| ２７ 真相の一端 議員秘書、高柳宗馬が殺害された事件の調査のため、久瀬は被害者の自宅を訪れていた。 被害者の主ともいえる徳永錠議員が失踪してはいるが、この事件に璃緋都の件が関係しているかどうかはまだ分からない。 （…だが、その手がかりはあるかもしれない） 熊田澄江の件に関しては、捜索願いなどを出したわけではないため、まだ警察は手を出せない。 口縄燈子のほうは、璃緋都の父親がじきに捜索願を出すだろう、と久瀬は踏んでいた。 議員の秘書だけあってか、高柳の住むマンションの一室は、すさまじいばかりの豪華さであった。 部屋はそこまで広くはないのだが、部屋に似合わない調度品やら、高価そうな家電製品やらがやたらに多いのである。 事務所に乗り付けてあった車も、高級な外国産のものだった。 「…よし、手分けして手がかりになるものを探すぞ。徳永議員との間に仲たがいがなかったか、女関係でトラブルがなかったか、少しでもヒントになりそうなものがあったら遠慮なく言ってくれ」 「分かりました」 高柳という男には恋人がいなかったのか、それを伺わせるものは一つもなかった。アルバムのようなものもなかったし、写真立てもない。誰かから手紙が届いた様子もなく、部屋に不釣合いな家具以外は特にめぼしいものが見当たらなかった。 しかし、クローゼットを開けたとき、久瀬は思わず『おやっ』とうなっていた。 「…これは…！」 そこには、ダンボールに敷き詰められたビデオテープの山があった。一つ一つに名前が書かれたシールが貼ってあり、几帳面にも『五十音順』に並んでいる。 （こ、こいつは、まさか…ッ！？） 久瀬は、ダンボールの山を取り出し始めた。ダンボールは二つあった。ビデオの数は三十近いのではなかろうか。 その中のダンボールの一つを、久瀬は丹念に探し始めた。 （…木原、久我、口縄…ッ！） 「村山君、ちょっと来てくれ！」 ついにその名前を見つけてしまった久瀬は、部下の婦警を呼んでいた。 飛ぶように部屋に入ってきた村山婦警に、久瀬はこう言った。 「…このビデオテープには、おそらく俺や他の刑事が見てはいけない内容のものが入ってる。あのデッキで君が内容を確認してくれ。音も切ってな」 「…すると、まさか…」 「俺は部屋の外に出ている」 村山の言葉が終わらないうちに、久瀬は廊下に出てドアを閉めていた。 「警部、もう入ってきて構いませんよ」 数分後、村山から声をかけられた久瀬は、ドアを開けて再び部屋に入っていった。 「…警部の仰るとおりでした。ビデオの中には、高柳宗馬の顔も映っています。 しかし、肝心の徳永議員の顔…いえ、それどころか、このビデオには加害者は一人しかいません」 「…そうか」 報告を受けた久瀬は、溜息をついていた。ここにあるのは、高柳が今までに『犯した』女性の記録なのだ。 ビデオテープ一本にあたり一人の女性が撮られているようである。中にはビデオテープ複数本使った女性もいた。 「性的犯罪には常習性があることが多いが、これは異常だ。今までにこんな数の女性を手にかけていたというのか」 「…ひょっとすると、このビデオテープを使って、手にかけた女性を脅していた可能性があります。この部屋の家具類は、新鋭議員の秘書のものとしては豪華すぎるような気がします」 「ああ。同じことを考えていた…」 そう思いながら、久瀬は璃緋都の顔を思い浮かべていた。風花に聞いた話では、氷室に記憶を消された後の璃緋都は、他に関心をあまり示さず、無口、無表情であったという。だが、璃緋都が生き延びるためには、そうするしかなかったのだ。 先に会った璃緋都は『無表情』とは程遠いような娘だった。だが、その彼女の心の奥には、何者にも癒せない深い傷があるのだ。 …そう思った久瀬は、村山から受け取った『口縄璃緋都』とシールが貼られたビデオテープを思い切り床に叩きつけ、さらに脚で何度も踏みつけていた。 「け、警部！」 村山が止める間もなく、ビデオテープは無残に砕け散り、テープがねじれて外に飛び出していた。 「…おっと、俺としたことが手がすべって落としてしまったようだ。これは始末書モノだな。参ったよ」 その台詞を聞いた村山は、最初は戸惑ったような顔をしたものの、やがてニヤリ、と笑って見せた。 「口縄璃緋都を特別扱いしたいわけではないが…自分の体を汚された上、最愛の人を奪われたんだ。こんなものが残っている、という事実は残しておきたくない」 「…そうですね」 「徳永議員の行方を捜すとともに、彼が被害者をビデオや写真で脅していた可能性の裏づけを取らなければならないな。 このテープに映っている被害者をいちいち探すのは手間がかかるが、不幸中の幸い…というと不謹慎だが、口縄財閥の主、口縄誠吾には話を聞くことができるだろう」 「徳永議員は、少し前の選挙で当選した人ですが、それまではまったく無名の地方議員でした。やはり、脅し取った金をそのまま選挙のために使っていたのでしょうか」 「その可能性は高いな。だが、本人は一体どこへ消えてしまったんだ…？」 