1　オカルトサイトの女

「現代のヴァンパイア？」
　という大きな文字が、彼女が開いているウェブサイトには書かれていた。
　いかにもオカルト愛好家が作りそうなおどろおどろしいデザインの、いかがわしい雰囲気が漂うページ。一部のオカルトマニアの間ではかなり有名なページで、実際に足を運んで取材したり、多くの投稿があったりして、情報量は充実している。そのサイトの中でも彼女が見ていたのは最近とくに更新が頻繁なページだ。
　大きな文字の見出しの下には、「21世紀日本に生息する魔女」「周辺の男たちの相次ぐ謎の死」「老けることを知らぬ美貌の下に隠された魔性」などの言葉とともにある女性の周辺で起ったいくつかの不可解な出来事が述べられている。そしていかにも隠し撮りという感じの画像。。。
　そこに写っている女性は、おどろおどろしい説明とは好対照に美しい容貌をしていた。その画像には、プライバシー配慮のためか目線が入れられているけれども、その女性の美しさはまったく覆い隠されてなかった。背は女性にしてはちょっと高いくらい、シルエットは細く柔らかで、背中まで流れている漆黒のまっすぐな髪、真っ白な肌に活き活きとした小さな唇、すっと通った鼻筋・・・
「ふう。。。」
　大きく疲れたようにためいきをつく。そこに書かれている人物、そこに写されている人物は、今そのサイトを閲覧している彼女自身のことだったからだ。
　当事者である彼女は、そこに書かれていることの多くが事実であると知っているが、しかし他の多くの人からみれば、そこに書かれていることはオカルト愛好家の誇大過ぎる妄想としか思えないだろう。
「しかし、、、」
　彼女はブラウザの窓を閉じ、パソコンの前から離れた。
　ベッドの上に身を投げだし、天井を見ながら一人ぼんやりと考える。
（もう限界みたいね、身元と住処を変えなければ・・・）
　昔はインターネットなんてものがなかったので、ひっそり暮すのも楽だった。彼女が日本に移り住んできたのはもう80年近く前になるが、そのころは当然、そんなものはなかった。
　昔は気楽だった。正体を隠すことなく徒党を組んで好き勝手に血を吸い、人間たちを奴隷にしていた。しかしそういう時代も長くは続かず、吸血鬼狩りにあった。それ以降、仲間たちはバラバラに息を潜めて生活している、はずだ。
　何百年前のことだろう？
（もっと情報網がお粗末な国に行こう。でも、その前に伴侶を見つけなければ。）
　彼ら、彼女らにとって吸血行為というのは栄養摂取ではなく、性行為である。生殖が伴わない性行為である。しかしその代わり、その行為の相手が同族でない場合、同族にすることもできる。そういう意味では一種の生殖とも言えないこともない。
　食事代わりではないのだから、血を吸わなければ生きていけないということはない。ある程度はガマンもできる。だが、ガマンするにも限度がある。
　性行為である以上、互いに信頼しあえるステディな相手を得て、互いに欲求を満たしあうのが理想だ。実際、そういう伴侶さえいれば、定期的に居場所を変えている限り世間にバレる危険性は少ない。
　彼女にもかつてはそういう相手がいた。。。
（理想的なカレだったんだけどなぁ。。。）
　思いやりがあって、セックスがうまくて。だが、突然、交通事故で死んでしまった。彼・彼女たちは老いることがなく寿命というものは無いが、しかし別に不死身というわけでもない。
　激しい雨の夜、事故にあい、血だらけで帰って来た彼の姿をまざまざと今でも思い出す。病院に運び込まれるわけにはいかなかった。彼は彼女の腕の中で息絶えた。
　とりとめのない考え事が昔の彼のところにまで至って、彼女は諦めて体を起した。
「はぁぁ」
　また、大きな溜め息をつく。イライラするし、ムズムズもする。こんな気分じゃ眠れるはずはない。

　-- -- -- -- --　-- -- -- -- --　-- -- -- -- --

　彼女は大輔の運転する車の助手席にいた。突然、久しぶりの、しかも夜も遅くなってからの連絡に、明らかに彼の反応は不機嫌そうだった。しかし、実際とった行動は、すぐに車をとばして彼女を迎えに来るというものだった。
「なあ、どうしてケータイの番号、教えてくれないんだよ？」
　彼女は、運転している彼の横顔をじっと見る。
「なあ、真紀、オレの顔見てないで、教えてくれよ。会いたくても連絡できなかったじゃないか。」
「うん、わかった。大輔、運転中だから、後でね。」
　真紀は、今度移り住むのは携帯電話の普及もずっと遅れそうなところにしようと思う。インターネットもそうだけれども、あまりに便利すぎる道具に囲まれているのは、彼女のような存在にはかえって不便だ。
　二人は何も言葉を交わさなかったが、当然のように男は郊外のホテル街へと車を走らせていている。彼はまた黙って車を走らせ、彼女はじっと彼を見ている。
　彼女はじっと見ていると相手の情緒が伝わってくる。直感的に相手の感情状態がわかってしまう。その感情の移り変わりや前後の言動を合わせれば、ほとんどすべて相手の考えていることが分かってしまう。
　どうやら彼は、前日、他の女と寝たようだ。どうせなら溜まっているときに連絡してくればいいのに、とでも考えているのか。
　全体的に見れば大輔は悪い人間ではない。でも、これから何百年もともに生きる伴侶とするには大事なものが欠けている。彼を同族にするわけにはいかない。
　でも、殺してしまうのは気が咎める・・・

