SCENE 3

「ねえ、卓也君。勉強みてあげる話なんだけど」
　卓也が無言で箸を動かしているとき妙子が話しかけた。
　二人きりの夕食は、ポークソテーとサラダ、そして味噌汁というシンプルなものだったが盛りつけがオシャレで、卓也にはそれだけで美味しく感じられた。
　でも、なんとなくばつが悪くて返事がうまくできない。
「静雄さんは、いつも帰りが遅いから、あとで教科書だけでも見せてくれない？」
「あ‥‥今日はいいよ。明日から学校行かなきゃならないし、準備があるから‥‥」
「そう。なんだか元気がないみたい。大丈夫？」
「うん。明日、学校へ行ったらみんなが気を遣うだろうと思って‥‥そんなこと考えていただけ。ご飯、美味しかった。ごちそうさま」
　卓也は食べ終わった食器を持って立ち上がる。
「いいのよ。私が片づけておくから」
「でも、食器洗いは僕の役目だったんだ。前から‥‥」
「えらいのね。静雄さんなんかぜんぜん家事を手伝ってくれないんだから。さすがは‥‥」
　続く内容が洋子のことになるので妙子は言葉を飲み込んだ。
「いいんだよ。気にしなくっても。悲しんでばかりじゃ母さんもよろこばないだろうから‥‥」
「ごめんね。でも、いまの言葉を聞いてちょっと安心したわ。わたしも構えちゃったところがあったのかも。今日から家族みたいなものなんだから、もっと、お互いに本音でいきましょ」
　やっと肩から力の抜ける会話ができたのがうれしい。やはり、いままで緊張していたのだろう。仕事の最中に不用意に眠ってしまうなど今までになかったことだ。そんな妙子を見て、卓也が言う。
「うん‥‥明日の準備があるから今日はダメだけど、勉強みてくれる約束忘れないでね」
　卓也にしても妙子との接点を保っておきたかった。勉強のことより、妙子と一緒にいる時間を増やしたかった。まだ、あの光景が頭から離れないのだ。
　卓也の中で、妙子の存在は単なる憧れから、生身の女へと変化していた。
　妙子の方は、卓也がけなげに生きようとしていると勘違いして、本気で受験勉強の面倒をみようと考えていた。
「まかせてちょうだい」
　妙子の笑顔を見て、また卓也は自分が悪いことをしているような気がして表情が曇る。
「じゃあ、僕、部屋に戻るから。ごちそうさま」
　食器洗いを手早く済ませると妙子の顔も見ずに二階へ上がっていった。
（やっぱり、すぐには無理よね。難しいなぁ）
　強がりを言っても、まだ卓也は子供なのだ。徐々に馴染んでいくしかない。妙子はそう思った。

