第８章 離婚

「人妻をあそこまで本気にさせるなんて夏彦さん、何か魔法でも使った？」
「いいや、彼女に必要なのは愛なんだよ、支えてくれる愛、それを与えただけ」
「はっきりいって少し嫉妬したわ」
「してくれ」
「んもう……」
　秀美は夏彦の手を取ってベッドの方へ向かう。
「夏彦さん、見て」
　ベッドで美しい肢体を伸ばし、指で秘部を横に広げるとねっとりとした愛液が潤いを増しながら照り輝いている。
「どういうことなんだ？」
「嫉妬の証よ」
「ぼくに鎮めることができるんだろうか？」
「あなたしかいない……」
　夏彦は笑みを軽く湛えると、開いている秘部に指を持ってゆく。吸い付くように温かい液がまとわりつき指先を淫口に導いてゆく。
　中の襞々がいそぎんちゃくのようにぐねぐねと動き、上下にかき回すと奥の方から溢れ返らんばかりの淫汁が指に絡み付いてきた。
「ああん、いい……そこ……」
「ここか？」
「そこ……いい……」
　夏彦の指が襞を掻き分けてＧスポットに入った。その途端、秀美の身体が痙攣するように震え出し、陰部を突き出すように弓なりに身体を曲げていってしまった。
「秀美、段々と感度が高くなっているな。すばらしいマゾ奴隷だ。好きだよ」
　夏彦は陰唇にキスをすると身体を長い足の間に沈め、怒張を秘部に合わせるとゆっくりと挿入していった。
「あっ、いいっ、いいわ、入ってくる、夏彦さんの……」
「いいよ、秀美のあそこ……」
　奥まで挿入すると秀美の腰に手をまわし、さらに深く結合するように腰を浮かせて密着を強くさせた。
　出し入れするたびに陰茎に絡み付く愛液は十分な潤滑を持ち、腰が触れ合うたびに石鹸で手をこすり合わせたようなクチャクチャと卑猥な音を忍びやかに響かせる。
「あっ、ああん……」
「すごくいいよ」
「大きい……気持ちいい……」
　秀美の目が半白眼となって顔は斜め上を向き、口が艶っぽく少し開き、恋人との性交に特有の官能を享受している虚ろな表情を見せた。
「かわいいよ、秀美」
「いい……すごい……」
　夏彦の腰遣いが速くなり、秀美の声もそれに合わせて大きく艶っぽくなり、吐息が組み合わされている手にかかり熱くこだました。
「いきそうだ」
「来て、お願い……」
「い、いくっ」
「あっ、ああんっ」
　夏彦は鋭く子宮を突いたあと顔に向けて精を放った。余韻でビクビクいいながら精液のにじむ男根に秀美は舌を這わせ、丹念に亀頭の縦穴からこぼれ出る汁をすくって舐める。
「気持ちいいよ」
「夏彦さん、かわいい」
　正面から見るとクールでかっこいい夏彦を下から眺めると案外童顔で、息を荒げながら汗をうっすら掻いている様子に秀美は抱きしめたくて仕方なくなった。
　それから次の日の朝まで数え切れないくらい愛し合った。もちろん道具も使ったし、ＳＭ要素を含んだロールプレイで秀美のマゾ精神を煽ったりもし、浣腸、アヌスファック、おもらしバイブ、蝋燭、緊縛放置などありとあらゆるプレイを楽しんだ。もちろんプレイのあとは庭でリラックスしながら料理と酒を楽しんだ。

　秀美がイタリアへ帰ってから１ヶ月と少しが経ち、夏彦は仕事に忙しく走り回っていた。冬彦の中国事業は順調で、例の別荘での情事が仕事にうまくプラスに働いていると連絡があり、感謝の印にと新車のベンツまで贈って来たので、秀美のいるイタリアの方へ転送しておいた。
　そんなときめぐみから連絡があった。とても沈んだ声で鼻をすする音がする。
「どうしたんだ？」
「あたし、もうだめ……」
「なにかあったのか？」
　聞いてみると信一の暴力が日に日に増してゆき、昨日は子どもの見ている前で全裸にさせられた上で２時間にわたり暴力を受けた。さらに止めに入った子どもたちにまで暴力を振うのでどうしようもなかった。
　離婚という言葉を言うと逆ギレされ、財産はすべて放棄しますという覚書にサインしてから出てゆけと横暴を極めていた。めぐみひとりの力ではどうしようもなく、結局夏彦にすがりつくしか仕方なかった。
「わかってる、これはあたし自身の問題よ、わかってるの……でも……」
「そうか、痛いくらいに分かるよ、めぐみの気持ち……とにかくご主人と一度話してみよう」
　めぐみは電話口で声を出して泣いていた。そんな彼女をそっとしてやるように電話を切った。

