２．一恵

　その日も麻紀は、朝のゴミ捨て場で一恵と一緒になった。
　同じ町内に住んでいる一恵と麻紀は、よくこの場所で顔を合わせる。
「おはようございます。」
「あら・・おはよう。いい天気ね。」
　年長の一恵が、さり気なく麻紀の高そうな服に目をやりながら、挨拶を返す。
　一恵は４０代。二人の息子がいて、居酒屋をきり盛りしている。
　抜け目がなく、近所では、がめついと評判の人だ。
　麻紀は３０代。専業主婦で子供はいない。夫は、大手の電器会社に勤めている。
　大きな瞳と、左目の下のホクロが印象的な美人だ。
「旦那さんは、また出張なさってるの？」一恵が、興味津々の様子で麻紀にそう訊ねてくる。
「ええ。」麻紀は、ゴミ袋を決められた集配用のボックスの中に入れながら、事務的な声でそう答えた。
「大変ね、海外出張が多くて。」
「ええ、まあ・・でも、もう慣れましたから。」
　麻紀は、努めて冷静に返事をしながら、内心では（「大きなお世話よ。」）と、思っていた。
　麻紀が顔を上げ、家に向かって戻ろうとしていると、一恵がそれを遮るようにして近づいてきた。
「ねえ、奥さん、この前は他の人も一緒だったから、話せなかったけど・・」と、内緒話をするように声の調子を変えながら、麻紀に話しかけてくる。
「えっ？、なんですか？」
「前にも話したことがあるでしょう・・例の大学生のこと。」
「ああ・・近くに下宿してるっていう、大学生のことね。」
「ええ、そう。その子のことなんだけど、実はね・・」
　麻紀は、顔を近づけてくる一恵の小さな声を聞き取ろうと、そちらに耳を傾けた。
「私、最近、彼のこともて余しちゃって・・激し過ぎて、一人ではとても相手をしきれないのよ。」
「！・・」
　一恵の話の内容に驚いた麻紀は、思わず相手の顔を見つめ返した。
　それから「なんで私に、そんな話を？」と、怪訝そうな顔で一恵に訊き返す。
「オタクはご主人が長期の海外出張でしょう？、それで・・麻紀さんも、一緒にどうかなと思って。」
　一恵は静かな声で平然と、際どい話を続ける。
「ウチも共稼ぎで、時間がズレてるから、よくわかるんだけど・・」
　そこで一旦言葉を切った一恵は、麻紀の顔色を窺いながら、確信を込めた声で次の言葉を口にした。
「本当は、したくて、したくて、堪らないんじゃない？、おかしくなりそうなくらいに・・」
「・・・」
　麻紀は暫く返事が出来なかった。一恵の言う通りだったからだ。
　彼女は最近、バイブを買い求めた。
　夜、それで痙攣するまで陶酔していても、まだ寂しい事がある。
　どうしても、夫の舌の感触や、上にのる身体の重みを、思い出してしまうのだ。
　麻紀が言葉もなく瞳を潤ませていると、一恵はさらに話しかけてくる。
「相手は最初から遊びのつもりだから、後腐れなく、好きなだけ愉しめるわよ。」
「若いから、何度でも出来るし・・やめて、て頼むまで、ずっとやり続けなの。」
　麻紀は無意識のうちに、生唾を飲み込んでいた。
「どうかしら？、よかったら紹介するけど。」
　一恵は、よい返事を確信しているように、嬉しそうに麻紀の顔を覗き込んでいる。
（「断らなくちゃ・・」）心の中ではそう思った麻紀だったが、実際に口から出た言葉は、
「ありがとう・・嬉しいわ。ぜひ、紹介して下さい。」だった。

