第８話

　薄暗い部屋に順応した眼にとって眩いばかりの日光が眩しい。両手を天に突き上げ大きく息を吸い込んだ。
（あぁ、すっきりした。あれ、何か忘れているような……そうだ、なまえ！）
　お隣さんだから苗字は知っていたが、奥さんの名前までは知らなかった。振り返り、インターホーンのボタンに人差し指を伸ばし、チャイム鳴らそうとした時、換気口から甘い石鹸の廊下に噴出され、鼻腔に入り込んだ。奥さんは男と女の獣の匂いを消すためにシャワーを浴びているようだ。
（まあ、いいか、どうせ、またヤレルんだ。その時に聞けば……）
　チャイムから指を離して、鉄製の扉に背を向け、渡り廊下に一歩踏み出した。ドスッ。「きゃっ！」
「おっ！」
「ごめんなさ……あっ、こんにちは」
「こんにちは」
　僕とぶつかってよろめいた相手は左隣の新婚の奥さんだった。大きな瞳で僕を見つめている。赤茶色のショートカットがそよ風に揺れた。柔らかそうな髪の毛だ。清潔感溢れる花柄のワンピースがよく似合う。身長は１６０センチ位で痩せ型だ。胸はさほど大きくはないようだ。見た感じではＣカップといったところだろう。僕は彼女のお尻が好きだった。一ヶ月ほど前のことである。ジーンズを履いた彼女が僕の目の前を歩いていた。キュッキュッと揺れるモデルのような小ぶりのお尻に視線が釘付けになった。でかい尻の妻とは正反対の小さなお尻……、たまらなかった。それを目焼き付け、何度もオナニーした。また、彼女は妻のお茶仲間で、度々、家に訪れる。何度か妻を交えて話したこともあった。祥子という名だ。
　コンクリートの廊下にケーキが入っているであろう化粧箱が落ちている。ぶつかった時に落としてしまったようだ。祥子は落ちた化粧箱を拾い上げる為にかがむとワンピースの襟元からピンク色のブラジャーと共に胸の谷間が見えた。ゴクリと生唾を飲み込んだ。祥子はそれを拾い蓋を開いた。化粧箱の中にあったケーキは、落ちた時の衝撃で、クリームが箱の内壁にこびりついた無残な姿に変わっていた。
「ごめんなさい……弁償させていただきます」
「いえ、いいですよ。私も悪いんですから……」
　彼女は化粧箱の蓋を閉じながら言った。
「あのお……愛さんいらっしゃいます？」
「えっ……愛って……」
　彼女は黙って玄関を指差した。
（うわっ！やっ、やばいよ）
　僕が今いる場所は奥さんの家の前だ。思い過ごしかもしれないが、彼女の眼差しが妖しく輝いたように見えた。
「いやあ、電気が点かないって言うんで、見てあげたんですよ。そうしたら、ヒューズが切れていて……それだけですよ」
　僕は気が動転してたようだ。いるとだけ答えれば良かったのに、言い訳をしている。これでは返って疑念を沸かせるだけである。
「……そうなんですか、愛さん居るんですね」
「すみません……」
　僕は早くこの場から立ち去りたい一心で彼女の横をすり抜けた。背中には彼女の視線が突き刺さっている。玄関の扉の前に立ち、ポケットの中に手を入れた。
（あれ？ない）
　ポケットの中に入っているはずのキーケースがない。多分、スゥエットを脱いだときに床に落ちたのだろう。鍵を取りに行かなければ家の中には入れない。しかし、隣には彼女がいる。どうしようかと考える間も無く、隣の奥さん、愛の声が耳に入った。
「もお、どうしたの？もう一度したくなった？」
　隣の奥さん、愛は僕が戻ってきたと勘違いしたのであろう。スピーカーから流れた声は男を誘う雌のものだった。
「……愛さん、私です。祥子です」
「祥子ちゃん……どうしたの？今日、レッスンはないはずたけど……今開けるから、ちょっと待っていて……」
　愛の慌てている様子が声色からわかる。レッスン……、そういえば以前、妻から愛が自宅で今はやりのアロマセラピーの講師をしている聞いたことある。妻も習いたいと言っていた。
「ごめんなさい、待たせちゃったわね」
「私の方こそ、突然でごめんなさい。美味しいケーキを見つけたんで愛さんにと思って買ってきたんですよ。でも、さっき、お隣のご主人とぶつかっちゃって……こんなになっちゃった……」
「そんなこと気にしないでいいのよ……あがって」
