第三章 〜失望と絶望〜　�@

「詩織、帰らないの？　あっ、もしかして誰かと待ち合わせ？」
「う、うん」
　校門脇の木陰へぽつんとたたずんでいる詩織に、友達の有里が声をかけてきた。
「どうしたの？　なんか暗い顔してるよ？」
「ううん、そんなことないよ」
　愛嬌のある顔に浮かんだ僅かな暗鬱。そんな詩織を、有里が心配そうに見つめる。
「そういえば、あんた磯貝先輩のこと気に入ってたよね？」
「う、うん、まあ……」
「あの人には気をつけたほうがいいよ」
「えっ？」
　詩織は、嫌な予感に胸をドキッとさせた。
　真剣な口調で有里がさらに続ける。
「昨日さぁ、部活中に二人の先輩がケンカしちゃったのよ。磯貝先輩のことで」
「ど、どうして？」
「よくは分からないんだけどね、互いに磯貝くんの彼女は私よ、って叫んでた」
「そ、それって、……どういうこと？」
　嫌な胸の高鳴りがますます大きくなっていく。
「つまり……そうねぇ、磯貝先輩が二股かけてたってことじゃないのかなぁ」
「ふ、二股？」
「うん。まあ、磯貝先輩には色んな噂があるしね。……んっ、あれって、磯貝先輩じゃない？」
「えっ？」
　あわてて振り向くと、その視線の先には笑みを浮かべながら猛スピードで自転車を走らせてくる磯貝の姿があった。
「もしかして、待ち合わせの相手って……」
　有里が驚いたように聞いてくる。
「う、うん、……実はそうなの」
　詩織はバツの悪そうな顔で答えた。
「ねえ、ほんとに気をつけなきゃダメよ。なにかあったら遠慮なく相談してね。絶対だよ。じゃあね」
　磯貝が到着する前に、有里はそそくさとその場から立ち去った。
「待たせちゃってごめんよ。あっ、なにか大事な話をしてたんじゃないの？　タイミング悪かったかなぁ？」
　申し訳なさそうに微笑む磯貝に対し、微笑を浮かべて小さく首を横にふる詩織。だが、その心中は穏やかではなかった。
「それじゃ行こうか」
「行くって、どこへですか？」
「このあいだの丘」
　クールな笑みにハッキリと浮かんだ欲情。磯貝の目的はあきらかだった。
　詩織の脳裏に、全身を激烈に駆け抜けた、肉をビリビリと引き千切るような激痛が思い出されてくる。いま思うと、あのときの態度は悔やんでも悔やみきれぬほど軽率なものだった。まだ自分は十四歳なのだ。ましてや、ろくに交際期間もないままに大事な処女を捧げてしまった。いくら強引に言い寄られたにしても、それをキッパリと断らなかった自分も悪い。挙句にはその行為を覗かれ、いまでは卑劣な少年の言いなりにならざるを得なくなっている。
　ジリジリと首筋を焦がす陽射しのなか、詩織の背筋にはわずかな鳥肌がたっていた。

　実はあのときの現場を同級生に目撃され、それをネタに脅されている……

　詩織はおもいきってその事を打ち明けてみようかと思った。
　磯貝なら何かよい方法でうまく対処してくれそうな気がする。だが、もし話がこじれたらどうしよう。田中からは絶対に他言するなと強く言われている。一抹の不安が詩織を孤立させ、それによって脅迫されているという事実はむなしくも胸の奥へと追いやられていった。

「あ、あの、先輩」
「んっ？」
「わたし、あの丘へはあんまり行きたくないんです」
「えっ、だって、あそこからの景色、ずいぶん気に入ってたじゃないか」
「そ、それはそうなんですけど……あっ、海なんてどうですか？」
　この時期、浜辺ならわりかし人もいる。そこだったら磯貝も大胆なことはできないはずだ。
「海？　うーん、そうだなぁ……」
　磯貝は、一刻もはやく詩織を抱きたかった。
　これまで体験してきた女達とはまるで比べ物にならぬ質感と肉感。
　華奢に見えるが、実際に触れると分かるとてつもなく厭らしい肉の張り具合。
　大人の女性に比べるとまだまだ全体的に小振りなのだが、それでも同年代の少年たちからすると発狂するくらいに悩ましい、いや、厭らしい身体には違いない。同じ中学に通う男子生徒なら、誰もが一度くらいは詩織をオカズにマスターベションしていることだろう。
　詩織の知らぬところで、早熟の華麗なボディは当たり前のように卑猥な妄想の対象とされていた。
　もちろん磯貝にとっても詩織は性そのものだった。
「海……海……どこか……あっ、そうだ！」
　首を傾げて考え込んでいた磯貝が、ふと閃いたように顔をあげた。
「よし、海に行こう！」
　満面の笑みを浮かべ、急ぎペダルを踏み込む。詩織もあわてて後を追いかけた。

