３．決心

　稔は、弥生をさんざんいたぶって、ぷいと外出した。
　弥生は、しばらく呆然としていた。不意に過去の記憶が蘇った。

　弥生には、社会人になってすぐ、学生の頃からずっと付き合っていた男がいた。男の名は中川辰夫。大学の先輩だった。辰夫の誕生日を祝おうと、自分のマンションに辰夫を招待していたのだが、運悪く、会社で新人の歓迎会があり、途中で適当な理由をつけて帰ってきたのだが、そこで見たものは、辰夫が妹、仁美をレイプしている光景だった。

「辰夫・・・・なに？誰？」
　辰夫が、脱がせかけのセーターで頭と両腕を拘束された女性を後ろから犯していた。スカートがまくられ、真っ白なお尻が露わになっていた。
「弥生・・・・」
　辰夫は、そう言ったきり、押し黙った。女性は、たぶん、妹の仁美に違いなかった。
「・・・仁美？・・・仁美なの」
「弥生・・・」

　仁美の声に違いなかった。
「辰夫、何してるの。やめて、離れて」
（レイプなの？・・・それとも？）
　仁美は、今までにも弥生の男に手を出したことがある。弥生は、この光景がレイプなのかどうか判断に迷っていた。
「動くな！弥生。・・・そこで見てな」
　辰夫は、ハッキリした口調で言った。
「何言ってるの？ばかなことやめて」
「動くな。そこで見てろ・・・・でないと仁美の中に出すぞ」
「いやーっ。だめ、中はダメ」
　仁美が声をあげた。
「中に・・・何・・・ばか、やめて」
「黙れ。そこで見てろ」
　そう言いながら、辰夫はわざと動きを速めた。
「ああ・・あああ・・・だめ・・だめ・・・中に出さないで」
　仁美がさらに大きな声をあげた。
「お願い。やめて・・・辰夫」
　弥生は、横に座って、辰夫の目線に合わせてお願いした。激しく動きながら辰夫は
「脱げ。弥生」
「えっ」
「脱ぐんだよ。裸になるの。早く、出すぞ・・・出すぞ」
「いやーっ」
　仁美が泣き声で絶叫した。弥生は、まだ、レイプなのかどうか迷っていたが、どちらにしても中に出されては仁美がかわいそうだった。
「わかったわ。だから、離れて」
「早く！」
　辰夫の声も大きくなった。弥生は慌ててブラウスとスカートを脱ぎ、そこで躊躇した。
「全部脱ぐんだよ」
　辰夫がたたみみかけた。せかされ、ブラをはずすと、ショーツも脱いで、弥生は全裸になった。
「脱いだわ。もういいでしょ」

「弥生、お前に入れようか？」
「だめ、お姉ちゃんにはだめーっ」
　仁美が、答えた。
（辰夫にレイプされたのよね。仁美・・・。これは、レイプなのよ）
　弥生は、自分に言いきかせた。

「仁美・・・・いいのよ。・・・いいわ。わたしにして、仁美から離れて」
「うう・・・もういきそうだ」
「だめ、早くどいて、仁美からどいて」
「弥生、こっちへ来い。仁美のお尻の上に顔を載せろ」
　弥生は、言われた通り、仁美のお尻の横に座り、そのお尻を腰のほうから抱え、お尻の上で顔を横にした。辰夫の動きは、さらに激しくなった。辰夫は直前で仁美を離れ、仁美のお尻の上の弥生の顔を両手で押さえると、弥生の口の中に放出し、それを飲み込ませた。
　正直なところ、弥生は、仁美がレイプされていたとは、今でも思っていない。ただ、優しかった辰夫の豹変に、男の本性を見たような気がした。

「男って・・・・・・」
　弥生は、一言つぶやくと、立ち上がった。それから、泣きはらした顔をメイクでかくし、マンションを出て駅に向かう途中真希に電話した。真希は弥生の上ずった声に驚いた。
「どうしたの？弥生」
「真希さん、お願い、しばらく泊めてくれない？」
　電話で弥生は、夫、稔の行為を手短に伝えた。
「そうなの・・・私にも責任があるわけね。いいわ、今日はずっと、さっきのホテルだから・・・、来られる？」
「え、ええっ・・・行けるけど・・・」
「そう、じゃぁ待ってるわ。」

