先ほどからずっと優美は周囲に圧倒されていた。
　優美はテントに独りきりであって、目に見える所には誰もいないのだが、妖しげな吐息や喘ぎが、その他経験のない彼女にも卑猥に聞こえる音の数々が、両隣のテントや少し離れたログハウスの中から響いてくる。
　どうしてこんなキャンプに来てしまったのだろう・・・
　自問するが、このテントを一歩出ればとんでもない光景が繰り広げられているとさすがの優美にももう解っていたから、出られるはずもなかった。

　この日は佳織や千宏を始めとした上級生６人、清美や夏生ら同級生５人の総勢１１人がまず学校に集合した。
「みんな揃った〜？」
「はい。」
「は〜い。」
　佳織の呼び掛けに全員手を上げて応える。
「ん〜、じゃ、出発しようか。」
　傍らの美絵に呼び掛ける。
「はい。」
「よし、実香、先行って。」
「オッケ〜。シズ、行こっ。」
　佳織に言われて、嬉々として実香は隣にいた静の腕を引く。
「うん。」
　同じく静も足取り軽く歩き出した。
　佳織は自分の同級生実香と静とを先頭に立たせると、優美のところへ寄っていった。
「優美。」
「お早うございます武居先輩。明後日までよろしくお願いします。」
「うん。持ってくる物は忘れなかった？」
「はいっ！」
　屈託のない笑顔を向ける。
「昨日の夜何度も確認しましたから。」
「そう。それは優美らしい。」
「・・・」
　はにかみながら下を向いてしまう優美。
「心配要らないからね。」
　肩を抱くようにして声を掛ける。
「はい。」
　佳織は優美と並んで歩きながら、さらに言葉を継いで、
「優美はキャンプってしたことあったの？」
　訊く。
「いいえ、それが・・・」
　下を向いて、
「あたし出不精気味だから、そういうのって初めてなんです。」
「そっか。でもホント大丈夫だよ。楽しい３日になるといいね。」
「はい、有り難うございます。」
　ピョコンと頭を下げる。
「・・・何か優美ばっかりズルイな・・」
　佳織と優美の後ろを歩きながら夏生が不満げにつぶやく。
　「まあまあ。」
側にいた清美がすかさず夏生をなだめた。
「優美のおかげでむこうの方が多いみたいなんだからさ。」
「え？そうなの？」
　見返すと、清美がコクッとした。
「むこうが多いなんて、あたしは初めて。楽しそうじゃない？」
「それホントなら、あたしもだよ。」
「今夜から優美が相手できる訳ないし、その分はあたし達に来るよぉ〜。」
　いかにも楽しそうに微笑う。
「まあ、それもそうか。」
　元々それ程しつこい性格ではないらしく、夏生はあっさりと機嫌を直したようだった。

「さあ、待ち合わせのとこまで着いた。」
「さてさて・・・」
　先頭に立って、他の９人からは少し離れていた実香と静は駅前の広場を見渡す。時間通りであれば、『ドライバー』達がこの広場で待っているはずだ。
「あ、シズ、あれじゃない？」
「ん？そうかな？」
「行ってみれば判るよ。」
「うん。」
「こんにちはぁ〜」
　六台もの自動車の前で何か待ち人をしている一団に実香が挨拶。
「はい？」
　誰にともなく実香が、
「酒井です。」
　と名乗る。
「サカイっていうと・・・」
　一番近くにいた青年がどこからか出した紙を広げて目を落とす。
「・・・サカイ、サカイと・・・あった！実香ちゃんかな？」
「そうです。」
　実香は自分の勘が当たったことでニコッとしながら頷いた。続け様に実香の肩越しで静が言った。
「あたしは、平瀬です。」
　また紙に目を落とす青年。
「ヒラセ？・・・静ちゃんだね？」
「はい。」
「こんにちは。」
　間髪入れず静のさらに後ろから挨拶をしてきたのは、二人に追い付いたらしく佳織であった。
「あ、佳織ちゃん。」
「こんにちは、今日からよろしくお願いします。」
　実香や静への反応と違い、佳織に対しては名乗られなくても判ったようだった。
　直ぐ様佳織の周りに４人５人と寄ってくる。実香や静のことは忘れてしまっているようだったが、佳織のことはしっかり覚えているようだった。
「あらあら、大人気ね。」
「佳織はいつも頑張ってたからね。」
　不満からよりは少々呆れ気味な顔をする二人。
「ま、佳織はルックスもいいし。」
「仕方ないか。」
「こんにちは。」
　ここで佳織の取り巻きに千宏が入っていく。
「関元です。明後日までよろしくお願いします。」
　まずは一礼。
「前にお知らせしてたのと人数の変更とかはないので、そこのとおりに乗せていってください。」
「オッケ〜。」
　青年は紙をまたどこかにしまうと、額に上げていたサングラスをかけ直した。
　
「？」
　一連の情景を見ていた優美が怪訝そうな表情を浮かべた。いろいろと清美任せにしていたせいもあったが、優美は今回のキャンプが電車か何かで行くものだと思っていたのだ。
「優美、どしたの？」
「え、清美、あの人達は？」
「ん〜、武居先輩とかが頼んでくれたんじゃない？」
「・・・・・」
　さすがに真の目的までは判らなかったが、優美は何かこのキャンプに疑念を抱き始めているようだった。
「優美？」
「・・・・・」
　清美の呼び掛けに黙ったままだ。
「マズイよ、優美怒ってるんじゃない？」
　後ろで夏生が囁く。
「少なくても疑ってる感じ。」
　美絵も続ける。
「優美、こっちよ。」
　そこへすかさず佳織が来て優美の腕を引く。
「清美、あたしと優美と一緒の車ね。」
「あ、はい。」
　精彩を欠く優美の分の荷物も持って佳織の後を追った。

