とりかえっこ○○

２１　真相

（…この前は、璃緋都のお母さんが撃たれた…それから今、璃緋都が狙われた…）
　美月も澄江も、現在何が起こっているのか、頭の中を整理するのに苦労していた。美月のほうは、自分の母も事件に関わっている。
　そして、璃緋都が危ないことも（漠然ながら）察知していたはずだ。
　しかし、現実として向き合ってしまうと、どこかでまだ理解できない場所があるのだ。
「…聖架、どう見る？」
　先ほどまでとは打って変わった静寂の中、風花が聖架に尋ねた。
「…相手がガラスの防弾加工を知っていたにしても知らなかったにしても、今回は璃緋都さんを直接狙ってはいないでしょう。
　窓は閉まっていて、カーテンも閉まっていました。中のどこに璃緋都さんがいるのかは分からないはずです。
　外を見て、近くに建物があればそこから撃ってきたのでしょう。あるいは、この屋敷の塀からかもしれません。
　どちらにせよ、今行くのは危険だと思います」
「同感だ」
　この屋敷の塀から璃緋都の部屋の窓までは、結構な距離がある。もし撃つとすれば本当に『狙撃目的』の銃が必要になるだろう。

「…さて、少々予定より早かったが、『始まってしまった』ようだな。それならば、わたしも『なぜここに集まってもらったのか』を話さなくてはなるまい」

（とはいえ、この狙撃、あまりにも妙だ。先日の、璃緋都の母君が狙撃された事件は璃緋都を狙ったものだろうが、今回は不自然な点が多いな。窓にはカーテンがかかっていたし、この部屋に璃緋都がいたかどうかは外部からは判断できないはずだ…）
「…わたしと、それから真夜さんは、この家の当主…財閥の主である璃緋都の父から依頼を受け、　璃緋都を守る任についている。現在進行形でだ」
「…わたしを…守る？」
　風花に抱き締められたままの璃緋都が顔を上げる。その表情はさすがに青ざめている。
「…そうだ。真夜さんはともかくとして、わたしはかなり前からお前の護衛に就いていたんだぞ」
　風花の言葉は優しかったが、璃緋都は『まったく気づかなかった』というふうに眉をひそめていた。
「もっとも、そんな早くから隠れて護衛をしていたのは、ほかならぬわたしがお前を気に入っていたからだが…・おっと、話がそれてしまうな」
　風花が、さりげなく璃緋都を抱き締める手を強める。
「…ことの発端を話す前に、先ほどの狙撃に関して、わたしが思ったことを話しておこうと思う。さっきの銃撃は、璃緋都を狙って狙撃した、と言い切るにはあまりにお粗末だと思う」
「…それは、確かにそうかもしれません」
　風花の言葉に、聖架もうなずいた。
「この部屋の窓にはカーテンがかかっていましたし、白昼堂々、しかも外に報道陣がいる中で璃緋都さんを狙って狙撃するのは、ヒットマンがすることではありません」
「…そうだな。だから、わたしはさっきの狙撃は、『璃緋都が過去の事件を思い出すのを促した』ものだと思う」
　風花は、そう言いつつ璃緋都の頭を撫でていた。当の璃緋都は、風花の腕の中で大人しくしている。
「過去の事件…」
　そう呟いたのは、美月だった。
（あのときの璃緋都、今考えてもやっぱり変だった…。『何かを忘れている気がする』、みたいなことを言っていた。一体、璃緋都に何があったっていうの…？）
「…正直、わたしは迷っていた。いや、今でも迷っている。わたしや真夜さんは、璃緋都に何があったのかを知っているが、ここで全てを話すのは、璃緋都のためにならないのではないか、と。できれば、璃緋都にはすべてを忘れたまま生きていて欲しい。
　そう思っていた。今の璃緋都は、不自由はあっても十分幸せなはずだったからな」
　風花も真夜も、複雑な表情をしていた。ここですべてを話すのはとても簡単なことだ。だが、璃緋都はそれを受け止められるだろうか？

