２．男が嫌い？

　美菜子との待ち合わせ場所は、いつものホテルの最上階のスカイラウンジだった。弥生は入って、中を見回したが美菜子は、まだのようだった。弥生は、入り口が見やすい席に座った。

「いらっしゃいませ」
　いつもの子ではなかった。弥生は、ここが気に入って、土日に何度か一人でも来ていた。弥生を見つけるとたいてい、知美というアルバイトの子が対応してくれたのだが、今日は違った。
「アイスコーヒー」
　そう言って、いつもなら、知美に見えるようにノーパンの足を開いて座っているのだが、今日は、座りなおした。
（お休みなのかな？・・・アルバイトだもの、たまには休むこともあるわね）

「お待たせ」
　弥生が見上げると、美菜子が立っていた。
「ごめんね。急に呼びだして」
「いいえ、かまわないです」
「真希ちゃんと一緒じゃなかったの？」
「ええ、でも、なんか用があるって、ちょうど、別れたところに美菜子さんのメールが入ったんですよ」
「そうなの・・・」
　ちょうど、弥生のアイスコーヒーを運んできたウエイトレスに美菜子も同じものをオーダーした。

「あのね、今日は、うちのお店が休みなのは知ってるでしょ。２ヶ月ごとに、うちの子達はお医者さんで検診を受けるの。今日が、その日。弥生は、まだ、正式じゃないんだけど、もう、うちの子だし、って言うより、家族みたいなもんだから、あなたも受けて」
「えっ、私が・・・？今日ですか？でも、わたし、さっき食事しました」
「ううん。大丈夫よ。胃腸がどうのっていう検査じゃないから・・・。そういう病気じゃなくて・・・わかるでしょ」
「・・・・はい・・・」
（ああ、そうか。性感染症とか、エイズとかっていうことね）

「あっ、ちょっと待っててね」
　美菜子は、突然席を立つと、外に出て行って、男性と何か話しているようだった。はっきりとはわからなかったがは一樹のように見えた。席に戻った美菜子に
「今の、一樹さん？」
「そうよ。・・・・そうそう、あなたもコスプレのイベントに出るんでしょ」
「はい」
「私、高校１年になる娘がいるんだけど、一樹さんに、娘の中学のときの制服を貸してあげたの。コスプレの定番でしょ？」
「わたしは、エプロンですよね」
「あら、もう準備したの？」
「首輪つきですけど・・・・」
「なにそれ？・・・真希ちゃんでしょ、その趣味は」
「たぶん、あたりです」
「変な人よね。サディスティックな男が女になるかな？どう思う？」
「そうですよね。・・・でも、美菜子さんもMっ気むんむんですけど、わたしをいじめますよ」
「あら、そういうことなの？でも、そう言えばそうかも・・・真希ちゃんもわたしも同じなのかもね」
「私は、美菜子さんも真希さんも好きですけど、抱かれて、ほっとするのは美菜子さん」
　弥生は、美菜子に失礼なことを言ったかも知れないと思い、慌てて言葉を足した。
「ありがと、で、真希ちゃんは・・・どんな感じ？」
「真希さんは・・・微妙ですけど・・・やっぱり女です」
「弥生・・・前から思ってたんだけど・・・あなた、男が嫌い？」
「そんなことはないです・・・・・・ただ、あまりいい思い出はないですけど・・・」
　弥生は、今までに付き合ってきた何人かの男の顔を思い浮かべながら、そう言った。
「そう・・・かわいそうに・・・・そろそろ、行く？」
　美菜子は、弥生を連れてラウンジを出た。

　ホテルに隣接した以前の雑居ビルは、ホテルが買い取り、リニューアルされて、１Fはコンビニとドラッグストア、そして元木産婦人科。２Ｆは、エステと美容整形外科、３ＦはNOAプランニングの事務所と検診専門の元木クリニック、４Ｆから上は、すべてＮＯＡのスタジオ、コスプレカフェは、最上階だった。

