３．売られた

　里美にかかわっていた男達がひとりふたりと麻子と美希のほうに移動してくる。
　麻子は、３人の男のものが口のまわりにこびりつき、スカートにはいくつものしみができている。
　美希もまた上下左右に４人の男を相手にしていた。
「出すぞ」
　男の声にカメラが寄る。
　男が離れ、美希のお腹に出すと、もうひとりがすぐに美希の顔にかける。
　カメラが美希の顔に寄ると、もう別の男が美希の足を抱えて侵入してきた。
「やっぱ、でぶよりこっちがいいわ」
　何人にも犯されて、つらくないわけではないが、もしかしたら、犯されない里美よりましかもしれない。
　美希の気持ちは複雑だった。
　５台のカメラは、壁の向こう、里美の口に１台、壁のこっちは、麻子に２台、美希に２台。
　里美のお尻には、バイブとホワイトボードマーカーがつきささったきり、もうだれも見向きもしない。

「だすぞ」
　最後の男が美希の顔に放出すると男達はひとりふたりと部屋を出て行った。
　麻子の髪は乱れ、鼻の先と下唇に白いものがこびりついている。
　里美は、穴から引き出されたが、うつ伏したまま動かない。

「ごくろうさん」
　太った男が、美希たちにバスタオルをかけて回った。
「もう、撮影は終わったから・・・シャワー浴びて帰っていいよ」
　男は、なんとも場違いな陽気な声で話す。
「撮影？・・・・」
　麻子が体を持ち上げた。
「ああ、撮影だ。帰りにギャラ渡すから・・・」
「ギャラって・・・・どういうこと？」
「ギャラって・・・出演料だよ」
　男は、不思議そうに麻子に答える。
「いや、そうじゃなくて・・・うちらが出演したってこと？」
「そりゃ、そうだろ。・・・・って知らなかったのか？」
「そんな話、聞いてねぇよ」
「聞いてねぇって・・・おいおい、俺たちゃ、ただそう言われて撮っただけだ。文句は、他に言ってくれ」
「どうした？」
　今までどこに行ってたのか、髭の男が入ってきた。
「いやぁ、撮影は終わったんだけど、こいつら、撮影なんて聞いてねぇって・・・」
「聞いてねぇ？・・・・優美に聞いてないのか？」
　麻子は首を振った。
「何も？」
　男は、驚いたような表情で聞き返す。
「何も・・・・。・・・・・って、優美はどこにいるの？」
「優美？・・・・優美は、今頃は、男と一緒に○○のライブ見てんじゃないか？」
「ライブ？・・・・って、それどういうこと？なんで○○のライブに行けるのさ。チケット取れなかったのに」
「チケットは、俺が渡した」
「おじさんが？なんで？」
「なんでって・・・・お前、本当に何も聞いてないんだなぁ」
　男は、あきれたように言う。
「どういうこと？」
　麻子の表情が険しくなった。
「優美が、チケットがほしいって言うから・・・、女子高生をレイプするビデオ撮るから、だれか人を連れて来いと言ったわけだ」
「それがうちらってこと」
「そうだ」
「うちら、○○のライブのチケットのために・・・・・」
「いや、ギャラは払うよ」
「そんなこと言ってんじゃねぇよ」
　部屋の奥、それは里美の声だった。
　まるで死んだようにうつ伏したまま動かなかった里美がようやく起き上がった。
「里美、うちら、優美に売られたみたいよ」
　麻子は里美をじっと見つめる。
　どこか遠くに行きかけていた里美の心が、かろうじてとどまったように思えた。

４．もう１本

「まぁ、とにかくそういうことだ。ギャラは受け取ってくれ」
　男は、封筒に入った現金を配って、書類にサインをさせた。
　サインがあったところで、どちらにしても高校生だ。法に触れるのは間違いないのだが、麻子たちの怒りは、別の方向に向かっていた。

「何見てんだよ」
　麻子が、ずっと横に突っ立ている美希を怒鳴った。
「可笑しいか？」
「ううん。違うの、これ」
　美希は、お金の入った封筒を麻子に突き出した。
「なんだよ」
「わたしの分」
「わかってるよ。だから、なんだよ」
「いつも取るじゃない。わたしからお金を取るじゃない。・・・はい」
　美希は泣きながら、封筒を麻子に押し付けた。
「ごめん・・・・そうだったな」
　麻子は、突き出された封筒をゆっくりと美希のほうに戻した。
「ごめん、美希、これはあんたのだから。とっときな。悪かったね、怒鳴って・・・」
　麻子の目からも涙が伝った。

「そこにシャワールームがあるから体洗って・・・。それから、麻子、その格好じゃ帰れなぇな。安もんで申し訳ないが、替えの服もあるから、着替えて帰ってくれ」
　そう言うと、男は、わざわざ里美の横に言って、里美にだけ聞こえるように耳元で話した。
「里美、悪かったな。おめぇ、ぽっちゃりしてるがそんなに太っちゃいねぇよ。お前の服もあるから・・・」
　男がそっと里美の肩に手を掛けると、里美の目から大粒の涙が溢れ出した。

「おじさん優美とは親しいの？」
　麻子が声を掛けた。
「優美？別に・・・・・前のやつはなんか関係があったみたいだが、俺は特にないな」
「おじさん、もう一本、ビデオ撮る予定ってないの？」
「もう一本？・・・・そりゃ・・・・撮ってもいいが・・・・」
「いいが・・・・・何？お金？」
「これ使って」
　美希が、男に向かって封筒を差し出した。
「その程度・・・・じゃぁ」
　男が困った表情を作る。
「私のも使って・・・」
　麻子も封筒を差し出す。
　里美も自分の肩に置かれた男の手に封筒を乗せた。

「わかった。そうだな、今なら、人もいるし、できるかもな。優美をここに連れてこれるか？」
「今、何時？」
　麻子が男に訊いた。
「４時だ」
「ライブは終わってる・・・」

「麻子さん、優美さんの彼氏って？」
　ずっと確認しておきたかったことを美希は訊いた。
「藤田」
　美希の思ったとおりの答えだ。
「別れたんじゃないの？」
「気づいてんだろ。訊くなよ」
「ねぇ、あの日、壁の向こう側にいたのって・・・・」
「藤田だよ」
（やっぱり・・・・西条君じゃない・・・・）
「麻子、その彼氏もいっしょに呼んでくれないか」
　男が割り込んだ。
「いいけど・・・どうやって？」
「俺の言うとおり、メール打ってくれ、いいか？」
「いいけど・・・」
「じゃぁ、歩きながらだ。あいつら止めないと・・・。帰られたら撮影できない。」
「待ってよ。この格好・・・」
「急ぐんだ。タオルでも巻いてろ」
　急いで部屋を出る男の後を、バスタオルと携帯を持って麻子が追いかけた。

　広い部屋に里美と美希が残った。
　里美は、またうつろな目に戻っている。
　あれだけ罵られれば、さすがにこたえるだろう。

　里美には、２人の男が口に出しただけだ。
　美希には、結局、７人が群がった。
　それが嬉しいわけではないが、少ない里美がうらやましいわけでもない。
　憔悴しきって横たわっている里美は哀れでもあった。
　だからといって声を掛けてやる気など美希には毛頭ない。
　自業自得だと思う。
　このまま里美の心がどこかに飛んでいってしまっても美希の知ったことではない。
　いや、むしろ、美希はそれを望んでいた。
　美希は、里美を残して、ひとりシャワールームへと向かった。