　次の土曜日、麻紀は、例の大学生と顔合わせをした。
　そこは、準備中の看板を出した、一恵の居酒屋の二階だった。
「こちらは、近所に住んでる麻紀さん。」
　一恵が、麻紀を大学生に紹介する。
「こんにちは。」
「初めまして。」
　二人とも、相手の顔を一目見るなり、そこから視線を外せなくなっていた。
　お互いに無言で、相手の目をじっと見つめている。
　二人の特別な気配を感じた一恵は、「二人で話して。」と言い残すと、そっとドアの外に出た。
　大学生の彼は、二人きりになるとすぐに、欲望を表に現した。
　ギラギラと滾る様な眼つきで、麻紀の身体を眺める。
　青年の露骨な視線が、品定めをするように麻紀の全身を這い回り始めた。
　彼の熱い視線は、麻紀の美しい顔から始まり、ブラウスのボタンを弾きそうな豊かな胸、高価なスカートに包まれた幅の広い腰骨、それから、男なら誰でも見蕩れてしまいそうな、魅惑的な足首へと移動してゆく。
　続いて、彼女のほっそりとしたウェストに戻ったその視線は、ブランド物の腕時計をつけた細い手首を通過して、最後に、白魚のように繊細な指の上で止った。
「合格なのかしら？」問い詰めるように、麻紀が大学生に問いかける。
　その表情は、あくまで平静を装っていたが、実は、心の内で嵐が吹き荒れていた。
　ずっと昔、ミニスカートの脚を、舐めるように鑑賞された学生の頃を思い出したからだ。
「すいません・・つい、見蕩れちゃって。」
　我に返った大学生が、恥ずかしそうにそう呟く。
（「えっ？、聞き間違いかしら・・今、見蕩れちゃって、て言ったわよね。確かにそう言った・・」）
　この瞬間、自分の身体が、若い男の子の心を捕らえていることを知った麻紀は、心の中で飛び上がって喜んでいた。
「すごく綺麗だ・・ほんとに僕なんかで、いいんですか？」彼は本心からそう訊ねていた。
「ええ、もちろん。嬉しいわ・・そう言われると。」麻紀はそう返事をしながら、彼にそっと近づく。
　彼の目の前に立った麻紀は、大学生の厚い胸板に自分の柔らかい掌を這わせながら、
（「さあ、もう私はあなたのものよ。可愛がってくれるなら、なんでもする。」）と心の中で叫んでいた。
　相手の大学生の方は、嬉しさのあまり、もう口をきくこともできずにいる。
　そのうちに、男の胸板を摩っていた麻紀の手が、徐々に上へ昇り始める。その手は、ゆっくりと首筋を通過して、彼の顎を撫で始めた。
　ハァ・・ハァ・・大学生の荒い息遣いが、麻紀の耳にも届く。
「毛深いのね。」
　麻紀は、大学生のひげ剃り跡を優しく撫で上げながら、そう囁いた。
「えっ？・・あの・・嫌いですか？」
　急に不安になった大学生が、そう訊ねると、彼女は、
「うんん、とても素敵よ。男らしくて・・」と、囁きながら、そっと彼の胸に顔を埋めた。
　腕の中の、柔らかく愛らしい感触と、立ち昇る熟れた女の匂いに我を忘れた大学生が、思わず麻紀の身体を抱き締めようとすると、それよりも一瞬早く、彼女は大学生の腕の中で背伸びをして、彼の顎の下にそっと口づけをしていた。
「好き・・」
「麻紀さん・・」
　狭く薄暗い部屋の中で、言葉も無く抱き合う二人。
「あの・・いいですか？」
　沈黙に耐え切れなくなった大学生が、麻紀の太股にそっと手を伸ばし、その裏側を撫で始める。
「ええ・・」
　彼の手は彼女の返事よりも早く、そのままスカートの中に潜り込んでいた。
　下から這い上がるように、脚から尻、そして腰骨の張り出しへと、スカートの中をまさぐる彼の手。
　それと同時に麻紀の下腹部は、徐々に大きくなる大学生の股間を感じていた。
（「はぁ・・堪らない。この感触・・」）
　しかし、その直後に彼は、突然、麻紀の足元にしゃがみ込んでしまう。
「あっ、いゃぁん・・もう・・子供みたいね。」
　麻紀は咄嗟に、スカートの前を両手で押さえていた。
　大学生の彼が、まるで子供の様に彼女のスカートの前を捲り上げ、その中を覗き込もうとしていたからだ。
　麻紀の足元にしゃがみ込んだ彼の姿は、まるで中学生か高校生の男の子のように見える。
（どうしてもこの人のスカートの中を覗きたい・・）その願望だけが、彼の心を占領していた。
　悪戯を咎められた子供の様に、大学生が麻紀の顔を見上げている。麻紀の方は、ただ困ったような顔で、彼の事を見下ろしていた。
　聖母のような麻紀の微笑みが、彼の欲望を、さらに高く燃え上がらせる。
「見たいの？・・待って。」
　一旦、彼の手首を掴んで、その動きを抑えていた麻紀は、次に、自分からスカートの前裾を持ち上げて、下着姿の下半身を彼にさらした。
　清楚なスリップの下に隠されていたのは、白く豊かな太股と、大胆なシースルーのショーツの組み合わせだった。
　リボンをあしらった濃いブラウンのショーツ越しに、うっすらと陰毛の影が透けて見えている。
（「あぁ・・なんて色っぽいんだ。」）
　感激した大学生は、そのまま吸い寄せられるように、麻紀のショーツの膨らみに顔を埋めてしまう。
「あっん！・・はあぁ・・」
　いきなり下腹部に押しつけられた唇の感触に、麻紀は思わず大きな声をあげていた。
　驚いた大学生は、飛び上がるようにして立ち上がり、「しっ・・」と、焦ったような手つきで麻紀の口を塞ぐ。
「ここは壁が薄いから・・」
「ごめんなさい・・久しぶりだから、つい声が出ちゃった。」
　申しわけなさそうな顔で謝る麻紀。
「ははは・・」「うふふ・・」
　二人は声を潜めながら笑いあった。

