夏彦はジャガーのハンドルを握りながら、湾岸の道路沿いを走ってゆく。
　澄ました顔は切れ者を思わせる。年は30歳半ばくらいではあるが年齢よりは5歳若く見える。それくらいに男としては綺麗な顔であった。
　眉はキリッと通っていて、切れ長の目、薄い唇、鼻梁の高い鼻など、ギリシャの彫刻にでも出てきそうなハンサム男であった。
　身長も180センチを超えていて、それでいてスラリとしたモデル体型は日本人という身体つきではなかった。
　オーダーメイドのスーツを渋く着こなし、少し長めの髪が眼の上にサラッとかかる様子は、少しキザにも見える。
　助手席には若い女性が座っている。年齢的には20歳を少し過ぎたくらいであろう。金と赤が混じった髪の色のソバージュで、それを上に上手にまとめている。
　派手目の色のブラウスをつけて、黒のミニスカートに赤のハイヒール、化粧は少し濃い目で口紅はローズレッドである。身体は細身で、165センチ前後の身長であろう。匂いとしては夜のホステスといった雰囲気をもっている。
　初夏の陽気がジャガーの窓から車内に降り注ぐ。
「いい天気ね。」
「ああ、君の心そのものだね。…」
「…まあ、夏彦さんはお世辞がうまいのね。」
　夢野夏彦、35歳、夢野財閥の御曹司である。父は高度成長の時代の中、貿易業務に力を入れ、昔満州で覚えた中国語を巧みに使い、中国及び華僑との貿易の中で財を築き、今の夢野財閥に発展させた。当然、夏彦も小さいころから帝王学を叩きこまれたが、ニューヨークの大学時代に、新しい文化の流れに影響を受け、絵画、音楽などの芸術の虜になった。それ以来、父の反対を押し切って今ではプロデューサーの仕事をしている。ニューウェーブ、芸能などのプロデュースが主な仕事である。
　父の後釜には次男である冬彦が居座っている。冬彦は兄と違って、現実的であり、営業にはもってこいの精力的な感じのする男である。
　夏彦は弟に嫉妬することはなかった。自分は自分の道を行っており、従来の商売関係にとらわれず、自由にできる今の仕事が大好きであった。
　最近夏彦は一軒の屋敷を購入した。なんでも崖の上に立っており、見晴らしは抜群だが、一つだけ問題があった。前のオーナーが首吊り自殺をしたのである。だから、破格の値段で仕入れることができた。
　その屋敷は某芸術家が手がけただけあってモダンアートな作りであった。吹き抜けのロビー、幾何学模様の窓が日取りをよくし、まるで一流ホテルの風格を漂わせている。

　車が高台への道を登りはじめた。
　新緑の青葉が咲き乱れる丘の上に一際大きな屋敷がある。夏彦の別荘であった。外観は円筒形で１，２階の部分が部屋ブロックになっており、３階以上はガラス張りの空中庭園である。
　ツタで１，２階部分をカモフラージュしているところがなんともおしゃれである。
「まあ、すばらしいお屋敷だわ。」
「たいしたことないさ。…」
「…そんなことない。あたし、感動しちゃったもん。」
「君の方がよっぽどすばらしいよ。」
「あたしを口説いてるの？」
「ふふ…」
　屋敷の門の前で車が止まった。
　リモコンスイッチで門が自動的に開く。
「なんかすごいわね。」
「今では当たり前の機能だよ。」
　車が敷地内に入ってゆく。
　敷地内には手入れされた芝がびっしりと生え、周りをかん木が覆っている。プールもあり、水がなみなみと張っていつでも泳げる状態になっている。
「まあ、プールまであるなんてすごいわね。」
「今から泳ぐかい？」
「水着もってきてないもん。」
「裸で泳いだっていいんだよ。誰も見ていやしないし…」
「スケベ…そんなことできるわけないでしょ。」
「欧米じゃ、裸で泳ぐっていうよ。」
「ここは日本よ。」
　そういいながら、玄関の鍵を開け、中に入る。
　明るい午後の光がホールいっぱいに広がってくる。地上５階まで吹きぬけたホール…各階のテラスには観葉植物が並び、所々に白いリゾートチェア＆デスクがムードを盛り上げている。
「すごい、すご〜〜い！」
「あたし、こんなとこはじめてよ。なんでこんなにすごいわけ？」
「君にぴったりかなと思って。」
「もう、お世辞うまいんだから。」
「綺麗な人には綺麗な風景が似合うもんだ…」
「…バカ」
　そういうと、夏彦は近くの大理石のデスクに案内した。籐の椅子をひいて、女性をエスコートする。
　空調が行き届き、快適な温度で室内は保たれている。
「なにか飲み物は？」
　夏彦はきいた。
「任せるわ。」
「わかったよ。」
　夏彦は携帯電話で指示した。