| ２４ 夢か幻か 『国会議員の秘書が殺害される』という事件が起こったことが伝わったらしく、璃緋都の家の前にはもう報道陣がまばらになっていた。 残った人間ももう帰り支度を始めている。その様に、璃緋都自身が苦笑してしまったものである。 （助かったけどね） そうそう何度も声をかけられてはたまったものではない。ましてや、今の自分の隣には護衛の刑事が二人も座っているのだ。 （わたしが、命を狙われている、か…その国会議員が…彦にいを殺した犯人なの…？だとすれば、一体…？） 「…何っ！？すると、この被害者自身が救急車を呼んだっていうのか」 久瀬刑事が現場にたどり着いた頃には、すでに昼になろうとしていた。問題の国会議員の実家は、ＹＴＣから三十分ほどの距離だった。 現場には、警官とともに救急隊員もいた。どうやら、通報を受けた救急隊員がただならぬ雰囲気を感じたため、警察にも通報したようだった。 「…はい。私たちが駆けつけた直後、この人は死亡しました」 「つまり、殺害されてそんなに時間が経っていないことになるな。おい、議員先生のほうは！？」 「すでに、近隣の駅や空港に手配してあります。この界隈では有名な人ですから、見逃されることはないと思いますが」 久瀬の言葉を受けた部下が、すぐに答えた。 （…徳永錠（とくなが・じょう）国会議員が秘書を殺して逃げた、と考えられるのだが、国会議員がわざわざ秘書を殺害するのだろうか？ そして、俺が『神楽都志彦』の事件の話を聞いている最中のこの事件…あまりにもタイミングがよすぎる） 殺害された秘書は先ほどまで生きていたことになる。そして、部下から連絡を受けたとき、久瀬は璃緋都たちと共にＹＴＣにいた。 それはすなわち、あの場所にいた人間すべてが犯人ではないことを物語っている。 （…だが、あの事件の関係者が徳永議員に復讐するために、まず秘書を殺した可能性すらあるのか） 久瀬は、内心で頭を抱えた。 夜になっても、両親は戻ってこなかった。父親からは電話で連絡があった。 燈子はもうほとんど回復し、歩くこともできるようになっているという連絡で、そのときになって、璃緋都はやっと安堵を覚えたものである。 （…父さんも母さんも…わたしのために、すべてを隠していたんだ…） 部屋の外では、二人の警官が固めている。つい先ほどまで、部屋の中で神奈川の料理を堪能していたものの、さすがに部屋の中に長居するのを悪いと思ったのか、今は外にいるのである。 璃緋都は最初、『刑事というからには堅苦しいんだろうなぁ』と思っていたのだが、久瀬が気を遣ったのかやってきたのは若い警官二人だった。 その二人はあまりの豪邸ぶりに恐縮しきってしまった上、神奈川の料理に舌鼓を打ちつつ『来てよかった』と発言して璃緋都に笑顔までもたらしたのだった。 「…で、結局貴女たちも来ちゃったわけね」 「それはもう、成り行き上ということで」 それから一時間もして、再び璃緋都の部屋が女性ばかりで埋まった。久瀬とその部下の許可を得て戻ってきたのである。 集まったのは、美月と澄江、風花に聖架（弓華は家に帰ったらしい）、それに菜月である。 「…今日は、宴会と淫行はやめてくださいね。外に刑事さんいるんですから」 璃緋都が集まった一同をじとー、っと見回すと、風花がわざとらしく目をそむけて見せた。 （璃緋都、久瀬警部にはわたしから話しておいた…だから、お前が面と向かって彼に話すことはしなくてもいいぞ） その後、璃緋都は風花にそう耳打ちされた。正直、『聞かれたらどう答えよう』と不安だったのである。 事件が起こったせいですぐにここに帰ってくるハメになってしまったが、大体の記憶は思い出している。 それでも、自分から話すのはやはり怖いのだ。 （…あれ？でも、それって何か変じゃない？） ここまできて、璃緋都はやっと自分の異変に気づいた。 （わたしは、彦にいに告白されて学校で初体験したし、そのときのことも思い出した…。 そして、その放課後に犯された…。今まで、わたしにセックスの知識がなかったのは、氷室さんに記憶を消されたからだと思っていたけど…。 わたしの体…今、まったくの処女…だよね） 一度交わっただけならまだしも、自分の体は散々に陵辱されている。前だけではなく、後ろの穴にまで挿入されたのも思い出している。 それなのに、前に美月にさらけ出した自分の秘所は、ぴったりと閉じていた。 （ひょっとしたら、入れたらゆるゆるだったりするのかな…？） そこまで考えて、璃緋都は大きく頭を振った。何も自分から淫行のことを考える必要もないのだ。 「…璃緋都、何やってるんだ？」 さすがに不審に思われたらしく、風花が苦笑しながら声をかけてくるのだった。 「璃緋都、なんだか、ちょっとだけ明るくなった？」 そう言ったのは、澄江だった。人数が多いので、ソファも椅子もほぼ埋まってしまっている。 「…まぁ、確かにショックだったけど…というより、ショックだけど…でも、わたし自身は生きている。 彦にいが、両親が、みんなが助けてくれた命だもの。わたしは…精一杯生き抜いていかなきゃ。 今までわたしを助けてくれた人たちに怒られないためにも…わっ！？」 璃緋都がそこまで言い終わらないうちに、美月が彼女に飛び掛るようにして抱き締めていた。 「…あらあらあらあら、うちの娘、そういう趣味があったのね」 実の母親である菜月が娘を冷やかしたものの、止めはしなかった。菜月も人の親である。