１．再現

　部屋には、男と美希の二人だけだ。
　男は、缶コーヒーを美希の前に置く。
「終わったな・・・飲むか？」
「ねぇ、おじさん」
「何だ？」
　美希は、訊きたいことがいくつかあった。
「ばれないかしら？」
「まぁ、心配ないだろう。優美には、里美らが何で怒ってるのかわからなかっただろうが、それを訊く事はないだろう。仮にばれても、俺達がやったことだと思うさ。お前が仕組んだとは、考えないだろう」
「そう・・・かしら・・・」
「そりゃ、そうだろう。いっしょに横でやられてたんだから・・・」
　美希は、つい今しがたの出来事を遠い昔のことのように思い返した。
　大勢の男達にレイプされたのに、今は、まるで現実味がない。
　あの里美があんなに憔悴していたのに、自分は平気なのだ。
（自分で、そうすると言った事だもの・・・・）
　美希は、復讐だったからだと強引に結論付けた。

「どうした・・・？」
　黙り込んだ美希に男が声をかけた。
「ううん。・・・ねぇ、おじさん、訊いていい？」
「何だ？」
「おじさん、あの日、どうして塾の前に車でいたの？」
「あの日？・・・・」
「わたしと初めて会った日」
「ああ、あの日・・・・あそこに来てくれと優美に言われたんだ」
「優美に？どうして、優美たち、わたしが塾にいることを知ってたの？」
「さぁ、それは優美に聞けよ」
　訊けるはずがない。
　男は何かを隠してる、美希はそう思った。

「誰かがわたしの居場所を教えたんだ」
　美希は、独り言のように呟く。
　そうでなければ、優美たちに自分の居場所がわかるはずがない。
　あの日、美希が塾にいることを知っていたのは・・・・・・・
　拓人だとは思いたく無い。きっと違うはずだ。
「おじさん、わたしが、紙袋を取り出すとすぐに飛んできた」
　美希は、男の反応をうかがいながら続けた。
「ナイフがあるの知ってたみたい・・・・」
　タバコに火をつけ、美希のいうことをただ黙って聞いていた男が、立ち上がってDVDを再生し始めた。

「いやーっ」
　美希は思わず叫んだ。
　それは“倉庫”で、優美に撮られた美希の映像だった。
「やめて、おじさん。見たくない・・・」
　撮られているのは知っていたが、この映像を見るのは初めてだった。

（えっ？）
　画面は、壁の穴から突き出された美希のお尻に変わった。
　美希は、壁の向こうでも撮影されていたことを知らなかった。
（どうして？・・・・壁の向こうでも誰かが撮影してた？正彰？）
　撮影していたのは正彰ではない。
　穴から突き出た美希のお尻に近寄っていく男の後姿。
　それが正彰だ。
（正彰じゃない・・・・じゃぁ・・・・・）

　男は、映像だけで、音は出さなかった。
　音が無いおかげで、美希も何とか見ることができた。
　画面は、また壁のこちら側に切り替わった。
　泣いている自分。
　穴から突き出された正彰のものを口に入れた。
　画面は、交互に壁のこちらと向こうを映し出す。
　正彰が出した。
　見たくなかった。
　泣きながら、飲み込んだ。
　ついさっきも同じことをさせられたはずなのに、そのことはもう記憶にも無い。
　自分の顔がアップになる。
　急に、画面が揺れた。
（優美の携帯がなって・・・田所が来るからって・・・）
　カメラは、壁の穴を写したまま置き去りにされていた。

　床に小さな布きれが落ちている。
　それは、脱がされた美希のショーツだ
　それにカメラが寄った。
（えっ？・・・どうして・・・？）
　画面は、床に置き去られた美希のショーツを大写しにして、右隅にＥＮＤのクレジットで終わった。

２．知ってるわ

（私のパンツ・・・・）
　次の日の朝早く、美希は、ショーツを探しに行ったが、もうそこにはなかった。
　田所が来て、逃げ出した男は一人だけだ。
　ビデオを撮ってた男は、逃げ出さなかったということになる。
　拓人しかいない。
　拓人は、あの日、“倉庫”のほうから歩いてきた。
　それに、映像研究会の部員だ。
　映像研究会の部室だから、部員なら、逃げ出す必要は無い。
　美希が、塾にいるのを拓人なら知っている。
　美希がナイフを買ったのも見てたのかもしれない。
　そして、何よりも美希を驚かせたのは、みんなが逃げ出した後の“倉庫”で美希のショーツを撮ったことだ。
（どうして？・・・・拓人・・・・）

「壁の向こうはいいんだが、こっちの映像が使えない」
　美希よりも先に男のほうが、口を開き、正彰が美希の口に出したところから、もう一度再生し始めた。
「ここにさっき撮ったのを入れる」
　何の話なのか、美希にはぴんと来ない。黙っている美希におかまいなしに男は、ひとり勝手に話を続ける。
「多くの人間は、リアルに体験できないことを映像で楽しむ。その映像もリアルじゃなきゃいけないが、マジでもいけない。わかるか？例えば、撃たれたら、リアルに死んでほしいが、実際の殺人映像が見たいわけじゃないんだ」
　わかるような気がする。
「口をあけてわざわざ見せるのは、実際に出したぞって言うことを見せるためだが、お決まりのシーンのおかげで、これは撮影のためにやってるんだぞという安心感を与えられるわけだ。お前のさっきのシーンは、残念ながらリアルさでは前のほうがいい。まぁ、前のはマジの映像だから、当然だけどな・・・。でも、最後はあれでいい。見てるやつは、ほっとするだろう」
　男が、何を言っているのか、ようやく美希にも見当がついた。
「おじさん、これを売るの？」
「そのつもりだ」
「いや・・・・やめて・・・」
　予想もしないことだった。
「話が違うわ」
　美希は、思わず大声で男に詰め寄った。
「話が違う？・・・売らないと約束した覚えはないぞ。それに、・・・・お前、あいつらを同じ目にあわせたいと言わなかったか？」
「言ったわ。わたしと同じ目にあわせたいって・・・・」