SCENE 4

　11時少し前に静雄が帰ってきた。
「やっぱり楽だな。疲れ方がぜんぜん違うよ」
「おかえりなさい。食事は？」
「まだだ。でも先にシャワーを浴びたい。汗だくで気持ち悪くて。そうだ、義兄さんはどうだった？」
「卓也君と見送りに行ったわ。当分は帰れないみたい」
「そうか、いよいよ三人暮らしか。卓也君は慣れそう？」
「ええ。勉強教える約束しちゃった。K大の付属に行きたいんですって」
「そうか。お前の後輩になるわけだな。それはそうと、お前もシャワーを浴びてきれいにしておいてくれよ」
「大丈夫なの？」
「うん。たぶんな。ウソみたいに疲れ方が違う」
「そう‥‥」
　ドアの外で卓也はこの会話を聞いていた。静雄が帰ってきたので挨拶をしようと降りてきたのだ。
（きれいにしとけってことは‥‥叔父さんと妙子さん‥‥）
　中学三年生でもこれくらいの想像はできる。
　卓也はしばらく間をおいてからリビングのドアをノックした。
「おっ、なんだよ。ノックなんかして。他人行儀だな」
　パジャマ姿の卓也を見て静雄が笑っている。
「叔父さん、おかえりなさい。だってさ、やっぱ悪いじゃん」
「卓也君も、もうそんなことを気にする年になったんだなぁ。今日からは家族と一緒なんだから、あまり気を遣うなよ。こんな時間まで勉強してんの？」
「ううん。もう寝るところ。じゃ、おやすみなさい」
　卓也はドアを閉める。
　まだセックスを知らない卓也は、なんとかして叔父夫婦のそれを覗いてみたいという欲望に駆られる。妙子もあんなことをして悶えるのだろうか？　そう考えただけでも股間がはち切れそうになった。しかし、かなり難しいだろう。せめて声だけでも聞きたい。そんなことを考えながら階段の中程に座った卓也は階下の様子をうかがう。
　バスルームで二度目の水音がする。妙子がシャワーを浴びているに違いない。妙子の裸を想像するが、ディティールがはっきりしない。あの寝姿を見たときの肌の白さを思い出しながら、卓也は息を荒げた。
　やがて水音がしなくなり、一階の奥にある寝室のドアが閉まる気配がする。卓也は足音を忍ばせて階段を降りた。寝室からは、かすかにドライヤーを使う音が響いていた。
　卓也はドアに耳をあてて中の様子をうかがう。
「‥‥だめよ‥‥髪を乾かすまで待って‥‥」
　妙子の声がする。
　いよいよらしい。卓也はツバを飲み込んだ。そのゴクリという音が大きく感じ、鼓動が早まる。
「もう‥‥待ってったらぁ‥‥」
　妙子の声が甘くなる。何をしてるんだろう。声だけでは判断ができない。
　その後、まったく声が聞こえなくなった。卓也は耳をそばだてる。
　ギッとベッドのきしむ音、同時に「あん‥‥」と妙子の声がした。
「あ‥‥あん‥‥」
　かすかだが、そう聞こえる。しかし、また声が聞こえなくなる。
「ごめん‥‥やっぱダメみたいだ‥‥」
　10分ほどして静雄の声がした。
「ううん。いいの。気に病まないで‥‥」
　なにやら状況が変わったようだ。卓也は慌ててドアから離れリビングに隠れた。
　ちょっとしてから寝室のドアが開いた。出てきたのは妙子のようだ。卓也はソファーの後ろにまわって身を隠した。
　灯りがつく。
　そっと様子をうかがうと妙子が冷蔵庫を開けるところだった。
　その姿に思わず息を飲み込む卓也。
　妙子は白いTシャツにショーツという格好だったのだ。すらりと伸びた脚、太股の量感、そして生の下着姿、卓也が受けた衝撃は計り知れない。それは目の前を通り過ぎる嵐のようだった。気がつけば電気は消え、妙子は冷たいお茶の入ったグラスをふたつ持って寝室に戻っていた。
　一瞬の出来事だったが妙子の艶めかしい姿が網膜に焼き付いた。卓也はその場で自分のものをこすりたかったが、ここで物音を立てるのはマズイ。我慢して、しばらくじっとしていることにした。
　どれくらい、そうしていただろう。ゆっくりと立ち上がったときには暗闇に目が慣れていた。そっと寝室の方へ向かう。ドアの下の隙間から漏れる灯りも見えない。聞き耳を立てても起きている気配もない。
　セックスってあんなものなんだろうか。想像とは違い、割とあっけなかったので卓也は拍子抜けしていた。
　ふとバスルームの方へ目が行く。
（もしかしたら妙子おばさんの使っていた下着があるかもしれない）
　卓也の鼓動がふたたび高鳴る。
　洗濯機の横に籐製のランドリーボックスがある。物音を立てないように脱衣場に入った卓也はふたを開けた。
　あった。
　一番上に妙子が着ていたキャミソールがあり、それをめくると、うたた寝をしていたときにのぞけて見えたブラジャーが。そしてレースの白いビキニショーツ。そのふたつを抜き取ると、卓也は音を立てないように気をつけて自分の部屋に戻った。途中、心臓が破れてしまうのではないかというくらいドキドキした。呼吸も浅くなり目眩がしそうだった。部屋に入ると閉めたドアにもたれて座り込んでしまう。
　深呼吸をして手の中にある下着に視線を落とす。顔を埋めると妙子の香水の匂いがした。
（た‥‥妙子おばさん‥‥）
　股間のものはもう爆発寸前だ。
　卓也は立ち上がり、カップが上を向くようにベッドにブラジャーを置く。次に妙子の身体を思い浮かべながら、その下の、この辺だろうという位置にショーツを置いた。そして、そこに妙子がいることを想像しながらベッドに上がり、汗ばんだ手のひらでブラジャーのカップをわしづかみにする。無機質なワイヤーの堅さやレースのザラつきさえも卓也を興奮させるには十分だった。
　ブラジャーを裏返し、カップの裏、ちょうど乳首があたる部分を舐めた。しょっぱさを感じた瞬間、卓也は暴発していた。
「う‥‥うう‥‥」
　あまりの快感に目の前が真っ白になりベッドの上に突っ伏してしまう。
「ハァッ‥‥ハァッ‥‥」
　それでも、まだ萎えずにいるペニス。
　欲望がとまらない。まだペニスの付け根あたりにモヤモヤが溜まっている感じがする。
　卓也は荒い息をしながら手探りでショーツを握り、目の前で拡げた。
　クロッチの部分にうっすらとシミのようなものがある。
「妙子おばさん‥‥」
　そうつぶやきながら卓也はその匂いを嗅ぐ。
　ほんの少しのアンモニア臭と若干の生臭さが入り混じっている。
　その匂いが脳を直撃して、あっという間に蘇りカチンカチンになる。
「妙子おばさん‥‥」
　ふたたびつぶやくと、卓也は夢中になってシミの部分を舐める。同時にパジャマの上からペニスをこする。今日、四度目だというのに勢いよく放出した。
　ガックリと力が抜け、全身が痺れてしまった。もう、これ以上は動けない感じだった。だが疲労感は心地良い。仰向けになった卓也はその余韻に浸っていた。
　呼吸が落ち着くと股間がベットリと冷たい。その気持ち悪さが罪悪感を誘い、のろのろと上半身を起こす。
「どうしよう‥‥」
　トランクスはもちろんのこと、パジャマのズボンまでにも精液がシミを作っている。
　卓也はズボンとトランクスを脱いで、ティッシュで股間を拭きはじめる。自己嫌悪が襲ってくる。こんなことをしたのがバレたら大変なことになる。一番恐ろしいのは妙子に軽蔑され嫌われることだ。そこまで思い至ると、卓也は新しいパジャマを着て、妙子の下着を戻しに行った。
　バレないだろうか？　それが心配で悶々として眠れず、ようやくまどろんだのは空が白みはじめた頃だった。