プロローグ

　父親の淳一が単身赴任先のニューヨークから帰ってくるまで卓也は呆然として口がきけなかった。母親の洋子が交通事故に遭って命を落としてから二日、食事さえ喉を通らなかった。父親の顔を見たとき、卓也ははじめて涙を流した。そして、父親の帰宅を待って行われた通夜と葬儀の間、泣き続けていた。

「静雄君と妙子さんさえよかったら、ここに越してきてくれないか？　私はあと二年は帰れそうもない。卓也を向こうに連れて行くことも考えたんだが、来年希望している高校もあることだし、日本で生活できた方が本人のためだと思う。わがままなお願いだとは分かっているが、どうか承知してもらえないだろうか？　むろん家賃もいらないし、卓也の生活費以上の援助もしたい。この家を自由に使ってもらっていい。特別な面倒を見てもらうつもりはないが、あいつを一人で住まわせるわけにはいかないんだ。静雄君が通勤するのにも便利だと思うんだが‥‥」
　淳一は洋子の弟である静雄と妙子を前に葬儀が終わった席でそう切り出した。
　淳一の提案は郊外に住む静雄にとって願ってもないものだった。この家は静雄が務める渋谷まで私鉄で四駅しか離れていない閑静な住宅地にあるのだ。残業の多い静雄には通勤時間が一挙に一時間以上縮まるのは魅力的だった。しかも家賃の負担がゼロになる。イエスという返事が喉まで出かかった。
　しかし、まだ新婚といってもいい結婚二年目だったから妙子がどう考えるかが問題だった。だから静雄は考える振りをして黙っていた。
「卓也君は‥‥？」
　熟考したあげくという感じで静雄が聞く。
「精神安定剤を飲ませて寝かせてるよ。ショックが強すぎたらしい」
「姉が亡くなったいま、お役に立てるのはやぶさかじゃありませんが、本人がどう思っているか分からない状態では何とも答えようがありません。もしかして姉の思い出が詰まったこの家は彼にとって辛いものかもしれないし‥‥」
　静雄は遠慮がちに答えた。
「実は君たちに頼む前、洋子の実家へ預けることも考えたんだ。けど、あいつはここを離れたくないらしい。それに、あいつは小さい頃から静雄君を慕っていた。勝手な申し出だが‥‥」
「あなた‥‥」
「ん？」
「お義姉さんには、あんなによくしてもらったんだから、ここで恩返しをしなきゃ。そう思うわ」
「お前がいいなら、俺は文句ないけど‥‥」
「妙子さん。この通りだ‥‥頼む」
　淳一は深く頭を下げた。

