［２］アトリエ

　ぼくはさっき見たばかりの二人の男女の彫刻を思い浮かべて妄想にふけっていた。モデルは妻の陽子。白い裸の腰を相手のモデルの男の褐色に日焼けした腰に預け、彼女の白い美しい右足を男の腰に巻き付けて、左足だけで立っている。愛し合う男女の快楽を求めるポーズだ。
　ぼくは息をつめて、一点を凝視して長い時間妄想にひたっていた。
　ぼくは懸命に妄想の中で妻の股間を探った。彫像はいつの間にか生身の男女の媾合のポーズになっている。ぼくは男の体の先端が埋め込まれた陽子の股間の襞に目をこらした。見つめるほどに、男のものが彼女の腰を支えている様がありありと分かってきた。あのポーズでは怒張して固く食い込んだ男根を陽子の膣がしっかり握っているにちがいないという、リアルな観察の結論がぼくのを激しく欲情させ、疑惑と困惑を一気に膨れ上がらせた。妄想の中でぼくはもう息も絶え絶えだった。
　ふと妄想から現実にもどると、その間呼吸を忘れていたのではないかと思うくらい息を殺して、ぼくは目の前のテーブルの一点を凝視していた。午後の日差しの中の人気のない宴会室で、美術展の招待者の昼食会が果てた後だった。
　われに帰ると妻陽子が心配になった。さっきこの部屋から依田先生に連れ出された妻を思うと、なぜ止めなかったのか、後悔の念が胸をふさいだ。
　また白日夢の中で妻の白いからだが、あの男とダブッた。
　さっき拍手の中を誇らしげに食堂を出ていった男だ。その男は妻陽子が学生時代に彫刻家依田拓のモデルをした時、一緒にポーズした男性モデルだ。背が高く、肩幅があるなかなか美男子だ。どことなく依田拓を少し若作りにした風貌のダンディーな男だった。
　そういえば思い出した。新婚まもなくの頃、陽子が燃えたときに要求した立位のセックスのあの緊張した股間の感覚は、あの男と陽子の彫刻の、あのポーズで陽子が経験していた感覚だったのだ。寝室の壁にもたれてバレーダンサーのようにつま先立った妻が、片足を上げてぼくの腰にからめ、ぼくのモノを開いた股の下から挿入させる、あのポーズだ。ぼくがすぐ萎えてしまって持ちこたえられないので、不満な彼女は要求しなくなり、すっかり忘れていた。陽子は、股間に収まった彼のモノの強さが忘れられなかったのではないか。
　今頃は、この美術館のどこかの部屋で、依田拓の目に視姦され、あの男とひどいポーズをとらされているに違いない。そして陽子はあの男に犯される！あの男はいまごろきっと・・・心臓がとびだしそうに高鳴って息苦しかった。
　懐かしい香水のにおいにふわりと包まれて、ぼくは息苦しい妄想からわれにかえった。左隣の席に誰か女性が座ったのだ。ひと目見て依田拓夫人と分かった。香水は陽子が愛用しているプワゾンではないか！クリスチャンディオールのプワゾン。この香りこそ、陽子の香り！
　これまでぼくはプワゾンは、むだなく引き締まって悩ましいシルエットの陽子にふさわしいものと決めて疑わなかった。しかし、目の前の、胸も腰も豊かな八頭身の妖艶な熟女から匂い立つプワゾンは妖艶な依田夫人にふさわしくゴージャスな雰囲気が漂わせていた。
　香りから強く陽子を意識させられながら、ぼくは無遠慮に夫人の全身に目を泳がせた。大きな胸は惜しげもなく露出され、骨盤が張り出した肉感的な腰から足へのラインは年を感じさせない張りのある美しさだ。
　誰もいなくなった昼下がりの美術館の宴会室に、ぼく一人が取り残されていた。あいさつしようと体勢を整えようとしたぼくに、彼女は唇に指を当てて、何も言うなとサインしながら、右手をぼくのズボンの正面の盛り上がった部分に乗せた。ぼくは動転した。しかし逃げることも動くこともできなかった。そこは熟女だ。構わず平然と手を伸ばして、妄想の中で勃起したままのぼくの急所にやさしく手を当てながら、ぼくの耳に口を寄せて囁いた。
「ごめんさい。主人が勝手を言って。ご心配でしょう、奥様のこと。」
　一点を凝視して息を殺しているぼくは、異様に見えたにちがいない。
「よろしかったら、いいところへご案内しますわ。主人たちが何をしているか、覗ける部屋です。でも、このことはどなたにもおっしゃらないでください。いいこと、お約束。あ、それから、これからあとは、あたしの言うとおりになさってくださいね。これもお約束くださいね。」
　ぼくは夢遊病者のように彼女に従っていた。
　案内されたビルの中二階のような階段を上がると、無数の石膏像や花瓶が置かれた物置のような部屋に出た。外への窓はなく、谷側の壁面に大きくくりぬいた窓の向こうも室内のようだった。黒っぽいガラスが入れてあって何も見えなかったが、彼女の後ろから近づいてみて、思わず声をあげた。ガラスの向こうは吹き抜けの天井部分で、眼下に広々とした部屋が見渡せた。アトリエらしかった。誰もいない様子だった。
