| １８ 鎌田への心証を気にし続けること数日。麗子からの連絡も途絶え、解決の糸口さえ見当たらぬままの日々が続く。 緑から来るメールの減少に不審を覚えた大神は、授業終わりにメールではなく直接電話をかけた。 「ブルブルブルッ」 ジャージのポケットに入っている携帯は、細かく震え、メールではない長めの振動を緑の太股に伝達する。 教官室を出、テニスコートに近い場所で緑色のボタンを押すと、ため息混じりに聞こえる男の声がした。 「も、もしもし吉川です。」 「どうした、よそよそしいな。」 「あっ、ごめん。」 「部活中か？」 「いや、まだ、始まってないの・・・どうしたの信二さん？」 「どうしたじゃないよ、緑の様子がおかしいから電話したのに・・・今日、お前の家に行くから、なにか悩みでもあるなら、聞いてやるから。いいね。」 「う、うん。ありがとう・・・でも、なんでもないの・・・うん、じゃぁご飯作って待ってるね。」 時間の約束を終えると緑は再び教官室に戻り、部活動の準備に取り掛かる。６時限目が体育だったため着替えることなく、練習メニューの書かれた冊子を手に集合してるはずの生徒の所へ歩き始めた。 体育館とプールの間を通る時、ふと視線を感じ振り返った。送られた視線の源は、不安の根源の一つである守だった。 視線を伏せ、走り去ろうとする守を緑は追いかけず、先程仕舞った携帯を取り出した。守に扮した攻児との動画の流出を伝えるべく送信すると、返信は素早く届く。 「僕は気にしていませんかぁ。私の存在を知っていて、守くんの存在に気がつかない人間の仕業。」 杏子らに起きていた教頭会の仕打ちと、自分に起きた盗撮の因果関係はまだ結びつくことなくこじれたままだ。 緑が携帯に目をやっている間、守は渡り廊下の角でその姿を見つめている。メールの相手は誰なのか、大神信二かそれとも陣野か、脳裏に映し出されるものと違った現実を知るにはまだ時間がかかった。 「守さまどうしました？」 「山崎か、なんでもねぇよ。それより、緑と陣野、どうにかなってたのか。」 「今週、陣野主任の後をつけていましたが、吉川先生との接点はありませんでした。」 「緑は？」 「数日の間、尾行しましたが、大神とも会っていないようだったので別れたのでは？」 「そんなことない、さっき電話をしていた晩御飯がどうとか。」 「では、張り込みでもしますか？」 「そうだな、お前ひとりでやってろ。動きがあったら電話しろ。」 「はい、それでは早速。」 守の目を見つめニヤリとした山崎。その視線を外すと先程の場所には緑の姿は無かった。 「大神とやりまくってるんだろうなぁ。」 中学二年生らしい本音をポツリと呟くと、下足に履き替え帰路へとついた。 全ての生徒が帰宅し、教員同士の雑談が駐車場でざわついている。その間を縫いコンパクトカーのキーレスエントリーを作動させると扉を開け荷物を載せる緑。何人かの同僚に会釈と挨拶を終えるとキーを回す。 「あれ？・・・キュルキュルキュル。」 機械にうとい緑は慌てていると、身近にいた教員に声を掛けられる。 「どうしました吉川先生、エンジンが掛からないのですか？僕が見ましょう、こう見えても車には詳しいんですよ。」 有無を言わさず近寄り、ドアを開けボンネットを開ける男。その男の動作はいつも以上に大げさで、わざとらしい。 「山崎先生、ロードサービスを呼びますから、大丈夫です。」 「心配しないで・・・これを・・・こうして・・・あぁやっぱり。」 恩を着せられることを確信した緑は、高額でもロードサービスに任せたかった。 「吉川先生、このバッテリー死んでますよ。充電しても、すぐ止まっちゃうよ。新しいの買ってきてあげますからそのまま待ってて。」 「や、山崎先生・・・あっ。」 山崎は緑の制止を気にもせず自分の車に乗り込み近くのカーショップの方向に走り出した。数十分がたち、そばに止まっていた教員達の車は全てなくなる。山崎の戻りの遅さに苛立ちを覚え始めると、それを抑えるべく大神に遅れるとのメールを送信した。 やましいことはないのだが、山崎の名を入れることをはばかった緑は、山崎の人物名を伏せ有名なロードサービスに変換していた。 誰からかの返信が来ると同時にクラクションが鳴る。そこにいたのは大神でもなく、山崎でもなく教頭会の鎌田だった。 運転席から手招きをされた緑は、夢遊病者のように鎌田のセダンに近づいていく。荷物やらは置いたまま、財布と携帯電話程度を所持し、先日とは違う表情の鎌田に会釈する。 「こんばんは、吉川先生。車は故障ですか？」 「えぇ、バッテリーが。」 「それは大変だ、さぁ乗りなさい。送ってあげますよ。」 「い、いえ、人と待ち合わせをしているので。」 「では、そこまで行きましょう。さっ。」 鎌田の目の奥から届く冷淡な視線に、緑は抗うことなく従った。だが、大神に被害を及ぼすことを危惧した緑は、意思とはあらぬ方向の言葉を発する。 「待ち合わせは、キャンセルします。電話をさせていただけませんか？」 鎌田は、緑の意図を即座に汲み取り、了承のサインを表した。 走り始めた車の助手席から発信する緑。その会話の詳細を聞き漏らさぬようチラ見を繰り返す鎌田。会話の中身は判らぬが、男と女の会話から想像することは容易かった。 「うん、ごめんね。じゃまた。」 「彼氏とのデートだったようだね。」 「いえ、いいんです。それより、ご足労をお掛けしますので、このへんでタクシーを拾います。」 「そんなつれない事をおっしゃらず。そんな仲では、もうないんだから。」 そう言われると先日の口淫奉仕が鮮烈に蘇る。粘り気の多い精液を喉の奥に放出され、うがいをすれどその匂いは眠りにつくまで続いていた。 このまま、自宅にまでこられるとその先まで行き着くのは必定だと察した緑は、麗子の名を出し矛先を変えようとする。 「麗子さんに・・・。」 「マダムはそんなことを気にしないよ。そんなにマダムが気になるならテンポラリーに行こう。淫行教師にお似合いの淫乱なランジェリーを探そうじゃないか。」 麗子に連絡をつけた後、二人の教師を乗せた車はテンポラリーに向け県庁通りへの交差点を曲がる。その時バッテリーを積んだ山崎の車とすれ違うが、誰もこの男を待ってはいなかった。 |
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| 2012.8.18掲載 |
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