　詩織の脚力を知っているのか、力強くグングンと飛ばして走る磯貝。
（浜辺の道はあっちなのに、いったいどこへ向かっているんだろう）
　先を走る磯貝が、下りの海岸道をはずれて山道のほうへと上がっていく。
　不審に思いながらもついていくと、山の中腹辺りで磯貝が止まった。
「ここからは自転車で行けないからさぁ、自転車はここに置いていこう」
　そう言い、わずかに開けた道路脇に自転車を置くと、磯貝はバサバサと草木をかきわけはじめた。
「ちょっと荒れてるけど我慢してくれよ」
「う、うん」
　生い茂った草木に覆われている幅一メートルほどの小さな道。
　一応舗装はされているのだが、いまは使われていないのか人の通った気配がまるで感じられない。
「磯貝先輩って、いろんな場所を知ってるんですね」
「んっ、ああ、痛っ！　あたた、詩織ちゃん、そこの枝に気をつけて。こ、ここはね、前に友達から教えてもらったんだよ」
「女性の友達ですか？」
　悪戦苦闘している磯貝に、詩織は何気に聞いてみた。
「ええっ、いやいや、男友達だよ」

　このような場所に男友達と、いったい何をしに来るというのだろう……

　ふいに有里の言葉が胸を締め付ける。
「さあ、ついたよ。ほら、ここも絶景だろう」
　山肌の林道を抜けると、そこにはどこまでも続く真っ青な水平線が見えていた。
「わあ……」
「うふふ、どうだい？」
「あの丘といい、この海辺といい、この町にはこんなにも素敵な場所があったんですね」
　構築途中のまま手付かずになっている小さな波止場。
　厳つい岩肌でできている磯のあいだには、ところどころに綺麗な天然の砂浜が造られていた。
　作りかけの波止場を除き、不純物がいっさい含まれない美しい自然の世界に、心の曇りが一瞬にして消えていく。
「ほんとうに綺麗……」
「詩織ちゃん、あっちへ行ってみようよ」
　絶景に心躍らせる詩織とは違い、セックスだけが目的の磯貝は、もうすでに股間の疼きを覚えていた。
　詩織の手をひき、キラキラと輝いている砂浜にそろって腰をおろす。
　純真を忍ばせた瞳でジィーッと水面を見つめる詩織。
　海辺の強い日差しが小麦色の肌にうっすらと玉のような汗を滲ませていく。ショートの黒髪から覗く優美な首筋には、ときおり汗の雫がツツーッと流れ落ちていた。
　可憐な横顔を見つめていた磯貝の眼が、その視線をググッと下におろしていく。夏服のシャツから透けて見えるブラの線。背を丸めているせいで余計にハッキリと見てとれる。
「詩織ちゃん……」
　磯貝は、辛抱たまらんとばかりに詩織を抱き寄せた。
　そして、間髪いれずにキスをした。
「んっ、んんん」
　磯貝の解き放たれた性欲は、その卑しさを露わにしながら少女の口唇を貪った。
　苦しさと性的興奮で、耳の裏まで真っ赤に染めていく詩織。
　また誰かに見られるかもしれない……そんな不安がすぐに湧き上がってきた。
（だめ、こんなことばかりしてちゃ駄目よ。ちゃんと、ちゃんと拒まなくちゃ……）
　そう思ってはいるのだが、興奮している身体が思うように動いてくれない。詩織の弱々しい抵抗は、かえって磯貝に勘違いをあたえた。

