SCENE 13

「これ‥‥」
　まだホームルームがはじまる前、卓也は恵美子に一枚の紙切れを手渡す。
　二つ折りになったそれを開いた恵美子の表情が明るくなる。
　紙には卓也の携帯番号とメールアドレスが書いてあった。
「いん。お願いがあるんだけど」
「なあに」
「こないだ来た安藤のことなんだけど‥‥」
「あのきれいな娘ね」
「あいつもK大の付属に行きたいんだって。だから、夏休みの間、一緒に勉強をみてもらえないかなって思って」
「あー、やっぱり彼女なんだ」
「そんなんじゃないよ」
「いいわよ。卓也君を応援しちゃうから」
「だからぁ‥‥」
「受験は待ったなしなんだから、夏休みを待たなくてもいいじゃない。今日からでも、わたしはオーケーよ。どうする？」
「後でメールが来るはずだから聞いてみるよ」
　こうして、卓也のもくろみは実現することになった。
　妙子にしてみれば、一人に教えるのも二人に教えるのも手間は同じだ。それに、刺激し合うライバルがいた方が勉強ははかどることも経験的に知っていた。あれだけの美少女だから、卓也には別の目的があるのかも知れないとも思ったが、一緒の高校へ行くという目的があるのなら頑張れるだろうし、受験の妨げにはならないだろうとも考えた。
　そして、何よりも卓也が自分を頼ってくれたことがうれしかった。今までの苦労が報われた気がする。
　それは卓也に対する母性の芽生えであることに妙子はまだ気がついていない。

　とりあえず様子を見るということになり、恵美子との勉強会は明日からに決まった。
　恵美子の母親から電話があったりして夕食までの間、何もできなかったので、妙子に勉強を見てもらうのは食事が済んでからになった。ところが珍しく静雄が食事中に帰ってきた。
「あら、こんなに早く帰るなんて。連絡くれればいいのに」
「ああ。明日からの出張が急に決まってな。その準備をしなきゃならない。朝も早いし」
「どちらへ？」
「大阪だ。一週間くらい行ってくる」
　結局、妙子は食事と出張の準備をすることになり、卓也は一人で勉強することになった。
　静雄に食後のお茶を淹れながら妙子が話しかける。
「明日から卓也君のガールフレンドにも勉強を教えることになったの」
「へえ‥‥」
「すっごく可愛い娘なんだから」
「あいつも、やるもんだなぁ‥‥でも、ちょっと気になるんだが‥‥」
「なに？」
「あいつ、なんだかやつれたように見えるんだ」
「そうかしら」
「うん。俺はあまり会ってないから変化が分かるのかもしれない。げっそりしてるし‥‥無理させてるんじゃないか」
「そんなことないと思うけど‥‥」
「事情が事情だからな。気をつけて見てやった方がいいぞ」
「ええ。そうするわ」
　静雄がそう感じるのも無理はない。なにしろ、卓也は毎晩、二人が寝静まるのを待って少なくても三回、多いときには一日五回も自慰にふけっているのだ。睡眠時間だって平均すれば四時間を切っているはずだ。

SCENE 15

「卓也君。ちょっといいかしら」
　静雄が寝てから、妙子は卓也の部屋のドアをノックした。
　すぐに返事があって内側からドアが開けられた。
「調子どう？」
「うん。さっき言われた分、もうすぐ終わるとこ」
　妙子は参考書の数ページをやるように指示していた。
「大丈夫？」
「何が？」
「無理してるんじゃないかと思って‥‥静雄さんも心配してたわ」
「そんなことないよ。妙子おばさんに教わった方法だと、すっごくよく分かるんだ。得しちゃった感じ」
「ならいいけど‥‥無理して身体を壊したら大変。先は長いんだから」
「分かったよ。大丈夫だって」
「そう。頑張ってね」
　卓也は真面目に勉強していた。いま言ったことだって嘘ではないのだ。目的の学校に入りたい気持ちもあるが、妙子の言いつけを守って喜ばせたいという気持ちも大きい。卓也が真剣になればなるほど、妙子も身を入れてくれる。ピッタリと寄り添うように隣へ座り、手取り足取り教えてもらえるのだ。妙子の甘い香りを嗅ぎながらやる勉強はちっとも辛くなかった。

SCENE 16

　参考書をやり終えると卓也は下へ降りていった。なんだか喉が渇いてしかたないのだ。それに夏だというのに寒い。階段を降りるときも足が地に着いていない感じがする。ペットボトルの麦茶をコップに二杯飲み干すと、立っているのもおっくうになり椅子に座ろうとした。しかし、身体がフラつき椅子と一緒に倒れてしまった。
「どうしたの？」
　音に驚いた妙子がドアから顔を覗かせる。
「卓也君。大丈夫」
　倒れたまま動かない卓也。自分がTシャツにショーツという寝るときの格好をしているのも忘れ妙子は駆け寄って卓也を抱き起こす。
「‥‥あ‥‥おばさん‥‥寒くって‥‥」
「ひどい熱‥‥」
　妙子は絶句した。信じられないほど卓也の身体が熱いのだ。
　卓也は夢うつつの状態で妙子を見ていた。目の前にノーブラのバストがある。乳首の形がよく分かる。目を下へ向けるとピンクのショーツが見えた。
　願ってもないチャンスなのに気分が悪いせいで興奮できない。
「妙子おばさん‥‥寒いよ‥‥」
　身体がブルブル震えている。
「起きられる？」
「うん‥‥やってみる‥‥」
「しっかり」
　妙子は、卓也の脇の下へ手を入れると後ろから支えるように起こす。
　卓也から伝わってくる体温の高さに涙が出そうになった。
　卓也の方は、悪寒はするものの思わぬスキンシップがうれしい。なんだか、思い切り甘えたい気分だ。
「熱、計らなくっちゃ。ソファーのところまで行ける？」
「うん‥‥」
　そう答えても卓也の上体は揺れている。
「わたしが支えてるから。ね」
「うん。ありがとう‥‥」
　一人で行けと言われればできるだろう。でも、そんなことするのはバカだ。卓也はそう思った。だから、わざとゆっくり歩いて、背中に当たるバストの感触を楽しんだ。
　妙子は必死で、卓也が倒れないように支えている。
　ソファーにたどり着いたとき、卓也は本格的に気分が悪くなっていた。意識が朦朧としてくる。立っていられなくなり、ソファーに倒れ込んだ。
「卓也君！　卓也君！」
　妙子が呼びかけているのは分かるが返事ができない。寒気で歯がガチガチと鳴る。
「どうしたんだ？」
　あまりの騒ぎに静雄が目を覚ましたらしい。パジャマ姿でやってくる。
「あなた。卓也君、すごい熱なの」
「こりゃあひどいな‥‥」
　額に手を当てた静雄が言う。
「救急車を呼んだ方がいい。悪いが、俺は明日の出張は休めない。妙子、頼んだぞ」
　妙子は脅えたようにうなずく。
「早く身支度してこい」
　そう言われて初めて妙子は自分の格好に気がついたようだった。
　静雄が救急車を呼んでいる間に妙子は着替えてきた。
「た‥‥たえこ‥‥おばさん‥‥さむい‥‥」
　うわごとを言っている卓也を見て涙が溢れてくる。
　遠くでサイレンの音が聞こえてきた。