朝はカラスが残飯をあさりにガーガー鳴き、昼は車の排気ガスと騒音でもうもうと煙りたち、夕方となると奇抜な格好をした夜人間が集まり出し、夜にはネオンが眩しいくらいにギラギラ光り、いつまでも眠らない街……そんな街にリカたちは住み着いていた。
「あーっ、それ新しい着メ、あたしそれ欲しかったんだあ」
「ブー、あんたアンテナ低いよ。これ、昨日配信されてんだから……」
「見て、見て！」
　少女たちが携帯を覗き込むと、とんでもなくうるさい音量で、テンションの高い曲が流れてくる。まわりにいた真面目な顔をしたサラリーマンたちが、顔をしかめ、睨みつけながら通り過ぎる。
　リカは３人の中で最も目立っていた。スタイルがいいのもあるが、なんと言っても服装が派手だった。今どき流行らないルーズを先頭に、極端に丈の短いスカート、へそまで見えるような丈の短いセーラー、髪の色は真っ金金で、リカちゃん人形のようにぐるぐると上に巻き上げられ、ガイジンぽさを強調している。
　ガングロにしていないだけ、少しは時代を意識していたものの、厚塗りのマスカラ、勘違いなアイシャドー、ラメ入りの口紅など、見れば見るほど素の美しさを消していた。
「今日、あたし、バイトあんだ」
「悪いぃ、あたしもユミについて行くことにしてんの」
　噴水の前で、ユミとサヤは手を振って、リカとバイバイした。なんでも社長室の掃除をするだけで、時給千円もくれるそうだ。胡散臭いよ、と言ったが、マジやばくなったらソッコー逃げるって。そんなに都合よく行かない気もする。
　リカは噴水の縁に腰掛け、ポケットからＫＯＯＬのボックスを取り出すと、100円ライターで火を点けた。安っぽい煙が宙を舞い、噴水のしぶきに掻き消されてゆく。そこへ細長い１つの影がニューッと現れると、リカの隣に音も立てずに座った。
　夏彦であった。
　仕事で街に来ていて、やっと午前中の仕事を終えたところで、疲れきった肩を休ませるため、マイナスイオンを浴びようと噴水のところへやってきた。外は少し暑かったが、薄手のアルマーニを粋に着こなし、流れるような視線で周囲を見回すと、手品のようにバージニア・スリムを手から出現させ、デュポンのライターで美しく火を点けた。その仕草はリカに育ちの違いというものをまざまざと見せつけるには十分だった。
「ねえ……」
　夏彦のあまりのキザったらしさにリカは悪意を覚えた。夏彦が涼しい顔でリカに目を向ける。
「あんたの着ている服、それってアルマーニ？もしかして」
「それで……」
　足を組んだまま、平然と余裕を見せながら、唇の端を少し上げた。
「あたしを買わない？あんた２枚目でかっこいいし、今だけキャンペーンにしとくよ」
　リカはにこやかに笑いながら、夏彦にいい印象を持たせようとする。しかし、腹の中は笑っていない。夏彦からいくらくらいパクれるか、電子計算機が予想数値を高速に弾きだしていた。
「ほぅ、いくらで売ってくれるんだね？」
「あたし処女なんだ。普通なら20万取るんだけど、あんた２枚目でかっこいいし、ここだけの話し、15万ってのはどう？」
「25％引きか？処女という見え見えの嘘を呑み込んだとして、それじゃちょっと高くないか？」
　夏彦は冷静だった。眉を全く動かさず、リカの身体を足の先から頭のてっぺんまで物色した。リカも夏彦の吸い込まれるような指線に晒されては、タコ親父を騙すのとは違うと実感させられる。
「……じゃ、じゃあ、10万にしとくよ。処女ってのは本当なんだからね」
　夏彦は胸ポケットから愛用のホワイトハウス・コックスの財布を取り出すと、札入れから無造作に10枚ほど万札を抜き出し、スカートのウエスト部分から手を入れ、パンティの中に捻じ込んだ。
　リカはあそこに札束の感触を感じながら、ゆっくりと取り出し、札束を数えてみる。10枚ぴったりあった。やりかたはとてもキザだが、上客だと内心ほくそ笑んだ。
