１．弥生と仁美

　次の日、仁美からは電話があり、弥生はホテルのスカイラウンジで仁美と会う約束をした。
「弥生、元気？」
「どうしたの？急に・・・？」
「うん。ちょっと、いろいろ報告があって・・・」
「何？」
　仁美は、とりあえず、自分のことを話すことにした。
「あのさぁ、私のマンションだけど・・・いらなくなっちゃった」
「どういうこと？・・・今、わたし、住んでるんだけど、そこに・・・」
「どうしたの、稔さんと喧嘩でもしたの？」
「う、うん・・・別れようと思ってる」
「そう。・・・やっと、その気になったのね。そのほうがいいよ」
「ありがと。で、どういうことなの？」
「うん・・・彼がね、結婚しようって・・・・・」
「結婚？・・・・・・そう、よかったね」
「ありがと。・・・式はあげない、籍を入れるだけ」
「そう。もう入れたの？ううん。まだ、明後日、いっしょに・・・・」
「そう。お祝いしなきゃ」
「いいのよ、お祝いなんて・・それから、使ってるなら、マンション、そのまま住んでていいよ」
「ありがとう」
「弥生は？・・・・離婚するって、いい人が出来たとか？」
「ううん。そんなんじゃないの。いやになっただけ。会社も辞めたわ」
「そう、で、次の仕事は見つかったの？」
「ええ、まぁ」
　弥生は、曖昧に答えた。本当のことを伝える勇気がまだなかった。

「いろいろ、お世話になりました」
　厨房のほうから、制服姿の女子高生が出てきて、責任者らしき男に頭を下げていた。
（あら、あの子）
　女子高生は、ここでアルバイトをしていた知美だった。知美は、仁美たちのほうへやって来て、通り過ぎようとしたとき、あまりに表情が暗いので思わず弥生が声をかけた。
「こんにちわ。どうしたの、辞めちゃうの？」
「ああ、こんにちわ。・・・・ええ、ちょっと、都合が悪くなって・・・」
「そう、残念ね・・・・あなたに会うのが楽しみだったのに・・・・」
「えっ・・・そうですか？・・・・ありがとうございます・・・・・じゃぁ」
　弥生の言葉に、とまどいながらも一瞬、表情が明るくなったように感じた。知美は、奥の席で待っていた男性と一緒にもう一度、弥生たちのそばを通ってレジに向かった。弥生の横で立ち止まり、もう一度、弥生にお辞儀をしようとしたとき、
「辰夫」
　仁美が、知美の横に立っている男に向かって呼びかけた。辰夫の表情が、変わった。
「知美、レジで支払いして、外で待っててくれる、すぐ行くから・・・」
　辰夫は、不安そうな表情の知美にそう言って、先に外に出した。

「あの子は、俺の娘だから・・・・。へんなことしてるわけじゃないから・・・。」
　憎悪のまなざしを向ける弥生に、辰夫は弁解するようにそう言った。
「娘って・・・高校生でしょ」
　弥生が言った。
「血はつながってないけど・・・・、あの子の母親と結婚したんだよ。だから、ちゃんと親子だから」
「そんなことを言うために・・・・・」
「いや・・・そのぉ、悪い事したし、それに、疑ってそうな顔だったから・・・・」
「嘘でしょ。彼女、暗い顔してたわ。何かしたんじゃない？」
「冗談じゃない。・・・・母親が亡くなったんだ。このホテルの支配人だったんだよ」
「そうなの・・・・ごめんなさい。ひどいこと言っちゃったわね」
「知美っていうんだけど、ひどく落ち込んでて・・・・元気になったら、また、ここでバイトするかもしれないから・・・・」
「そう・・・・大事にしてあげてね・・・・あなたのことは言わないから、安心して」
　弥生は、辰夫の意図を察して、答えた。
「ごめん・・・。ありがとう・・・」
　そう言って、辰夫は深々と頭を下げ、入り口で心配そうにこちらの様子を伺いながら待っている知美のところに急いだ。弥生は、知美に向かって微笑みながら小さく手を振った。

「弥生」
「何？」
「実はね、辰夫のこと・・・・・。あの日ね、私が誘ったの・・・」
　仁美が、何を言うつもりなのか察した弥生は、仁美の言葉を制した。
「いいの、もう。あれは、レイプなの。辰夫もそう言ってるし、私もそう思ってる。もう、辰夫もいいパパになってるし。忘れましょう。あなたも再婚するしね」
「弥生」
「仁美、ごめん。私、夜の仕事始めたの。そろそろ行かないと行けないから・・・」
　弥生は、仁美に本当のことを伝えようと思った。
「夜の仕事って？」
「会員制クラブの何だろう・・・ホステスかなぁ」
「弥生、私、昨日、あなたを見たよ」
　弥生は、どきっとした。
（あれ、やっぱり、仁美だったんだ）
「どこで？」
「私、隣のビルのエステに行ったの。そこで・・・・」
「そう。私、昨日そこで健康診断受けてたのよ。声かけてくれればよかったのに・・・」
「そうなの」
「本当、ごめん。もう行かなきゃ。これ、払っとくね。じゃぁ、また、電話して」
　そう言って、テーブルに千円札を置いて弥生は席を立った。
（ごめん、仁美。やっぱり、言えなかった。今度会ったら、ちゃんと言うから）
　弥生は、仁美に追いつかれないように慌てて出て行った。