　車はホテルについた、二人は部屋に入る。

　入口のドアをしめると、大輔はすぐ真紀にキスをしてきた。
「明日は休みだろ？」
　彼の言いたいことはわかっている。わざと返事をはぐらかせる。
「ゴメンね、今まで忙しくて連絡取れなくて」
「いいんだ、今夜はゆっくりできるんだろ？たっぷり楽しませてやるよ。」
　と言って、またキスをし、今度は舌を入れてきた。昨日、別の女とした割にはがっついている。
「わたしを楽しませてくれるって、ステキな歌でも歌ってくれるの？」
　彼女は（やっと！）靴を脱ぎ、部屋の奥へと歩きだした。彼も慌てて靴を脱ぎ、彼女についていく。
　彼女の始めての相手はとても歌が上手だった。いつも窓の下からリュラで甘い愛の歌を歌ってくれた。深い信仰と強い愛とをあわせ持つ何ごとにも真剣な騎士だった。中流騎士の三男坊で財産には無縁だったが、剣の腕も詩作の才も容貌も申し分なかった。
「おっ！オレのカラオケ聴きたい？」
　ふと回想から現実に引き戻される。
　苦笑して振り向き、付いてきた彼に目を向けると、餌を待つ飼犬のようにさえ見えた。
「ん〜ん。楽しいことより、気持ちいいことがいいな。」
　あやしい笑みをうかべて、目の前のワンちゃんに餌をかざしてみる。
「えへへ、がんばらなくっちゃなぁ。」
　尻尾を振っているのが見えるようだ。
　どうやら彼は「本命には真紀を」と思っているようだ。セックスには積極的な彼女をベッドの中でできるだけ喜ばせて、彼女の気を引こうということらしい。
「風呂にお湯入れてくるわ。ビールか何か、出してて・・・」
　そう言って彼女はバスルームに向かう。
（相手の心の中なんてわからなかったらいいのに・・・）
　こんな思いをするくらいなら、いっそのこと騙されてしまう方が幸せなんじゃないだろうか？
　彼女は暗い思いでバスタブに栓をし、お湯を出し始める。
（彼とセックスだけして、血を吸わないでおけば、、、）
　そんなこと無理だというのはもう十分すぎるほどわかっている。快感が高まればエクスタシーが自然に生じるのと同じように、それは自然と生じるのであって自分の意志で起こす行動ではない。
　彼女は流れるお湯に手を当て、温度を調節する。
　それに、もう数回、血を吸っているのだ。遅かれ早かれ、一ヶ月後か半年後かはまだわからないが、彼は死ぬだろう。ただ、はっきりしているのは、もう一度、彼の血を吸えば、彼は24時間以内に死んでしまうということである。
　彼を同族にしない限り・・・
　部屋に戻ると、彼女の姿を見て彼がグラスにビールを注ぎ始めた。テレビからはアダルトビデオが流れている。
　セックスは、しなくても死ぬわけではないが、だからといってずっと我慢しているのは難しい。
（ゴメンね、大輔。）
　彼女は心を決めた。
「ダイスケ、ビール飲もっか」