美月が恋心を抱く『女性』が誰かくらいはとっくの昔に感づいていたのだろう。 「母さん、わたし璃緋都と結婚するからよろしく！」 「殴るわよッ！」 娘も娘で、まったく臆面もなくそういうことを言うので、璃緋都も悪態をつきつつも思わず笑ってしまった。 「こらこら、口を慎め。外には刑事が二人もいるんだぞ。璃緋都の悲鳴を聞いたりしたらすっ飛んでくるぞ」 「じゃあ、逮捕してもらいましょうか」 「わー、駄目駄目！」 完全に面白がっている風花の言葉に、美月が大慌てで璃緋都の口をふさいだ。 「…さて、わざわざこうしてまた集合したのには、可愛い璃緋都の顔を見に来た以外にも勿論理由がある」 やっと璃緋都が解放されたところで、風花が咳払いをしてから言った。 「先ほどは氷室が何か言う前にうやむやになってしまったが、璃緋都はもうほとんどの記憶が戻っているようだな」 「…はい」 風花の言葉に、璃緋都は素直にうなずいた。廃人のようになった璃緋都が両親に連れられて訪れた場所で、璃緋都は氷室に会い、そして（どうやったかは知らないが）記憶を消された。 風花とはその直後に出会った。といっても、向こうは最初から自分のことを知っていたようだが。 （今思えば、風花さんは…わたしを守りつつ、記憶が戻るかどうか監視するためにわたしを気にかけていたのかもしれない） 「え〜と、そういえば気になってたんだけど…お母さん、どうしてあの場所にいたわけ？」 未だに璃緋都の手を握っている美月が、母に尋ねた。 「そう、それが問題なんだ」 その質問を、風花がさえぎった。 「昼間に会った久瀬警部がなんて言っていたか覚えているか？」 その言葉に、璃緋都は少し考えた後『あっ！』と声を上げた。 「…『神楽都志彦』を名乗る人物に呼び出された…って！」 「…わたしも、知らない人に呼び出されたわ。後で聞いたら、さっきの氷室さんの部下の『八坂』さんという人だったけど」 「…真夜さんの旦那さんか。どういう意図があって菜月さんを呼んだのかは分からないが…。二人とも、同じ人物に呼び出されたのだろうか？ いや、菜月さんは間違いなく氷室の部下に呼び出されたんだろうし、送迎されたようだ。だが、久瀬警部のほうはどうも違う気がする。 わざわざ被害者の名前を名乗る必要なんてどこにもないんだからな」 風花の言葉に、美月も澄江もうなずいていた。久瀬の興味を引くだけならば、『神楽都志彦事件の詳細を知っている者』といえば済むのだ。 「まさか、その都志彦さんが生きている、ってことは？」 「…ありえない。わたしも、璃緋都の両親も救急隊員も彼の死亡を確認しているんだ」 璃緋都自身は、風花によって送り届けられたために都志彦の死亡については直接確認していない。 両親からその死を伝えられた彼女は、その後廃人状態になり、氷室に記憶を消されている。 「…誰かが、神楽都志彦さんの名前を悪用しているのかもしれない、ということなのかしら」 菜月も首をかしげた。 「ねぇ、そういえば、さっき警部さんが言ってた事件、そろそろテレビでやってるんじゃない？」 そんな中、突然思いついたように言ったのは、澄江だった。 「そうだな…久瀬さんが言っていたことが正しいとすれば、あの事件に関係がある可能性も否めない」 その言葉に、風花も併せてうなずいた。もう夜九時前になり、テレビでもニュースが始まる頃合だった。 璃緋都がテレビをつけると、全員の目がそちらに集中した。丁度件のニュースを放映していたのである。 「…国会議員の徳永錠氏の秘書、『高柳宗馬（そうま）』氏が何者かに殺害されるという事件がありました」 その言葉と共に、『高柳宗馬』という秘書の顔が大写しになった。 「…！！」 直後、璃緋都の体が固まった。一同は一瞬それに気づかず、テレビに集中していたものの、やがて震えだした彼女の異変に気づいた。 「どうしたの、璃緋都」 美月に声をかけられても、璃緋都は目を見開いたままで動かなかった。 「…あ…あ…あぁ…っ！？」 やがて、やっと右手を上に上げたかと思うと、テレビの画面を指差した。男の顔はもう別の画面に切り替わっていた。 「あの顔…あの顔は…っ！」 「やれやれ、とんでもない日になったな」 夜九時近くにもなってやっと本部に戻った久瀬は、そんなことを呟いた。やっと例の事件に進展がある、と思ったものだが、当の璃緋都に話を聞く前に別の事件が起こってしまった。 （あの社長から詳しい話を聞くことができたのは幸いだったが…我々の見方は間違っていなかったわけだ。 しかし、今日殺されたあの秘書が仕える徳永議員…今の段階ではまだあの事件に関わっていたとは断定できないが） そこまで考えていたときに、携帯電話が鳴った。見てみると知らない番号である。 （また、『神楽都志彦』じゃないだろうな） 内心で警戒しつつ、久瀬はボタンを押した。 『…あの、久瀬警部ですか！？わたしです、口縄璃緋都です！』 （何っ！？） 意外な人物からの電話に、久瀬は声を上げそうになった。今彼女の顔を思い浮かべていたところである。 「…どうしました？」 『今、テレビに出ていた…殺された、議員の秘書って人が…ッ！』 |
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| 2009.9.12掲載 |
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