SCENE 5

　妙子は戸惑っていた。
　掃除しようと卓也の部屋に入り、ベッドの下から丸められたパジャマのズボンとトランクスを見つけたからだ。顔を近づけるまでもなく栗の花に似た刺激臭がする。
（これって夢精よね‥‥）
　今朝、卓也の様子がおかしかった。まともに妙子の顔を見ようとしないのだ。
（これが恥ずかしかったのかしら‥‥）
　どうしたらいいものか妙子には分からなかった。だから携帯のメールで静雄に相談することにした。昼過ぎに返信が来た。「男の子なら当たり前のこと。健康な証拠。そのままにして何も見なかったことにしていろ」と。
　卓也の顔立ちは母親の洋子に似て優しげだった。どことなく静雄にも似ているが、子供っぽかったので、妙子は卓也を男として意識したことがなかった。しかし、トランクスに付着した精液の量は相当なものだった。その現実と卓也に抱いているイメージとが結びつかない。なぜか理由は分からないが、妙子はまた卓也の部屋に入り、トランクスを拡げていた。
　妙子は昨日のことを思い出していた。
　ここ半年ほど、まともな夫婦生活がないのだ。忙しさのせいか、ストレスによるものか、静雄は俗に言う中折れの状態なのだ。夕べも環境が変わったから大丈夫だと言われ期待していたのに、フォアプレイのみで燃えた身体だけが残った。静雄のものはほとんど勃起せず挿入に至らなかったのだ。
　卓也の精力を分けて欲しい。そんなことを考えながらトランクスのシミを見ている自分に気がつき、はしたないと思いながら心の中で静雄と卓也の姿を重ね合わせていた。
　そして、いつの間にかひざまずき手をスカートの中へ入れ、ショーツの上から敏感な部分をなぞっていた。
　夕べの欲求不満が残った身体に、久しく嗅いだことのない精液の匂いが刺激となって、妙子は静雄のものを口にふくんでいるところを想像して火照った身体を慰めはじめた。
　妙子はフェラチオが好きだった。請われて熱く猛った静雄のものを口にすると、それだけで秘肉が疼いたものだ。唇の裏側に節くれ立った肉が触れると全身が熱くなる。妙子は静雄が果てるのと一緒に震え、その後も舐めるのをやめず「お前は口の中に性感帯があるみたいだな」と言われた。事実、その通りだった。
　妙子は我慢できずクロッチの側面から中へ指を滑らせた。
「はぁん‥‥」
　思わず声が漏れる。
　クチュッ、クチュッ、とリズミカルに蜜と秘肉が卑猥な音を奏でる。
　トランクスを顔に近づける。あの匂いが鼻腔に拡がった。
　口の中いっぱいに放出されたときのことを思い浮かべながらクリトリスを中指で押さえるようにするとジーンと全身が痺れた。
「あっ‥‥ああっ‥‥」
　オルガスムスを迎えた妙子は細かく身体を震わせた。
（やだ。わたしったら、こんなところで‥‥）
　血はつながってないとはいえ甥っ子の部屋で、しかも精液の匂いを嗅ぎながらひとりでしてしまった恥ずかしさに、妙子は慌てて立ち上がった。

