〜少年たちの暴挙〜　�A

　何も考えられず、ボーッと自転車を漕いでいく詩織。
　普段なら鍛えられた脚力でグングンと登っていく坂道も、今日は自転車を降りて覇気なく押して歩く。
　蝉の声も、野鳥のさえずりも、いつもと同じ元気な声だ。自分以外はまるでいつもと違わない。
「はぁ……」
　尽きることない溜息をつきながら、スッと真っ青な空に顔を向けてみる。っと、そこへなにやら覚えのある声が後方から聞こえてきた。
「ハアハア、やっと追いついたよ。部活はどうしたんだ？　休んだのか？」
「……うん。ちょっと体調悪くて」
「ええ！　お前が体調壊すなんて、よほど強烈なウイルスなんだろうなぁ」
「な、なによ、失礼ね。弘くんだって今日は柔道の練習ないの？」
「あ、ああ、今日は休みなんだ。……俺だけ」
「それってずる休みじゃない。もう、だめだよ、そんなことしたら……って、実は私もなんだ」
　微かに浮かんだ笑顔が、ふたたび暗い影に沈んでいく。
「でもさぁ、詩織が部活さぼるなんてめずらしいよな。何があったのか言ってくれよ」
「…………」
　詩織の目じりから一筋の涙が流れた。
「あ、やだ、どうして涙が出てくるんだろう。ご、ごめんね、本当になんでもないの」
　助けてほしい……その言葉をどんなに口にしたいか。しかし言えるはずもない。彼氏と山の中でセックスしているところをカメラに撮られたなんて、口が裂けても言える訳がなかった。
「……なあ、久しぶりに俺んちへ寄っていかないか？　どうせ俺んとこもお前んとこも夕方にならないと親は帰って来ないしさぁ」
「ふぅー、そうだね。久しぶりに行こうかな」
「よーし、それじゃあ俺んちまで競争だ！」
　叫びながら自転車を走らせる弘明。詩織は、大きな背中を見つめながら、その気遣いに心から感謝した。

「おかしいなぁ、昔は圧倒的に俺のほうが速かったのに……あ、ほら、遠慮せずにあがれよ」
　ひさしぶりに訪れる弘明の部屋。
　幼いころはよくこの部屋で一緒に寝たものだ。
　なんの悩みもなく、ただ無邪気に生きていたあの頃……なにも変わらぬ部屋の空気に、懐かしい童心の思いが沸々と蘇ってくる。
「わあ、懐かしいねこれ。まだ持ってたの？」
　小さい頃、弘明と一緒によく遊んでいた戦闘機。
「ああ、なんだか捨てられなくてさ」
「わたし、どうして人形なんかより戦闘機のほうが好きだったんだろう？」
「う〜ん、そうだな。そういえば詩織って、昔から男の子が遊ぶようなオモチャばっかりで遊んでたよな」
「ああ、これも懐かしい」
　部屋を探索してはあれこれと思い出の品を見つけ、懐かしむ顔に笑顔を滲ませる。
　そんな詩織に弘明も心の中で喜んでいた。
　なにがあったのかは聞かない。
　詩織に笑顔が戻ればそれでいい。
　苦しみの種を少しでも取り除いてやることができれば、それだけで十分だった。
「あっ！」
　何気に開けた机の引き出しから、見るからにエッチな卑猥本が出てきた。詩織は顔を真っ赤にし、あわてて閉めた。
「んっ、どうかしたかぁ？……あっ！」
　エロ本を見られた……弘明は、しまったとばかりに苦虫でも噛み潰したような顔で下を向いた。
　優しさに包まれていた部屋の空気が一遍していく。
　二人のあいだに重苦しい空気が流れた。
（ど、どうしよう、……私のせいだ。……ええっと、ええっと、なにか話さなきゃ）
　エロ本のことを避けるより、むしろ明るく話題にしたほうがいいのではないか……そう考えた詩織は、わざと慣れた感じで言葉を発した。
「弘くんもエッチ本なんて持ってるんだね。あっ、そういえば、友達の女の子もエッチ本を何冊か持っててね、このあいだなんか学校にまでそれを持ってきてたよ」
「…………」
　うつむいたまま、微動だにしない弘明。
（あれ？　な、何かまずいこと言ったかなぁ……）
「……詩織もあんなのを読んだことがあるのか？」
　ボソッと呟く弘明に、詩織は戸惑いながらも嘘をついた。
「う、うん……少しだけ」
「えっ？」
　意外な返答にパッと顔をあげるが、目が合うとまたすぐに顔を赤らめてうつむく。弘明は、胸奥で磯貝のことを考えていた。
　性に対して好奇心が旺盛なのは、なにも自分だけではない。それは磯貝も同じなんじゃないだろうか。ましてや彼女が詩織ほどの女なら欲情しないほうがおかしい。
　弘明の心にメラメラと嫉妬の炎が燃え上がってきた。
「な、なぁ、……別れちまえよ」
