第5章 黒い記憶

「先輩、お久しぶりです」
「船岡？船岡じゃないか。おまえだったのかぁ、久しぶり！元気だったか」
　春の穏やかな日差しの中で二人は再会した。
　グラウンドの片隅での、懐かしい挨拶は、すぐに、利害関係者のそれになる。
　船岡は、客。
「先輩」は、しょせん買ってもらう側なのだ。
「昔通りでお願いしますよ」
　船岡は、へりくだってみせる。
　確かに体育会の上下関係は絶対的だ。
　しかし、それにあぐらをかけば、せっかくの店がつぶれかねない。相手は、一度に数百万が動く「お得意サマ」なのだ。
　やっと軌道に乗り始めた店にとって、頭を下げすぎ、ということはない。立場はあっという間にひっくり返る。
「さすが先輩。なかなか良い選手がいるじゃないっすか」
「いや、もともとの素質がある子がけっこう多くて。もっとも、一番素質のある子はマネージャーだったりするんですが」
　苦笑しながら、ボトルに水を入れるマネージャーの湯川をチラリと見る。華奢な顔立ちとうらはらに、いくら説得しても、マネージャーが良いと言い張る頑固者だ。
　船岡はそれには、興味を示さない。
「全部で何人くらいなんすか」
「四十人くらいですから、これに新一年生が入れば、下を見ても五十人はいくんじゃないでしょうか」
「それじゃあ、一人じゃ見切れないなあ、先輩、今後とも、よろしくお願いしますよ」
　にこやかに頭を下げられると、もちろん断れるはずもない。いや、むしろ、望む形と言っていい。
「そうだ、先輩の奥さんも、えっと、確か〜」
「あぁ、奈緒のこと？　旧姓は佐々木ですけど」
「あ、そうそう、佐々木さん。キレイな人だったけど、部を辞めちゃったんですよね」
「その節はお世話になりました」
「いえいえ、僕なんてなんにも。先輩こそ、ずいぶん相談に乗ってくださったんでしょ？」
「まあ、行きがかり上、そうせずには…」
「佐々木さん、ずいぶん悩んでいたらしいけど、本当の理由は何だったか、先輩、お聞きになりました？僕もコーチとして心配してたんですけど」
　船岡の右手は、ポケットの中で、握りしめられていた。笑顔が心持ち硬くなる。
「あ、いや、え〜っと、結局、何だったのか。話しませんでしたけど、やっぱり、故障が、あれが、重かったんでしょうね」
「あ、そうなんですかあ。そうかあ、故障をね、う〜ん、やっぱり僕はコーチに向いていないですよ。そうだとは知らなかったんだし」
　船岡の目から緊張が消えていた。
「いやいや、船岡さんは立派に、箱根を制したじゃないですか」
「選手に恵まれてたからっすよ。先輩が育ててくれた遺産だって。なにしろ、先輩が育てた選手ばかりで、往路を勝っちまったんだもの」
「いや、誰の選手も何も、きちんと実力のある選手を見抜いて、使ったんだから、船岡さんの力ですよ」
「う〜ん、僕の選手を使ったら、結局あぁなっちゃったし」
　その年、往路を走ったのは、前年に辞めた「先輩」が育てた選手ばかりだった。
　船岡としては使いたくもなかったが、大学界でも名前が知られている選手が綺羅星のごとく並び、誰を外しても、意図的といわれかねなかったのだ。
　予想通り往路は大差で制した。
　勢いに乗り、完全制覇をと意気込みながら、唯一使った「船岡派」の選手が復路でリタイアし、Ｗ大の輝かしい夢は断たれた。
　ＯＢ会からの罵倒は一身に船岡に向けられた。あの屈辱が苦々しい。
　船岡の目から、緊張の色が消えた代わりに、別の色が浮かんでいた。
「ところで、先輩、早速いろいろと相談したいので、番号とアドレスを」
