5　ヴァンパイアの悲しみ

　二人はそれから、ベッドのところまで移動した。
　ベッドサイドに立って彼女の服を脱がせながら、唇にキスをしたり、首筋や肩にキスをしたりした。
　特に首筋にキスをするときはやはり歯がムズムズという感じになり、麻衣子が、血を吸わずにセックスをするのはとても難しいと言っていたのを思い出した。
「小椋くん・・・誘うまではオクテなのに、キスは上手なのね。」
　えりかはうっとりしている。
　ボクは裸にしたえりかを、親指のはらで乳首を転がしたり、背中に手を回してそっと撫で上げたりして、愛撫しながらキスを続けた。
「こういうときに何だけど、はじめる前に訊いておかなくちゃって思って...」
「なに？」
「週末の夜だけど、吉本は訪ねてこないの？」
　婚約者の名前を出されて、急に彼女の心の中に罪悪感が増幅した。と同時にかるい怒りや不安も広がる。
「先週、小椋くんのことで大げんかしちゃったの。わたしが小椋くんのこと好きだったってことも、小椋くんがわたしのこと思ってくれているってことも知ってたのに黙っていたし。」
　悲しそうな表情でえりかはさらに続けた。
「それを小椋くんにだけ打ち明けて、その次の日から小椋くん無断欠勤し始めたってことも聞いて、わたし大爆発しちゃった。」
　彼女からなんとも言えないような、締めつけられるような感触が伝わってくる。ボクのせいで・・・
　ボクはゆっくりと長いキスをして、それからベッドにゆっくりと押し倒した。
「小椋くん・・・」
　今夜、彼女は何度ボクの名を呼んだだろう。
　あお向けになった彼女にもう一度ゆっくり口づけし、彼女の唇からあご、首筋、首のつけ根へとキスする先を下ろして行く。
　彼女はくびのつけ根が敏感らしい。胸や乳首を手でもてあそびながら、首筋にソフトなキスを続けると、ジタバタと暴れながら息を荒げ、声がでそうになるのを我慢している。
「ダメ、そこ弱いの」
「言われなくても反応見ればわかるよ」
　にっこりと笑いかけてそう言うと、恥ずかしげにむこうを向いてしまった。
　キスする先を、肩を経由して胸にまでおろしてゆく。乳首を口に含んで、手は茂みの向こう側へとさらに降りてゆく。
　大洪水だった。
「うれしい、こんなに欲しがってくれてるんだ」
「やだ、そんなこと言わないで。それより、もう、いいよ。」
「もういいって、入れていいってこと？」
　コクリとうなずく。
「うれしいけど、入れる前に、ここにもちょっとキスしてあげる。」
　ボクは下半身に顔を持って行く。

「あ、ダメ...」
　彼女はマジで恥ずかしがっているみたいだった。でもそれを無視して彼女の脚を開く。
　ドキドキという音が聞こえてきそうなほど彼女から恥ずかしいという感情が伝わってくる。そしてその羞恥心の大波の間に期待感という小さめの波も確かに混ざっている。
「いやぁ〜ん、電灯、消しておけばよかった・・・」
　まだ軽く抵抗してみせながらそういうことも言う。
　ボクは彼女の秘めやかな箇所に、やさしく口づけをした。そして、彼女のとくに感じやすいところと、ちょうど感じる強さを探すために、舌と唇を動かし始めた。
　一度目の絶頂までは数分かかってしまったが、ある程度、彼女の感じるポイントがわかってくるとほとんど立て続けのようにして彼女は絶頂に達した。
　逝き始めると多少強めの刺激を好むようになる。中指と薬指を中に潜らせて、指の腹でＧスポットを指圧しながら、唇でクリトリスを強く吸い上げる。キュッとしこったクリを舌先で上下左右となぶるように愛撫する。
「ダメ、もうダメ、、、ホントにダメ、、、」
　唇での愛撫をいったんとめ顔を上げると、彼女が泣きそうな顔でこっちを見ていた。
「このままじゃヘンになっちゃう。もう、ちょうだい。」
　ヘンになっちゃうっていうのはちょっとおおげさすぎる気がするが、どうやらこれほど愛撫されたのは初めてだったみたいで、かなり動揺している。
「小椋くんたら、わたしがどこが感じやすいか、まるで、はじめっから全部知っているみたい。」
「こんなのはじめて？」
「もう、経験豊富なんて裏切られた気分」
「そんなに豊富じゃないよ。」
　ボクはにっこりと微笑んでみせて、ゆっくり彼女の中に割って入った。