高柳という秘書が殺害された状況から考えると、強姦のビデオを使って脅し取った金の分配か何かで仲間割れし、徳永が高柳を殺害して逃げた、とも取れないことはない。しかし、このビデオの数を見るに当たり、相当の人間が被害にあっている。それを考えると、今まで仲間割れしなかったのがなぜ今更仲間割れしたのか、という素朴な疑問に突き当たるのである。 「…しかし、いくら権力がある人間だとはいえ、一体いつからこんなことを繰り返していたんだ、この二人は…」 久瀬はすぐに本部へ戻ると、口縄誠吾を呼び出した。 口縄誠吾という男は、かなりの愛妻家らしく、実際に会った彼の顔は青ざめていた。 （おそらくは、娘の璃緋都が事件に巻き込まれた際にも、こんな顔をしていたんだろうな） この男から娘や妻への愛情は、会話のうちにすぐに理解できた。これならば、協力は惜しまないだろう。 「…口縄さん、以前に起こった『神楽都志彦』氏の殺人事件についても伺いたいことがあります」 このとき久瀬は、あえて『璃緋都さんの事件』とは言わなかった。無駄にショックを与えたくなかったのである。 しかし、若き当主のほうはその一言だけですべてを理解したらしく、ゆっくりとうなずいた。 「…殺害された高柳氏が秘書を務める徳永議員が義眼だということが分かり、あの事件の現場に落ちていた眼球が彼のものであったか、今調べさせています。おそらくは、彼が神楽都志彦さんを殺害した犯人だと見ていいでしょう。 …口縄さん、正直に話していただきたいのですが、その事件のあと、この議員に恐喝されていた事実はありませんか？」 「…この際ですから、話してしまうべきでしょう」 否定するかとも思ったが、誠吾のほうはすぐにうなずいた。燈子が失踪した時点で、話そうと決めていたのかもしれない。 「仰るとおり、私たち夫婦は、徳永議員によって恐喝されていました。 政治献金と称して金銭を送っていた事実もあります。お互いに社会的立場がある身、どうしても受けざるを得なかったのです。 娘の将来のためにも」 「…お気持ちは痛いほど分かります」 今更、『何故その時に警察に言わなかったのだ』と言う気にはなれない。 「徳永議員の部屋から、事件の証拠となるものを発見しましたが、わたしが破棄しました。 ですから、璃緋都さんが被害にあった、という証拠になるものは一切この世には残っていません」 「…感謝いたします」 誠吾は素直に頭を下げていた。彼が望んでいたのは娘の将来、それだけなのだ。 （しかし、とんでもない悪党が国会議員になっていたものだ） 久瀬は内心でそう思った。目の前の口縄誠吾もそう思っていたであろう。 しかし、財閥の当主である彼は、財閥のため、娘の将来のため…それを考えると言いなりになるしかなかったのだろう。 そして、徳永のほうも馬鹿ではない。おそらくは一度に大金を要求するようなことはせず、小額をせびり続けたのではないだろうか。 「…ヤツはそのお陰で選挙に当選し、議員になった…」 ビデオに名前があったほかの被害者に関しては、部下に調べさせている。恐喝の事実があったかどうかは確定していないが、おそらく恐喝までしていたのは口縄家だけだろう、と久瀬は踏んでいる。手を回しすぎれば足がつく可能性も高いし、被害者が裕福な家庭ばかりではない。こういう恐喝は、社会的立場のある相手のほうがやりやすい。 「久瀬警部…燈子は、まさか…」 青ざめたままの誠吾が、久瀬に問いかけた。 「…全力で捜索しております。ご安心ください。必ず見つけ出してみせます」 久瀬はそう答えた。誠吾はおそらく、『燈子は徳永に連れ去られたのでは』と思っているのだろう。 「…そうでした、それから…」 「分かっておりますよ」 今度は誠吾のほうから声をかけられ、久瀬はすべてを聞かずに返事をした。 「璃緋都お嬢様のほうも、警官をつけてあります。ご心配はいりません」 「そうですか…ということは、璃緋都は…」 「…ええ。どうやら、あの事件のことをすべて思い出したようです。しかし、気丈な娘さんですな…」 口縄誠吾を帰したあと、久瀬は『一つの可能性』を考えていた。 （俺はあの時、『神楽都志彦』を名乗る者によってＹＴＣ…あの女社長の会社に呼び出され、氷室やお嬢様に出会った。そして、その最中に高柳が殺された。だから、あの場所にいた人間は犯人ではない） しかし、同じ頃…一人の人間が失踪している。神楽都志彦の事件の全容を知っている、口縄燈子だ。 （口縄燈子が、誰か男を使って俺をＹＴＣに呼び出し、娘のアリバイを確保した上で高柳を殺害し、逃走…、その際に、徳永議員を拉致した…とも考えられなくはないが、それでは女一人で実行するのは厳しいな。 口縄誠吾はアリバイが成立しているから、共犯としては考えられないし、あの声はどうみても少年のものだ。大の大人のものではない） 警察は引き続き徳永議員を追っていたが、未だにその行方はつかめていなかった。そして、口縄燈子の行方も、である。 |
| あなたのひと言が作者の励みとなり、新たな作品が生まれます。ご感想宜しくお願いします。 |
| 2009.11.21掲載 |
蔵人一文字さんの作品群→ |