| １４ 「嫌なら来なくても良いわ。」 そんな内容のメールに返信をためらい、期日にだけ近づく時間。嫌じゃないけど、嫌だ。矛盾する心の葛藤を打ち破ってくれるのは、杏子の影だった。 杏子の死の原因は、麗子の店「テンポラリー」にある。大体の想像であるが、確証までつかめない。その確証を掴むためにその場に行く、矛盾の定義を崩すための言い訳を胸に、指定されたショッピングセンターの自走式駐車場に駐車した。 「プップッ」 １ナンバーのハイエースがパッシングしながら緑の元へ近づく。横付けすると、スライドドアが開き、中にいる二人の女性が目を合わせる。 「・・・。」 無言のまま会釈だけすると、前回見た由香と幸恵がいる。小百合の顔が見えないが、緑はさほど気にすることはなかった。 「ヘイ、ミドリ。・・・ライド、オン。」 運転席のボビーは、緑に乗車を促す。座席に腰をおろすと電動で閉められたスライドドアはロックされ、薄暗い駐車場を後にする。 数分走った頃、隣に座る幸恵に声を掛ける緑。小百合がいないことを問うと、隠語めいた言葉が聞かされる。 「小百合さんは、パーマネントされたわ。」 「パーマネント？」 「・・・。」 それ以上言わせないでといった表情の幸恵は、下を向き、移送される場までの時間と闘った。黙した幸恵の気持ちを察した緑は、小百合の行き先を分析するが、パーマネントの意味がわからず、美容院にでも行っているのか程度の考えで落ち着かせてしまう。 明るそうな顔立ちの由香も幸恵と同じく、黙して語らず、緑から視線を外す。パーマネントされた小百合とあわせた３人とも、プロのダンサーといった感じはなく、硬い職業を持っていそうな雰囲気があると考察する緑。 初対面の人間とも仲良くなれるのが緑の特技だが、今回は上手くいかない。だが、数度顔を会わせればそれなりに心を開くと確信していた。 無言のなかで聞こえてくるボビーの口ずさむリズムの中、前回と違うその場所は緑にとって違和感この上ない場所だった。 「マダム、・・・オープン、ジ、ゲート。」 ボビーの掛け声で開き始めたシャッター。通過できる最低限の高さでするりと潜り込み、外部の視線を気にしている。 大きな庭のあるその家は、一般的なものと違い大掛かりだった。人口は多いほうだが、これだけの規模の邸宅はある程度知られている。それに気付いた緑は、その男の名が浮かんだ。 「六沢・・・三蔵。」 心の中の呟きは、中の二人には聞こえない。だが、幸恵も由香もこの邸宅の主は知っているようだった。 「ガラガラァァ。」 電動スライドドアが開くと、そこに待っていた麗子は、緑の顔を見るなり嫌味な言葉を投げかける。 「やっぱり・・・見られたかったのね。」 「・・・。」 返す言葉を失った緑は、一番に手を引かれ屋敷の中に招かれる。中で雑談を交わす男達の顔は、どれも堅気風の顔。六沢三蔵の肩書きを知る緑にとっては、首を傾げたくなる事がそこにはあった。 「ここで・・・この前みたいな？」 「いいえ、・・・緑なら大丈夫。」 安心を与える言葉は、この環境の中では反対の意味を持つ。緑の鼓動はそれを知り早くなった。 大広間での会食を横目に、防音環境の地下に降ろされると、何が行われるかを理解させられる。そこに掛けられた数種類のボンデージの衣装は、ショーで使われることを想像させた。 「幸恵はこれ、由香はこれ・・・そうね、緑は・・・これね。」 一人一人に渡された数着の物は、違いがあり、緑に渡された衣装には、乳首と陰部の繊毛を隠す部分の無いものだった。 可愛さや、エレガントさなどは無く、ましてや実用的なものは皆無である。その中でも一番まともそうな物を手に取った緑は、今日ここにいるギャラリーについて考察を始める。 六沢三蔵の取り巻きは、田舎町特有の人物が多い。暴力に特化した者や、街の利権に直結する土建業、さらには海を隔てたその沿岸部への輸出入業者と様々だった。 ここで行われる余興は、その者への接待なのか、それぐらいの想像をつかせた緑。では、本日の観客はどのジャンルの者なのか。