SCENE 59

　卓也と恵美子がそんな会話をしている頃、妙子と静雄は旅館でチェックインを済ませていた。
「旅行なんて久しぶりね。こうやって、あなたと二人でいられるなんて、いつ以来かしら」
　海沿いをドライブして、景色を見たり、海の幸の昼食をとったり、二人してのんびりした時間を過ごすことが出来た。
「そうだな。こういう時間があるってこと忘れてたよ」
「忙しすぎるのよ、あなたは。ゆっくり休んで」
「ああ」
　以前、同じ職場にいたから、妙子は静雄の仕事に対して理解があった。いま、静雄は重要なプロジェクトを任されて飛躍のときなのだ。成功すれば出世は間違いない。が、それだけにプレッシャーも強く、ストレスが溜まる。
「おっ、部屋に露天風呂がついてるんだな」
「さっき、女中さんが説明してたじゃない」
「そうだっけ」
「夕食まで時間があるわ。ひと汗流してきたら」
「一緒に入らないか」
「いいわよ」
　この旅行は静雄のためなのだから、妙子は何でもしてあげたいと本気で思っていた。卓也のことに対する贖罪の気持ちがないといえば嘘になるが、やはり愛する夫なのだ。休ませてあげたいし、望むことは叶えてあげたかった。
「先に入ってるぞ」
「ええ」
　静雄は女に身支度が必要なことを心得ている。
　露天風呂といっても、張り出したウッドテラスに備前焼のような陶器の湯船が埋め込んであり、屋根も付いている。海に面した高台にあるので障害物もなく開放的だ。
「おーい、すごい眺めだぞ。早く来いよ」
「すぐ行くわ」
　妙子はタオルで前を隠しながら風呂場へ入る。
「ほんと、すごいわね」
「うーん、こっちの方もいい眺めだ」
　妙子の方を向いた静雄が笑って言う。
「もう‥‥背中、流しましょうか？」
「おっ、すまんな」
　静雄は湯船から出て海の方を向いて座る。
「気持ちいいな」
「そうね」
　妙子が背中を洗いはじめた。
「妙子‥‥」
「なあに？」
「悪いな、こんな身体になっちゃって‥‥こうしているとお前を抱きたいと思うんだが、やっぱり駄目みたいだ‥‥」
「いまは忙しすぎるのよ。気を長く持てばきっと治るわ」
「それで、おまえはいいのか？」
「なんのこと？」
「まだ、おまえは若いし‥‥俺なんかと一緒にいるより‥‥」
「お願い。そんなこと言わないで。きっと治るから」
「でもな‥‥女を満足させられない男なんて‥‥」
「そんなふうに考えないで」
「お前、今でも俺のこと好きか？」
「当たり前でしょ」
「薬があることは分かってる。でも、もし、それが効かなかった場合を考えると怖いんだ。それこそ、人生の終わりみたいでな」
「いいのよ。わたし待ってるから」
「でさ‥‥」
「なあに？」
「ちょっと試してみたいものがあるんだ」
「だから、なによ？」
「オモチャ‥‥」
「えっ？」
「勃たない俺の代わり。おまえを感じさせたいんだ」
「そんなことしたいの？」
「うん‥‥たのむ‥‥じつは、もう買ってあるんだ」
　咄嗟の返事に困った。
「いやか？」
「いやじゃないけど‥‥」
「お前の、あのときの姿が見たいんだ。前は、いくら疲れていても、お前を抱いて、お前が感じているの見ると、頑張るぞって気持ちになったんだ‥‥俺のものが役に立たないなら、せめて、この手でおまえを感じさせて、それを眺めたい‥‥」
　そこまで言われると断る理由が見つからなかった。
　妙子にはオモチャの経験がない。文字通り玩ばれるようで抵抗もあるが、逆に妖しい好奇心もある。
「あ、あなたがしたいなら‥‥」
　妙子はそう答えてしまっていた。
「そうか。いいんだな？」
　静雄の顔が輝く。
「善は急げだ。ちょっと待ってろ」
　いったん部屋に戻った静雄がバッグを持ってくる。
「ここでなの？」
「ああ」
　バッグからいくつかの透明なパッケージを取り出しながら静雄が答える。
「なにこれ？」
