| ２９ 追う者と追われる者 「そろそろ、私にも分かるように話をしていただきたい」 もう何日、ここに押し込められていることだろうか。いや、かくまわれているであろうことは分かっている。 しかし、『彼』には目の前にいる人間が何者なのか、まだよく知らなかった。 「秘書の高柳が誰かに殺害され、私も狙われているということだが、私には狙われる理由がない」 「…ええ、分かっていますよ。高柳という男は確かにクロだった。しかし、『あなたには』何の罪もないでしょう」 目の前の『少年』はそんなふうに言った。 ここは、どこかの事務所の一室であろうか。自分はどうやら二階部分にいるらしい。 ここに閉じ込められて、『彼』は数人の人間を目撃している。 まずは『少年』。どうやら『修平』という名前のようだ。そして、二人の少女。片方は長い髪が印象的な、『少女から女性への過渡期』というような美少女。『真夜』と呼ばれていた。もう一人は、明るく活発な印象を持たせる『冴』という少女である。 自分がここに連れてこられたのは、高柳が殺害されたニュースが報道された翌日である。 何故ここに連れてこられたのかは分からないし、彼らの目的も未だ不明である。おそらくは、警察も自分を捜しているであろうことも分かる。 あれからすでに何日かが経過している。外に出られない以外の制限は特になかったものの、『彼』には監視が常につけられていた。 「…単刀直入に言えば、貴方には『殺人』と『強姦』の容疑がかけられています」 その言葉に、『彼』は首をかしげた。 「秘書の高柳が殺害されたことは知っている。当然、彼を雇った身である私が疑われるのは自明の理だ。しかし…」 「『殺人』についても、高柳氏のことではありません。数年前にあった事件…覚えていますね？」 「…そうか、『神楽都志彦』…彼の事件のことか」 『彼』の言葉に、『修平』がうなずいた。 「…あの事件のことを、できる限り話して欲しいのですよ。覚えていない、ということはないでしょう。被害者の神楽都志彦さんは、貴方の片目を奪った人間なのだから。そうですよね、『徳永錠』先生」 自分の立場上、名前がある程度知られているのは分かる。しかし、目の前の少年はなぜ、神楽都志彦の事件のことを知っていたのだろうか？いや、それだけではない。自分がその事件に関わったことを何故知っているのだろうか。 「…それで、私をどうするつもりなんだ？」 『彼』…徳永錠は修平にそう聞いた。 「…貴方は、ある人間に狙われている。その人物とは、貴方の秘書である高柳氏を殺害した人物です」 「知っている。私もそのことで覚悟を決めていた」 「…関わったことを否定はしないのですね？」 修平はどこか意外そうに言った。 「なるほど…どうやら、私の推測どおり…あなたは、神楽都志彦氏に片目を奪われたものの、事件には直接関与していないと思える」 修平の言葉に、徳永は無言のままだった。 「しかし、貴方が『ほぼ』無関係であったとしても、高柳氏を殺害した犯人はそうは思っていない。必ず貴方を狙ってくるはず。そうなる前に…」 「私に、あの事件の真相を話せというんだね？」 修平の言葉が終わる前に、徳永が自分からそう言った。 「その前に、何故私のことを突き止めたのか、教えてはもらえないだろうか？」 徳永は、修平に向かってそう言った。彼はすでに、すべてを話す気になっていたのである。 もちろん、話さないこともできただろう。しかし、何故かは分からないが、徳永は目の前のこの少年たちに対して畏怖に近い感情を抱いていたのである。まるで普通の人間とはどこかが違うような雰囲気があるのだ。 「突き止めたのではありませんよ。最初から分かっていたんです」 「…なんだって？」 その言葉に、徳永は驚きを隠せなかった。そんな彼に向かって、修平は小さなカード状のものを差し出した。 「これは、貴方のものですね？」 それは、免許証だった。徳永のものであり、写真も彼のものである。有効期限は切れている。 「…正直に言うと、我々はある人物の依頼によって、神楽都志彦氏殺人事件を内密に調査しておりました。