「あああ、、、」
　彼女が小さく、吐息ともつかないような声をもらす。
　渇望感が満たされるときの悦びが、結合部を通じてどっとボクの方へと流れてくる。
（えりか、すごく感じてる・・・）
　ボクはそのまま正常位をとり、つながったままえりかの唇にキスをした。
　その長いキスの後、つながった部分を動かすために、上半身を少し浮かす。えりかと目が合う。
（えりか・・・）
　その瞬間、どっと幸福感が流れ込んでくる。セックス中につながったまた目を合わせるのは危険なほどに気持ちが伝わってきてしまう。
「えりか、愛してる」
　思わず口にしてしまう。その瞬間、えりかの感情が増幅してフィードバックされてくる。
「小椋くん、、、」
　充溢感と切なさ、悲しみ、いろいろな感情が一気に押し寄せてきて、気が変になりそうだ。ボクは慌てて腰を動かし始める。
「ああ、、、きもちいい、、、」
　じーんと痺れるような快感（と、そしてなんとも言えない安心感のような感情）とに、今までの複雑な気持ちが切り替わる。
（ごめんね、ボクのせいで辛い思いさせて・・・）
「すごく、きもちいいよ、、、」
「うん、オレもすごくきもちいい」
　麻衣子がヴァンパイヤになるともっとセックスが好きになってしまうと言っていたのを思い出した。
　ボクが「淫乱になるってこと？」って訊いたら、「逆よ、愛のあるセックスがとんでもなく気持ちよくなって、だれかれ構わずって気分じゃなくなっちゃうの」って言っていた。
（こういうことか・・・）
　麻衣子のことを思い出してボクはチクチクと良心が痛んだ。

「あのね、ずっと小椋くんとこういう風になりたかったんだ。」
　えりかが恥ずかしそうに言った。
　ボクはえりかを抱き起こし、座位になって、出し入れを続ける。
「どういうこと？」
　ボクが訊ねても、それ以上は喋らない。
　背中の向こうでベッドに両手をつき、うしろへ斜めになってボクを受け入れている小柄なえりかの裸体をうっとりと眺めた。
　確かに麻衣子のように完璧なプロポーションって感じではないが、でも、とても魅力的だと思う。
「オレとこういうふうになるの想像して自分で慰めてたってこと？」
　びくっと彼女が反応する。図星だったみたいだ。
　ボクはあえて露骨な言い方で言い直してみる。
「えりか、オレとこういう風にセックスする姿を想像して、こっそりオナニーしてたんだ」
「やだぁ、もうバカ！」
　すねたように唇をとがらせるが、伝わってくる感情はなぜかうれしそうな感じだった。
　ボクはなんだかどうしょうもなく切なく感じていた。