「あ、すみません、えっと、これ、これが店の方で。それと、こっちが妻の分です」
「あぁ、奥さんにもちゃんと挨拶しておかないと。覚えてくれているかな。嫌なことだけ覚えてたりして」
　がはは、と下品な笑い声に、ボトルを抱えた湯川が、ちらりと見ながら通り過ぎる。
「じゃあ、当分は、男子を先輩が、奥さんが女子を、僕はその両方と相談しながら。あ、まてよ、先輩に両方を見ていただきましょうか」
「え？」
「僕が男子を見ますから、先輩は、男女の相談役で、アドバイスしていただくっていうほうが。なんと言っても、先輩の下のアシスタントコーチでしたからね」
「しかし、今は、船岡さんが顧問なんだし」
「いやあ、そっちの方が良いや。それなら、先輩もお店に力が注げるでしょうし」
　決めた、決めたと、一人つぶやく船岡に、あえて異を唱える愚は犯さない。
「わかりました。じゃあ、ありがたく。たいしたお役に立てるか、ですが」
「いえいえ、すっごく頼りにしていますから。早速、明日にでも打ち合わせしないと」
「明日は、店があるので、いっぺんに店を空けるというわけには」
　夫婦で細々とやっている店だ。そうちょくちょく店を閉めるわけにもいかなかった。
「いえ、奥さんだけでも十分です。僕としても、先輩を呼び出すなんて、ＯＢ会に知られたら、クビになっちまう」
　ハハハと笑いながら、口の中で「大学の時のようにな」と苦々しげに呟いたその声は、誰にも聞こえなかった。
「わかりました。じゃあ、明日は、妻をよこしますので」
「よ〜し、忙しくなるぞぉ。頑張りましょう。陸上界の宝を作る意気込みで行きますよ！」
　二人の前を、ランニングする部員達が駆け抜けていった。　

「あなた、ちょっと買い物に行ってきます」
　私が帰るのを待ちかねていたように、パンツスタイルで外出の支度をしていました。
「どうしたの？」
「あの、携帯が壊れちゃって」
「どうして？」
「え？ええ、あの、その、ちょっと、そう、落としちゃって」
「はは、ドジだなあ。まあ、いいよ、今日は配達もないし。ゆっくりしておいで」
「あ、そうね、うん、あんまり遅くならないと思うけど。ちょっと行ってくるわね」
「そうそう、今度、Ｈ中に船岡が来ることになったって。あいつ中学校の先生になったんだな。ちょっと意外だよ。覚えてるよね、奈緒」
　妻は、なんともいえない硬い表情をしたような気がしました。ひょっとして、まだ、大学時代のことがスッキリしていないのでしょうか。
　なんといっても、私が辞めた後のコーチは船岡だった以上、妻の思い出に結びついているに決まっているからです。
「え、あ、うん、覚えてるわ。うん。あの、じゃあ、ちょっと行ってきます」
　妻の顔が強張って、自転車のカギをひょいと手の中に包み込みながら出て行きます。
　妙な違和感を感じました。
　もちろん、だからといって、浮気だなどとはこれっぽっちも思いませんでしたが。
　何しろ、この間、建太の前でのセックス以来、私が途中でダメになることなど完全になくなったのです。一晩に何度でもできます。
　もちろん、本格的なセックスは、店が休みなる前の晩だけですが、私が一度放出するまで、という約束で週に二回は、セックスするようになったのです。
　その時も結局は、またフェラで抜いてもらうのですから、フェラは毎晩と言って良いほどです。

　それほど仲の良い夫婦だし、第一、あのお堅い妻が浮気などするはずもありません。中学でコーチをする以外は一人で外出することもないのですから。
　ですから、妻の硬くなった表情は、大学時代に悩んでいたことが、いまだに心の中でスッキリしていないのかと、そう考えたのです。