SCENE 6

　夕方になり帰ってきた卓也は挨拶もせず二階へ上がってしまう。
　昨日からの心配がまだ続いている。だから、まともに妙子に顔が合わせられないのだ。学校にいるときも、そのことばかりを考えていて、誰が話しかけてきてもまともに返事ができなかった。以前は明るかった卓也の変貌ぶりに、教師さえも気を遣っていたほどだ。
　もちろん卓也の心は癒えてはいないが、様子がおかしかった理由は他にある。それは誰にも言えない種類のものだから、卓也は皆が勘違いしているのを放っておくしかなかったし、その方が都合が良かった。
　卓也が帰宅して一時間ほど経ったときのことだ。インターフォンのチャイムが鳴る。妙子が応答すると「卓也さんのクラスメイトです」という返事。玄関を開けるとピンクのＴシャツにデニムのミニスカートをはいた可愛らしい少女が立っていた。
「突然すみません。わたし、クラス委員をやっている安藤恵美子といいます。卓也さんのことが心配でクラスを代表してお見舞いに来ました」
　見れば近所のケーキ屋の箱を持っている。
「まあ。ご丁寧にありがとう。どうぞ、上がってください。いま、卓也君を呼んできますから」
　そう言うと、こんどは階段の上へ向かって
「卓也くーん。お客様よ」
　と声をかけた。
　ドアの開く音がして、恐る恐るといった感じで卓也が降りてきた。
　妙子がにこやかに笑っているのを見て胸をなで下ろしたい気分になる。そして玄関には意外な人が立っている。
「あ‥‥あれ‥‥どうしたの」
　恵美子を見て卓也が固まる。
「三上君があんまり元気がなかったから、みんな心配してたの。だから、せめてお見舞いをってみんなで決めたの」
「こんなところで立ち話もなんだから上がって。こちらへどうぞ」
　妙子がぎこちない二人を見て言う。
「ありがとうございます」
　恵美子は妙子の案内でリビングへ入っていく。卓也もそれに従うしかなかった。
「ちょっと待っててね。いまお茶を淹れるから」
　妙子がキッチンに向かう。
「どうして安藤が‥‥」
　卓也は納得できない様子だ。恵美子は頭もルックスも良く、クラスでも目立った存在で男子生徒ばかりか女子にも人気があった。そんな彼女が、それまで特別親しくしていたわけでもないのに尋ねてきたのが不思議だった。
「ほんとはね。わたしひとりが決めて来たの。みんなが心配しているのはほんとだけど‥‥」
　恵美子は妙子がキッチンにいるのを確かめると小さな声で言った。
「えっ」
　卓也の顔が瞬時に赤くなる。
「それって‥‥」
「だって、三上君、すっごく元気がなかったから‥‥」
　卓也は恵美子の真意を測りかねていた。好きだと言われたようにも感じるし、別に個人的な好意によるものではなくクラスのリーダー的存在の恵美子がそういう行動を取るのはいかにも彼女らしくも思えた。
「あらあら、そんなところで立ってないで座ってちょうだい」
「はーい。失礼します」
　妙子の言葉に、恵美子は素直に答えソファーに座った。
　恵美子が脚をながし、膝に手を置く直前、立っている卓也にも恵美子の白いショーツが見えた。しかし、気がつかないのか恵美子は気にしているふうではない。卓也はどうしていいのか分からず立ったままだ。
「卓也君。美味しそうなケーキいただいちゃったの。みんなで一緒に食べましょう」
　妙子がトレーに紅茶のセットとケーキを乗せてきて言った。
「う‥‥うん」
　卓也は仕方なく恵美子の向かい側に座った。
「あっ、そうそう、自己紹介しなくちゃね。叔母の中村妙子です。卓也君を一人にしておけないからここに住むことになったの。よろしくね」
「あ、クラス委員の安藤恵美子です。三上君がどうしてるのか心配になっちゃって‥‥でも安心しました」
　恵美子が立ち上がってピョコンとお辞儀をした。
　座り直したときスカートの裾が3センチほどずり上がった。生足が眩しいし、ショーツも丸見えだ。
「安藤。俺の部屋で話しようよ」
　卓也はたまらず言う。普段ならこんなことは言い出せないだろう。でも、どうしても恵美子の脚に目が行ってしまうし、それを妙子に見られるのが嫌だった。それが不機嫌な感じに見えたらしい。二人は卓也の言う通りにした。
「じゃあ、ケーキ持ってくわ」
　妙子は気を利かしたようだ。
（なんで女ってああなんだろう？　それとも俺が男だってこと分かってないのかなぁ）
　卓也はそう思った。
「わたし、なんか悪いことしちゃった？」
　部屋に入って二人きりになると恵美子は心配そうに聞いた。
「安藤。お前、パンツ丸見えだったんだぞ」
　卓也がふてくされて答える。
「ええっ！　見えちゃった？」
　恵美子は屈託がない。
「当たり前だろ。そんなスカートはいてんだから」
　卓也も同級生が相手だとずいぶん言葉遣いが違う。
「あは‥‥ちょっぴり良かった」
「何が？」
「だって、本当に学校では元気なかったんだもん」
「みんなが気を遣ってるから、かえってやりにくいんだよ」
「そうなんだ‥‥」
　とりとめのない会話が続く。
　話をしているうちに、何となく気分がほぐれてきた。
「でもさ、安藤が来てくれるなんて思わなかった」
「迷惑？」
「そんなことないけど、びっくりした‥‥」
「ねえ‥‥」
「ん？」
「また遊びに来ていいかな？」
「いいけど‥‥なんで？」
「だって、もうすぐ夏休みだしさ。そろそろ帰るね」
「うん」
　夏休みと恵美子が遊びに来ることと何の関係があるのか分からなかったが、クラスの人気者を独占できるのはうれしい。それに、こうして二人きりで話してみると心が弾む。