この免許証は、あの現場にあったものです」 「…だが、その免許証を持っていた君たちが、なぜ私を『事件とは無関係だ』と思ったのかな？」 徳永は意外に冷静だった。 「少なくとも『無関係』ではありませんが…。まぁ、それはおいときましょう。実は、この免許証のこともあって、ずっと貴方が犯人だと思い調査してきたものですが、最近になって高柳氏が殺害されました」 修平はそこでいったん言葉を切った。この免許証は、神楽都志彦が命を賭して残してくれた大切な証拠である。 「…その高柳氏…あなたの秘書である方は、ある別の事件に関わりました。神楽都志彦氏の殺害直前にあった、口縄財閥当主の一人娘…璃緋都さんに対する暴行です」 「…」 徳永は何も言わなかった。自身の秘書に対して弁明も釈明もせず、そして自分の保身を図るようなことも言わなかった。 「これに関しては、璃緋都さん自身が高柳氏が犯人の一人であった、と名言しています。しかし、被害者である璃緋都さんは、『二人犯人がいた』と言っていますが、もう一人の顔を覚えていません」 「…私が犯人であるということを、ただ単に顔を見なかった、あるいは忘れていた、ということだとは思わないのかね？」 「もちろん、それも有り得ます。現に璃緋都さんはつい最近まで、犯人である高柳氏の顔を覚えていませんでした。思い出したきっかけは、テレビに被害者として顔が出たからです。貴方は国会議員という立場上テレビには何度も出ていますし、選挙の際にはビラが配られたり、方々へ出かけて表に出ることも多いはず。それなのに、璃緋都さんはあなたの顔にはなんの反応も示していないんです」 「思えば、この事件は色々な点で不自然でした」 真夜から得た璃緋都の情報、神楽都志彦事件の状況を思い返しながら、修平はそう言った。 「…あの眼球、なぜそのまま置いてきたのですか？」 現場に残された眼球と、璃緋都の体に付着していたであろう精液のＤＮＡは一致している。だから、この徳永が璃緋都陵辱の現場にいたのは間違いのないことである。 「私は、貴方はその場にいたと思っていますが、貴方『自身』は関わっていなかったのではないか、と思います」 「高柳という人間は、璃緋都の事件以外にも、かなりの数の暴行事件を起こしていたようだ」 昼間になって久瀬警部から連絡を受けた風花は、璃緋都の部屋で一同にそう告げた。 「…」 璃緋都は一瞬目を伏せたものの、何も言わずにまた顔を上げた。 昨晩の夢に出てきた都志彦の表情が目に浮かんだのである。 （…確証はないけど…もし、彦にいが、わたしの事件の復讐のためにあの人を殺したとしたら、次に狙われるのは…） 「徳永という議員は…見つかったんですか？」 「未だ捜索中とのことだ。連れ去られたのか逃亡中なのかは分からないが、殺人事件にかかわりがあるのは間違いないだろうな」 風花がそう言った。璃緋都が胸のうちで考えていることを理解したのである。 「一刻も早く徳永議員を探し出さなければならない。でないと、次に彼が殺害される可能性が高い」 「…仕方ないわね。その人が殺されるのはどうでもいいけど、澄江や璃緋都のお母さんが関わっているとしたら、絶対にそれは止めなきゃならない。二人のためにも、璃緋都のためにも…わたしのためにも」 美月がそう言った。 「決まりだな。徳永議員を何としてでも探し出そう。わたしも使える情報網はすべて使うつもりだ」 風花もうなずいた。あわせて聖架も頭を縦に振った。 「もうわたしの護衛は必要ないでしょう。それならば、わたしも…」 一同が意見を同じにする中、璃緋都もそう言った。徳永が追われる立場になり、そして高柳が死んだ。 璃緋都を狙うものは何もいなくなったことになる。 「…あれ？今気づいたんですけど」 その璃緋都が、不意に気が抜けたような声を上げた。 「…わたしのお母さんを狙撃したのって…誰なんだろう…？」 |
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| 2012.4.14掲載 |
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