『だとすると、船岡だとまずいかな』
　船岡は一つ後輩の優秀な男です。
　アメリカで最先端のトレーニングを学んできたというのがウリで、陸上部のアシスタントコーチに就任したのは、私が講師待遇の主任コーチになったばかりの時でした。
　才能がある上に、実家が金を持っているらしく、何不自由のない生活に見えました。　ただ、恵まれ過ぎたものから来るのか、致命的なほどに、弱い人間に対する気持ちがないように思えます。
　だから、妻が、大学時代にあれほど悩んでいたことに気づかなかったのでしょう。
　いまだに、大学時代の友達、誰一人と連絡を取ろうともせず、同窓会にも出ようとない妻にとって、船岡の無遠慮な言葉は、この先苦痛になるかもしれません。
　第一、船岡自身が、私を嫌っているというか、恨んでいるという噂がありました。
　私が突然クビになったのも、あることないこと告げ口した船岡のせいだと信じて、大学に抗議しようとした学生がたくさんいました。
　それが事実はどうか分かりませんが、自信過剰気味の船岡にとって、私という存在が疎ましかったのは確かでしょうし、私が辞めて喜んだというのも多分本当です。
『そろそろ、別の道も必要かなあ』
　船岡という専門家が来るなら私たちがコーチに行かなくても不自由はないはずでした。
　今のＨ中学の校長は、業者が学校に関わるのは、と渋い顔をしているのも事実です。私を「相談役」だと言ったのも、その含みがあるに違いありません。
　そろそろ引き際かもしれません。
　かといって、コーチをしている縁で、今では店の売り上げの大半がＨ中に頼っているのも事実なのです。
『別の販路といってもなあ』
　とりあえず、今、うちからＨ中学への販路が無くなれば、遠からず、倒産は免れないのは間違いありません。
　どうしようもないことを、どうにかしようと、思い悩んでいるうちに、いつしか私の頭から、出かけている妻のことが頭から消えていました。

　休日には賑わう河川敷のサッカーグラウンドも、平日の午後に誰も来るはずがない。
　時折、土手の上のサイクリングロードを散歩する年寄りも、わざわざ土埃の舞うグラウンドまでは降りては来ない。子どもたちだって、こんなところで遊んだりはしない。
　その一番奥に、後ろの窓にフィルムを貼った、赤いワゴンが止められている。
　回り込んで、至近距離で覗かない限り、後部座席まで見えるはずがなかった。
　だからといって、絶対に覗かれない保証などないのだ。
　目の前の凶暴なモノを口にすることより、奈緒は、そっちの方が気が気ではなかった。
「ほれ、早くしろよ、帰れねーぞ。それとも、オマ○コに、ぶち込んでやろうか」
「ぐっ」
　乳首を捻られた激痛に、うめき声が漏れる。夫にこんな酷いことをされたことはない。
　午後の日差しに車の中は明るい。
　奈緒の白い細身の裸身が、シートの黒に映える。
「お前が、ホテルを嫌がったんだ、これで許してやる俺に感謝するんだな」
『しかたないの。あなた許して』
　車の中で、全てを脱がされる。こんな明るいところで。初めての体験だ。
　後ろのシートにふんぞり返る船岡のモノは、早くも、半ば屹立していた。全てを脱いでから、奈緒が、しなやかな指先でズボンから取り出したモノだ。
　どうしようもなく嫌なことなのに、指先が動きを覚えている。かつて、さんざんに仕込まれた動きだ。
　捧げ持つように、指先で持ち上げ、リップしかつけていない健康的な唇を広げて近づけていく。
『ほんのわずかな時間を我慢すれば、済む。昔、何十回もしたことだもの』