「あいつらのも売るんだよ。・・・・・同じ目にあいな。あいつらと・・・・」
「最初からそのつもりで・・・？」
「ああ。そうだ」
「騙したの？」
「騙した？・・・勘違いするな。お前は恨みを晴らしたいといった。俺は協力してやった。違うか？」
「そうだけど・・・これを売るなんて言わなかったわ」
「俺は、これを買ったんだ。もう売られているんだよ」
「買った？・・・・売られてた？」
　美希は男の言葉に愕然として、ただ、男の言葉を繰り返した。
「いいか、世の中に、やさしいやつなんていやしないんだよ。やさしいふりをするやつはいる。なぜかって？金になるからだよ。商売だからだ。わかるか？」
　高校生の美希にわかるはずがない。

「また、出てもらう」
　美希は、声も出なかった。
　一見、怖そうだがやさしいおじさんだと思っていた。
　拓人は違うと思っていた。
　すべての思いが壊れてしまった。

「人を呪わば穴二つってな・・・・学校じゃ教わらないのか？」

「・・・・知ってるわ」
　美希は、小さな声でぽつんと答えて立ち上がった。
「送ろうか？」
　男も立ち上がった。

「おじさん、拓人と知り合い？」
「拓人？・・・ああ、坊やのことか。ありゃ、うちのバイトのカメラマンだ」
「バイト？」
「ああ」

「おじさん・・・・・」
「何だ？」
「次、撮るとき・・・・・・・拓人にして・・・・」
「わかった」

エピローグ

「どうだ？」
「意外とうまくつながってますね。セットだってわかんないっていうか、もともとあの教室、セットみたいですよね。１本いいですか？」
　編集の終わったビデオを見終えて、拓人は男のタバコを１本箱から取り出して火をつけた。
「それにしても、これを撮ったの、どうして俺だと？」
　ビデオを見た男からいきなり拓人のところに電話が入ったのだ。
「こんなの撮ってる高校生がごろごろいてたまるか。それより、どうしてあんなやろうところに持ち込んだ？」
「しょうがないですよ。俺はただ、撮ってくれって頼まれただけですから・・・」
「嘘つけ・・・」
　頼まれただけなら、壁の向こう側を撮って終わりだ。
　わざわざ、誰もいなくなった隣の部屋でエンディングの画像を撮ったりはしない。
「まぁ、いいが・・・それにしてもダサイタイトルだな。変えるぞ」
「いいですよ。俺がつけたわけじゃないし・・・・」
「ほう・・・あいつらがつけたのか」
「いや・・・」
　拓人は、言いかけて躊躇したが・・・・結局、話を続けた。
「元は、ハウルだったんですよ。・・・ダブルハウルズ・・・」
「ハウル？・・・・ハウリングのハウルか？」
「ええ、狼の遠吠えとかうなり声とかってやつです。・・・・壁の向こうで、うなる声が聞こえたもので・・・」
「そうだな。そう言えば、美希のうなり声はそんな感じだな」
「編集中のファイルをdouble　howlsってしてたんですよ。そしたらあいつらがそれを見て・・・・。ただ、あいつらの辞書ではハウルは穴だったみたいで、ホールズになっちゃったってわけです」
「ほーっ・・・・・ダブル　ハウルズねぇ・・・・。叫んでいたのは２人ってことか」
「えっ・・・・ええ、まぁ・・・・」
　拓人は口ごもった。
「麻子か？」
「まぁ、そういうことです」
「どうりで話がうますぎたよ。なにもかもお前の筋書き通り。麻子が協力してたんならうなずけるわな」
「すいません。黙ってて・・・・」
「いや、かまわんが・・・・」

「麻子、・・・もともと、あいつらに苛められてたんですよ。でも、いつのまにか苛める側になっちゃって・・・、やってる麻子もつらかったんでしょうね。自分も以前はそうされてたんだから・・・・」
「しかし、優美もいきなり里美に殴られて面食らっただろうな」
「でしょ。彼女は、美希のビデオを撮ってると思ってたわけですから・・・・」
「お前・・・まさか、最初から全部仕組んだのか？」
「まさか・・・・。俺は、ただ、あの穴で撮りたかっただけですよ」
「ただ、頼まれただけ・・・だったんじゃなかったのか？」
「河合さん・・・・・」
　拓人は、まんまとひっかかった。
　髭の男、河合　昭雄は、狼狽する拓人を見て笑った。

「麻子も美希も・・・いい女になる。お前の目もたいしたもんだよ、坊や」
「何ですか、急に・・・・」
「いや、美希がな。今度はお前にとって欲しいと・・・」
「俺に？」
「どうする？」
「撮りたいですね」
　拓人は、今度はことわりもせず、河合のタバコを手に取って、火をつけた。

　　　ダブル　ホールズ　　ＥＮＤ