「えっ？」
「おまえが苦しんでいる原因は彼氏なんだろ？」
「えっ、ち、違うよ……」
　弘明の言葉に動揺していく詩織。
「あのさ、……そ、その……大変、聞きづらいことなんだけど」
「な、なに？」
　詩織はドキドキしていた。
　もしかして山中でのことを弘明も知っているのだろうか。
「あのさ、つまり……もうヤッちゃったのかってこと」
「なっ、……そ、そんなこと」
　唐突な質問に美形がみるみる強張っていく。
「こ、これだけはどうしても知っておきたいんだ。頼む、正直に言ってくれ」
　真剣な眼差しを向ける弘明に、詩織は瞳をふせて首を小さく縦に振った。
「そ、そうか……」
　弘明の動揺ぶりは詩織の眼にもあきらかだった。
　田中から聞いた磯貝という男の噂。
　ミーハーな女どもが餌食になるのは一向にかまわない。が、しかし、詩織までもがそんな軟派男に引っかかるなど、決して許せるはずはなかった。
　嫉妬と怒り、それに失望までもが加わり、弘明の理性がグニャグニャと折れ曲がっていく。
（詩織も彼氏のチ○ポを咥えたり、腰を振ったりしているのか……）
　磯貝によってヴァージンを奪われたという現実は思春期の弘明にとって憎悪よりも興奮のほうが遥かに大きく、いけないと思いつつも頭の中でついつい不埒なことを想像してしまう。
　グッと奥歯を噛み締め、なんとか邪念を振り払おうとするが、悶々とした厭らしい妄想が自分の意思とは関係なく次々に湧き上がってくる。迂闊にも、ズボンの中で縮こまっていたペニスが徐々に膨張しはじめていった。
「ひ、弘くん……」
　真っ赤な顔でうつむいたままの弘明に、詩織がおそるおそる声をかける。
「へ、変なこと聞いちゃってごめんな、詩織」
　弘明の声は微かに震えていた。
　気まずい雰囲気のなか、懸命に明るく振舞おうとする詩織。そんな詩織の気遣いをよそに、弘明の口からはなんとも大胆な言葉が発せられてきた。
「そんなに苦しい恋なんてやめればいいよ。お、俺……俺さぁ、実は小さい頃からずっとお前のことが好きだったんだ。だから、だからずっとお前のことを守っていってやりたい！　磯貝先輩と別れて俺と付き合ってくれ！　頼む！」
　胸のうちをすべて吐き出し、弘明は土下座したまま思いっきりイガグリ頭を畳にこすりつけた。
「そ、そんな……弘くん……」
　詩織はその想いになんとなく気付いていた。
　気付いていたからこそ距離をおくことにしていた。
　詩織は悩んだ。
　小さい時からずっと傍にいて、いつも身を挺して守ってくれた弘明。できれば悲しませたくはない。だが、その気になれないのならキッパリと断ってやったほうが弘明の為にもなる。しかし、いかんせん、それは詩織の柔な性格ではとても言える言葉ではなかった。
　どう答えたらいいんだろう……頭の中で必死に言葉を模索する。っと、その時、弘明の大きな手がスッと詩織の手の上に置かれてきた。
「し、詩織、頼む！」
　高揚した弘明の熱がヒシヒシと手に伝わってくる。
（あぁ、どうしたら……）
　詩織は焦った。
　弘明の手が次第に力をこめて握り締めてくるのだ。
　ドキドキと鼓動は高まり、なぜかわからないが頭の奥のほうがジーンと痺れている。
　なにか言わなければと思うのだが、緊張のあまり声がまるで出てこない。そんな詩織の態度が弘明を大いに勘違いさせた。
「えっ、……んっ、んん！」
　突然の出来事だった。
　握り締めた手をグイッと引っぱられ、刹那に大きな身体の中へと吸い込まれた。
　そして、ビックリして顔をあげた瞬間、フッと弘明の顔が重なってきた。
　弘明には、無言のまま紅潮していく詩織の表情が、まんざらでもない、というふうに映ってしまったのだ。
「んっ、んふぅ、んん」
　あまりにも突然のことで何が起こっているのか今ひとつ理解できないでいる詩織は、苦しそうに鼻で息をしながらジッと弘明を見つめた。
　初恋相手とのファーストキスが、弘明をひどく泥酔させていく。
　唇の感触はなんとも柔らかく、その味はキャンディのように甘い。えも言われぬ甘美な感覚は、このまま身体が爆発してしまうのではないか、そんなふうに思えるほど精神を昂ぶらせた。
　ニキビだらけの赤ら顔をうっとりさせ、遮二無二唇を吸い続ける弘明。
　詩織は、円らな瞳にグッと力を込めながら、なんとか弘明から離れようと体を押してみた。