　ビールを飲みながらつまらないアダルトビデオを観ていると、大輔が焦れているのが伝わってくる。ただこの段階で焦ったあげく機嫌をそこねて、せっかくの機会を台無しにしたりしない程度の慎重さは持ち合わせているようだ。
「ちょっと、お手洗いに行ってくるね」
　きっかけを与えてやった。案の定、用をすませ洗面所のドアを開けると、そこに大輔は立っていた。
　わたしの腰に手を回し、ぐっと抱き寄せる。
「愛してるよ」
　彼にとってそのセリフを吐くのは、キスしたり愛撫したりするのと同じく、セックス前の単なる前戯にすぎない。
　まずソフトに唇をあわせておいて、そしてその後に舌を入れ情熱的なキスをしてくる。
　わたしが舌をからめ返すと、抱きしめている腕に力がこもり、キスが激しくなる。
　彼はキスをしたまま少し体を離し、両手をわたしの体の前へと移動させてきた。そして指先でブラウスの上から胸の頂上をさっとなでる。
「ん・・・」
　口をふさがれているから声にはならないが、わたしはあからさまな反応を見せてしまう。ずっと我慢していたから体がいつも以上に反応してしまう。
　そのまま彼はブラウスのボタンをはずしてゆき、ついにはわたしの前をはだけさせてしまう。そしてまた、今度はブラの上から胸をさわってくる。
「・・・」
　今度は、自分の反応を予想できたので、彼が胸をさわる感触を楽しみ余裕があった。
　わたしのうっとりした表情に得意になった大輔は、素肌の上をスッと手を滑らしながらみぞおちあたりから背中へと持っていく。そして手際よく背中のホックをはずした。
　ここでやっと二人の唇が離れる。
「やだ、ベッドに行こうよ」
　大輔はそれには返事をせず、わたしを壁に押しつけた。そして左手でブラを持ちあげて、わたしの胸に顔を埋め、右手はスカートを脱がせにかかった。
「真紀、きれいなオッパイだよ」
　大輔は胸にキスをしたり眺めたりを繰り返しながらそう言った。巨乳好きの大輔のために、いつもはＤのカップをここ数ヶ月はＦにまでアップしていた。
　スカートがストンと床に落ちる。ストッキングはさっきお湯を入れにバスルームに入るときに脱いでおいた。
　前からパンティの中に大輔の手が侵入してくる。
　草むらの丘を通り過ぎ、切り立った深い渓谷にまで到達すると、谷底の沼からあふれ出たぬかるみが谷全体を満たしてしまっていた。大輔の中指がいっきに谷底まで沈んでしまう。
「あ、、、真紀のオマンコ、びしょぬれ」
　下品な言葉に一瞬気持ちが萎えそうになるのをぐっと堪えた。
　おそらく彼は羞恥心を煽るためにわざとこんな表現を選んだのだろう。しかし、あまりにセンスが無い。今一つ、わたしが彼を好きになれなかったのは、こういう言語センスがあまりになさすぎたからだろうか？愛撫のセンスは結構いいのに。
　彼は、手を入れかえ、前からの侵入は左手に任せて、右手をわたしの背後に回した。そしてパンティをはんぶん下げるようにして後ろから右手を侵入させてきた。
　まだぬかるんでいない後ろの門を一撫でし、敏感な境界線を渡り、ぬかるみの源を通り過ぎて、ついに硬くしこった盛り土のところで、右手の中指は左手の中指と合流した。
「ああ、それ、ダメ、、、」
　わたしは、クリは後ろから手を伸ばして触られる方が好きだった。なぜだかわからないけれども、数倍、こっちの方が気持ちいい。
「ああ、ああ、ああ、、、」
　指で触られているだけなのに一気に高まってしまう。
　両手の中指はクリを、ときには挟み撃ちに、ときには交互に、左右に、前後に、いたぶりつづける。
「だめぇ、きもちよすぎるよぉ、いっちゃうってばぁ。」
「逝かせてあげる」
　わたしが限界に近いと知ると彼は左手をパンティの中から抜き、お尻に回して掴みギュッとひきよせられた。
　右手はわたしの高まりにあわせて微妙に加えられる刺激が強くなっていく。
「あ、あ、ああ、もうダメ。気持ちいいい。。。」
　ギュッと彼に掴まる。彼の上半身が引き寄せられ、わたしのすぐ目の前に首筋が来る。
　快楽の高まりとともに歯がムズムズとしだす。
　まぶたの奥で光が走った、頭が一瞬クラっとする、お尻とあそこの筋肉がキューッとなっているのがわかる。
　あっという間に尖ってしまった歯をわたしは彼の首筋に、ゆっくりやさしく沈めていった。

　大輔はベッドで、満足げな表情を浮かべ、全裸のまま寝ている。
　今日はずっと、そう、指で逝かされたあとはずっと、私の大好きな騎乗位で楽しんだ。大輔としては最後くらいは自分が上になって逝きたかったみたいだけれども、そのまま押さえつけて二人一緒に逝ってしまった。
「ふふふ・・・」
（ありがとう、大輔くん。そしてゴメンね、大輔くん。巨乳好きの大輔くん、さようなら・・・）
　彼は目が覚めれば、一人帰ったわたしに腹を立てながら、車で帰路につくだろう。そしてその途中、ハンドルを切りそこない事故を起こすことになっている。原因不明の病気が死因というのが多過ぎるのはマズイからだ。
「ふう」
　身仕度をすませホテルを出た。
「もうすぐ引っ越す若い女性を見つけて、新しい名前を手に入れなきゃ。」
“柴田真紀”という今の名前にも愛着が湧いていたが。
　ひとり夜の闇に潜り込むと、いいようもない安心感が湧いてきた。