SCENE 7

「可愛い娘ね。ガールフレンド？」
　恵美子を送った後、妙子が聞いてきた。
「そんなんじゃないよ。単なる同級生」
「へぇ。最近の中学生って大人っぽいのね。しっかりしてるし」
「なんだか、そんなことを言うとホントのおばさんみたい」
　恵美子のおかげか、卓也は軽口がたたけるようになっていた。妙子の様子から夕べのことがバレていないと確信できたことも大きい。
「言ったわね。そんなら勉強見てあげないから」
　妙子も軽く返す。
「え〜っ」
　それが冗談だと分かっているから卓也もわざとふくれてみせる。
　二人は声を合わせて笑った。このとき二人とも口にできない秘密を忘れて心が通じ合ったような気持ちになった。
「真面目な話、勉強はみてあげるけど、苦手な科目とかあるの？」
「う〜ん、やっぱ数学かなぁ‥‥模試ではいつも合格ラインすれすれなんだ」
「過去問題とかはやってるの？」
「ううん、まだ‥‥」
「だめじゃない。夏休み中には傾向を掴んでおかないと間に合わないわよ」
「俺‥‥塾とか行ってないし‥‥」
「大丈夫。わたしが教えてあげるから。そのかわり厳しいわよ」
　妙子には家庭教師のバイトで何人も難易度の高い高校へ合格させた自信がある。そのノウハウが勉強だけでなく、コミュニケーションを深め、卓也の傷心を癒す役にも立ちそうだ。
「今までの模試の結果ってとってある？　できれば試験問題も」
「うん」
「じゃあ、持ってきて。それとも卓也君の部屋でする？」
「ここに持ってくるよ」
　リビングで勉強を見てもらった方が向かい合わせになれる。その方が妙子の顔を見ていられる。そう思った。妙子の着ているスカートは恵美子ほど短くはないが、ソファーに座ればかなりきわどいところまで見えるのではないか、そんな期待もあった。
　しかし現実はうまくいかない。リビングのテーブルはものを読んだり書いたりに向いていないのだ。
　結局、二人の勉強場所はダイニングテーブルになった。
「ふうん‥‥こうして見ると、やってることは前と変わらないのね。数学もこのレベルならケアレスミスを無くせば大丈夫みたい。もったいないのは国語ね。配点の高い読解にミスが多いわ。コツがあるから教えてあげるわね」
「すごいや。合格できそうな気になってきた」
　当を得た分析に卓也は舌を巻いた。
「明日、学校が終わったら一緒に過去問題集と参考書を買いに行きましょ」
「うん」
　卓也は妙子と出かけられるのが嬉しかった。
「あと、もうひとつ決めなきゃならないことがあるの」
「なに？」
「掃除や洗濯のこと。どうする？」
「あ‥‥部屋の掃除は前から自分でしていたから‥‥」
「さっき、ケーキ持って行ったとき見たけど、きれいにしてたもんね。で、洗濯は？」
「うん。したことないから‥‥」
「じゃあ、わたしがするってことでいいのね」
「お願いします」
「こういう毎日のことは初めから決めておいた方がいいのよ。都合が悪くなったら変えればいいことだし。じゃあ、洗濯物は卓也君がお風呂にはいるときまとめてランドリーボックスに入れておいてね。あと、困ったことがあったら何でも相談すること。遠慮しちゃだめよ」
「あら、大変。もうこんな時間。夕食の準備しなくっちゃ」
　なんだか上手く滑り出しそうな予感に妙子ははしゃいで見えた。

SCENE 8

　そして、この日の夜も卓也はランドリーボックスから妙子の下着を抜き取り、妙子の身体を想像しながら三度放出してから眠りに落ちた。