「…実際問題、璃緋都は命を狙われている。わたしが考えるに、先ほどの狙撃者とは別人に、だが」
「…でも」
　風花の言葉を、澄江がさえぎった。
「それが、璃緋都の心を傷つけるものなら、思い出さないほうがいいんじゃないですか？」
「…いえ、話してください」
　その澄江の言葉を、璃緋都がさらにさえぎった。その言葉に、一同がはっとして顔を上げた。
　璃緋都の表情は決意に満ちていた。
「…わたしは、どこかで何かに恐怖して生きていたと、今では思います。それが何なのか、ずっと知らないままというのは嫌です。何かに怯えながら生きるのは、嫌です」
　風花の腕の中で顔をあげ、訴えかける璃緋都。
「璃緋都」
　風花のほうも、驚いたような顔をしていた。
「…璃緋都、たとえ璃緋都に何があったとしても、わたしは璃緋都の親友…いえ、『恋人』ですからね」
「あたしだって！」
　美月と澄江の二人が、なぜか胸を張って見せた。
（…そうだ、わたしは、この二人にずいぶん助けられていたのね。気がつかなかった…）
「…うん、ありがとう」
　風花に抱かれたままの璃緋都が、二人に素直にそう言った。その璃緋都を見て、美月と澄江が顔を見合わせてしまった。
「風花さん、璃緋都こっちに譲ってください。今すぐ抱き締めたいんですけど！」
「…調子に乗らないの」

（…璃緋都、短時間でずいぶん変わったな。将来と過去の板ばさみで不安に震えてるばかりじゃなかったということか。
　案外、わたしの懸念は無駄だったのかもしれないな）
　微笑のまま悪態を返す璃緋都を包み込みつつ、風花はそんなことを思っていた。

「…璃緋都。単刀直入に聞こう」
　ようやく璃緋都を放してやった風花が、ソファに腰を落ち着けつつ言った。
「…『神楽都志彦』。この名前に覚えはあるか？」
「…『かぐら…としひこ』…？」
　問われた璃緋都が、首をかしげた。誰もが『知らない・覚えていない』と解釈した。
　美月や澄江、そして弓華や聖架は彼の名前を知るはずもない。
「……あ…ああ…っ！！」
　考え込んでいた璃緋都が、やがて大きな声を上げた。目は大きく見開かれ、『やっと思い出した』といわんばかりの表情だった。
「…彦にい…、彦にいのことだ…！」
「…そうだ。お前が高校に入る前に死んだ、お前の『大切な人』だ」

（やっと思い出した…。わたしは…わたしには、『大切な人』がいた…。その人は、同い年なのにわたしのことをよく妹分扱いして…、わたしもいつの間にか『彦にい』って呼ぶようになってた…！）
「…思い出したか？」
「…はい」
　璃緋都は、顔を伏せていた。ここに集まったほかの人間は、璃緋都と風花の会話を黙って聞いていた。
「お前が忘れている過去の事件というのは、ほかならぬ『神楽都志彦』がお前を守って死んだ事件のことだ」

「…当時、璃緋都と神楽都志彦は近所に住む幼馴染だった。もちろん、璃緋都はこの屋敷暮らしだったから知り合ったのには特別な出会いの形があったんだとは思うが…」
「…はい。彦にいとわたしは、わたしがまだ小さい頃に知り合いました。七歳か八歳か、そのくらいのときだと思います。
　落ちたボールをわたしが拾った。そんなものでした」
　風花の言葉に誘導された璃緋都が、記憶の断片を掘り起こしていく。
「…わたしは、一人娘ということもあって、当時から何をするにもメイドさんだとか執事さんだとか、そういう人がやってくれていた覚えがあります。そういうこともあって、わたしには同年代の友達はまったくいなかったんです」
「そうだな。わたしもそんな覚えがある。弓華には学友がいるが、わたしには仕事上の付き合い以上の友人が少ないからな」
「…ほんの一桁のときに出会ったわたしたちは、それから何度も出会うようになりました。もちろん、子供ですから本当に『遊び友達』以上の関係ではないですけど。でも、高校に入る前になって…」
「…お互いに恋心を持ち始めたんだろうな。特に璃緋都は胸の発育がいいのもあって、神楽都志彦のほうはかなり早くから璃緋都を『女性』としてみていたんじゃないだろうか」
　
（…璃緋都にそんな人がいたんだ…だから、あの時『いた気がする』って言ってたのね）
　璃緋都の話を聞きつつ、美月は以前璃緋都を公園に連れ出したときのことを思い出していた。
　あのときの璃緋都は、何かを思い出せなくて苦しそうにしていた。
（あれ？でも、なんでそんなことが思い出せなかったんだろう？すでに故人みたいだけど…）