　ムワッとする男臭さの中に、不思議なデジャビュを感じるのがたまらなく自己嫌悪だ。
「おっと待った。黙ってくわえるのか。物忘れが激しすぎんじゃねーかよ」
　思い切って近づけた奈緒の顔を、グッと左手でとどめながら、せせら笑う。
「お願い、もう、嫌、言わせないで。昔の私じゃないの」
「へ、知らねーよ。俺は礼儀知らずは、好かん、挨拶を忘れたとは言わせねーぞ」
　顎を掴まれたままのぞき込まれた視線を、奈緒は精一杯の努力で外そうとする。
「それとも、いつかのように、この服を放り出してやろうか、今度は、警備員じゃなく、この辺で走ってる中坊が、見に来るかもだしな」
「やめて」
　つぶやくように、力なく抗議するが、掴まれたままの顎を外せない。まるで力が入らないのだ。
「じゃあ、早くしろ。挨拶からだ」
　クッと、かみしめた唇は血がにじまんばかりだ。その、細く白い顎にへばりついた男の指が、促すように力が込められる。
　つかの間の、無言の抵抗。
　しかし、もはや裸になっているのだ。やはり奈緒の負けだった。
「いただかせ…」
「違う！ちゃんとやれ！」
　ビクッとなる。夫に怒鳴られたこともない。
　奈緒を怒鳴るのは、いつだって、この男だけだった。
　しかし、その怒鳴り声で、どこかがプチンと弾けた気がした。
　それは、奈緒のプライドなのか、それとも、恥じらいなのか。
「大きなオチ○ポを、スケベなメス奴隷にしゃぶらせてくださいませ」
　どうしようもない自己嫌悪。男は満足げに頷きながらニヤニヤと笑う。
「うん、よかろう。しゃぶってどうするんだ」
「たっぷりと濃いのを飲ませてくださいませ」
「それだけか」
「あぁ、それ以上は、許して」
　くなくなと頭を振りながら、そこに続く言葉を奈緒は胸の中で反芻してしまう。
『メス奴隷のオ○ンコを好きにお使い下さい』
　それだけは、言ってはならなかった。第一、フェラだけの約束だった。
「まあ、良いだろう」
『今日のところはな』
　心の中でつぶやいて余裕の笑みを浮かべる。
「さあ、やれ。飲ませてやる。清田に、あの真面目男にどのくらい仕込まれたのか、見せてみろ」
「いやぁ」
　しかし、一気に根本までくわえ込んでしまう。そうしないと、泣き出してしまう気がしたのだ。
「ふん」
　奈緒の気持ちを見透かして、根本まで飲み込んだまま舌を動かす動きに、一向に、男は硬くさせない。
　幾多の女に、こういうコトを教え込んできた船岡にとって、この程度のことは簡単だ。
　ただ、思った以上に、ねっとりとした舌遣いが巧みになっていた。
　あの男が、こんなテクニックを教えられるとも思えない。毎日のようにする夫婦生活から身につけたに違いないのだ。
『これが人妻の味ってやつか…』
　うっかりすると、大きくなってしまいそうな舌遣いだ。
「そんなんじゃ、何時間かかっても旦那のところに戻れねーぞ。それとも、どっかに泊まってくか」
　余裕の表情で、嘲笑うかのように、かがみ込んで奈緒の胸を弄び始める。
「ふぐ、やめ、ぐ」
　やめてと言いかけた奈緒の顔が押さえつけられ、再び口の奥に押し込まれた。
「うるせぇ、お触りもダメなんて聞いてねーぞ。ぎゃあぎゃあいうなら、こっちにぶち込んだ方が早いんだぜ」
「あぐ」
　オンナの部分に無遠慮な指が差し込まれたのだ。
『痛い』
　濡れてもいないのだ。いや、躰の痛み以上に、嫌悪の気持ちが奈緒の心に痛烈に突き刺さる。
「清田のお好みは、くわえるだけかよ。あいつはカタイからなあ。本当のフェラなんて教え込めなかったんだろうよ」