「それじゃ、行こうか？」
　夏彦は立ち上がる。リカは腕をまわし、身体を密着させ、夏彦に寄り添う。高級スーツを着込んだ男と派手な露出ギャル系女子高生、まわりの視線はある者は羨み、ある者はいぶかしんで、周囲に煌いていた。

　夏彦のジャガーが街を抜け、湾岸を走り、高台の別荘の道へとやってきた。
「スッゲー車。いくらくらいすんの？」
「キャッシュで1000万くらいだったかな。そんなにたいしたものでもない。君だって一生懸命働けば買うことができるさ」
　室内にはシトラス・ミントの爽やかな香りが広がっている。身体がのめり込んでしまいそうなクッションにリカは軽い眠気を覚えていた。
　車はいつの間にか丘を登り、別荘にたどり着いた。リモコン・スイッチで鉄柵の門が開き、車は中へと入ってゆく。プールの水が太陽の光りを浴びて、キラキラと揺らめいていた。
「着いたよ」
　その声に眠りから覚めた。う〜ん、と言って腕を伸ばし、目の前に映った豪邸を見て、リカはあまりの驚きのため、わあ、と声をあげた。
「スッゲー、これ、あんたの家？」
「そうだ。庭もプールも全部だ」
「スッゲー、大金持ちなんだ」
　リカの腹の中の電卓がまた動き出した。思いっきりじらさせて、搾れるだけ搾り取ってやる。
　家の中に通されると、執事が丁寧にあいさつし、部屋の真ん中にある大理石の机のところへ行く。執事がカクテルを運んできて、２人の前に置く。ユカは籐の椅子に座りながら、グラスの氷をコロコロ転がし、一口すすると言った。
「あたし、安っぽいホテルに連れて行かれるかと思ってた」
「あまり自分を安く見せるんじゃない。君は本当はきれいで、美しいはずだ。それを台無しにしてしまっているな」
「なんだって！」
　リカの目がきつくなった。夏彦の今の言葉は心にズシーンと響いてくる。いつもムカつく客は無視して、さっさと行為だけ済ませていたが、今回はプライドをひどく傷付けられ、無視しようにも本能的に無視できなかった。
「君は無理に自分を造りあげてしまっている。最先端でいたいという虚栄心が、いいところをズタズタに壊して、ただの牝豚に堕ちぶらせている。本当の君はかわいく、万人から愛されるいい子のはずなんだ」
「うるせえ！シッタカぶるんじゃねえよ。お前にあたしの何が分かるってんだよ。ちょっと金があるか知らないけど、人の生き方ケチつけんな、ボケ。……あたしがどう生きようが勝手だろ。ほんと、ムカつくよ、お前」
　リカはカクテルを横に払って叩き落とすと、足を組んで横を向き、ＫＯＯＬに火を点け、プゥッと天井に吹き出した。
　夏彦はそんな態度を見て、黙って悲しい顔をしながら、顎の前で手を組み合わせる。
「ねえ、一応お金もらってるし、早くしてくれない？」
「分かった」
　夏彦はリカを寝室へ連れて行った。めんど臭そうな顔をしてしらけた表情でだらだらと歩くリカ。そんなリカの肩にそっと手をかけ、寝室のドアを開けた。
「ぼくはちょっと部屋に持ち物を置きに行ってくる。そこのシャワーで身体を洗って待っていてくれ」
「……」
　リカは振り向きもせずに着ているものを脱ぎ出した。夏彦はドアを閉め、秘密の通路を伝って、マジックミラー越しの秘密の部屋に入った。
　リカはブラジャーとパンティだけになったところで、あたりを見回す。どうやら誰もいる気配はないようだ。脱いだ服をさっと着ると、入り口に向かった。ドアのノブを回す。　しかし、回らない。ロックされて、ビクともしなかった。
「ちっきしょう！」
　そう吐き捨てると、ドアを蹴飛ばす。
「どこまでも憐れな奴だ……」
　ボソッと夏彦は呟くと、手前のスイッチを押す。シューーッと部屋の中に催眠ガスが流れ込み、最初なんとか耐えようと口のところをハンカチで押さえていたが、ついに眠って床に転げ落ちた。