プロローグ

　その若い男は、いつものように林の中の小道を歩いていた。
　工場からの帰りの時刻、建物裏のこの雑木林の中は、すでに薄暗かったが、男は毎日決まってこの時間にこの道を通る。
　この道が自宅への近道にあたるからだ。
　男は、林に入って暫くすると、きょろきょろと辺りを見廻し始める。
　近くに誰もいないことが判ると、男は自分の股間にそっと右手を伸ばした。
（「駄目だ・・我慢できない。」）
　そこは既に、傍からもはっきりと判るほどに、大きく膨らんでいる。
　男のパンツの中では、もう随分前から、使われたことの無い彼のペニスが、勃起したままになっていた。
（「あの脚・・」）
　ふと、昼間見た女の脚が、頭に浮かぶ。
　机の下から覗いていたその脚は、他の男なら見向きもしないだろう、極ありふれた代物だった。
　膝下までの地味なスカートから伸びる、ストッキングを穿いた脹ら脛。
　だが、女に飢えているこの男にとっては、興奮への充分な起爆剤になってしまう。
（「あの脚で、何回男をその気にさせたんだろう」）
　男は、中年の事務員の脚が、ゆっくりと開かれてゆくところを夢想していた。
（「仰向けに寝た女が、誘うように両脚を開く・・ペニスをカチカチに勃起させた男が、上から覆い被さり、女の脚の間に腰を割り込ませてゆく・・」）
　一人になった時からずっと、未来のセックスの様子を想像していた男は、自らの股間の膨らみを、下から上にそっと撫で上げた。
「はっあぁ・・」
　敏感になっている亀頭部から、痺れるような快感が脳髄に伝わってくる。
　下腹部がムズムズと疼き、一杯に精液を溜め込んだ若い睾丸が、パンパンに膨れているのがわかる。
　なにか刺激があれば、すぐにでも溢れ出してしまいそうだ。
（「あぁ、抜きたい・・もう限界だ。」）
　一日中、必死になって性欲を押え込んできた男は、ついに我慢の限界に達して、今すぐにでも、溜まり過ぎた欲望を吐き出したくなっていた。

　昔から女にはモテなかった。
　中学、高校の頃は、眼鏡をかけ、一見ガリ勉風の容姿にもかかわらず、成績はよくなかった。
　ファッションに疎く、運動も出来ない。
　家が貧乏で、三流大学に通えるほどの余裕がなかったので、高校を出てすぐ就職することにした。
　しかし、対話が下手で印象の悪いこの男は、どの会社の面接試験にも受からなかった。
　結局、男は、家の近くの工場で期間作業員として働くことになる。
　幸運な事に、彼の勤めた工場では、若い女性が沢山働いていた。
　男は働き始めてすぐに、身近にいる容姿の優れない女性数人に、誘いの声をかけてみた。
　しかし相手の女性が、この男の誘いにのることはなかった。
　たとえ不美人であっても、それなりに最低限のプライドがあるからだ。
　男は、若い女性の魅惑的な肢体を、すぐ近くで羨望の眼差しで眺めながら、悶々とした日々を過ごした。
　どんな方法でもいいから、女の身体が欲しかった。
　追い詰められた男は、金で問題を処理しようと考えたが、給料が安く、毎月の生活費にも困る状況で、とてもそんな余裕は無かった。
　欲望の捌け口は、いつも決まって自慰だけだったが、自宅の部屋は弟と共有で、夢中になれる場所もない。
　仕方がなく男は、時々、屋外のひとけの無い場所を選んでは、溢れかえる若い欲望を、一人迸らせていた。

（「あれは・・」）
　頭の中で事務員の裸を想像しながら、射精をする場所を探していた男は、道の先に、何か本のようなものが落ちているのを見つけた。
　開かれた状態で捨てられているそれは、過激な写真が載っている、男性むけ雑誌だった。
　裸の女を写したグラビア写真が、ひらひらと風にはためいている。
（「やった！」）
　男は、もうこれだけで、踊り出したいほどに嬉しくなっていた。
　これで好きなだけ興奮できる、久しぶりに思いっきり射精ができる、そう思った男は、思わずその雑誌に駆け寄ろうとする。
　だがすぐに、あまりにも哀れな自分のこの姿に気がついて、表情を曇らせた。
（「惨めなクズ・・」）
　男は暫くその場に、立ち続けていた。
　だが、それでも、目の前にある小さな誘惑には逆らえない。
　辺りを見廻して、人目がないことを確認すると、その雑誌に近づき、素早くそれを拾い上げた。
　それから、ハァ、ハァと息を荒げながら、夢中で小道から林の中に分け入る。
　もう頭の中は、射精の瞬間の幸せで一杯だった。
　男は林の奥に進むと、大きな木の幹に凭れ掛かかり、ズボンの中から硬く勃起したペニスを取り出しながら、雑誌を捲り、目的のページを夢中で探す。
　やがて、若い女がスカートを穿いたまま脚を大きく開き、下着をつけていない秘部を、読者に向かってさらけ出している写真を見つけた彼は、そのページを開いたまま、その雑誌を足元に置いた。
　恍惚とした表情で雑誌を見下ろしながら、無心に自分のペニスを扱き始める。
「あぁ、気持ちがいい・・すごく興奮する・・出すぞ・・ハァ、ハァ・・たっぷりかけてやる。」
　男は自分に下半身を差し出す、扇情的な事務員の姿を想像しながら、瞬く間に絶頂に昇りつめ、その写真に大量の精液を降りかけようとしていた。
「おぉ・・逝くッ・・うぅ・・！」
　男の手の中でカチカチのペニスが跳ね上がり、その先端から熱い精液が迸り出ようとした、まさにその瞬間、男の背後、かなり離れた場所で、ガサッという、落ち葉を踏みしめる大きな音がした。
　びっくりした男が手の動きを止め、そちらに意識を集中していると、続いて、複数の男が囁き合うようなガヤガヤとした低い声と、くぐもった呻き声、それから、ガサガサと枯れ葉を踏み荒らす、いくつもの足音が聞こえてきた。
　急いで、膨らんだままのペニスをズボンの中に押し込んだ男は、声が聞こえてくる方角の、少し盛り上がった土山をよじ登り、その向こう側をそっと覗き込んだ。
　そこでは・・

　複数の男が一人の女を押さえ付け、無理矢理、女の服を脱がそうとしていた。
　二人がかりで暴れる女の手足を押さえつけ、別の一人が女の口を塞いでいる。
　その間に、残りの一人が女のスカートを捲り上げ、中の下着を脱がそうとしていた。
　すでに、女の白い太股が剥き出しになり、男の手がかかった黒のショーツは、半分、膝のあたりまで引き下げられている。
　男たちはみんな若く、２０前後にみえた。女の方は、中年のようだ。
　その時男は、ある事に気がついた。
（「あの人は・・」）
　襲われているその女は、例の事務員ではないか・・