　こうして叔父夫婦と卓也の生活が始まることになった。中学三年の夏休みが始まる直前のことだった。

SCENE 1

　慌ただしい引っ越しが終わった翌日、淳一はニューヨークへ戻っていった。
　見送りに行ったのは卓也と妙子。静雄は仕事で来られなかった。
　帰りの車中、妙子はアルファロメオを軽やかに運転しながら卓也に話しかける。この車は静雄の趣味で、無理をして買ったため郊外の賃貸暮らしを余儀なくされた。が、妙子にはよく似合っている。
「卓也君はどこの高校へ行きたいの？」
「あ‥‥いちおうK大の付属です‥‥」
　しっとりと熟した大人の女という感じの妙子に話しかけられると卓也はあがってしまって上手くしゃべることが出来ない。
「あら、わたしもK大卒なのよ」
「えっ‥‥ほんと‥‥」
「そういえばお父さんもそうだったわね。だからK大志望なの？」
「う〜ん、そういうわけじゃないけど‥‥」
「で、入れそうなの？」
「うん、合格ラインギリギリだけどね」
　ほんの少し卓也が笑顔を見せる。
「だったら、わたしが勉強みてあげようか？　これでも、学生時代はずいぶん家庭教師のバイトしたんだから」
　あの事件以来、卓也はほとんどしゃべらないし、笑うこともなかった。そんな卓也の心が少しでも上向くなら、もっとコミュニケーションがとれるのならという気持ちで妙子は卓也に提案した。
「そんな‥‥悪いよ‥‥」
「気にしないの。パートを辞めて今のところ予定もないし、こんなことで卓也君と仲良くなれるならうれしいわ」
　妙子の明るい笑顔を見て卓也は少しはにかんだ。
　卓也が妙子を初めて見たのは結婚式のときだった。きれいな人、それが第一印象だった。
　静雄は洋子より9才も年下で、卓也とも仲のいい叔父だったが仕事が忙しくなると、なかなか会えなくなった。しかし、それは口実だったらしい。入社間もない妙子に一目惚れして、仕事以外の時間のすべてを費やしていたらしいのだ。そして晴れてゴールインした。
　卓也は気の合う静雄が好きになった女性に興味があった。しかし、静雄が婚約者の妙子を紹介しに家を訪れたときは修学旅行中で会えなかった。
　そんなわけで初めて会ったのは式の控室だった。そのときの衝撃は忘れられない。
　間近で見るウエディングドレス、あまりの美しさにただ息を飲んだ。ヴェール越しに見えるむき出しの肩、その肌色に心を奪われた卓也は顔を赤らめうつむいてしまった。それは成熟した女性だけが持つ種類の美しさだった。
　新婚旅行のお土産を持って家へ来たときのことも印象的だった。清楚なワンピースを持ち上げるバストとヒップの量感に、卓也は初めて女体を意識したのだ。ソファーに座った妙子の膝上5センチくらいのミニから伸びた脚はすんなりとしていて白く、細い足首が美しかった。そして、太ももの間とスカートの裾で出来る三角形の奥、そこは影になって見えなかったが、向かい側に座った卓也は、そこから視線を外すのに苦労したものだ。
　結婚したのが24才のときだから、妙子はいま25才か26才になるはずだ。卓也とは10才違いということになる。大きな眼が印象的な華やかな顔立ちはハーフではないかと思うほどだ。小顔のせいで身長は高く見えるが、実際は160センチを少し超えるくらいで卓也より少し低い。
　手の届かないところにいる憧れの女性と思っていた妙子と一つ屋根の下で暮らすことになる。母親を亡くした心の穴がそんなことで埋まるはずはないが、やはり嬉しい気持ちはある。
　卓也は隣の席から漂ってくるフレグランスの香りにドキドキしながら運転する妙子を盗み見ていた。胸元が大きく開いた赤系のキャミソールの上に白いストライプのシャツブラウスを羽織っているだけだから、首筋から胸にかけてのラインがよく見える。それに、手はゆったりとハンドルの下の方を握っているので、キャミソールを持ち上げているバストの先端が見え艶めかしい。淡い色のシフォンスカートから伸びた脚は大理石のように輝いて見えた。卓也の鼓動がさらに早まった。
「ねえ、卓也君。家に帰ったらスーパーとか買い物できるとところを案内してくれない？」
「う、うん‥‥いいけど‥‥」
　こちらを向いてニッコリと微笑む妙子に、卓也は心を見透かされたような気になって頬を赤らめる。
「いままで外食や店屋物ばかりだったからね。こう見えても料理は得意なのよ。期待してね。でも、今日は時間がないから簡単なものしかできないか」
　卓也はなんて答えていいのか分からずうつむいた。
　妙子は少しでも卓也に心を開いてほしくて必死だった。母親の代わりになれないことは分かっていたが、卓也がこの試練を乗り越えることの手助けが出来ればと本気で思っていた。もう淳一はいない。静雄はほとんど家にいないから、卓也の相手をするのは自分しかいない。ただ食事や掃除などの面倒を見るのではなく、卓也が自棄になったりしないようにフォローしなければと努めて明るく振る舞う。
　卓也にも、そんな妙子の気持ちが伝わってきてはいた。しかし、気恥ずかしさが先に立ち、妙子の話に調子を合わせられない。なにしろ、そばにいるだけでドキドキしてしまうのだ。おまけに、いまは狭い車中で二人きり、甘いフレグランスの香りだけでクラクラと目眩がしそうだ。
「あ‥‥あのさ‥‥」
「なに？　どうしたの？」
　卓也から話しかけてきたので、妙子はこのチャンスを逃すまいと最大限の笑顔で答える。
「うん‥‥これから、妙子おばさんのこと何て呼べばいいのかなって‥‥だって、おばさんなんて呼ぶのは悪い感じがして‥‥」
「そんなこと気にしてたの。ちっとも悪くなんてないわ。だって、おばさんなんだもん。でも、そう思ってくれるのうれしいわ。抵抗があるんだったら名前で呼んでくれてもいいのよ」
「た‥‥たえこさん‥‥って？」
「そう。卓也君がいちばん言いやすい呼び方でいいわ。おばさんでもいいし」
　妙子が笑った。
　直感的に本音だと分かる笑顔だった。それにつられて卓也も笑う。
　そんな卓也を見て、ひとつハードルを越えたのだと安堵する妙子だった。

SCENE 2

　家に戻った二人は近所のスーパーへ買い物にでかけた。
　中学三年の卓也にしてみれば母親とスーパーへ一緒に行ったことなど遠い過去の思い出だ。だから、思い入れなどないのだが、妙子はかなり気を遣った。卓也の好みを聞きだすのに、洋子がどんな料理を作っていたのかを聞くのもためらわれた。買い物を終えて家に戻ったときには、その場でしゃがみ込みたくなるくらい疲れていた。
「卓也君、晩ご飯は7時くらいでいい？」
「うん、いいけど」
　卓也が答える。
「だったらお部屋で待ってて。できたら呼ぶから」
「うん」
　妙子はざっと夕食の準備をすませるとカウンターキッチンの向こう側にあるソファーに座った。眠るつもりはなかったが、眼をつぶるとフッと意識が遠のいた。
　しばらくすると卓也が二階の部屋から降りてきた。喉が渇いていたので冷たいものでも飲もうかと冷蔵庫を開ける。そのときソファーで妙子が眠っているのに気がついた。その無防備な姿に思わず見入ってしまう。
　アームレストにもたれているので、たるんだキャミソールの胸元から派手な紫色っぽいブラジャーが見えている。その下の腹部までがのぞけて見える。影になったその部分さえ輝いていて色の白さを主張しているみたいだった。きめの細かい肌は滑らかで唇を押しつけたいほどだ。カールの効いたセミロングの髪が汗でうなじにへばり付いているのも蠱惑的だ。でも15才の卓也はただ見ているだけで精一杯、それだけでもジーンズの前がはち切れそうになってしまった。
　ふとした拍子でブラジャーが弛み豊かなバストの大部分が見えた。白くふくよかな肌に青い血管が浮かび上がっている。ほんの一瞬だが乳首の寸前までが露わになった。たまらなくなった卓也は一目散に部屋へ戻り、ジーンズを引き下ろして屹立したものをしごいた。あっという間に精液が勢いよく飛び出す。その途端、なにか悪いことをしたような気になってへたり込んでしまった。
　憧れの対象を汚してしまったという自責がある反面、もっと妙子の身体を見たいという欲求もあって胸が苦しい。妙子のバストの白さが忘れられない。あの先はどうなってるんだろう、雑誌のグラビアやインターネットで女の裸は見慣れているものの、やはり本物は違う。そんなことを考えていると、またあそこが大きくなってきて、妙子の身体のことしか考えられなくなってしまった。
「妙子おばさん‥‥」
　小さくつぶやきながら、卓也は二度目の精を放った。