　彼女達は家の中に入ったようだ。辺りは急に静かになった。鉄製の扉に寄りかかりこれからどうするか考えた。上下薄いグレーのスゥエットにサンダル履きだ。こんな格好では外で時間をつぶすこともできない。また、当然ながら手元には全くお金がない。祥子が立ち去るまでここに留まっているか、それとも、素知らぬ顔をして、愛の家に鍵を取りに行くか迷っていると、愛の家の玄関が開く音が聞こえた。僕は、素早く体を反転させて、玄関へ向かい合った。　
「あれぇ〜。どうしたんですか？」
　背後から祥子の声がした。ポケットを上から擦りながらゆっくりと背後を振り向いた。「いやあぁ、参ったなあ。鍵が見あたらないんですよ。どこかに落としちゃったかな？」「うふっ、そうなんですか。もしかしたら愛さんのところに落ちているかも……。あっ、そうそう。愛さんが、呼んでまわしたわ。ヒューズをつけてくれた御礼にお昼をご馳走させて欲しいって……よかったら、ご一緒しません？」
　祥子は何かを詮索するような顔から一転して笑顔で述べた。
「そうですね……もしかしたら、ヒューズを付け替えていた時、鍵を落としたのかも知れないし……お言葉に甘えさせていただきます」
　祥子と共に愛の家に再び上がった。ダイニングルームに入るとキッチンに向かって花柄のエプロンをつけている愛がパスタを茹でていた。僕が帰った後、獣の匂いを落とすためにシャワーを浴びてたのであろう。後ろに結んだ髪の毛が乾いていなかった。
「さっきは、どうもありがとうございました。もう少しでできますから、そちらにおかけなってて下さい」
「こちらこそ、食事に誘ってくれてすみません。ところで、僕のキーケースありませんでしたか？」
「キーケースですか？ごめんなさい。私、気がつかなかったわ……ちょっと、待って」
　愛はフライパンを熱しているコンロの火を止めた。
「いいんですよ、奥さん。料理の途中でしょ。僕が探しますから……」　
　僕は軽く会釈をして、数時間前に愛のパンティを肉棒に被せてオナニーしていたソファの側に行き辺りを見回した。ソファの上にも落ちていない。フローリングの床に視線を落とすと艶のある太い毛が数本落ちいてる以外何もない。ソファの下を覗き込んだがそこにも無い。玄関には再びあがった時に見回したがそれらしき物は無かった。後、落ちている可能性があるとすれば、寝室だけだ。しかし、祥子の手前、そこへ行くわけには行かなかい。後で、愛と２人になれるチャンスがあるはずだ。その時に愛に寝室を探してもらえばいい。とりあえず、探しているフリだけでもしておこう。
「ありましたぁ〜」
　祥子の尋ねてきた。顔をあげると、祥子がトレイに乗せたティカップをソファの前のセンターテーブルに置いている。
「いえ、ないですねぇ〜。まいったなぁ〜」
「大丈夫ですよ。きっと、見つかりますよ。後で私も探しますから、紅茶でも召し上がってください」
「いゃあ、すみませんねぇ……」
　僕は祥子の申し出に乗り、ソファへ座った。紅茶を１口すすると祥子が口を開いた。
「奥様、ご実家に行かれたんですよね」
「ええ、昨日から一週間ほど……」
「一週間、１人暮らしですか。大変ですね。よろしかったら、何かお手伝いいたしますわ」
「いや、そんなに気を使ってもらわなくても……」
「いいんですよ。遠慮しなくても、奥様にはいつもお世話になっているし、それに、私も１人で……」
「なに、言ってるの。祥子ちゃん、奥さんに疑われちゃうわよ」　
　祥子が続きを言おうとしたとき、愛のあきれた声がキッチンからした。愛はダイニングテーブルに料理を並べていた。
「おまたせ。できましたよ」
　ダイニングへ移動するとカルボナーラのクリームの甘い香りが漂ってきた。テーブルの中央にはシルバーのワインクーラーの中に白ワインが冷やされている。愛が三人のグラスにワインを注いだ。
「うふっ、昼間からアルコールなんていけないかな」
「そんなことないですよ」
　僕と祥子がほぼ同時に同じ事を言った。
「うふっ、北村さん。今日はありがとうございました。それに、祥子ちゃん、ケーキありがとう、それじゃあ、乾杯！」
「乾杯！」
　グラスを合わせた。食事もすすみ、他愛もない会話が続いていたが、突然、祥子が旦那のことを愚痴り始めた。
　祥子の主人は商社マンで出張が多く、酷いときには月に３回位しか帰宅しないとのこと、また、出張では無い時も残業、接待などで帰ってくるのは深夜になるらしい。毎晩、１人で寂しいと言った。僕と愛は黙って、黙って頷いていた。祥子が満たされない若い体を慰めている痴態を想像した。