　だが、九十キロもある弘明の巨漢はびくともしない。逆に、押されたことで離さまいと力をいれた弘明の両腕により、詩織の上体がわずかに傾いてきた。
「んんっ、んーっ、んん！」
　唇を離そうと頭を引くが、ピタリと唇を重ねたまま俊敏に弘明が追いかけてくる。そして、絡み合う二人の身体は、意図的ではなく、自然な原理によってその場へと倒れてしまった。
　巨体に圧し掛かられて苦しそうにもがく詩織。
　いっぽう、欲望に突き動かされている弘明は、ディープキスなんて認識は持っていなかったのだが、本能で詩織の可憐な舌を求めていた。
　かたく閉ざされた歯をこじ開けようと、強く唇を押し付けながら舌先で歯を弄くりまわす。
　グイグイと体重をかけられ、嗚咽を漏らすことで詩織の歯は少しずつ開いていった。
　そのわずかな隙間から、即座に肉厚の生温かい舌がヌルーッと侵入していく。
「ううぅ……うふぅ」
　チャプ、チュプ、……チュパ、クチャ、
（ああぁ、ツルツルしてる……柔らかくて可愛い舌だ……それに甘い）
　苦しがる詩織に気付く余裕さえなくし、弘明は無心で恋慕相手の口唇を貪った。
（ハアハア、詩織……詩織……）
　ねっとりと舌を絡め、甘い感覚に脳天まで痺れさせながら、シャツの上からゴソゴソと胸元付近をまさぐる。弘明の手は、すぐに胸の隆起をとらえた。
　抵抗らしい抵抗もできないまま、鷲掴みにされたバストがギュウッと痛みすら感じるほどに強く激しく揉まれていく。詩織は、祈るような気持ちで弘明を見た。
（イヤ、……だ、だめ、だめよ……弘くん、正気に戻って……お願い……）
　詩織の願いもむなしく、飢えた弘明がシャツのボタンに手をかける。焦れながらも、ひとつずつキッチリ外していくと、次第に純白のブラが露わになってきた。
　弘明の手が無造作にブラのカップへと差し込まれていく。
　口を塞がれたまま、詩織は必死に弘明の体を押した。
（ううぅ、詩織の……詩織のおっぱいだぁ……柔らかい、柔らかいよ）
　ブラカップの中でモゾモゾと蠢く巨漢の掌。
　汗ばんでいる膨らみをモミモミしながら、太い指先で何度も小さな突起物を弾いてみる。
　意識が朦朧としているのか、重ねられた口の中では大量の涎が詩織の口へと垂れ流れてきていた。
　注ぎ込まれる唾液を吐き出すこともできず、眉間におおきな縦皺を刻みながらコクリ、コクリ、と呑み込んでいく詩織。とてつもない苦痛の中、詩織はなおも必死に抵抗した。
　暴れようとする詩織の身体を巨体で抑えつけ、片腕は細い首にまわしてガッチリと頭を固定している。はたから見れば、もうこれはレイプさながらの光景だった。
　冷房機具のない部屋が、二人の熱気でさらに室温をあげていく。
　詩織もかなりの汗を分泌させていたが、弘明の汗に比べると無に等しかった。
　真上からボタボタと垂れ落ちてくる弘明の汗。その頻度は尋常ではなく、油断すると眼の中にまで入り込んでくる。詩織の顔や身体は、滴ってくる弘明の汗でネトネトになっていた。
　気温三十五度のなか、狭い室内で汗まみれになって絡み合う二人。
　弘明の暴走はいっこうに止む気配を見せず、ついには自分のズボンとパンツを一気に脱ぎ捨ててしまった。
「！？」
　太ももに感じるカチカチの性器。
　そこから何かが吐き出されているのか、妙にヌルヌルとした感触が伝わってくる。
　詩織は、力の限りを尽くして猛然と暴れた。
　そして、スカートの中に入り込んでいた弘明の手が股間に触れた瞬間、おもいっきり跳ね上げた右足によって体勢が僅かに崩れた。
「やめて！　弘くん、お願いだからやめて！」
「あっ、……し、詩織」
「お願い、もうやめて！　離して！　このままだと弘くんのこと嫌いになっちゃうよ！」
「あっ、……あああぁ……俺……俺はなんてことを……」
　詩織の悲痛な叫びが弘明の理性を完全に呼び起こした。
「俺……そ、そんなつもりじゃ……」
　乱れた衣服を直しながら、真っ赤に腫らした瞳を向ける詩織。
　ただならぬ状況を理解した弘明は、突然声をあげて泣き出しはじめた。
「弘くん、ごめんね。……わたし、どうしても弘くんのことを恋愛対象にできない。……ごめんね……本当にごめんなさい」
　詩織は、泣きじゃくる弘明に何度も謝りながら部屋をあとにした。

　すべて優柔不断な自分がいけないのだ……

　自宅に戻った詩織は、食事も取らずにベッドのなかへ潜り込むと、自分の不甲斐なさに腹をたてながら激しくむせび泣いた。