「このガラスは向こうからは見えないようになっています。」
　依田夫人は事務的に説明すると、くるりとこっちを向いて意味ありげに微笑んだ。
「これからごらんになることは、あなたを傷つけるかも知れません。奥様と主人の秘密を覗くことになるからです。耐えられないとおっしゃるなら、この部屋を出ます。それでもご覧になりますか。」
　ぼくは、黙ってうなずいた。覚悟はもうできていた。
　夫人はぼくの前のソファに座った。彼女が座った時また香水の香りがわき上がった。
「あの、その香水は昔からお召しなんでしょうか、素敵ですね」
　ぼくにしてはせいいっぱいのお上手だった。
「ご存知でした？ディオールのプワゾン。主人が大好きなもので。」
　彼女はほほえんだ。
　そのとき、ぼくの中で雷鳴がとどろいた。
　プアゾンが、依田拓と妻を稲妻のように結びつけた。
　陽子！お前は依田拓の好みの香水を！
　頭が真っ白になり、口の中がからからになった。
　夫人が心配そうに何か話しかけているが、耳鳴りの向こうだ。
　けさ電車で彼女のうなじに嗅いだ、彼女の汗まじりのプワゾンの香りが不意に鼻を襲った。動悸が早くなった。甘酸っぱい痛みが胸をふさいだ。
　
　見ると隠し窓のそばには、テーブルとソファーがあった。夫人はテーブルにはワインやグラスを用意しながら、ぼくをソファーに誘った。
　ぼくはソファーにかけ、ワインで心を静めながら、また隠しガラスに目をこらした。下を覗くと、誰かがいた。依田と男が現われた。
「みんなシャワーを使っていたんです。これから始まります。」
　夫人が言った。
　少し遅れてガウンを肩からはおった裸体の陽子が現れた。例の男はタオルを腰に巻いていた。
　依田拓が陽子の手を取り、ポーズをつけはじめた。心持ち足を開いて立った陽子の背後に回った依田拓が、彼女の背中を抱くように寄り添って立った。すると、何か言いながら男が、タオルを投げ捨てて裸体で陽子の前に立った。見ると、股間に隆々とそびえるものがあり、先端にコンドームが光っていた。
　ドキンとしたぼくは息が止まるかと思った。からだがふるえてきた。もう息ができないくらい苦しかった。
　見ると、陽子がつま先立ちになると、タオルを投げ捨てて、片足を上げて股間を開き加減にした。男は陽子の下半身に自分の下半身を合わせるようにしながら、しずかに腰を押し上げ、ゆっくり陽子を抱えこんだ。陽子の股の下に男の長い陽物が少しづつ陽子の陰裂に没していくのが見えた。
　ぼくはソファーから身を乗り出して固まってしまった。
　隣の依田夫人がそっと手をぼくの手に重ねた。ぼくはその手を払いのけたかったが、もうその気力もなかった。
　陽子の胸は大きく波打っていた。男も激しくなった呼吸を押し殺すように薄い唇を固く結んでいた。ぼくは、妻の腰が男の腰に押し上げられるのを見たとたんに、はげしく勃起した。
　男の腰が定まったところで、陽子の背中を支えていた依田は、陽子から離れて、二人の足下に回った。
　その足下に目をやったとき、またぼくは目がくらむような衝撃を受けた。陽子の踏ん張っていると思った片方の足は床から離れて宙に浮いていたのだ。陽子はバレーのポーズのように長い右足を上げて、男の腰にまきつけていた。男は挿入した後腰を伸ばし、陽子を一点で支えて持ち上げた。依田拓がその陽子の下ろした方の左足のつま先に、小さな台をあてがって、陽子のつま先立ちができるように位置を調節していた。
　陽子は何かに耐えて目をつぶっている。ぼくはアトリエに駆け下りたい衝動に駆られながら、もう自由を失って腰が立たない抜け殻になっていた。
　
　依田拓が粘土に向かった。逞しい１０本の指が粘土をはげしくちぎっては打ち付ける所作の繰り返しの中に、みるみる男女の肢体が現れた。粘土の男が、粘土の女に顔を重ねた。
　依田の作業の進み具合をみて、男が陽子にキスのポーズをとった。男は無造作に陽子の唇をくわえた。陽子は唇を開いて彼の唇を受け入れてじっと息を殺していた。
　依田拓の指が粘土の陽子の口を開いて粘土の男の口に添えた。
　ぼくはめまいがして急に耳鳴りがしだした。ぼくはそれ以上正視できなかった。ソファーに身を沈め目を閉じた。
　
　長い長い時間がゆっくり流れていた。
　依田夫人が手をとってぼくを窓へいざなった。依田夫人は切迫した表情でぼくに覗くように目でうながした。
　ぼくは、アトリエの光景に思わずうめいた。
　モデルたちはポーズを休んで、部屋の一隅の絨毯の上に休んでいた。