「お願い、夫のことは言わないで」
「ははん、まあ、いい。じき、ぶち込んで欲しくなるからな。それより、ちゃんと、やれ。こんな手抜きをするなら、今すぐ、こっちに」
「ぐっ」
　指が、中をかき回した。痛みが走る。痛みと言うより、獣にいじりまわされる気持ち悪さか。
「ぶち込むぞ」
　奈緒は戦慄せざるを得ない。この男がやるといったら、奈緒のあらゆる抵抗を無視して入れてくるに決まっていた。
『しょうがないの…』
　思い切るしかないのだ。
　覚悟を決めた。
　左手で支えながら右手を下に滑り込ませ、そのたおやかな指先で袋をくすぐるように撫であげ、左手の指先をスルスルと根本で巧みに動かす。
　舌先だけが、チロチロと亀頭の回りで舐め取るように動く。
「やっと、やる気になったか…　そうだ、なかなか良いぞ」
　かつて自分の教えたとおりに動き始めたことに、満足した。
「ほら、視線はどうするんだ」
　夢中で舐めていた奈緒は、ハッとなった。
『目を見つめながら淫らな表情をしろ』
　そう、仕込まれていたのだ。
「よしよし。なかなかいい目をしてきたじゃねぇか」
　男の含み笑いは、何に向けられているのか。
　すでに奈緒の目は、怒りも脅えも消え、いつのまにかオトコへの自然な媚びが浮かぶ、濡れたような瞳になっていた。
　ジュボ、ジュボ、ジュボ。
　奥まで頬をくぼませながら飲み込んでは、吸い込むように、先端まで唇を滑らせる。
　カリに引っかかる一瞬だけ、やわらかい唇をすぼめて締め付ける。
　たっぷりの唾液に包まれながら反転する赤い唇が、ズルズルと再び黒い怒張を飲み込んでいく。
　男の手が、奈緒の乳房に伸びる。ほんの少しあらがっても、両手がオトコの股間に伸びている以上、無駄なことだった。
　奈緒は一心不乱にフェラを続けるしかない。ただ、早く出させたい、終わらせたい一心だった。
　白い乳房が握られ、その度に、ぐにゃりと形を変えている。日焼けした黒い手の、いやらしい手つきに、いつしか乳首が硬くなっていた。
　クリクリと指先で転がされれば、奈緒自身も否応なく気がつかされる。
『感じてなんて、ない。いじられれば、あたりまえよ。生理現象だもの』
　だから、無視するしかない。そんな奈緒に、オトコを押しつけてくる。
「どうだ、でかいだろう」
　自慢げな声を頭の上で聞いて、ほんの少しのためらいを見せた後、コクリとかすかに頷いて目を閉じる。ジュボっと奥に飲み込みながらだ。
　ぬめぬめと舌全体が、亀頭の裏側から巻き付くように動く。極上の動きだ。
　奈緒の口を占領する圧倒的なオトコに、口を目一杯広げながら、いけないと思いつつ、夫のモノよりも、ひとまわり大きい存在に圧倒されれる。
「旦那と比べてだよ」
　見抜かれた気がした。一瞬、目を見開いて、動きが止まる。
　哀願する眼差しで男の目を見る。
「どっちだ。言えねぇのかよ」
　男の目に危険な光が宿るのがわかる。奈緒はあきらめるしかない。
　再び、コクリと微かに頷く。
　たしかに、船岡のものの方が大いのだ。カリの張り出し具合も、すごい。
「ちゃんと言え」
　てらいよりも、早く出すことを選ぶべきだった。
　奈緒は、胸を揉む手から、危険な信号が送られ始めているのを感じていたのだ。
「ジュボ、はい、ジュル、ズズズ、ジュル、あなたの方が、大きいです、ジュボ」
　先端まで唇でシゴキ上げて、離れた一瞬だけ、喋って、また飲み込む。
　男はサディスティックな笑みを浮かべる。
『よし、だいぶ感じて来やがった』
　男の目には、もじもじと奈緒が両脚をこすり合わせるように動かしているのが見えたのだ。おそらく、自分でも気がつかない動きだろう。もう少しか。