　詩織もその気になっていると勘違いした磯貝が、さらに大胆な行動へでる。
　ふっくらとした上唇、下唇をチュバチュバとしゃぶりあげ、差し込んだ舌で口腔のいたるところを舐めとりながら、絡めた幼い舌をチューッと吸いあげていく。真っ直ぐに硬直していた詩織の身体が少しずつ反りはじめ、たわわな膨らみが突き出されてくると、すかさず磯貝の手はその隆起を掴んでいた。
「ハアハア、詩織……」
　片腕でしっかりと詩織の上体を支えておきながら、もう片方の手で乱暴に胸元をまさぐる。
「ん、んんっ、……あっ、イヤ、待って」
　乳房をきつく揉まれ、詩織はとてつもない不安からおもわず磯貝の身体を突き放した。
「ど、どうしたんだよ」
「も、もうこんなことイヤです」
「どうして？　詩織だって気持ちよさそうにしてたじゃないか」
「そ、それは……」
　詩織は答えられずにうつむいた。
「別に、俺たちだけが特別な行為をしてるってわけじゃないんだよ。だ、誰だって、……特に恋人同士なら当たり前の行為じゃないか。詩織は本当に俺のことが好きなのか？」
　怒りをふくんだ磯貝の言葉に、黒目の澄んだ瞳にじわっと涙が滲む。詩織は、おもいって有里から聞いた疑問を磯貝へ投げかけてみた。
「そ、そんな友達の言ったことなんか真に受けんなよ！　あれは彼女たちが勝手に勘違いしてることなんだよ。お、俺は別になんとも思っちゃいないんだから」
　磯貝はあきらかに動揺していた。それを誤魔化すかのように、わざと怒った口調で言い立てている。
「大体さぁ、その子たちと何かあったっていう証拠はないんだろ？　確証もないのに他人の言葉を信じちゃダメだよ」
「そ、それじゃあ、本当にわたし以外に付き合っている人いないんですか？」
「当たり前じゃないか。詩織ちゃんは俺のことをそんなふうに見てたわけ？」
「ううん、違う、そんな……そんなわけじゃないけど」
「俺は絶対に詩織ちゃんを裏切るようなことはしない。神に誓うよ」
「う、うん……あっ」
　磯貝は、ふたたび詩織を抱きしめた。
　身体を強く引き寄せ、自身の顔を少女の黒髪へと埋めていく。
　緊張を解いた詩織の肉体は、存分に男の劣情を煽り立てた。
　鼻先で豊かな黒髪をかきわけていくと、その先にはうっすらと汗を掻いた可愛らしいうなじがあった。そこへグッと鼻を押し付けてみる。
「ああぁ、いい匂いだ……」
　自分の顔がだらしなく弛緩していくのを、磯貝は自分でもはっきりと感じていた。
　美少女の甘い体臭とわずかな汗の匂いがミックスされ、それがなんとも刺激的な分泌臭となっている。磯貝は、ほぼ無意識のうちに舌を突き出していた。
「ひゃっ、」
　ビクン、詩織の肩が跳ねた。
　隠れたうなじをペロリ、ペロリと舐められ、くすぐったさとムズムズ感に鳥肌がたっていく。詩織は、いまだ釈然としないまま磯貝の行為に耐えていた。
「あっ、んああぁぁ……せ、先輩、くすぐったい」
　ざらついた舌が、うなじから鳥肌をたてている首筋へヌルーッと滑り落ちていく。磯貝は、しょっぱくて甘い詩織の汗をたっぷりと口の中へ運んだ。
「ハアハア、いいだろう、詩織……」
　欲情を再燃させた磯貝の手が、ゆっくりと胸元をまさぐりはじめる。手ごろに膨らんだバストに掌を押し当て、その悩ましい弾力を確かめるようにギュウッと揉み潰す。
「あうっ、……せ、先輩、ここじゃイヤです」
「だ、誰も見てないって。なあ、いいじゃないか、頼むよ」
「イヤ、本当にイヤなんです」
「もったいぶるなよ！」
　磯貝は、声を荒げながら乱暴に詩織を押し倒した。
「きゃっ！」
　暴れようとする詩織を力ずくで押さえつけ、捲くれあがったスカートの中へすかさず手を突っ込む磯貝。すでに性への昂ぶりは限界を超えていた。
「お願い、やめて！」
「うるさい！　いいから黙ってやらせろよ！」
　カッとなった磯貝が大声で怒声を浴びせる。スカート内に入り込んだ手が、パンティ越しに荒々しく秘部を蹂躙してきた。
　磯貝の額に浮き出た野太い血管。詩織は背筋に冷たいものを感じとりながら、グッと声を押し殺した。
「ほら、腰を浮かせなきゃ、パンティが脱がせられないだろ」
「あ、……ああぁ……」
　苛立ちをあらわに冷たく言い放つ磯貝。紅潮した顔からは普段の精悍さや優しさといったものが微塵にも感じられない。我を忘れた磯貝の態度は、詩織をひどく怯えさせた。
　引き千切らんばかりの勢いで両脚からパンティが抜き取られ、乾いた秘唇に無理やり指の先端がねじ込まれてくる。
「うっ、ううぅ」
　悲痛に呻く詩織のことなどまるでおかまいなく、磯貝はスカートの裾をガバッと捲くりあげてすぐさまそこへ顔を埋めた。
「うっ、うっ、いやぁ……」
　思ってもみなかった磯貝の豹変ぶりには、驚愕よりもとにかく恐ろしくてたまらなかった。恐怖と羞恥で破顔した美貌を両手で覆い、詩織は小さな声でむせび泣いた。
　そんな詩織の哀しみが磯貝の嗜虐本能に火をつけたのか、うっすらと生えた草むらをズリズリとかき分け這いずりまわっていた舌が、プクッと膨らんだ小さな包皮に強く吸い上げてきた。
「あうっ、」
　針で刺されたような鋭い痛みに、嗚咽が一瞬止まった。いや、呼吸が止まった。
　痛烈な電流は、クリトリスを基点にして脳にまで達してきた。
　詩織は、ひどく震えようとする身体を懸命に抑えながら、ただひたすら磯貝の被虐的な行為に耐えた。