「…中学校を卒業する前の進路選択で、わたしは両親に一流大学へエスカレーターになっている高校を受けることを奨められましたが、彦にいと同じ高校に入りたくて無理を言ったんです」
「それでうちの高校にいるんだ…！ちょっと悔しい…」
　さすがに一流大学へエスカレーターの高校には劣るものの、今在学している学校も、かなり程度が高い学校ではある。
　美月はともかく、澄江にいたっては『何で合格できたのか分からない』と未だに言うことがあるほどなのだ。
「でも、実際に高校受験を受ける前に、彦にいは亡くなりました。…でも、わたしを守って死んだって…？」

（氷室が消したのは、そこの記憶か）
　風花は、璃緋都の言葉を聞きつつ、自分が受けた依頼のことを思い出していた。
　事件後の璃緋都の憔悴・衰弱ぶりはすさまじいものがあった。誰かが常に傍にいないと突発的に自殺を図るほど、璃緋都は精神的に追い込まれたのである。

「…璃緋都。気を確かに持って欲しい。これから言うことはすべて事実だ。…必要なら、人払いするほうがいいか？」
　風花がそういうと、あたりが静寂に包まれた。
「…いいえ。わたしに過去に何があったとしても、この二人…美月と澄江には特に知っていて欲しいと思います」
　その静寂の中で、璃緋都が風花の顔をじっと見た。

「では、話そう」
　風花は神妙な顔をしていた。社長という立場を持ちつつもどこか人を和ませる才能を持つ風花。その表情が固いということは、それなりの内容であることをうかがわせる。そう思った美月も澄江も、その場の全員が無駄な言葉を出せず固唾を呑んでいた。
「…璃緋都。信じられないことかもしれないが、神楽都志彦は、暴漢に陵辱されたお前が殺されるのを守ろうとして反対に殺害されたんだ」

　璃緋都は、風花の言葉に、声が出なかった。
「…そんな…っ！？」
　つい先ほど神楽都志彦の名前を思い出したばかりの璃緋都は、『何故死んだのか』までを思い出すことができなかった。
　その原因が、自分が忘れさせられていた根底にあるからだった。
「…ま、待ってください、璃緋都が、陵辱された…って！？」
　続いて声を上げたのは澄江と美月だった。
「わたしたちが見た璃緋都は、まるで処女だったんですよ！入り口もぴったり閉じてたし、わたしにモノが生えたときだって、ぜんぜん入りそうになかったですし」

　こんな場所で言う台詞ではない言葉が飛び交う中、当の璃緋都は頭を抱えていた。風花の言葉によって、脳裏に少しずつ浮かび上がるものがあったのである。
　自分の服にかかる手。なすすべもなく破られ裸にされる自分。抵抗の末押さえつけられ、脚を広げられる自分。
　激痛に顔をゆがめる自分。
「…あ…ああぁ…ああ…っ！？」
　乱暴にわしづかみにされる乳房、乳首には歯を立てられた。激痛が少しずつ快感に変わる頃射精されて…。
　しかし、自分を手にかけた男はそれでは満足せず、璃緋都のいまだ未熟な体を何度も何度も陵辱したのである。
（…わたし、わたしは…っ！？）
　子宮内に送り込まれる精液の感触までもが、ありありと頭に浮かんできた璃緋都は、思わず嗚咽を漏らしていた。
　真夜中の茂みの中で恥ずかしいポーズをとらされ、前から後ろから、前の穴も後ろの穴も口の中まで犯された。
　カメラで写真も撮られた。これを使って口縄家を脅すつもりだったのだろうか。

　男が満足するまでに、何度犯されたことだろうか。途中から、自分も腰を動かしていた気がする。
（あぁ、わたしは、わたしはあの時…！）
　すべてが終わり、男の体が離れたあと、璃緋都は立ち上がることもできずにただ脚を広げたまま震えていた。
　先ほどまで誰の侵入も許さなかった秘所は白濁と血液の赤で混じった液体が溢れ緩んでいた。
『悪く思うなよ、お嬢様』
　男の言葉が、璃緋都の脳裏深くからよみがえってくる。