　そのうちに・・階段を上ってくる一恵の足音が聞こえて、扉の外から彼女の声が響いた。
「もういいかしら？」
「どうぞ。」彼が答える。
　部屋に入ってきた一恵は、二人の顔を交互に眺めながら、「どう？、二人とも・・気に入った？」と彼らに訊ねてくる。
「ええ・・」「とても・・」
　二人はお互いに顔を見合わせながら、頬を赤く上気させている。
「そう、よかった・・きっと気に入ると思ったのよ。」
　一恵はまるで、自分の事のように喜んでいる。
　だが麻紀と大学生の二人には、なぜ一恵が二人を引き会わせたのか、その真意が解らなかった。
「あら、汗をかいてるわよ。お化粧をなおしてきたら？」
　不意に一恵が、含みのありそうな言い方で、麻紀にそう告げる。
「えっ？・・あ、そうね。」
　気付くのに少し時間がかかったが、麻紀はすぐに一恵の意図を察して、素直に下の化粧室にむかった。

「ねえ・・私のこと、捨てないでね。」
　麻紀が階下に去ると、一恵がいきなり大学生の腕を引っ張りながら、そう呟いた。
「えっ？・・どうしたんですか？、いきなり。」
「あなたを喜ばせたくて、麻紀さんを紹介したのよ。わかってるでしょう？」
「ええ、もちろんです。とても感謝してますよ。」
「私のことも忘れないで。時々、抱いてくれるだけでいいから。」
「いやだな、何を言ってるんですか。一恵さんの事を忘れる訳がないでしょう。」
　大学生は、一恵の肩を抱き寄せると、軽く彼女に口づけをした。
「・・ありがとう。安心したわ。」
　一恵と大学生は、共に満足そうな顔で階段を降りてくる。丁度、麻紀もトイレから出てくるところだった。
「ねえ、二人とも、ちょっと休んでいかない？、店の準備をするまでに、少し時間があるから。」
　上機嫌の一恵は、二人を店の奥の小部屋に誘った。
「ちょっと狭いけど・・店が開くまで誰も来ないから、安心して。」
　その瞳は心なしか少し潤み、声は甘さを含んでいるように聞こえる。
　麻紀と大学生の二人が一恵に言われるままに、店の奥の狭い部屋に上がると、一恵は部屋に置いてあった机を片づけ始める。
　机を片づけて部屋の中央を広く取った一恵は、無言で大学生の前に歩み寄った。
　そのまま、大学生の足元に跪き、いきなり彼のズボンのベルトを緩め始める。
「！・・」これを見た麻紀は、びっくりして、思わず自分の口を掌で覆った。
「ち、ちょっと・・なにするんですか。」驚いた大学生も、急いで一恵の手首を掴んで、これを止めようとする。
　薄笑いを浮かべた一恵は、彼の顔を見上げながら、
「本当は嬉しいくせに・・わかってるんだから。興奮するんでしょう？、麻紀さんに見られてると。」と、揶揄うような調子でそう言った。
　返事に困った大学生が思わず麻紀の方を見ると、彼女はただ瞳を潤ませて、彼の顔をじっと見詰めている。
「ほら・・もう、こんなになってるじゃない。」
　大学生が麻紀の方に気をとられている隙に、一恵は大きく膨らんだ彼の股間に、頬擦りをしていた。
「あっ・・」力が抜けたようになった大学生が、思わず一恵の手首を握っていた手を緩めると、一恵は、素早く彼のズボンのファスナーを降ろし、その中に右手を深く差し込んでしまう。
　口元に笑みを浮かべた一恵が、ズボンの中から勃起した長いペニスを引っ張り出すと、これを見た麻紀の目つきが急に変わり、その顔にみるみる喜悦の表情が浮かんでくる。
（「いいわ・・彼女はもう、これの虜。」）全ては、一恵の思惑通りに運び始めていた。
　自分のペニスに見蕩れている麻紀の表情を見て、異常に興奮した大学生が夢中で服を脱ぎだすと、じっと二人のこの様子を眺めていた一恵も、満足そうに彼の股間に顔を近づける。
（「凄い反応ね、お腹に貼り付いてる・・さあ、一緒に愉しみましょう。」）
　一恵は、ペタペタと自分の腹を叩き始めた彼の裏側に、これ見よがしに口づけを繰り返しながら、誘うような視線を麻紀に送った・・


「今度は、二人きりで会ってくれませんか？」大学生が、麻紀の耳元でそっと囁く。
　すぐ隣では、一恵が、うっとりと天国を彷徨っている。
「いいの？、あなたに夢中になって、つきまとうかもしれないわよ。」
　麻紀は右手で大学生のペニスをゆっくりと扱きながら、真意を探るように、彼の瞳の奥をじっと覗き込んだ。
　大学生は、返事のかわりに、麻紀の身体を自分の上に抱き寄せながら、再び硬く勃起させたペニスを彼女の腹に押しつける。
（「いいですよ。夢中になってるのは、僕の方ですから。ほら・・」）
（「まあ・・嬉しいわ。ありがとう。」）麻紀の表情に、安堵の色が拡がってゆく。
　麻紀は、最初に大学生と会った時から、訊ねようか、止めようか迷っていた言葉を、ついに口にした。
「あなた、名前は？」
「慎二です。」