　他の車は男女半数ずつくらいだったが、優美が乗せられた車は運転する者だけが男であとは佳織と清美が優美の両脇を固める感じで乗り込み助手席には千宏という感じで女４男１となっていた。
　もちろんこれは予め決めていたこと。
「武居先輩。」
　車が走り出して５分ほどしたところで、意を決したように優美が口を開いた。
「何？」
「あの・・・このキャンプって・・・」
「だって優美、あなたキャンプしたことないんでしょ？」
　即時的に言い返されて面食らう。
「え？」
「千宏から聞いたけど違う？」
「いえ・・・」
　不安そうに佳織を見る。
「キャンプに行ったことはありません。」
「だよね。」
　佳織も優美が急激に乗り気でなくなっていたのは判っていた。それでいて、優美を少し責めるような口調で続けた。
「そりゃ、何度か行ったことはあるけど、あたしだって別にキャンプ慣れしてるって訳じゃないし、危ないでしょ？」
「・・・・・」
「だったらアウトドアに強い人達にお願いして一緒に行ってもらった方が楽しくキャンプできるでしょ？」
　一転笑顔を優美に向けて言う。
「・・・はい。」
　これで何とか優美も合点がいったと見えてコクッと首を動かした。
「済みません。」
「ゴメンね、優美、あたしがちゃんとお話ししておけば良かったね。」
　助手席から千宏がさらに佳織をフォローする。
「あ、いえ、そんなこと・・・」
　元来が気を遣うタイプの優美は、「アウトドアに強い人達と同行する理由」について佳織から説明されたり、その上さらに千宏から謝られたりで恐縮してしまって、その後疑念の色を表情から消そうと努力し始めた。

　午後１時の出発から２時間ほど経った頃、車列はキャンプ場に到着した。
「さて、着きました。」
　駐車場に停め、運転していた青年が車内の４人に向けて言う。
「う〜〜〜ん、結構かかったね。」
　遠慮がちに背伸びをしながら佳織が言うと、
「ま、この辺までなら２時間以上かかるの普通だよ。」
　と千宏が答え、振り返って下級生二人に声を掛ける。
「優美、清美、疲れた？」
「いえ。」
「大丈夫です。」
「さ、車を降りて荷物を下ろそう。」
「はいっ！」
　左側にいた清美がいち早く飛び出していく。
「清美はホント大丈夫そうね。」
　クスッとした笑いを残して佳織も車を降りたので、優美も出る。
「ぅわぁ〜・・・」
　優美は『キャンプ場』という響きに、山林に囲まれた薄暗い場所を想像していた。しかし、実際目に飛び込んできた光景は、広々とした空間と整然と区切られたテント用地、綺麗なログハウスが点在する、明るく開けた場所であったのだ。
「ここには水道もあるし、ログハウスには電気も一応あるんだよ。」
　運転していた青年が後ろから言った。
「はぁ〜・・・」
　こんな所でやるんだったら大丈夫だな。
　世間知らずの優美は、その光景を見たことにより少し残っていたキャンプに対する不安が消えていくのを感じた。
　少し呆然としていた優美に清美が呼び掛ける。
「さあ優美、手伝って。荷物を運ぶよ。」
「うん。」

　キャンプの準備は、到着して１時間ほどで出来上がった。
　優美達一行は１１人で、『アウトドアに強い人達』は１６人。聞くところによると、大学のアウトドア愛好会のような一団であるらしく、テントの張り方も習熟しているようだったし、食事なども野火で上手に作っていた。
　事前に千宏が手回していたこともあり、キャンプに来たことのない優美も充分楽しめる状況が作り出されていたし、青年達は人数も多いので、いろいろと優美達一行を楽しませてくれる趣向は尽きるところがないくらい多いのだった。
「優美、楽しんでる？」
「はい。有り難うございます。」
「そう、それは良かった。」
「武居先輩、誘ってくれて有り難うございました。」
「うん。」
　優美から警戒心が消えてしまっているのを確認した佳織は、意味ありげな微笑を浮かべて優美のもとを去り、青年達のリーダーに何やら耳打ちした。

　そして遂に、予定されていた淫乱の狂宴が始まるのだった・・・

つづく