「風花さん、いくらなんでも直接的に言いすぎです！」
　顔を覆って苦しそうに嗚咽を漏らす璃緋都を見て声を上げたのは、八坂真夜だった。
「…本人が『知りたい』と言った以上、いつか必ず知る…いえ、思い出すことです」
「でも…っ！」
　聖架も弓華も反論しなかった。特に弓華は、以前に『わたしなら話してほしい』ということを風花に言っていることもあり、眼を閉じたまま話を聞いていた。
「…すべてが終わった後…彦にいが来たんです。わたしの帰りが遅いって心配した父さんが、彦にいの家に電話したらしくて」
　しばらくの後、璃緋都がぽつりと呟いた。その顔は青ざめていたが、自分を力づけるかのように風花を見つめている。
「彦にいは、その時、ひどい有様のわたしと、傍にいた犯人を見てすべてを悟ったんです。犯人を捕まえようと飛び掛って…相手の片目を奪った代わりに、殺されてしまったんです」
　璃緋都の声は悲痛だった。その時のことがありありと頭に浮かんできたのだろう。
「…わたしには、自分が犯されたことよりも…彦にいが亡くなったことのほうがショックでした。わたしはそのまま気を失ってしまって…気がついたときには、病院のベッドの上で…」
「…その犯人は、まだ捕まっていない」
　風花の言葉は、彼女にしては珍しく激情を孕んでいた。同じ女として憤りを隠せなかったのだろう。

「丁度その日、わたしは中学校の中で…彦にいに告白されたんです。…嬉しかった…。涙が出るくらいに。そして、そのまま…してはいけないことをした、その帰りのことでした」
（…そう、わたしの処女は…彦にいにあげた、その直後だった…）

「…その現場を、偶然通りかかったのがわたしだ。わたしが見たのは、目を押さえて逃げ去る犯人と、璃緋都の名前を必死に叫ぶ神楽都志彦の姿だった。彼は、最期まで璃緋都の名前を呼んでいたよ」
「…彦にい…」
「わたしが事件に関わったのは、そういう形だ。もともと口縄財閥との親交もあったのもあって、その後正式に、『犯人捜索』と『可能な限りの璃緋都の護衛』を依頼されたんだ」

「…わたしはその現場にはいませんでしたが」
　口を挟んだのは、やはり真夜だった。
「その時の神楽都志彦さんは、一冊の本を持っていたそうです。分厚い、日本のものではない本…」
「…まさか、あの本…！？」
　美月と澄江が顔を見合わせた。あの本というのはもちろん、璃緋都や美月の体を大きく変えてしまった本のことである。

「…事件後の璃緋都は、もはや廃人といっていいほど酷い状態だった。食事を取らない、水も飲まない、刃物は近くに置いておけない、誰かが傍にいなければならない、そんな状態だったんだ。
　先ほど璃緋都も言っていたが、璃緋都にとっては『神楽都志彦がなくなったこと』のほうがショックだった。
　そこで、わたしは知り合いに頼んで、璃緋都の記憶を消してもらうことにしたんだ」
「…うちの所長ですね」
　真夜の言葉に、風花がうなずいた。
「…かなり強い方法で記憶を消したらしく、璃緋都は一ヶ月の後には事件全てを忘れた。
　事件の内容も公に出されなかったことから、璃緋都は何事もなかったように暮らしてきたんだ。
　ただし、『神楽都志彦』という人間が『存在していた』ことすら忘れてしまった形ではあるが…」
「…わたしが、人為的に記憶を消されていた…」
　璃緋都自身が『信じられない』という顔をしていた。しかし、方法は分からないが自分が『忘れていた』のは事実である。
　そして、今こうして風花たちの前で記憶を取り戻したのも事実なのだ。
「それから璃緋都は高校に入学したが、犯人が見つからないこともあり、璃緋都の警護は厳重になった。
　犯人は璃緋都の殺害を企てている。顔を見られているからだ。璃緋都を狙ってくる可能性はかなり高いといえる」
「それじゃ、さっきの銃撃はその犯人が！？」
　澄江が思わず立ち上がった。『璃緋都が命を狙われている』という現実を目の当たりにして激昂したのであろう。
「…いや、そう決め付けるのは早計だ。先ほどの狙撃はあまりにも不自然な点が多いからな」