　最後は正常位で終わろうと出し入れをいったん止めた。
　えりかを抱きかかえて体勢を変えていると...
「ねえ、小椋くん、、、ずっと一緒にいれないかな。やっぱり、あの婚約は・・・」
　その先は言わなくてもわかる。ボクはえりかの言葉を遮った。
「ダメだよ、というか、無理だよ。ボクはもうここには居られないんだ。」
「じゃ、わたしも一緒に・・・」
　ボクは黙って首を振り・・・
「今日はボクの一生の思い出だよ、ありがとう。本当に、好きだったんだ。」
「わたしだって・・・」
　えりかの目からポロポロと大粒の涙が流れだす。悲しみっていう言葉で表現するには複雑すぎる悲しみの感情が彼女から津波のように押し寄せてくる。
　悲しみを快感で上書きしようとボクは慌てて腰をまた動かし始めた。
「どうして・・・もっと早く・・・」
（ゴメン、えりかちゃん、ゴメン、本当に好きだったんだ。ゴメン、どうしょうもなく情けないボクで・・・）
　やっとまた感じ始めてくれたえりかのほほに、そっとほおずりをする。
（吉本に幸せにしてもらうんだよ。かわいい子どもを生んで、一生、幸せに暮すんだよ。）
　ボク自身のボルテージもかなり上がってきている。もう人間でなくなってしまったから中で出しても妊娠させてしまう心配もない。
「オレ、子どもを作れない体なんだ。だから、中で出すけど、いいだろ？」
　えりかは目にかすかな驚きの色を浮かべ、でもすぐにコクリとうなずいた。
　ラストスパートで一気に出し入れの速度をあげる。それに応じてえりかも絶頂へとどんどんと上りつめてゆく。
「あ、あ、あ、、、小椋くん、、、愛してる」
　入口がキュッキュッとしまり、中がグルンという感じで大きな反応をする。
「えりか、愛してるよ・・・」
　まずえりかが絶頂に達し、すぐにボクもその後を追った。
「あああ・・・」
　彼女の快感がどっと流れ込んでくる。ボクの絶頂感とぶつかって頭の中で渦巻を起し、目の前が真っ白になった。
「ううう・・・」
　ボクはえりかの首筋に深々と牙を沈めていた。

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　相手の直前に起った出来事の記憶を消すという作業を始めてボクは経験した。
　えりかは情事の後、「離れ離れになりたくない」と、いつまでもダダをこねていた。
　だからボクは帰らずに、彼女を腕に抱いて寝た。いや、正確には彼女が深い眠りに落ちるまでまんじりともできずに、どうすればいいのかと思い悩んでいた。

　このままでは、遅かれ早かれ彼女は原因不明の病気という形で死ぬことになる。しかし、彼女をヴァンパイヤにするということは、ある意味、彼女を人間でなくすことだから、殺すことに等しいのではないか？
　それにヴァンパイヤとなった彼女を一人で日本に置いて行けるわけもない。でもボクらと一緒に行ける訳もない。
　愛する人を、愛し合う行為のゆえに、死に致らしめる・・・麻衣子の深い悲しみの表情が、その表情のわけが、今さらながらにわかった気がした。

　結局、ボクはえりかが眠りに落ちるとベッドを抜けだして、一人自宅へと帰って来た。
　そして「読者の皆さまへ」から始まるこの文章を、一気に書き上げた。
　いつの間にかとっくに夜が明けている。

　今日は麻衣子が訊ねてくることになっている。もうそろそろ来るはずだ。
　もしかしたら、彼女が来るまでにこの文章を書きあげることができないのではないかと心配していたけれども、何とか間に合ったようだ。

　彼女への裏切りを彼女に隠しておくことなど、明らかに不可能だ。彼女とは別の女と寝たこと、浅はかにも寝て血を吸ってしまったこと、そしてそのすべてを文章にして公開してしまったこと。
　彼女はボクを決して許せないだろう。もし許せたとしても、ボクがボクを許せない。もうすぐえりかはボクのせいで死ぬのにボクだけが麻衣子と幸せに暮らすことなど許されていいはずがない。
　いずれにせよ、どちらにしたって、、、麻衣子の手にかかって死ぬにしても、自ら命を断つにしても、麻衣子をまた深く悲しませることには違いはないということがさらにボクの気持ちを暗くさせた。

　なぜボクはこのことを、フィクションのふりをしていたとはいえ、公開しようと思ったのだろうか？
　一度はフィクションだとしていたのを、どうして（信じてくれる人がいるかどうかはともかく）実録だと告白したのだろう？
　たぶん、、、自分のことなのに「たぶん」と付けるのは奇妙に感じるけど、、、ボクはこういう情けないつまらない存在だけれども、そんなボクでも確かに存在していたのだと誰かに知って欲しかったのだと思う。

　本当に最後まで書き上げることができて良かった。
　皆さん、最後まで読んでくれてありがとう。そして、さようなら。