SCENE 50

　次の日の夜、静雄が帰ってきたとき、卓也は目を合わせられなかった。
　卓也の回復をよろこび、笑顔を見せる静雄に後ろめたさがあるし、今夜は妙子とベッドを共にするんだと思うとジェラシーも感じる。おまけに、今朝も妙子と睦み合ってしまったのだ。バレてしまうのではないかという恐怖心もある。
　そんな卓也に比べて、妙子はいつもどおりに振る舞っていた。
　いたたまれない気分になって、卓也は自分の部屋へ戻る。ひとりでいるのが寂しくなって恵美子にメールを打った。
【三上くんからメールなんてうれしいな。でも、どうしたの？　わたしは、今、お風呂から出たとこだよ】
　返事はすぐに来た。
　卓也は風呂に入っている恵美子を、妙子と重ね合わせて想像してしまった。さっきまで、あれほど妙子のことを考えていたはずなのに、恵美子の裸を想像したら会いたくなってしまった。
【もう寝るとこ？】
　卓也が返す。
【なんで？】
　速攻で返事が来る。
【いや、別に理由はないけどさ。なんか退屈だから散歩でもしようかなぁって思っただけ】
【もしかして誘ってる？】
【会いたいけどさ。こんな時間に出るの無理だろ？】
　話の方向に卓也はときめくものがあった。でも、もう10時過ぎだ。いくらなんでも、恵美子の家の人が許すはずはないだろうと思った。
【あのさ。わたしん家、窓から抜け出せるんだよ。寝るって言っちゃえば朝まで誰も来ないし】
【じゃ、会う？】
　恵美子を深夜に呼び出すことを考えたらウキウキした気分になってきた。
【うん。行く】
【だったら、安藤ん家に行くよ。着いたらメールする】
【うん。待ってるね。ワンギリしてくれたら出てくから】
　卓也は家のカギを持っているから、この時間に抜け出しても大丈夫だ。なんだか悪いことをするみたいでドキドキするし、こんな時間に恵美子と会うのもスリルがある。しかし、卓也自身も気が付いていないが、静雄と一緒にいる妙子に対しての当てつけみたいな気持ちが心の底にはあった。