（信じられない話だけど、それならうなずける話はいくつもある…前に璃緋都とセックスした際に、璃緋都は何も知らなかった。
　璃緋都自身は、その神楽都志彦という人と初体験をしたそうだけど、もしその記憶すら抹消されていたとすると…）
　美月と澄江が顔を見合わせた。
（でも、わたしたちが見た璃緋都はまるで処女そのものだった…記憶が消されていたとかそういうレベルじゃない。一体何があったんだろう？）
「…話を、あの『本』のほうに移そうと思います」
　そう言ったのは真夜だった。
「あの本がどこの出自なのかは、調べがつきませんでしたし、推測でものを言うしかないのですが…。璃緋都さんがもっていたあの本には、『神楽都志彦さんの魂が宿っている』のかもしれません」
「…なんですって！？」
　声を上げたのは璃緋都だった。
「彦にいの魂が、あの本に…？」
「ずいぶん、非現実的な話だな」
　そう言ったのは風花である。とはいえ、それほど驚いた表情はしていなかった。
「…あの本は、もともとわたしの知り合いが落としたものです」
「…えっ！？」
　このときばかりは、風花も璃緋都も声を上げた。まさか、あの本の所有者がこんな身近にいるとは思わなかったのである。
「ひょっとして、ブロンドで細身で胸がすごく大きい美女！？」
　そう言ったのは澄江だった。以前、彼女は『本を探している人』に出会っているのである。
「知ってたんですか！？」
　むしろ驚いたのは真夜のほうだった。

「その本は、神楽都志彦さんの傍で発見されたあと、警察、うちの所長を通してわたしの知り合い…というよりも同僚の手に渡ったんです。そうしたら、その人…（まぁ、その人よね）が落としてしまって…」
「それをわたしが拾ったのね」
　真夜の言葉に、美月がうなずいた。
「…そう…」
　ぽつりと呟いたのは、璃緋都だった。その胸には、いつの間にかあの本が抱かれている。
「…璃緋都？」
　声をかけた風花の声も、彼女には届いていないように思えた。その顔は涙に濡れていた。
「…わたしは…わたしは、彦にいのことを忘れていたのに…彦にいは、この本の中に入って、わたしを守りに来たんだ…！」

（璃緋都の言い方…あながち間違っていないかもしれない）
　泣きじゃくる璃緋都を見つつ、風花はそう思った。あの本はさまざまな人の手に渡り、今璃緋都の手にある。
（しかし、本の中に魂が宿る…そんなことがあるのか？いや、現状非現実的なことはいくつも起こっている、か）
　胸のうちで、彼女は苦笑した。先ほど自分自身に、璃緋都や聖架に生えたモノを受け止めているのだ。
「どうやら、その本には…わたしには到底理解できないような超常現象的何かがあるみたいだな」
「…同感です」
　風花の言葉に、聖架もうなずいた。
「…いつの間にか、さっきのがなくなっちゃってますし…もう、何がなんだか…あははは…」
　先ほどまで真っ赤だった聖架の顔が、今度は青ざめてしまっていた。こうコロコロ性別が変化する（？）のでは不便で仕方がない。

（…そう、『本』に関わった女性が処女を失わなくなる現象をわたしを含め数人が経験している…）
　八坂真夜は、自分を含めた『数人』の顔を思い浮かべた。自分がかつて拾った本には、人ならざる者が宿り、そしてその後に人の成れの果てが住み着いた。自分よりも前に拾った人間は、上司の妻である。彼女もまた処女を失わぬ体である。
（そして、今回の事件でも、本に関わった璃緋都さんが…何が起こったのかわからないけど、処女を取り戻している。その上…璃緋都さんのお母さんや美月さんのお母さんが…若返ってしまった）
　自分も過去に『本』に関わったことがある者として、今回の事件はほうっておくことができない。
　そして何よりも、ここにいる璃緋都という少女を守ってあげたい。
（修平…これで、よかったのよね？）
　真夜は、カーテンのかかった窓ごしに空のほうを見た。修平は、一体どこからライフルを撃ったのだろうか。

あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。

2009.8.5掲載

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