| ３０ 対峙 「…連絡しておいたわ」 全てを聞いた直後、真夜は修平に頼まれて口縄邸に電話を入れた。相手は璃緋都である。 「徳永さんがここにいることは告げなかったけど…」 「それでいい。ヘタに先入観を持たせたくないからな。それに、璃緋都さんが彼女の母親と、それから友人の澄江さんにも連絡したら居所が一発でバレてしまう」 「…でも、上手くいったといっていいの？修平、犯罪スレスレのことをしたのよ？いえ、すでに傷害罪よ」 真夜は心配そうな面持ちだった。 「ああでもしないと、神楽都志彦の霊が誰かに接触してくれなかっただろうし、口縄燈子さんにとっても…利害が一致するだろう、と思ったのさ。負の感情だけど」 …口縄燈子を撃ったのは、この修平である。命を奪わない程度に傷をつける気で撃ったのだ。燈子を瀕死にすることで、彼女と神楽都志彦が接触する機会を作るために。 「確かに、彼や死んだ高柳がやったことは許せるものじゃない。しかし…璃緋都さんの大切な人に、これ以上悲しい復讐をさせるわけにもいかない」 「…そうね。そうかもしれない」 この事件が終わったら、神楽都志彦はどうなるのだろう。修平も真夜もそのことばかり考えていた。 璃緋都も口縄家の人間も、ようやく事件から解き放たれることになる。しかし、神楽都志彦という人間はすでに死んでいる。 死してなお、『復讐』という一念もとこの現世に留まっているのだ。そして今、二人の女性を使って本懐を遂げようとしている。 「…彼が璃緋都さんを未だ愛しているのなら…そして、璃緋都さんもまた彼を愛しているのならば…止めなければならない」 その修平の言葉に、真夜も深くうなずいた。 （もし、都志彦さんが本懐を…『復讐を果たす』という目的を遂げたら…あるいは、わたしたちが阻止することに成功したら…都志彦さんという存在はどうなるのだろう） 徳永の話を思い起こすたびに、真夜の頭にそんなことがめぐる。死んだはずの都志彦は今、口縄燈子の中にいる。 イレギュラーではあるが、『この世に存在している』ことは間違いない。璃緋都もまた、都志彦の存在を喜ぶに違いない。 死んだ人間の魂は、いつまでもこの世に存在していてはいけないものである。 互いに愛情の深い二人がもし再び引き裂かれることになれば… 璃緋都が再び自殺を図るか、あるいは都志彦が璃緋都を連れて行こうとするか…どちらかが考えられるかもしれない。 （…酷い話…） 「…だから美月、抱きつく必要はないでしょ」 『口縄邸のものだと目立つ』という理由で風花が用意した車に乗り込んだ美月は、さっそくとばかりに璃緋都に腕を絡ませていた。 「でも、振りほどいたりはしないんだな」 全員がベルトを締めたのを確認しつつ、風花が微笑した。 「もう恋人同士だもんね、わたしたち」 「反論するのも疲れただけよ」 美月に言われた璃緋都が、呆れたような顔で答えた。 「…それにしても、真夜さんから呼び出しがあったということですけど、何の話なんでしょうか」 『美月に抱きつかれたまま』の璃緋都が、運転席の風花に声をかける。 「そこまでは分からない。重要な情報が得られるんだとは思うが…まぁ、氷室の事務所だから知らない場所ではないし、危険なことがあるわけでもないだろう。もしあったとしても、わたしも聖架もいるから璃緋都に危険が及ぶことはない」 風花は前を向いたままそう答えつつ車を発進させた。 「…風花、一つ質問をしていいですか？」 璃緋都の左側、美月の反対方向に座った聖架が言った。 「何故、わたしも後ろなんですか？助手席でいいのに」 「…『車については』、聖架が隣にいるのは色々な意味でわたしにも怖い。それだけだ」 しれっ、と答えたものの、その言葉にはどこか凄みというか真実味があったので、美月は思わず苦笑していた。 （…この人を怖がらせるんだもの、相当な人物よね、聖架さんて。…あれ？でも、『わたしも聖架もいるから』ってどういう意味なんだろう？会社社長の風花さんはともかくとして、聖架さんてごく普通の人だよね） やはり『璃緋都に抱きついたまま』、美月が首をかしげていた。 「…こら美月、どさくさにまぎれて変なところを触らないの、っていうか揉むな！」 さりげなく『胸』に手を滑り込ませようとしていた美月の手を、璃緋都は思いっきりひっぱたく。 「あ痛ッ！」 「…本当、仲がいいですね、二人とも」 そんなやり取りを見ていた聖架が可笑しそうに微笑を向ける。 （仲がいい、かぁ…） 何気なく言われた一言だったものの、璃緋都の胸のうちにはその言葉が残っていた。 自分が記憶を失っていた際にも、ここにいる美月、そして澄江はいつも自分の身近にいた。 他の人が『お嬢様』と見る中で、この二人はいつも『友人』として付き合ってくれていた（美月と澄江からはそれ以上の感情があったが）。 