「ふう〜ん。でも、祥子さん、みんなそうよ。私の旦那だって、毎晩、夜遅いのよ……それに」
　愛が次の言葉を言いかけた時、携帯電話の着信メロディが鳴り響いた。愛はごめんと一言いって携帯電話を手にとりダイニングルームの扉を開き別室へいった。
「あっ、北村さん、変なこと想像していたでしょ。顔が緩んでいますよ……」
「いや、商社マンの奥さんは大変だなあ〜と思って……」
「そうでしょ。私の満たされない気持ち理解してくれますよね、いつも家にいる北村さん、奥さんが羨ましい……」
　そう言って、正面で向かい合っている祥子は、ワイングラスをテーブルに置き、右手をポケットにいれ、何かを取り出した。祥子が手にしているものは、探していたモスグリーンのキーケースだった。
「あっ、それ！」
「これですよね。北村さんが探しているもの」
「祥子さんも、悪い人だな。いつから、持っていたの？」
「あなたとぶつかった時から、なんだか何か隠しているような感じかしたんです。やっと、愛さんの声がしたと思ったら、変なこというし……。愛さんが出てきたとき確信しました。だって、石鹸の香りがプンプンするんだもん」
　祥子は僕の質問に答えずに、テーブルの上に鍵を置いて愛との情事を詮索し始めた。
「それは、誤解ですよ」
「本当ですかあ〜。この鍵がどこにあったと思います？」
「さあ……」
　僕はトボケながら、それを捕ろうと手を伸ばした。しかし、祥子はテーブルの上に置いた鍵を床に落とした。
「意地悪だなあ〜。祥子さん……うっ！」
　椅子から立ち上がろうとする僕の股間に祥子のつま先が触れた。祥子の脚が肉棒を優しく擦ってくる。午前中に三度も精液を放出した肉棒がムクムクと大きく膨らんでくる。
「愛さんとセックスしたんですよね」
「祥子さん、どうしたんですか？酔っているんですね。本当に彼女とはなにもありませんよ」
　せっかくの祥子からの誘いだが、ここは愛の家。しかも、祥子と妻は仲が良い。僕は紳士的に振る舞い椅子から立ち上がって、祥子の側にいった。腰をかがめてキーケースを取ろうとすると祥子がそれに足をのせた。
「祥子さん、悪ふざけは止めなさい」
「うふっ、これどこで見つけたか気になりません？」
（やっばり、寝室か。でも、なぜ彼女が……）
　祥子を見上げると唇を歪ませながら悪戯っぽく微笑んでいる。
「早く、足をどけなさい」
「愛さんに見られるのが怖いんですか？大丈夫ですよ、多分、仕事の電話。１０分くらいは戻って来ませんよ。いつもそうだから……、愛さんばかりずるい……」
　祥子はそう言いってキーケースを踏んだまま股を開いた。白いパンストの向こう側にピンク色のショーツが見えた。パンストのセンターラインが官能の炎を燃え上がらせる。もう、どうなってもいい、紳士的に振舞うにも限界がある。それを引き裂いて、若い淫唇を滅茶苦茶にしてやる。右の手を祥子の股の間にいれパンスト上から淫唇に触れた。そこは湿っていた。
「こうしてほしかったんだろっ」
　２本指で膣口を擦ると、祥子の息が荒くなってきた。扉が開く音がした。慌てて祥子が股を閉じた時、キーケースが現れた。直に、表面に現れたキーケースを拾い、席に戻った。ダイニングルームの扉が開いた。
「あれ、どうしたの？２人とも、顔が赤いよ。私が居ない間変なことしてなかったでしょうね」
「気のせいですよ、愛さん。そういう愛さんだって頬が赤くなってますよ」
　祥子の言葉に反応し、愛は自分の頬に両手を当てた。
「あれ、鍵見つかったのね」
「ええ、祥子さんが、ソファの側に落ちていたのを見つけてくれました」
「よかったわね」
「それじゃ、僕はこの辺で……」
「あっ、私玄関まで見送るから、祥子さんはここで待っていて」
　僕は食事の御礼を述べてさっと立ち上がった。祥子を見ると微笑みながら僕を見ていた。愛と共に玄関に向かった。サンダルを履き、愛の方へ振り返った。愛の背後に祥子の手を振っている姿が見えた。
「ねえ、明日、お邪魔してもいい？」
　愛が耳元で囁いた。
「いいですよ。いつでも待ってますよ」
　僕が小声で言うと、突然、愛がキスをしてきた。唇と唇が触れるだけの軽いキスだった。祥子は僕達をジーッと見つめていた。

つづく