前回、港湾倉庫で行われた際のギャラリーの構成は、麗子から聞き取れなかったが、渡されていく箱の中身は、未使用のランジェリーばかりであることは見届けていた。よって、下着の販売業者か卸し問屋といった感じであることは間違いなかった。 『じゃぁ、今日は。』 そこの部分は想像をはみ出すことはなかった。 「仕度は、出来たようね。」 幸恵も由香も着替えは終わっていた。緑は、ブラのホックを留めるのに手間取っている。それを見た麗子は、緑に近寄り、簡単に留めた。 「みどり、あなたが、トップバッターよ。」 「え？・・・でも、マスクを。」 「あら、忘れてたわ・・・ボビー。」 「マダムレイコ、・・・カラテムスメハ・・・コレガ、オニアイ。」 ボビーが投げつけたレザーマスクは、目と鼻、口のみが開き、後ろにはチャックもない。麗子は、短い髪の緑の頭頂部に入り口を合わせると、強引に緑の顔面を覆う。 目、鼻、口が、所定の位置に収まると、ゴム臭さが緑を襲う。そこから逃れるには、ギャラリーに顔を拝ませることだが、それだけは一線越えられぬ壁だった。 大広間で行われていた会食には、２０人ばかりの男達が居た。若い者でも５０代前半で、スーツ姿の堅い感じの男が多かった。地下に降り立ったその内の６人は、その中でも若輩の男ばかりだった。 「みなさんお待ちかねだ。・・・９月度の査定会を、始めなさい麗子。」 「はい、おとうさま。・・・トップバッターはこの者です。」 手を引かれ登場した緑。片手でしか隠すことの出来ない恥ずべき箇所は、隠しきれぬ陰毛。歩く歩幅でそれもままならぬ緑は、歩幅を細かくし、最低限の隠蔽を試みる。 マスクを施した五人の見知らぬ壮年と、恰幅の良い三蔵。前市長の肩書きを持つ六沢三蔵は、一番奥のソファーに座り、由香でも幸恵でもない女にイチモツを咥えさせている。 「では、この女のプロフィールをご紹介いたしましょう。」 緑の背にプロジェクターが光を帯びると、薄暗いながらも男と女が写る画像が目に入る。振り向くことを抑制された緑は、前に居る六人の男達が見比べる自分と画像の動きに何かを感じ取った。 「おぉ・・・カーセックスですか。・・・生々しい。」 「しばし、この淫行をご覧ください。」 「けしからん。男は、まだ中学生ぐらいじゃないか。モザイクは掛けられておるが、大体わかる。」 「ほぉ、薄暗くて見にくいが、女のほうから率先して咥えておる。これは、青少年保護育成条例違反、、どこの婦女子か。」 「いやはや、自ら跨り始めたか。おぉ、声を出し、喜びを感じて、男の子は成すすべなく女のいいなり、逆レイプか。」 「ま、まさか・・・中で・・・出したのか？」 「おぉ、顔が見える。おなごの顔が、・・・・。」 「若い、年のころなら２３，４、細身で、中々のスタイル。」 「マダム麗子、もしかして、今日のトップバッターが？」 動画が終わりをむかえた頃、緑は何がどう写されているのか想像がついた。守に扮した六沢攻児と車内で行った交尾。それをどこで入手したのか、麗子の手にそれはあり、本人目の前にしてそれを衆目に晒されている。 「みどり、あなたの言葉で伝えなさい。この動画の女優はだぁれ。」 「・・・わ、わたしです。」 「ほぉぉ、これは、どこかで販売されているＡＶですかな麗子さん。」 「いいえ、どこからともなく現れた名作です。まして、この緑と知り合った後に送られた、本人とモザイクの掛かった少年、撮影者しか知りえぬ盗撮物。」 「では、マダム、トップバッターの女が行う演目は？」 「ただのカーセックスといいたいのですが、この女は、衆目に晒されて絶頂を味わう色情狂。」 「そ、そんなこと。」 「いいえ、そうよ。・・・ほら、湿り気が。」 そばに引き寄せた緑の股間に指をしのばせると、一すくいで温度と湿度を計ることが出来た。 あからさまになった動画と体に起きている事実を受け止めるしかない緑は、麗子が次に出す言葉を待った。 |
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| 2012.3.21掲載 |
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