　夏彦がめぐみの家へ訪ねてきたのはその日の遅く夜半近くだった。
「高田信一さんですね。私、夢野夏彦と言います。奥様のことで少しお話しいたしたいことがあるのですが、時間の方はよろしいでしょうか？」
「誰だ、お前。おれはお前と話すことなんか何もねえぞ」
「いや、どうしても話しをしなければならないんです。お邪魔してよろしいでしょうね」
「おい、めぐみ！こいつに茶はいらねえぞ。ケリがついたら玄関に塩まいとけ」
　応接間で信一と夏彦は向かい合い、めぐみが情けなく泣きそうな顔で下を向きながら信一の横に坐っている。
「で、話しってなんだ？手短にしてくれ。おれは忙しいんだ」
「奥さんと別れてください」
「なんだ、てめえ！いきなり！他人の家庭に口出しやがって！」
　信一は胸倉をつかむと今にも殴りそうなほど恐い顔で眼を見開いて夏彦を睨んだ。それに割って入るようにめぐみはやめて、と信一の手を押さえつける。
「つまりはそういうことです」
　夏彦はめぐみの顔を見てニヤリと笑い、信一の顔を見返した。
「てめえ、このやろう、できてやがったんだな。人の目を盗んでぬけぬけと」
　信一がめぐみを睨み、頭をげんこつで殴ろうとする。それを夏彦の手が止めた。
「あなただって女作ってんじゃない。バカにしないでよ。今まで我慢してきたけど、もう我慢できない。別れて！これ以上もう堪えられないわ」
「おう、別れてやる。その代わり財産は全部置いてけ。覚書にサインしたらさっさと荷物まとめて出てゆけ」
「ふざけないで。財産はきっちりもらうわ。それと子どもの養育費もきちんと払ってね」
「このやろう！」
　信一の顔が真っ赤になり、めぐみに挑みかかると我を忘れて暴力に出た。そこに夏彦が入って、信一の身体をめぐみから離すと真剣な顔で信一を睨む。信一は貴様、と怒鳴ると夏彦に殴りにかかるが、逆に投げ飛ばされて組み伏せられてしまう。ちきしょう、と叫んで振りほどこうとするが身体が大きく、力で勝る夏彦に全く歯が立たない。
「ご主人、裁判に持ち込んだっていいんですよ」
　そう言われ、なんとか少しは落ち着いた信一は捨て台詞のように言い放つ。
「ケッ、お前も気の毒な奴だな。こんな年増の皺だらけのガバガバに引っかかって。よっぽど奇特な変態だな。こんな便所みたいな女とセックスして楽しいか？」
　夏彦の顔が一変し、めぐみが今まで一度も見たことのないほど冷徹で凶悪な顔になると信一の胸倉を掴んで顔のすぐ傍まで引き寄せた。
「おれは彼女を愛している」
　そう言うと信一を離し、めぐみと子どもたちを家の外へ連れ出すと待たせてあったリムジンに乗せる。子どもたちはすごい車だ、と無邪気にはしゃいでいるばかりだ。そこへ信一の怒鳴り声が飛んでくる。
「何が愛だ。聞いて呆れるぜ。アハハハハ」
　リムジンは夏彦、めぐみ、子どもたち２人を乗せて発進する。
「ごめんなさい……」
　めぐみは下を向きながらポロポロ涙を流して謝った。
「どうして謝る？」
「だって、主人があんなひどい事、夏彦さんに……」
「当面はこれでホテルに泊まりなさい。ぼくの名前でチェックインしてある。……ご主人はかわいそうな人だ」
　夏彦は生活費、数十万をキャッシュで渡すとホテルに電話した。めぐみは夏彦の肩に寄りかかり、子どもたちに見えないように夏彦の胸に顔を埋める。そんなめぐみの髪を優しく撫でる夏彦だった。

　結局離婚が成立し、財産は法律に従って分与され、めぐみと子どもたちは元の家に住むこととなり、信一は愛人のもとへ転がり込んだ。めぐみは今まで以上に一生懸命働いて子どもたちを『３人』養った。
　そうなのだ、あのときの思いは通じて、夏彦にも言わずに密かに産んだ。玉のような子の誕生に上の子２人はかわいい、かわいいと笑顔で迎える。
「宅急便です」
「誰かしら？」
　めぐみは赤子をベビーベッドに寝かせ、玄関へ印鑑を持ってゆく。
「差出人は夢野夏彦様となっております。受取のサインをお願いします」
　驚いた顔でサインをしてギフトパックされた荷物の紐をほどいてゆく。中からはシルクのベビー服と一緒に手紙とダイヤの指輪が入っていた。手紙にはぼくには何もできませんが子どもを幸せにしてあげてください、という旨が書かれてあった。手紙に涙が雫となって落ちてインクの部分がぼやけてしまう。
　ありがと、めぐみはそう何度も言いながら、自分のわがままで夏彦に迷惑をかけてしまったことを恥じた。夏彦はすべて知っていた。会いたくて会いたくてたまらない、でも赤子の顔を見ると会うことができない。胸が締め付けられるほど苦しくなり、赤ちゃんが泣いているのも気付かなかった。
　信一は愛人と破局し、職も失い、ひとりで細々と暮らしていることを聞いた。最近会った印象では以前の強気な感じはみじんもなく、不精ひげに覆われボサボサの髪という状態だった。そんな信一が珍しいことを言った。
「やっぱり愛だったんだな……」

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