| １１ 続・秘されし欲望 すでに昼を過ぎていて、かつ『がんばりすぎた』後の気だるさが残っていたものの、内藤菜月の心は弾んでいた。 先ほどの電話は、口縄燈子…つまり、娘美月の友人の母親だったのである。 生まれも育ちも性格もまるで違う二人ではあったが、以前父兄参観で目にして以来、なんとなく気が合うような気がしていた。 そのため、この前の電話のときも長電話をしてしまったものである。 さて、その口縄燈子と、翌日に出会うことになったのである。 もちろん『なぜ』、という疑問はあったものの、菜月はもともとそういうことをあまり気に留めない性格だったので、ただ単に『気が合う人間と会える』ことが純粋に嬉しかったのだ。 娘の美月にそのことを話すと、心底意外そうな顔をされた。美月自身も父兄参観で燈子の姿を見ているが、口を利いたことはもちろんない。ただ、璃緋都をそのまま大人にしたようなそっくりな姿をしていたのは覚えている。 『あの人を若く可愛くして、目線をもうちょっと鋭くして、性格を無口なツンデレにしたら璃緋都になる』と、美月はなんだかよく分からない評価を下したものである。 さて、美月はむしろ母親・菜月があからさまに若返った理由のほうが気になっていた。 父が帰ってきた次の日、母も父も突然一回りか二回りくらい若返ってしまった。 （風花さんの言葉を借りるなら、あの本が母さん父さんの願望を吸い取って若返らせたみたいなことになる…。つじつまが合わないことはないけど、一体あの本は何なの？何のために書かれたものなの？） そして美月は、あの本を璃緋都の家に置いてきてしまっているのだ。あの本を、もし璃緋都以外の誰かが読んでいたとしたら、まだ何かが起こる可能性がある。たとえば、若返ったり、『アレ』がついてしまったり、必要以上に性欲がついてしまったり…。 （もともとわたしの『欲』が強すぎて起こった事件なんだけどね…あははは…） イヤでも璃緋都と交わったことを思い出してしまい、美月は一人で赤くなってしまった。とはいえ、彼女の願望は叶っているのである。 「…だから、なくなっちゃったのかな？」 ふと、そんなことを思った。もし、美月の願望が叶ったために、本の効果が切れてしまった、と考えるなら…。 （いいえ、そんなことあるもんですか） そこまで考えて、美月は自ら否定した。 （わたしは、いつだって璃緋都が好きだもの。愛してるもの。一度交わったくらいで満足してたまるもんですか。璃緋都はずっとわたしのものなんですからね） あくまでも彼女の理想はいかがわしい。美月自身は璃緋都の手で処女を失っているが、本人にはあまりその自覚はないようだ。 翌日朝、口縄燈子は璃緋都が通う学校に『欠席』の連絡を入れると、出かける支度に取り掛かろうとしていた。 （…その前に、璃緋都の様子を見ておきましょうか。あの子、まだぼんやりしているかも…うふふ） 久々に我が娘を抱きしめた気がする。もっとも、昨日は少しエスカレートしすぎてしまった、という自覚があるにはある。 「…璃緋都、起きてる？」 「…うん、おはよう、母さん」 顔を直視はしなかったものの、璃緋都は驚くほど素直に母を迎えた。さすがに『まま』とは呼ばれなかったものの、燈子はなんとなく嬉しかった。 燈子は昨日の話をせず、ベッドに座ってぼんやりとしている璃緋都に言った。 「今日、お母さん用事があって出かけるけど、一人で大丈夫？」 「うん。神奈川さんたちもいるし…って、わたし、ひょっとして学校、休みにしちゃった？」 「ええ。もう登校するには遅いでしょうし、あなたは成績がいいから単位が取れないこともないでしょうし、今日はゆっくりとしていなさい」 「ふぅ、なんだかわたし、休んでばかりになっちゃったな…」 溜息をつく璃緋都。どこか悲しそうなのは、学友に会えないせいだろうか。 「…ねぇ、かあさ…ん…っ！？」 ようやく璃緋都が顔を上げて燈子を見たとたん、璃緋都の顔が青ざめた。 「…えっ、え、ええぇっ！？」 「…どうしたの？わたしの顔に何かついていますか？」 自分の顔を見ていきなり驚かれ、今度は燈子のほうが驚いたように声を上げた。 「つ、ついてるどころじゃないわ…わ、若返ってる…ッ！？」 「…は？」 燈子は首をかしげたものの、璃緋都の目に映る母の姿は、確かに昨日のそれよりも若く見えたのである。いや、ただ単に見えるだけではない。 