２．コスプレイベント

　コスプレカフェのオープンを翌日に控えて、隣のホテルでイベントが行われた。モデルの一人ひとりが紹介され、その後、個別にモデルを囲んでゲームと会話、最後は撮影会とPV・DVDの販売とサイン会というごく普通のイベントだった。

　ホテルのイベントと並行して、オープンを明日に控えたコスプレ・カフェでも、ＮＯＡとしては珍しいランチタイムパーティーが催された。パーティーといっても、ホテル特製のランチが出されるだけのものだが、運ぶのは、今度新しくＮＯＡのグループに入ったＳＭクラブ“胡蝶”のホステスとＮＯＡのモデル、さらに弥生たちクラブの女性だった。今日は、胡蝶の開店日でもあった。

「弥生さん」
　更衣室に入った弥生に声をかけたのは、胡蝶のホステスの瑞樹だった。
「瑞樹さん」
　瑞樹は、極端に短いチャイナドレスから、ぎりぎりまで太ももを晒していた。
「お元気？・・・・稔とは、もう別れたの？」
「ええ、昨日手続きが終わったわ」
「そう」
「あなたのほうには、何か言ってこない？」
「お店も移転したし、私も引っ越したから・・・。探してるかもしれないけど・・・・」
「それどころじゃないわよ、きっと・・・・失業中だから」
「そうね。・・・それじゃ、先に行ってるね」
　瑞樹は、軽く手を上げて更衣室を出た。

　Ｔバクショーツにエプロンだけ。弥生は、しばらく更衣室に留まった。
（あーあ、やっぱり、恥ずかしいよ、これ・・・・でも・・・・しょうがないか）
「あら、弥生。何してるの。早くしないと、もうすぐ、お客さん来るよ」
　弥生に声をかけたのは、クラブの美雪だった。
「美雪さん」
「遅いから、呼びに来たよ」
「ごめんなさい。すぐ、行きます」
「・・・・キャットガール？」
「そう・・・・お尻丸出しだけど・・・」
　そう言って美雪は、弥生に背中を向けた。前もかなりのハイレグカットだったが、後ろは更に細く、ほとんどＴバックだった。
「しっぽんとこがホックなの。ひっぱるとね、はずれちゃうんだ」
「一樹さんでしょ、これ」
「あたり」
　美雪は、笑った。
「弥生のは、真希ちゃんでしょ」
　美雪は、弥生の首輪を指差しながら言った。
「そう。当たり」
「行こうか？」
「はい」

　店には、次々と招待客がやってきた。胡蝶のホステスの顧客もいて、彼女らは入り口で自分のお客を見つけると、席へと案内していた。

「あら、弥生ちゃん」
　元木医院の由美子だった。
「先生」
「きれいなお尻・・・・主人よ、元木陽介」
　傍らに、長身の男性がいた。
「先生」
　後ろから、ナース姿の真理が声をかけた。
「真理ちゃん・・・・似合うわね、その格好。うちで働く？」
「いいんですかぁ。産婦人科に男が集まっちゃいますよ」
　真理は、由美子たちを案内した。

「弥生、これ持って、真希ちゃんのところへ」
　美雪が、シャンパンを弥生に渡した。
　席を見渡すと・・・・いた。真希と目があって、弥生が軽く会釈をすると、その手前の席で瑞樹と座っていた竹内が、弥生のほうを見て、軽く頭を下げた。竹内にはそれだけの挨拶で弥生は、真希のテーブルに行った。席には、真希とランジェリーショップの由香里が座っていた。
「かわいいわね。弥生ちゃん。似合ってるわよ」
　由香里が、弥生の乳房を、エプロンから外へ出しながら、言った。
「由香里さん・・・・ここはカフェですから・・・・」
　乳首をはさんだ由香里の手を、上から押さえながら、弥生は言った。
「そう、カフェですから、見えないように触ってください」
　今度は真希の手が、弥生の股間に伸びた。
「真希さん」
「あら、ごめんなさい・・・弥生、触らないから、後ろ向いてくれる？」
　裸にエプロンの弥生は、背を向けるとTバックのお尻を突き出して見せた。
「かわいいわよ。弥生、ここでやってみる・・・きっと売れっ子よ」
「そうですかぁ？でも、これじゃノーパン喫茶じゃないですか。だめでしょ」
「そうか・・・つかまっちゃうか」

「真希さん・・・美菜子さんや俊哉さんは・・・・来ないんですか？」
「ちょっと、用が出来たんで遅れるって・・・待ってるようにって・・・・こっちに座って」
　真希は、弥生を由香里の横に座らせた。
　由香里は、弥生のエプロンの胸の部分を真ん中で握り、弥生の乳房を左右に露出させ、残った手で乳首を弄り始めた。真希は、弥生の背後に回り、レースの手枷を椅子の背もたれの後ろで結び付け、背後から、もう一方の乳房に手を伸ばした。

　ランチタイムのせいか、露骨に行為に及ぶところはなかったが、それでも、コスプレの衣装をそのまま身に着けていられたものは、ほんのわずかだった。やがて、席がひとつまたひとつと空き始めた。胡蝶が開店するまでの時間、隣のホテルのツインルームが開放されていた。