸の男女が映っている。声からしてさっきのカップルだろう。
「副会長の野田さんじゃない」
「びっくりしただろう」
「あの人がねー、信じられない」
　俊雅は男の顔を知っていた。ＰＴＡの会長だ。
「校長も来ている。ほかにも何人か副会長を知っているのが来てるよ」
　俊雅は小さいモニターの画面を探した。本当だった。妻が買い物をする老舗の主人もいる。時間を追うごとに状況は悪くなっていく。
　テレビでよく見る有名人の顔もあった。この人は妻を知らないだろうが。
「校長が言うんだよ、最近はＰＴＡで彼女に会うのが楽しみでネーって。ウチの娘の進学は百パーセント大丈夫だ」

　佐竹が言った。
「世間じゃ俺達をガンだダニだって言うが、人間一皮向けば大して変わらん。お前も同じ穴の狢だ。ここを出て警察に行くも良し。女房を連れて帰るも良し。好きにしな。ただし、お前ら家族が破滅してもいい覚悟が出来たらな」