結果論だが、美月が『本』を拾わなければ、今回のようなことにもならなかった。自分はいつまでも記憶を失ったままだった。 （言葉には出さないけど、感謝してるよ、二人とも） …とそこまで胸のうちで思ったところで、璃緋都は 「あんっ」 と小さく声を上げた。まだ美月が体を触って…というより弄っていたのである。 「やれやれ…」 そんな二人のやり取りを聞いていた風花が、微笑と溜息を漏らした。 「カーセックスに発展する前に、とっとと到着したほうがよさそうだな」 「止めてくださいよ、風花さん」 その言い方に、璃緋都は泣きそうな声を出すのだった。 氷室探偵事務所は、風花の部下である氷室裕が所長を務めている。 とはいえ、風花の片腕という肩書きもある氷室は、すでに所長代理である八坂修平に経営のほとんどを任せている状態である。 聞いた話では、近々正式に修平を所長に据え、自分は風花の会社のほうに専念する方向のようだった。 （夫婦生活か…彼ももう少し、『わたしたちの誰かに』積極的になってくれればいいんだが。 できればわたしに傾倒してくれれば…いや、それはわたしの努力によるところ、か） 女同士、というところを除けば、後ろの二人の仲のよさは風花にも羨ましいところがある。 自身にも好きな人はいる（二十歳の女性ならばいても不思議ではない）が、関係が特殊すぎるのでなんともいえないのである。 （思えば、この事件は様々な場面で『超常現象的力』が働いた…） すべてを徳永議員から聞き出した修平は、これまでのことに頭をめぐらせていた。 （俺たちが事件に関わる以前から…あの本に宿った神楽都志彦の魂は、犯人を…徳永議員たちを捜していたんだ） それはもちろん、都志彦の璃緋都に対する強い想いからのものであろう。 自分を殺め、大切な者を傷つけた人間に報いを与えるためのものであろう…。 しかし、都志彦は死んだが璃緋都は生きている。 （本人が望んだとしても、璃緋都さんの周囲の人間に、徳永議員を殺害させるわけにはいかない） 「…徳永さん、『彼』はまだ貴方の中にいるのですか？…いや、いなくなるはずがない。今もまだいるんですね」 高柳という男が死する以前から、この男は苦悩し続けていたに違いない。そして自分の立場を考えればそれを誰かに打ち明けることもできなかっただろう。 『あらゆることが非現実的である』。それが今回の事件すべてに当てはまる。それはもちろん、修平たちの存在も、であるが。 「私は、どうやってこの罪を償えばよかったのだろうか？」 徳永は、修平にそう訊いた。しかし、誰にもその答えは出せるものではない。同じような宿命を持つ修平にすら出すことはできない。 「…『女性を喰う』。そうしなければ生きていけなかった私は…」 高柳という男は全てを知っていた。なぜならば、彼こそがある種、この事件の発端となったからである。 ある日の夜、高柳の乗った車が徳永を撥ねた。スピード違反の車は、生身の徳永を勢いよく弾き飛ばした。 本来ならば即死しているはずだった。…しかし、徳永は生きていた。それも、ほぼ無傷で。 高柳は青冷めた。この男は…徳永は本当に人間であろうか、と。 そのときまで、確かに徳永は人間だった。そして、その事故で死んだはずだったのである。 「…つまり、彼はわたしたちと同じような境遇…」 真夜は、それだけ言って言葉に詰まった。自分が異質な存在になったときのことを思い出したのである。 「ああ。だからこそ、今彼を警察に手渡すわけには行かない。正直、今まで大人しくしてくれていたのは、徳永議員の中にいて、時々女性を犯すことで自らの欲望を満たしていたからに過ぎない」 徳永のほうは、修平がそう言ったことで、目の前の二人が自分と同じような体であることを悟った。 「君らは…私を殺すことができるのか？」 「そうするしかないでしょうね。…そう、するしか。もうすぐ、口縄財閥のお嬢さんがここに来ます。俺たちは…その前に決着をつけなければならないと思っています」 「…君らに倒されても、私を追っている人間に倒されたとしても、私自身が決別しようと試みても、どの道結末は同じだ・・・だから、下手な抵抗はしない…頼む」 修平の言葉に、徳永は頷いた。そう、ある程度…あのときから、璃緋都を犯したずっと前から覚悟してきたことなのだ。 （並の人間には、私を殺すことは…できないのだから） |
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| 2012.4.24掲載 |
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