優美のいる部は武居佳織が部長であったが、千宏というのは副部長の関元千宏のことで、千宏はどちらかと言えばリーダーという感じではなく、補佐役が適任であるがその分真面目で物事の運び方には優美ならずとも刮目する、そんな少女だった。
　その千宏も関わっているなら、何の心配も要らないはずだ。
　中断していた予習を最後までやり遂げ、日付が変わろうとしている頃、優美は安心して眠りについた。

　一方、それとほぼ同時刻・・・その千宏と清美との密談が始まろうとしているところであった。

「はい、大庭です。」
「清美？」
「はい、関元先輩ですか？」
　着信欄で番号を見た清美には判っていたのだが、一応訊いてみる。
「うん。」
　自分に電話をしてくる以上、その用件は清美にとって明白だった。
「優美の件？」
「そう。さっき佳織から電話あって、優美はすっかり行く気になってるようなんだよね。」
「ええ、多分。」
「清美も優美に電話したみたいだけど、その後なのかな、佳織も優美に電話かけたみたいでね、丁度うまく念押しみたいになったってよ。」
「あれ、そうなんだ。武居先輩も優美に。」
「うん、それじゃあね清美、他の子達も誘い始めていいと思うの。」
「もう、それはいいんですか？」
「大丈夫。優美が行くというなら行かない子はいないと思うから。」
「まあ、そうかも・・・」
　一旦言葉を切って、
「でも、行き先とかは？」
　訊いてみた。
　清美自身、佳織から言われている計画では「行き先未定」だったのだから。
「それは大丈夫。」
「はぁ。」
「だってもう行き先も決まってるから。」
「え？」
「あまりいろんなことを一度に言わない方がいいからって、あたしが佳織に言っておいたから。」
「なぁ〜んだ。」
「優美はいろいろ考えるタイプだから、小出しにして・・・」
「先を読ませない？」
「まぁ、そんなとこかな。」
　電話口から少しだけ千宏の笑みが感じられた。
「だけどね、誘うときに『実は今度のキャンプって優美も行くんだよね』って感じでさ、そこのところは何となく強調してね。」
「はい。」
「男性陣の方はあたしと佳織がやってるから、清美はそっちをよろしくね。」
「はい、分かりました。」
「あ、ちなみに。」
「はい。」
「あたしらの方は、実香と静と理紗も入るから。」
「そうですか。あたしは・・・前も行ってるから夏生と美絵は誘おうと思ってます。」
「そう。まぁ、任せるよ。」
「はい。」
「じゃ、お休み。」
「お休みなさい。」
　　
　もちろん清美と千宏が密談していることなど、優美が知るよしもない・・・　

「お早う。」
　夏休みではあるが、優美の学校では夏期講習があったのだ。その登校途中、川の土手を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「はい？」
　振り向く。
「あ、関元先輩。」
　優美に声を掛けたのは、昨夜清美と密談をしていた千宏。
「お早う。」
「お早うございます。」
　千宏はすぐに優美の左横に並んで歩き出す。
「一緒に行こっか？」
「はい。」
　ニッコリ微笑む。
「今日はゆっくりなのね、優美。」
「え？そうですか？」
　突如思いもかけないことを指摘されて面食らった。
「うん。」
　千宏はわざとらしく腕時計を見ながら、
「あたしはいつもこの時間に通ってるけど、優美は見えないか、まあ、いたとしてもず〜っと前の方。」
　真面目そうな顔で言う。
「今日こうして追い付いたってことは、優美の方がいつもより遅いのかな、と思ったの。」
「そうですか。確かにちょっと遅かったかも。」
「休みの初日だものね・・・もしかして寝過ごした？」
「！」
　千宏の言葉はあまりに的を射ていたので、優美は思わず赤面してしまった。
「ええ・・まあ・・」
　やっとそれだけ答えて俯く。
「寝過ごしてこの時間か。真面目なんだね、優美。」
「いえ・・そんな・・・・・」
　ますますうなだれていく優美。

「お早う、佳織。」
「お早う。」
　佳織と千宏は同じクラスであった。
「ねぇ、佳織？」
「何？」
　千宏は佳織の前の席に後ろ向きで座って、
「誰を、っていうのは考えた？」
　いきなり切り出した。
「それはアレのこと？」
　空とぼけた調子で訊ねる。
「そう。アレのこと。」
　千宏がまだ真剣な面もちで、しかし悪戯っぽい笑顔を浮かべて千宏を見る。
「そっか。」
「まあ、これからだね。」
「だろうと思った・・」
　佳織の机上に一枚写真を差し出す。
「これなんか使えると思うよ〜。」
「ん〜・・・」
　覗き込む。
「これは？・・・・・っとこないだの大会の時の写真じゃないの。」
「そう。これならあたしも佳織も写ってる。部員ほぼ全員が写ってる。」
　ここで初めて千宏も佳織と同種の笑みをこぼした。
「あたしも千宏も、そして優美も・・か。」
「そ。」
「さすが千宏。これは使えそうだ。」
　ピンと指ではじいてから大事そうに写真を机の中にしまう。
「説明の手間が省けるよ。」
「うんうん。」

　清美の教室。
「夏生？」
「ん、なに？」
　自分と優美の同級生であり、同じ部でもある夏生を呼び止める清美。
「ちょっとご相談が・・・」
「相談？」
「ちょっとこっちへ・・」
　物陰へ夏生を誘い込む。
「何？相談って？」
「実はさ、夏休みキャンプに行こうって話があるんだけど。」
「キャンプ？どこへ？」
　突然持ち掛けられたにも関わらず、夏生は満更でもなさそうな顔で清美に訊き返してきた。
「ん〜・・・それはまだ決めてないけど、武居先輩と関元先輩が企画してるから大丈夫だよ。」
「ふ〜ん・・・」
　二度三度頷く夏生。興味はありそうだ。
「ま、考えておいてね。」
「うん。」
「あ、そうそう。そのキャンプね、優美が行くんだよ。」
「え？」
　驚きの表情を浮かべる。
「・・・よく説得したね。」
「ん？『キャンプ行かない？』って誘っただけだよ。」
「だって・・・」
　少し口籠もる夏生。見た感じは快活そうだが、この手の話題を口にするのはさすがに憚りがあるようだ。
「だって？」
　少し面白そうに首を傾げる清美。
「だって、キャンプって、アレでしょ？」
「そうだよ。」
　簡単に肯定。
「だったら優美がよく・・」
「『どこ行くの』とか『いつ行くの』とは訊かれたけど、『キャンプで何するの？』とは言われてないもん。」
「あ、ズルい・・」
　無責任そうな清美の発言に夏生の口元がほころんだ。
「行く、夏生？」
「武居先輩達が企画してて、優美も行くんじゃ、あたしもそれなりにいい思いできそうだしなぁ〜。」
「じゃ、いいね？」
「うん。」
「じゃあ、美絵誘っておいて。『優美も行くよ』っていうのを忘れずに。」
「忘れずに、ね。」
　元来の明るさがすっかり表に飛び出したような調子で立ち去っていく夏生の背中を、清美は満足げに眺めていた。

　何も知らされない優美の周りで計画は着々と進んでいくのだった・・・