　やがて、男は姿を消し、依田が長椅子に陽子を横たえてからだを重ねた。
　ぼんやりしたぼくの頭がそこで起こっている事態を理解したとき、依田夫人の切迫した表情の意味がやっと分かった。
　依田夫人が最初「ごめんなさい」といったのは、このことだったのだ。
　依田夫人がぼくの股の間にしゃがんで、ぼくの股間の盛り上がりを両手でつつんでいた。チャックが下ろされ、熱いものが夫人の口の中にくわえ込まれていた。ゆっくり夫人の顔が上下する間も、ぼくは、陽子の緊張した白い尻をぼんやり見つめていた。
　甘美な感覚が依田夫人の口の中から鋭く立ち上がった。ぼくは、足を硬直させて股間にあふれ出る快感に耐えた。
　すっかり生気を失った夫人を、ぼくは抱きかかえていた。
　ソファに夫人を寝かせたぼくは、ていねいに夫人のスカートや下着を取ると、片足を立てて抱きかかえ、大きく開いた割れ目にぼくの口を寄せた。そうするしか、ぼくらはいたわり合う方法がないような気分だった。
　そのとき音もなくくだんの男が部屋に入ってきた。ガウンを脱ぐと、彼はぼくには目もくれず、夫人の顔に跨って、萎えているモノを夫人の口に預けた。いつもそうしている、といった慣れた様子で、男は夫人の乳房をもみはじめた。夫人の口が音をたてて吸い始めると、彼の分身はたくましく成長し、夫人の口にあふれた。
　ぼくはさっきまで陽子の中にあったものを間近に見ていた。大きく、太く、たくましい以上に、色といい、形といい、申し分なく女性の欲情をかきたてる魅力にあふれていた。夫人が愛しげに舌をはわせう表情が、なによりそのことを物語っているように見えた。ぼくはいささか気落ちしていた。陽子が長い間憧れていた感情に強烈に嫉妬しながら、夫人の口元の男の存在証明に圧倒されていた。
　ぼくは気を取り直して、夫人のクリトリスを舌で愛撫した。テクニックを駆使して唇でヴァギナを責めた。依田夫人が立てていた膝を開き、腰をぼくの口に押しつけてうめいた。男は、腰をはげしく上下させて夫人の口のなかでスラストをはじめた。ぼくも、勃起した分身を挿入した。根本まで納めると、夫人はひしとしがみついて、腰をせりあげ、自分を責めるようにはげしく求め腰を使ってきた。夫人の腰の上でぼくは、覗き窓の向こうをうかがった。
　覗き窓の下も、依田が妻の上で絶頂を向かえていた。陽子がのけぞって絶叫している。
　ぼくは、依田に組み敷かれた妻の目を見ていた。妻がつぶった目を見開いたとき、ぼくと目線が合ったような気がした。すると夫人の中にあるぼくの分身が、妻の中にあるような錯覚を覚えた。陽子！心の中で叫びながら、はげしく腰を上下し、きしむようにまとわりつく夫人の中で、ゆっくり出し入れを続けた。それは果てしなく続くように思われた。陽子の白い腰を両手でつかんだまま依田の腰もゆっくる送抽を続けた。それを見ながら、ぼくは陽子の狭い入り口の緊張感を感じていた。そこをカリが出入りする感覚がよみがえってきた。ぼくはふと、陽子のプアゾンの香りを嗅いだような気がした。にわかに亀頭に快感がわき上がってきた。イク。そう思ったとき、アトリエの床で妻を組み敷いた依田は、陽子に腰をたたきつけるように送抽を繰り返して狂おしく果てた。ぼくも、ほとんど同時に夫人の子宮頸部に亀頭を強く押しつけてイッタ。フーッと夫人が深い吐息をはき、股間をぼくに押しつけ続けながら次第に全身を弛緩させていった。
　依田拓は陽子の腰から離れると、頭を抱きしめ、ほおずりし、陽子の唇を吸っていた。大きく足を広げて妻は、紅潮した顔をこちらに向け目をつぶっていた。放心からなかなか覚めない妻のからだを、依田のなすがままにまかせる時間が流れていた。
　隠し部屋のソファーで抱き合っていたぼくらはやっと体を離した。
　依田夫人が身づくろいしながらぼくに頭を下げた。
「ごめんさい」
　依田夫人は、ぼくに何をわびたのだろうか。夫の不始末か、自分のわがままか。いまとなっては、どうでもいいことに思えた。
　ぼくは、身支度すると、美術館のロビーで妻を待った。
　座りはじめにポーチから差し込んでいた夕日はとっくにかげり、今はもう山腹の城址公園に夜のとばりが下りて、暗い木陰に水銀灯がともった。
　今晩、ホテルで、あの彫刻のポーズの妻を抱こう。
　ぼくはサディスティックな感情の高ぶりにひそかに興奮しながら、誰もいない美術館のロビーで妻を待っていた。外にはさっきからあの男の車がぼくたち夫婦を待っていた。男は一緒にホテルに行くことを引き受けてくれた。妻があの男にどういう反応を示すか、思っただけで股間が怒張する。歯の根が合わない。深呼吸しながら、ぼくはめがくらむような夜の時間を思った。