３．健康診断

　クリニックに入ると、クラブの人はもう、帰ったのか。待合室には数人の男性がいるだけだった。
「他の人は、もう終わったんですか？」
「そうみたいね・・・・その先の部屋で着替えて。中に検査に着る服があるから・・・。ちょっと、手続きしてくるから」
　美菜子は、そう言うとカウンターの方に向かった。弥生は、美菜子に指示された部屋に入った。下着を着けていない弥生は、ブラウスとスカートを脱ぐと、棚の上に置かれている服を取って、袖を通した。
（やだ、短い）
　よくラブホに置いてあるような、まえが重なって腰の辺りでヒモで縛るものだが、本当にラブホに置いてあるもののように、あるいは、それ以上に短かった。弥生は、他のものを広げてみたが、どれもみな同じサイズだった。壁に取り付けられた大きな鏡に映った自分の姿を見た。
（うわぁー。ぎりぎり）
　前は、大腿の付け根、ぎりぎりのところで隠れてはいたが。それは、立った人の視線ということで、（低い位置から見られたら・・・待合室に・・・人・・・座ってたし・・・）
　弥生は、後姿も映してみた。ボリュームのある弥生のお尻は、ほんの少し、太もものものではないふくらみを覗かせていた。
（だめ・・・こんなんじゃ・・・絶対に見える。わたし、ノーパンなのに・・・・こんな予定じゃなかったから・・）
　不意にドアが開いて美菜子が入ってきた。
「手続き終わったから、さぁ」
　そう言って、弥生を促した。
「これ・・・・」
　弥生は、泣き出しそうな顔で短い裾を広げて見せた。
「いい感じね。セクシーよ、その格好。・・・さっ、もうあなただけなんだって、急いで・・・」
　美菜子にせかされて、弥生は仕方なく外に出た。
「カウンターでカードくれるから行って。終わった頃にまた来るからね」
　美菜子は、そう言うと、さっさと出て行ってしまった。」

　美菜子に置き去りにされた弥生は、しばらくそのまま立っていた。待合室には、４，５人の男性が座っていた。待合室の椅子は、受付のカウンターのほうを向いており、弥生は、座っている彼らの視線の先に向かっていかなければならない。一息、弥生は深呼吸した。
（しょうがない・・・）
　弥生は、できるだけ肩を落とし、まっすぐ腰を曲げないように歩いた。何人かの男性の頭が動くのが見えた。
（あー、・・・見られてる）
　恥ずかしさにめまいがしそうだった。数メートルの距離をやっとの思いで、弥生はカウンターにたどりついた。
「あのー、早瀬弥生ですけど・・・・」
「はい、これにお名前と、年齢、それからいくつかお尋ねする項目がありますので、ご記入いただけますか？」
　カウンターの女性は、ボールペンとその用紙をカウンターの上に置いた。
「ここで、書くの？」
「簡単な内容ですから、そこで・・・・」
　弥生がきいたのは、そういうことではなかったが・・・・仕方なかった。後ろにいる人たちの視線が、自分のお尻に集まってるであろうことは容易に想像できた。カウンターは、低く、どうしてもかがまなければならなかった。それでなくても、椅子に座っている人には、もうとっくに弥生のお尻は見えているはずだった。弥生は、意を決して、腰を曲げ、カードと問診用の用紙に記入した。
（ああ、視線を感じるわ・・・きっと、みんな見てる）
　弥生は、次第に息苦しくなってきた。心臓の鼓動が耳に大きく響いた。全てを記入し終えた頃には、弥生の頬は紅潮し、今にも酸欠で倒れそうだった。

　ひととおりの検査が終わると、看護師の女性に
「問診がありますから、待合室でお待ちください」
　そう言われた弥生は、待合室に向かった。
（こっちを見てる。みんなが見てる・・・）
　弥生は足早に、一番後ろまで行き座った。
　ふーっ
　思わず溜息をつくと、肩に入った力がやっと抜けた。
（なんで看護師、みんな男なの・・・気づかれたわ、絶対。あああ・・・美菜子さん、急に言うんだもの。前もって言っといてくれれば、下着つけてきたのに・・・・）
　弥生は、検査中の看護師の表情を思い返しながら、ぼんやり眺めていたその視界に人の顔が入った。
（えっ・・・見てる。・・・・こっちを）
　待合室の男たちは、何を待っているのか、あいかわらず同じくらいの人数で、しかも、全員が振り返って弥生に無遠慮な視線を送っていた。弥生は、慌てて膝をぴったりと閉じ、背筋を伸ばして座りなおした。