　乳首を手のひらで転がすと、無駄な肉一つ無い、すっきりした背中がヒクリと震える。
「そろそろ、感じてるんじゃねーか」
　微かに、首を横に振る。
「素直じゃねーな。よーし、囓るなよ」
　そういうが早いか、片手を奈緒の腹の下に入れたかと思うと、座席が思いっきり後ろに倒されて、奈緒を逆さに抱えて男は仰向けに倒れ込んだ。
　その瞬間、躰が宙を舞った気がした。
　気がつくと、仰向けになった男の顔にまたがるような形で乗せられていた。
「あぁ！やめて！」
「どれ、どれくらいオ○ンコが熟れたか見てやろう」
「ダメ。お願い」
「なんだ、濡れてるのがばれるのが怖いのか」
「そんな」
「早く出さないと、気が変わって、ここにぶち込みたくなるかもな」
「あう、そんな、約束が」
「気が変わらないうちにサッサとするんだな。うん？なんだ」
「あう、やめて」
「へへへ、こんなに濡らしてんじゃねーか。スケベが」
「あう、だって、胸を触られれば、誰だって、あうう」
　敏感なボタンが、舌先ですくわれた。奈緒の身体に電気が走る。
「胸？パイオツだけなものか。いくら俺のテクでもな。お前がその気にならないで、こんなに濡れるかよ」
「あぁ、だめ」
「俺のデカマラをここに」
「あう！」
　舌先が入れられた。
「入れるところを想像したんだろ」
「あう、そんなこと、あう、やめて」
「お前ばかり感じて良いのか。お前が先に逝ったら、俺も安心してここにぶち込ましてもらうとしよう」
「そんなあ、あう、約束が、あん、違う」
「スケベな自分の躰を恨むんだな。人妻だから、感じて当たり前か？」
「そんなこと」
「おしゃべりは終わりだ、さてと、スケベな人妻を逝かせてやるとするか」
「きゃう！あうう！」
　強烈な舌遣いだった。
　そして、悪いことに、さっきからしゃぶり続けている怒張は、かつて奈緒に、初めてのオーガズムを教え、さんざんに黒い快感を教え込まれたものだということだった。
　濃厚にしゃぶればしゃぶるほど、奈緒に刻み込まれた、あの官能の記憶がざわざわと蘇りかけてくるのだ。　
　腰が抜けたようになって、もはや、抱え込まれた腰を逃がすことなどできそうもない。
『このままじゃ』
　望みもしない絶頂に追い上げられるのは時間の問題だ。我慢するには限度がある。
　懸命に快感に浸り込もうとする躰に、むち打って、それでも懸命にフェラを再開した。
　ジュボ、ジュボという音と猫がミルクを飲む音だけが、ぴちゃぴちゃと交錯し、その合間に、くぐもった奈緒の婬声が漏れ響く。　
『ダメ、このままでは、もう、逝っちゃう』
　我慢ができそうにない。
　いや、もはや、積極的に快楽に身を委ねたくなっていた奈緒だった。
『ダメ、あなた、奈緒を助けて』
　苦し紛れに、ふと車のフロントガラスに目をやった。
「！」
　あまりの驚きに、快楽すら、どこかへ吹っ飛んでしまった。
『健ちゃん、あ、あっちゃん…　いやあ、見ないで』
　頭半分だけが、恐る恐るといった風情でのぞき込んでいるが、間違いなかった。
　建太と、マネージャー。
　普段「あっちゃん」と皆に呼ばれる篤美だった。
　とっさに、顔を下げ、覗いているのを知られたと悟られないようにするしかない。
　さすがに、その瞬間、奈緒の動きが凍った。
　それを、男は奈緒が逝きかけていると誤解して、舌遣いを強くしてくる。もちろん、奈緒は感じるどころではない。
『どうしよう、ああ、でも、それを知られたらダメ、あの子達にも』
　冷酷なこの男のことだ。口封じのために何をするかわからない。
