| ３６ いつか来る『別れ』 （…わたし、そんなに変わったかな…） 休み時間に自分の周囲に集まった学友を見て、璃緋都は改めてそう思う。 長期にわたって欠席していたのもあるのかもしれないが、周りがみんな積極的に声をかけてくるし、自分も特に違和感なく（美月や澄江以外とも）会話していると思う。 思えばそれこそが『変わった』点なのかもしれないのだが…。 彼女自身、『完全に』記憶を取り戻しているかどうか、というとそうでもない。神楽都志彦のことや、過去に自身に起こったことは思い出したが、中学時代のことをよく思い出せない部分もある。が、璃緋都はそれについては深く考えないことにしている。 必要になったら氷室に会えばいいのかもしれないし、記憶を取り戻す必要もなく、璃緋都は神楽都志彦のことを覚えていれば十分なのである。 以前は退屈だったはずの一日がとても早く感じられた。授業の時間も、休み時間も。 「…で、なんであなたたちも乗ってるわけ？」 「まぁ、いいじゃない、深いことは考えないでよ、わたしたちと璃緋都の仲じゃない」 『迎え』の車には、何故か美月と澄江までも乗り込んできた。 「帰りは自分の脚で帰ってもらうよ？」 「了解了解」 璃緋都は断らなかった。 「ところで、今日は風花さん乗ってたりしないわよね。あの人、神出鬼没だからどこにでもいそうで」 「風花さんはあの歳で会社社長だから、そんなにヒマじゃないわよ…一匹見たら三十匹みたいに言わないで」 …といいつつも、前に迎えの車に風花が乗っていたときのことを思い出す璃緋都。ひょっとしたら、実は助手席に乗っているのではないか、と思わず体を曲げて覗き込んでしまうのだった。当然、そこには誰もいない。 「お嬢様」 「ええ、構いません、出してください」 『来客』に運転手の島田が戸惑うも、璃緋都は平然と発車を指示する。島田には、璃緋都とのこういうやり取りすら新鮮に思える。 『はい』といったつもりなのに、途中で舌を噛んだのか『ふぁい』のような返事になってしまっていた。 学校から璃緋都の家までは、車でも三十分くらいはかかる（聖架が運転したときはかなり短縮されていたが）。 その間、美月と澄江は璃緋都を挟み、その手を握っていた。璃緋都のほうはもはや抵抗しようとも思わず、苦笑いで返す。 ある程度打ち解けたとはいえ、璃緋都はあまり話題がない。共通の話題といえば、つい先日までの出来事くらいだろう。 そういうわけもあって、璃緋都は他の二人の話にときたま相槌を打つことで車中の時間を過ごした。 しかし、前みたいに居づらい環境、というわけでもなく、どこか安心感すらある。自身が狙われることがなくなったためなのか、それとも？ 璃緋都曰く『大げさ』な門をくぐり、車は口縄邸の敷地内に入る。玄関前にはすでに燈子が待っていた。 （げっ、あたし、あの人ちょっと苦手かも…） 内心そう思ったのは澄江である。なにせ、この澄江は前に燈子に襲い掛かっている。 （改めて見ると、本当璃緋都にそっくりね、この人。いえ、璃緋都がこの人にそっくりなんだろうけど） 璃緋都が車の窓を開けてもらうと、燈子のほうから話しかけてきた。 「お帰りなさい、璃緋都。今日は来客ありなのね」 「うん。この前の二人」 「そう、この家もこれからは少しくらいにぎやかになるかしら。うふふ…」 その視線は璃緋都と一緒に澄江も見ている。璃緋都は気が付かなかったが、澄江のほうはもう、ヘビに睨まれたカエルのように硬直していた。 （…母さんには、彦にいのことは内緒にしたほうがいいかも） 実は璃緋都のほうも内心苦笑していた。さすがに、以前自分と母燈子に何があったのかは覚えている。 これでもし、自分が持っている本のページがあれば、モノが生えてくる、ということを教えたら、自分に襲い掛かってくるかもしれない、と思ったのである。 燈子のほうは璃緋都や澄江の思いとは裏腹に、穏やかに微笑している。とりあえずその気は今の所はないらしい。 「しっかし、いつ見ても圧巻の家ねぇ…屋敷、って言ったほうがいいか」 璃緋都の部屋の椅子に腰掛けるなり、澄江が半ば呆れ混じりに言った。 「…今日は淫行はやめてよ。割と本気で」 「えっ？しないの？」 璃緋都に言われた美月が大げさに驚いてみせる。 「…」 無言のまま睨みつけられ、美月がそっぽを向いた。 「ねぇ璃緋都、正直のところ、どう思ってる、わたしたちのこと」 そう切り出したのは、澄江のほうだった。美月も黙って璃緋都をじっと見つめる。 「…どういう意味の質問？」 「そのままの意味なんだけど…」 言われた璃緋都は、少し考えた。この二人は、確かに自分が立ち直るために心を砕いてくれた人間である。 そのために『いかがわしい行為』もしてしまったわけだが、それよりも…。 「…親友、かな。間違っても『恋人』なんて言わないからね」 「でしょうね」 美月も澄江も頷いて溜息をついた。 「…でも、彦にいのことだって『恋人』なんて言えなくなっちゃった…ページの中に意識は存在していても、もうこの世にはいない存在なんだもの」 璃緋都は少しさびしそうに言う。相思相愛、互いの想いの強さは璃緋都自身が一番分かっている。 「わたし自身だって、いつか『別れ』が来ることは知ってる。ううん、本当はずっと前にあった『別れ』がただ単に今まで引き伸ばされていたに過ぎない。でも…今は、今だけは…」 「…わたしたちも、『今だけ』はね」 澄江の言葉に、美月もうなずいた。 （そう、わたしたちもいずれは璃緋都から離れることになる。今は許されていても、これからは無理だものね。 でも、わたしたちごく普通の恋愛できるのかしらね…今から不安だわ。うちの学校まともな男子いないし） おそらくは澄江も同じ考え方だろう。この二人は今のところ璃緋都一筋だったのだから仕方がない。 もし、あの本がなかったら、美月と澄江はどうなっていたのだろう。いや、それ以上に璃緋都はどうなっていたのだろう。 神楽都志彦の宿ったあの本がなかったら、璃緋都はまだあのままだったのだろうか、それとも、もう高柳に殺されていたかもしれない。 美月たちと璃緋都を（あらゆる意味で）繋げた本、しかしその本は、神楽都志彦が宿っている。そのため、三人にとっては出会いと別れ、その象徴でもあるのだ。 「…ね、璃緋都、やっぱりしようか」 少し考えたのち、美月が言った。 「…そうね、わたしもそう考えてた」 「…へっ？」 璃緋都に言われた美月と澄江が、お互いに顔を見合わせた。 「ただ、ひとつ約束して欲しいことがあるわ」 璃緋都の頬はもう赤く染まっている。美月たちは、その口から何を言われるかを見守っている。 「…もしわたしが大人になって、財閥を継いで、誰か男の人と結婚したとしても…。 あなたたち二人は、親友でいてほしい」 「…当たり前よ！」 「言われるまでもないわ！」 二人が椅子から立ち上がりつつ息をまいた。 |
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| 2012.5.26掲載 |
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