明らかに若返っているのだ。 （…なんで母さんが若返ったりするの！？…そういえば、美月があの本を忘れていったけど…まさか、あの本を読んだんじゃ。そう考えると、昨日の出来事も…でも、まさか。風花さんはあの本を『精力増強剤』みたいにたとえていたけど、それが本当なら、もともと母さんがわたしに対してそういうことをしたい、って願っていたことになる…） 「…あら、本当」 璃緋都の鏡台を覗き込んだ燈子が声を上げた。が、そんなに驚いてはいないようだ。 「うふふ、不思議なこともあるものなのね。わたしたち、並ぶとそっくりじゃない？」 母の手が璃緋都を引き寄せ、並ぶようにして鏡台の前に立たせる。 鏡の中には、同じ顔が二つ並んでいた…いや、実際にはさすがに燈子のほうが大人びてはいるが、これならば母と娘ではなく姉と妹で十分通るだろう。胸の大きさも同じくらいである。 （…っていうか、うちの母さんって結構マイペースな性格してたのね…まるで驚いてないし…） もしくは、若いころはのほほんとした性格だったものの、誠吾と結婚して忙しくなったために今みたいになったのかもしれない。 でなければ、こうやってぜんぜん驚いていないのも、あの本の力の一部なのかもしれない。 「ところで、出かけるって言ってたけど、どこに行くの？」 本来なら『若返った』件で大騒ぎしなければならないのだが、本人がのほほんとしているので璃緋都も騒ぐことはできないし、自身に『アレ』がついてしまったという非常識なこともあるので、璃緋都のほうも気を取り直すのは早かった。 「璃緋都の友達に、内藤さんっているでしょ？」 （…美月ね。何かやらかしたんじゃないでしょうね） あからさまに不安な様子を見せる璃緋都に、燈子は笑いかける。 「…その内藤さんのお母さんと、会う約束をしているのよ」 「は？美月のお母さんと…一体なんで？」 璃緋都は首をかしげた。財閥当主の妻として多忙な日々を送る燈子が、美月の母親と知り合う機会なんてなかったはずである。 しかし、目の前の母は確かに楽しそうな表情をしている。 （でも、今の若返った母さんを見たら、どう思うだろう…やめたほうがいいんじゃあ） 内心はそう思ったものの、母親同士の交流を強く制止するわけにもいかなかったため、璃緋都はそのまま燈子の背中を見送るしかなかった。 （…若返っている、か…昨日まではなんともなかったのに） 実際、燈子のほうも動揺していないわけではなかった。普通に考えればむしろ嬉しい出来事に決まっているのだが、ありえないことであるためいざ起こると不安なものである。ためしに自分の頬に触れてみると、張りも艶もさわり心地もまったく違うのだ。 （乳房まで上を向いてる…最近ちょっとだけ垂れてきたかな、って思って気にしていたところだけど…） 「お嬢様、もう出歩いて大丈夫なので…ん？」 ぼーっとしながら歩いていると、シェフの神奈川に声をかけられた。しかし、どうやら璃緋都と勘違いしたようだ。 「…お、お嬢様？いや、どこかが違う…？」 うろたえる神奈川の姿がおかしくて、燈子はつい笑ってしまった。普通の人から見れば、こんなふうに驚くのは当然のことなのだ。 「ふふっ、ちょっと若返ってしまったみたいなの」 「…お、奥様！？」 まだ驚いている神奈川の前をすり抜けて、燈子は優雅に廊下を通り過ぎていった。 （この分だと、誠吾さんには会わないほうがよさそうね。あまりの美貌に卒倒するかも…ふふっ。でも、今夜は久しぶりに楽しめそうね。若返ったこの体でいろいろと…うふふふ…） 「あらっ！？」 「まぁっ！？」 午前十一時ごろ、時間ぴったりに待ち合わせの広場に到着した燈子は、すでにその場所にいた人物を見て絶句した。 そして、相手も同じように燈子の姿を見て絶句していた。 お互いの顔は父兄参観のときに一応は見ているが、ここにいる二人は前よりも明らかに若返っている。 二人とも互いが若返っていることに気づいて声を上げたのである。少なくとも、どう見ても高校生の娘がいる母親の姿には見えないのだ。 （…な、なんて綺麗な人なんだろう…あの璃緋都ちゃんの母親だけあるわ…だけど、どうして若返ってるのかしら？…ってそれはわたしも同じだけど…） 菜月の脳裏はそんなことを考えていた。目の前にいるのは璃緋都の母親だが、前に見たことがある璃緋都にそっくりである。 さすがに高校生とはいわないが、二十代前半で十分通る外見をしている。 