　とにかく、この状況を一刻も早く終わらせることだ。
　さっき逝きかけた躰も、今なら動く。快感が遠のいてくれた。
　男は油断していた。間もなく奈緒が逝くことを確信して、逝った直後の奈緒に飲ませて、二回戦をと、コントロールを外していたのだ。
『う、ぐ、いかん、こんなはずでは』
　だから、急に激しく舌と唇で締め付けられた時は、断末魔の動きだと思ったのだ。
　しまったと思った時には遅かった。
　やわやわとした舌に、シゴキ取られるようにして、喉の奥にビュビュッと一撃を放っっていた。
　オトコの射精を受け止めて、ゆっくりとした動きに変わり、舌がしごき上げるように、ヌメヌメと根本から舐めあげてくる。ねっとりした動きだ。
　ドクドクと湧き出すような射精が続く。
『まあ、お楽しみはこれからだ。それにしても、こんな上手かったのか。やっぱ、人妻は味が出るな』
　最後のひとしずくまで、しごき上げながら、舌先が、先端を掃き取るように動く。一滴も残さない舌遣いだ。
　コクリと飲み下す白い頤を見ながら、たっぷりと射精を楽しんでいた。
　　
「ね、すごいね、コーチ」
　篤美が、微かに震えた声で囁く。健太に話しかけているのか、独り言なのか。
　ショートヘアのジャージ姿は、後ろから見ると華奢な男の子といった感じだ。
「うん」
　二人は、奈緒の自転車がサッカーグラウンドに置いてあるのを見かけたのだ。
　こんなところでどうして、と付近を見渡したら、この車に行き当たった。
『まさか、こんな。コーチが』
　あこがれのコーチの口で射精した快感を思い出しながら、健太はぶるっと震えた。
「あれ？　ね、なんか、ほら、なんか、ヘン」
　目の前で、見たくもない脚を広げた男の太股が、ヒクヒクと動いていた。覆い被さるコーチの頭の動きが、急にゆっくりになる。
「出してるんだよ」
「出してるって」
　コーチがゆっくりと顔を動かしながら、わずかに首をコクリと振ったように見えた。
『飲んだ…』
　自分の出したものをコーチがコクリと飲んでくれた感動を思い出していた。
　その瞬間、なんであれ、男が許せない気がした。
　建太の胸に熱いものがつかえた気がする。
「ね、何が」
　クリッとした目を見開いて、細い顎を傾けて、尋ねる顔は、本人は意識していないが、ひどくコケティッシュな、未成熟の色気がある。もちろん、建太はそれどころではない。
「わかってるだろ」
「わかんないわよ」
「ちょっと、待って、ヤバイ」
　グッと健太が篤美の肩を押し下げる。とっさに覆い被さる動きだ。
「何よ、どうしたの健太。あ、私のこと、襲おうと思った？」
　テヘっと健太の躰の下で笑う篤美に、健太が困惑する。
　押し下げた肩が、ひどく柔らかいことに気がついたのだ。甘酸っぱい良い匂いがした。
「ちげーよ。今、男が出したから、終わりってこと」
　ドキドキする自分がいる。だから、わざとぶっきらぼうな答え方になる
「何よ、ちっともわかんないわ。もっと、ちゃんと説明しなさいよ」
「とにかく、これ以上いたら見つかっちゃうから」
「そうなんだ」
『え！あれ？それって…』
　篤美は納得したわけではないが、健太の目に涙が浮かんでいるのを見て、話題を変えるしかない。
「ともかくさ、いったん、うちに来ない？だって、まだ信じられないもの。コーチの不倫なんて」
　健太がすっと、身体を離して、走り去ろうとした。それでも車の中から見えないように身体をすくめるのを忘れない。
「ちょ、ちょっと、ね、健太ぁ」
　あわてて追いながら、あの涙をどうしようかと、篤美は考えていた。