　まるでナマコのような形をしているバイブレーターを手に取る。
「店員に聞いたんだ。これが一番の人気商品だってさ」
「なんかヘンな感じね」
「これも女性に人気があるらしい」
　静雄が箱から出したのはゆで卵を重ねてペニスの形にしたようなバイブレーターだった。本物よりは一回り太いような感じがする。
「そ、そんなのは無理よ‥‥」
　妙子の顔が曇る
「妙子」
「‥‥」
「いやか？」
「そうじゃないけど‥‥」
「俺はお前の身体を愉しんでみたい‥‥お前が好きだし、なんて言ったらいいのか分からないんだが‥‥」
「そんな‥‥あなたがしたいなら‥‥いいのよ‥‥」
「こんな亭主でわるいな‥‥」
　静雄は妙子を後から抱きしめた。
「お前の肌はこんなに気持ちいいのに‥‥」
　静雄の手が妙子のバストや下腹を這いまわる。
「あん‥‥」
　首筋にキスをされた妙子が甘い声を漏らす。
　静雄は慣れた手つきでバストや秘肉を愛撫しはじめた。
「あ‥‥あなた‥‥わたしは、こうしてくれるだけでも‥‥あんっ‥‥」
　静雄の指先が一番敏感なところに触れ妙子は身体を震わせる。
「ああっ‥‥だれかに見られちゃいそう‥‥」
　沖合に浮かぶ船が見える。
「船の上から望遠鏡で覗かれてたりしてな。こうやって脚を開いてごらん」
　静雄は妙子を海の方へ向け大きく脚を開かせた。
「いや‥‥恥ずかしい‥‥ああんっ！」
　こんなにオープンな場所で痴態を晒していると思うと、恥ずかしさのせいで興奮が高まってしまう。
　静雄の指にクリトリスをまさぐられ身体がとろけそうになる。
「だ‥‥だめ‥‥お部屋に‥‥」
　妙子は喘ぎながら懇願する。
「いいじゃないか。悶えているお前はやっぱりきれいだ‥‥」
「ああっ‥‥こんなところで‥‥だめぇ‥‥」
　クリトリスを捉える静雄の指先から熱気がほとばしるように感じて妙子は身をよじって喘いだ。
「あなた‥‥恥ずかしい‥‥あんっ‥‥」
「そういえば、外でしたことはなかったな」
「ああ‥‥すごい‥‥感じちゃう‥‥恥ずかしいのに‥‥ああんっ‥‥」
「それじゃあ、これはどうかな？」
「ああっ！　ああんっ！」
　妙子の喘ぎ声が高くなる。
　ついに、あの不思議な道具を挿入されてしまったのだ。例のナマコみたいなやつだ。柔らかな樹脂製で、それほど大きいものではないが、蜜壺に入る部分が先太りになっており、容易に抜けない仕組みだ。うたい文句によれば、その部分がGスポットを刺激するらしい。それに、クリトリスを覆う面にはヒダがあり、根元に振動用のモーターが埋め込まれている。
「ああっ！　いやぁっ！」
　突然、痺れるような、それでいてむず痒い感覚が襲う。静雄がスイッチを入れたのだ。
「な‥‥‥なに、これ‥‥だめ‥‥だめぇ〜っ！」
　経験したことのない激しく暴力的とも言える刺激。妙子は悲鳴を上げながら身体を震わせる。
「ああっ‥‥いや‥‥いやぁ〜っ！」
　あっという間に絶頂がやってきた。秘肉がドロドロに溶けてしまったように感じる。妙子は激しく痙攣を繰り返した。
　それでも機械の動きは止まらない。続けざまにオルガスムスがやってくる。
「も‥‥もうだめ‥‥あなた‥‥抜いて‥‥お願いだから‥‥ああっ！」
　未知の感覚に恐怖すら覚え、恵美子は必死で叫ぶ。
　それなのに、静雄は妙子の懇願とは逆にオモチャを秘肉へ押しつけるようにした。
「そんなに感じるのか？」
　静雄の眼が異様に光る。
「おねがい‥‥もう‥‥ゆるして‥‥」
　妙子はガクガクと震えている。
　そんな妙子の姿を見て、静雄の頭の中にある何かが弾けた。
「いや‥‥もっとだ‥‥」
　まるで勃起しない自分への怒りを妙子にぶつけようとしているようにバイブレーターを動かす。興奮で我を忘れてしまっていた。
「だめ‥‥だめぇ‥‥」
　妙子はのたうち回りながら悶えた。