そんな外見にも関わらず、璃緋都の母親は和服を着ていた。暗い藍染のシックな色合いを持つ和服で、若返った燈子が着るとかなり大人びた印象を見せる。 （う…っ、か、かわいい…っ！） 相手が『二十代前半』の外見にも関わらず、菜月が抱いた感想はそれだった。 対する燈子もまた、長袖のワンピースをまとった菜月を見て同様の感想を抱いているのだった。 さて、互いに子供がいる主婦なので、出会えば世間話に花が咲きそうなものだが、二人とも若返っていたため、妙に心が躍っていた。二人はその場でしばらく雑談した結果、『普段行かない場所に行こう』という意見で落ち着いたのであった。 一方学校を休んでしまった璃緋都は、母が出かけたあとも部屋でぼーっとしていた。 （…なんだろう。あの『本』のことも気になるけど、わたしの中で妙な胸騒ぎがする。なんだか、とても大事なことを忘れている気がする…。あのときもそうだった。美月や澄江の前で取り乱したりしたけど…いったいなんだったんだろう。何であんなに錯乱したんだろう…？） あの公園で、美月に『誰か気になる人はいなかったの？』というような質問を受けたとき、璃緋都の胸の中で何かが反応した。 しかし、反応するだけで、それが何かは分からなかった。思い出せなかったのである。 「…」 ベッドに座ったまま、しばらくぼーっとしていた璃緋都は、やがて首を横に振ると立ち上がり、寝室の窓へと近寄ってカーテンを開ける。 「…ん？あれは…」 眼下には、いつもの庭が広がっている。その外側には、家を囲う塀が見える。そこまではいつもの風景だ。 しかし、塀のすぐ近くに、誰かいるのが分かったのである。ただ誰かがいるだけではない。まるで塀の外から璃緋都の部屋付近を伺っているように見えるのだ。 「…っ？」 そして、璃緋都がそれに気づいた直後、人影が遠ざかっていってしまった。 （気のせいだったのかな…？） 璃緋都の部屋から塀までの距離はかなりある。何しろ広い家なのだ。そのため、相手の顔までうかがうことは不可能である。 一応は男だろう、というめぼしをつけることはできるが、それ以外のことはできそうにもない。ただの通行人かもしれないのだ。 （まさか、父さんが内緒でわたしの護衛を頼んでいる、とかじゃないでしょうね） 璃緋都が思いついたのはそれだった。あの父ならありえるのだ。そして、金銭目当てに璃緋都を狙いかねない人間もいる。 彼女はそれもよく分かっている。だからこそ、いちいち登校に護衛がついたりするのだし、学校ではよく知った美月や澄江と外で歩いたのも昨日がはじめてのことなのだ。 そう考えると、昨日三人で出歩いたのはいささか軽率な行為だったのかもしれない、と璃緋都は今更ながらに思う。 そんなことを考えていると、璃緋都の顔が徐々に赤くなっていった。 （やだ、昨日のことを思い出しちゃった…） 風花たちに抱きしめられ、美月に愛撫され、そして自身が美月を犯した日。自慰すら知らなかった自分が性的快感を知った日。 自分がいくら否定しても、璃緋都にとっての昨日は、『歴史的な日』なのだ。 美月を犯した快感、母に弄ばれる快感…それらを思い出した璃緋都の体は少しずつ熱を帯びていく。 「…っ」 もう一度ベッドに体を投げた璃緋都は、布団を被ってから、自分の手を下腹部に突っ込んでいた。 いつもの自分の体。他の人にある茂みがない自身の秘所。昨日まではただの、『おしっこが出るところ』だったその場所。 （ここを…触られて…今はアレないけど、舐められて気持ちよくなって…母さんにも触られて…） 璃緋都の指が、パジャマの中で亀裂に触れる。 （…下着が、湿ってる…） 知らずのうちに興奮してしまっていたのか、璃緋都の秘所はすでに湿っていた。 「…ここを、こう、されて…んっ！」 指を少し差し込んでみると、液体の感触とともに全身を少しの痛みと快感が走り抜ける。 「…うっ、うっ…」 まだほんの少し指を挿入しただけだというのに、璃緋都の体は未知の感覚に震えだしていた。 （…美月は『自分でしたこともないの？』って聞いてきたけど、美月はいつもこれを自分でやってる、ってこと？） 膣の入り口が璃緋都の人差し指を包んでいる。指が愛液で濡れて暖かい。顔が熱くなる。 気持ちいい、でも恥ずかしい。見られたらどうしよう…璃緋都の中を快感とともにそんな感情が走り回る。