４．転機

「真希、誰か来るの？」
　声をかけたのは、真希の勤める会社、NOAプランニングの代表、工藤俊哉だった。真希は、代表の俊哉と専務の葛城一樹、そしてNOAが経営するクラブ“ノア”のママ美菜子の４人で、ホテルのスイートルームで食事をしているところだった。
「ええ、さっき、上でご覧になったでしょう。彼女。弥生が・・・・」
　さきほど、スカイラウンジで俊哉は弥生を見ていた。
「どうかしたの？深刻そうだったけど・・・」
　真希が、弥生からの電話の内容を伝えると、俊哉が
「どうする？部屋をとるか？」
　と真希に聞いた。
「すいません。せっかくの日なのに・・・でも、そうしていただけると助かります」
　このホテルも昨年NOAが買収したもので、さっそく一樹が、支配人に電話を入れた。

「真希は女性ともつきあうんだね」
　俊哉が話題を変え、いまさらながらに驚いて見せた。
「マキだったり、マサキだったり」
　一樹は、真希の先輩で、真希が真希（マサキ）だったときから、よく知っている。と言うより、真希が一樹に憧れて、同じ大学に進んだのだ。
「ニューハーフって言われても、たいていは女の子ね。真希ちゃんは、どちらかじゃなくて、本当に両方だものね」
　美菜子も追随した。
「変ですか？自分では当たり前なんですけど・・・でも、弥生さん、いい感じですよ。わたし、美菜子さんの若い頃・・・ごめんなさい・・・２０代の頃って知らないですけど・・・もしかしたら、こんなだったかもって思っちゃいました。」
「あら、そうなの？・・・・会ってみようかな？わたしも・・・・」
　美菜子が、嬉しそうに笑った。

　少し早めだったが、さきほどのホテルに着いた弥生は、真希に教えられた部屋を訪れた。ドアをノックすると、ドアを開けた真希は弥生を見ると
「ああ、弥生。つらかったね・・・。さぁ、入って。」
　弥生は、思わず涙が出そうになったが、それをこらえて、中に入った。そこは、ごく普通のシティーホテルにしては豪華なスイートルームだった。中には真希のほかに男性が２人と女性が1人いた。
「紹介するわね。うちの会社の社長で中野俊哉と専務の葛城一樹、そして、工藤美菜子さん。こちらはね、早瀬弥生さん。」
「・・・早瀬・・弥生です」
　弥生は、とまどいながらも何とか挨拶だけはしたが、驚いて、同時に後悔した。ものすごく私的な用でやってきたのに、真希は仕事中？だったのかもしれない。
（真希さん、そう言ってくれれば他で待ってたのに・・・）
「あの、わたし・・・ロビーで待っててもいいんです。」
　慌てて真希にそう言うと、真希は
「ううん、いいのよ。別に仕事じゃないの。こっちもプライベートだから・・・。それに、さっき電話もらって、相談しちゃったのよ。そしたら、力になってくれるって・・・。」
「・・・・」
　弥生は、真希の言ってることが理解できなかった。
「うーん、例えば、あなたがご主人と別居するとか、もしかしたら別れるとか、・・・もしもの話よ。うちの会社の空いてるマンションを使っていいとか、あなたのかわりにご主人と交渉してもいいとか・・・言ってくれてるの。」
　思いがけない申し出に、とまどった。
「いいんですか？わたし・・・初対面ですし・・・どうして・・・」
　一樹が応えた。
「真希はとっても大事な人で、その真希にとって大事な人は、我々にとっても大事な人だからね。もう大丈夫、安心して、あなたは真希がきっと守ってくれるから・・・。ね、真希。」
　真希は、ちらっと美菜子のほうを見た。美菜子が軽くうなずくのを見て、真希は弥生に言った。
「弥生、大丈夫よ。私達がなんとかしてあげるから・・・・。で、今日は、ここに部屋を取ったから、ここに泊まって、明日からのことは、これから話そう。」
「すいません」
　弥生は、自分のことが、こんな大げさになるとは思ってもいなかったので、ひたすら恐縮した。
「ちょっと、フロントでチェックインしてきますから・・・」
　そう言って、真希は弥生の肩を抱き、部屋を出て行こうとして振り返った。
「美菜子さん、後で・・・いいですか？」
「いいわよ」
　弥生は、突然の展開に戸惑っていたが、優しい笑顔で答える美菜子を見て、ふと心が安らぐ思いがした。