SCENE 51

　恵美子の家は垣根に囲まれた古い和風建築だ。裏木戸があるから、そこに着いたら一回だけ着信音を鳴らして欲しいというメールの通りにする。すぐに裏木戸が開いた。いつものミニスカートをはいた恵美子が出てくる。
「オッス」
　卓也が言うと、恵美子が微笑んだ。
「どこ行く？」
「どこでも」
　こんな時間に駅前などへ行って誰か知り合いに見られるようなリスクは犯したくない。かといって、中学生が行くような店はもう閉まっている。結局、行くところは公園くらいしか思いつかなかった。それでも、二人は、すごい冒険をしているような気分だった。
「あっ‥‥」
「なに？」
「お前、いい匂いするな」
「えへへ。シャンプー変えたんだ。分かる？」
「へえ」
　公園のベンチに並んで座ったとき恵美子の髪からいつもとは違う匂いが漂ってきた。卓也は何気なく恵美子の耳のあたりに顔を近づけクンクンと鼻を鳴らせた。
「きゃっ」
　恵美子がビクンと身体を震わせる。
　こんな時間に二人だけで並んで座っているのを恵美子は意識しすぎていた。
「あっ、ごめん。つい‥‥」
　つい妙子にしているような感じで恵美子に接してしまった。失敗したかなと、卓也は内心汗をかいていた。
「ううん‥‥いいの。わたし、緊張しちゃって‥‥」
「俺も‥‥」
「うそ‥‥三上くん、落ち着いてるもん」
「安藤。動かないで」
「えっ？」
　パチンッと肉を叩く音がした。
　太股に衝撃を感じた恵美子は何が起こったか分からず呆然とした。
「ほら。でっかい蚊」
　卓也が手のひらを拡げてみせると、真ん中に潰れた蚊と血痕があった。
「あ‥‥」
　なんだか恵美子は緊張していた自分が可笑しくなった。そしてクスクスと笑いだす。つられて卓也も笑う。二人は顔を見合わせて笑い合った。
　やがて、どちらも笑うのをやめて見つめ合っていた。
　息が詰まるような空気。
　突然、卓也の顔が覆い被さってきて唇が重ねられた。
「んっ‥‥んん‥‥」
　予想もしてなかった展開に恵美子は全身の力が抜け動けなくなってしまった。
　卓也の舌が侵入してきて歯茎をなぞられ舌に絡む。
　甘くて重い疼きが恵美子の全身を支配した。
　卓也自身もビックリしていた。なぜ、こんな事をしたのか自分でも分からなかったからだ。恵美子の瞳を見つめているうち衝動的にキスをしてしまっていたのだ。
　少しして、卓也の背中に恵美子の手が回された。
　卓也も抱き返す。そして恵美子の唇を味わい続ける。
　恵美子は眼を閉じて卓也の名前を心の中で呼び続けながらしがみついた。呼吸が浅くなり、全身が熱くなった。
　どれだけの時間、キスされていたのだろう。恵美子にとって、それは一瞬のようであり、長い時間にも思えた。
　唇が離れ、目を開けると目の前に卓也の顔があった。
「‥‥怒った‥‥？」
　卓也の問いに恵美子は首を振って答えた。怒るどころか天にも昇る心地なのだ。ものすごく鼓動が早くなっている。潤んだ瞳、次の行為を待ち望んでいるのが表情から分かる。
　そんな恵美子を見て、卓也はたまらなくなり、もう一度抱きしめた。
　Tシャツ越しに硬いバストを感じる。妙子の柔らかさとは異質なものだ。卓也はその感触を楽しんだ。
　でも、それだけで満足できるわけはない。背中へまわした手を戻してバストを触ろうとする。そのとき、人が近づいてくる気配がした。卓也は慌てて身を離した。
「誰か来るみたい」
　卓也は小声で言った。
　近づいてきたのは高校生らしい男女の二人連れだった。二人とも明るめに髪を染めたかなり遊んでいる感じだ。向こうも卓也達に気が付いて、反対側にある離れたベンチに座った。その二人が街灯の下を通ったとき、恵美子の表情に変化があった。
「どしたの？」
「あれ、小島先輩よ‥‥」
「えっ‥‥うそ‥‥」
　派手な茶髪の女はひとつ上の小島美枝だというのだ。卓也が覚えているのはバスケ部の部長をやっていた真面目な中学時代の姿だけだ。あまりの印象の違いに、すぐには信じられない。
　向こうの二人は、こちらもカップルだと安心してか、ベンチに座るなりキスをしはじめた。男の手がバストを揉んでいるのが分かる。
　卓也と恵美子は息を飲んでその二人を見つめていた。
「行こう」
　卓也がそう言ったのは、男が美枝のスカートの中に手を入れたときだった。これ以上見てはいけないと思った。
「うん‥‥」
　恵美子も同感らしく、小さくうなずくと立ち上がった。
　卓也たちは無言で歩く。知人の秘め事を覗いたようでばつが悪い。気がつくと、二人は恵美子の家の前にいた。
「じゃな‥‥また明日‥‥」
「うん」
　恵美子が裏木戸を開け、その姿が見えなくなるまで卓也はその場所に立ちつくしていた。そして立ち去ろうとしたとき、また木戸が開き恵美子が出てきた。
「どしたの？」
「よかった。三上くんがいて。窓に上がれないの」
　恵美子は泣きそうな顔をしている。
「えっ？」
「出るときは飛び降りれば良かったのに‥‥登れないの‥‥」
「じゃ、手伝ってやるよ」
「うん。そうして」
　恵美子の部屋は中二階のような感じで、窓の縁は卓也の目の高さくらいのところにあった。手がかりになるようなものはないし、踏み台になるようなものもない。
「ここに足を乗せて」
　卓也は指を組んで屈んだ。
「組み体操みたい」
　卓也のナイトぶりに恵美子の表情が和らぐ。
「ほら、早く」
「うん」
「いくよ」
　恵美子が足を乗せると、卓也は弾みを付けて手を持ち上げる。
　恵美子の上半身が窓の縁にかかった。
「もう少し‥‥」
　そう言って、さらに足を持ち上げようとしたとき、卓也は心臓が止まるのではないかと思うくらい驚いた。スカートの直下から見上げる形になるのだ。目の前に恵美子の白いショーツがある。おまけに、窓から入るときに足を開かなければならない。夜目にもショーツの大切な部分に蜜が作ったシミがあるのが見えた。
（安藤‥‥濡れてる‥‥）
　そのシミを作らせたのは自分なのか、それとも‥‥そこまで考えたとき、窓から部屋に入った恵美子が顔を出した。
「ありがと。三上くん」
「うん。じゃ、行くよ」
「ちょっと待って」
「えっ？」
「‥‥」
「なに？」
「三上くん‥‥もう一度だけ‥‥」
　恵美子が顔を下へ向け、眼をつぶった。
「うん」
　卓也は、そっと唇を重ねた。
　やはり恵美子を濡らしたのは自分なのだと思った。できれば窓を登って恵美子を抱きしめたい。きっと恵美子も拒まないだろう。でも、そうしたら最後までしてしまうだろう自分に気がついた。そして、妙子の顔が浮かんだ。卓也は唇を離した。
「‥‥ありがとう‥‥」
　恵美子が言った。
「おやすみ。楽しかった」
「うん‥‥」
　裏木戸を出て卓也の姿が見えなくなるまで、恵美子はずっと窓から見ていた。

　家に帰った卓也は久々に自分で処理した。
　恵美子の艶めかしいショーツのシミが脳裏に焼き付いている。
　クロッチの部分を脇にずらし、唇を押しあて、恵美子の秘部を舐めているところを想像しながら放出した。