そんな中で、璃緋都は自分の人差し指をゆっくり、ゆっくりと奥へ差し込んでいく。 「…ふぁっ！」 思わず声が上がってしまい、璃緋都はハッ、として口に手を当てていた。 （き、聞こえちゃったかな…？） ここは璃緋都の寝室である。隣は、あのだだっ広い璃緋都の部屋だ。廊下まで先ほどの声が聞こえることはまずないだろう。 それなのに、璃緋都は周囲の空気に敏感になっていた。後ろめたいことをしている。そんな思いがあったからだ。 （こ、こんなに気持ちいいことなんだ…、って、こんなことダメだってば！） やっと我に帰った彼女は、ぶんぶんと大きく頭を何度も何度も振る。 「…美月のせいだからね…っ！」 しかし、彼女は誰にともなく呟くと、再びパジャマの中に指を差し入れてしまうのだった。 数分後、自らの乳房と秘所を愛撫していた璃緋都は、下着が濡れているのに気づいてトイレに駆け込んでしまうのだった。 「…はぁ…っ！」 こういうとき、自室にトイレがあるのは便利の一言である。トイレに駆け込んだ璃緋都は、まずしっかりと鍵を確認し、その後ズボンを脱いで下半身裸になると便座に座り込む。右手は下腹部に、左手を乳房に当てると、再び愛撫を繰り返しはじめていた。 甘い声が途切れ途切れに漏れる。先ほどよりも閉鎖された空間のためか、自分の声がより大きく聞こえる。そのためか、外に聞こえないか、という不安と後ろめたさがより彼女の興奮を掻き立てていく。 「あっ、はぁっ、き、気持ちいい…気持ちいい…っ」 乳首はすでに勃っていた。敏感になったそこを指の間に挟みこんで乳房をもむと、ちょうどいい刺激になることも、彼女はすぐに理解していく。 （と、止まらない…指が、止まらない…っ！） 止まれ、止まれ、と璃緋都自身は心に命令しているのに、本能はすでに璃緋都の理性を超越していた。指の動きは止まるどころか逆に激しさを増していき、彼女をどんどん追い詰めていく。すでに秘所は溢れ、便器の中にぼたぼたと愛液をこぼれ落としている。 （み、美月は…、ここにわたしのモノを入れてた…あんなに気持ちよさそうにしてた…わたしが入れられたら…どうなるんだろう…ッ！？） 考え終わるか終わらないかのうちに、璃緋都の全身を快感が突き抜けていく。 「〜〜〜〜〜ッ！！」 乳房をわしづかみにしていた左手を口元に当て、彼女は必死に声を出すのをこらえた。背筋がのけぞり、全身がびくんびくんと激しく震え、いまだ指が差し込まれたままの秘所が愛液を大量に噴出していく。 （あ…っ、い、イッちゃったぁ…イくまでヤッっちゃったぁ…） あまりの快感に、目じりに涙がにじんでいた。 （…ああ、これが、これが『イく』ってことなんだ…こんなに気持ちいいんだ…こんなに気持ちがよかったのなら…） あの時、美月にも母さんにももっとしてもらえばよかった。自分の頭の中に湧いて出たそんな考えに、璃緋都はまた頭を大きく振り回した。 その後、璃緋都は『なぜか』スッキリした気分になってしまい、自分から部屋を出ることにした。 先ほどまで『だるいから寝てすごそう』と思っていたのが嘘のようである。とはいえ、家から出て歩く気にはなれない。 学校を休んでしまっているという後ろめたさもあるが、彼女自身どちらかというとインドア派なせいである。 （そういえば、まだ読みたい本があったわね） そう思った璃緋都は、父の書庫に入ると、店が開けそうなくらいたくさんある中から、一冊の本を探し始めた。 「お嬢様、ここにおられたのですか！」 突然開かれた扉の音に、机の上に本を広げていた璃緋都が顔を上げた。入ってきたのは、執事の戸塚鉄彦だった。 「…どうかしたんですか？」 この人の割には、すごく血相を変えている。璃緋都は何かあったことを悟った。 「お、奥様が、奥様が…！」 「…母さんが、どうかしたの？」 璃緋都も思わず、席を立って先を促した。書庫の中は、音を立てるものがないため、二人の声がやけに響き渡る。 「…悪漢に、撃たれたと、警察から電話がありました…！！」 戸塚の言葉に、璃緋都は頭に釘を打ち込まれたような衝撃を覚えるのだった。 |
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| 2008.12.13掲載 |
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