　しかし、先太りになったバイブレーターは抜けるどころか、その形状のせいで吸い付くように蜜壺に収まっている。逆に身体を動かすことによって刺激が高まる。
　身体の向きを変え、這うように責めから逃れようとするが、静雄はオモチャを支えたまま追いかける。
　気が付くと脱衣場の方まで移動していた。
　ふと、静雄はカゴに入った浴衣に目をとめた。
「逃げるなら、こうしてやる」
　静雄は浴衣の帯をつかむと、妙子を後ろ手に縛り上げてしまった。
「いや‥‥ゆるして‥‥ゆるしてぇ‥‥」
　あまりの仕打ちに、卓也とのことを気付かれたのではないかという不安が心をよぎる。そうでなければ、静雄がこんな事をするだろうか。妙子には分からなかった。
「あんっ！」
　ナマコ型のバイブレーターが乱暴に引き抜かれる。
　妙子はガックリと弛緩してしまう。
　しかし、すぐに、あの太い方のバイブレーターがあてがわれ、一気に挿入された。
「あううっ！」
　妙子は呻くことしかできない。
　すでにスイッチは入れられていて本体が蜜壺の中で暴れ回っている。
「あうっ‥‥もう、いや‥‥あなた‥‥どうして‥‥」
　バイブレーターを操作する静雄の眼は血走っている。
「いやぁ〜っ！」
　枝分かれした子機の細かい振動がクリトリスを直撃して妙子は絶叫した。
「ああっ！　あうっ！」
　妙子の身体が何度も跳ねる。
　それでも静雄の責めは止まなかった。
　数分後、妙子は完全に気を失ってしまった。ブルブルと震えた後、全身が弛緩し、秘貝の間から熱いものが溢れるようにこぼれ出す。そう、失禁してしまったのだ。手に、その奔流を感じた静雄は我に還った。
「た‥‥たえこ‥‥」
　あわててバイブレーターを引き抜き、帯を解く。
「妙子‥‥大丈夫か‥‥？」
　静雄は妙子の上半身を抱き起こして言った。
　ときおり痙攣するものの、妙子の意識は戻らない。
「妙子‥‥妙子‥‥」
　静雄は妙子の名前を呼び続ける。
「あ‥‥あなた‥‥」
　しばらくして、やっと妙子は目を開いた。
「悪かった‥‥なんだか我を忘れてしまって‥‥自分が自分じゃないみたいだったんだ‥‥許してくれ」
「満足した？」
「えっ？」
「あなたのこと‥‥」
「ああ‥‥お前が感じているところが見れて‥‥興奮したよ‥‥でも、ちょっとアブナイ感じだな‥‥無我夢中でお前を縛っちゃったし、自分でも何であんなことをしたのか分からないんだ。ごめん」
「そんなに謝らないで‥‥」
「うん‥‥でも、悪かった‥‥もうしないよ」
　静雄が真顔で謝る。
（してもいいのに‥‥）
　妙子はそう思った。恐ろしいくらいの快感だった。後ろ手で縛られたとき、わけが分からなくなるくらい興奮してしまった。自分にはマゾの素質があるのだと思った。しかし、静雄にそんなことは言えない。
　もし、あのまま責め続けられたら、もし、静雄の不能が治って最後までされてしまったら、きっと静雄の言いなりになってしまったのではないだろうか。そんなことまで考えてしまっていた。
「いいの‥‥あなたが、よろこんでくれたなら‥‥」
「俺は、お前を悦ばせたかった、感じさせたかっただけなのに、なんだか‥‥」
　静雄には、妙子の痴態を見たら出来るようになるのではないかという一縷の望みがあった。しかし、ただ凶暴な衝動に駆られただけで肝心な部分は反応しなかった。これ以上、オモチャをつかっても結果は同じだろう。失意の中で唯一の救いは妙子が自分に対して嫌悪感を抱かなかったことだった。
「わたし、身体を洗うわ‥‥」
「うん‥‥」
　妙子から望まない限り、もう静雄は何もしないだろう。そういう男だ。ジェントルだと言えばそうだが、今の妙子には少しもの足りなかった。
「あなた‥‥」
　汚れた部分を洗い終えた妙子は湯船に浸かりながら言った。
「ん？」
「気にしないでね。わたしは怒ってもいないし、あなたのためなら‥‥」
「うん‥‥」
　結局、妙子が思った通り、その後何も起こらず夜は更けていった。