| ３ 「ピンポーン」 早朝の住宅街に玄関チャイムは良く響いた。数秒まもなく扉は開くと、そこに出て来た男は、スーツ姿の富田礼一だった。 「お、おはようございます。わ、わたくし・・・。」 「守から聞いてますよ・・・。これを渡すようにと。」 「あ、ありがとうございます。」 「なにが、入ってるのか言わなかったが、これでいいんだね。」 「はい、朝の忙しいところ、お手数をかけました富田教育長。し、失礼いたします。」 大きく頭をさげた山崎は、礼一の顔を見ることなくそのまま後ずさりするようさ官室に入り緑の机の上に封入した袋を置き去った。何もなかったかのように、自分の机に向かった山崎は、緑の挨拶に呼応し先手の言葉をかけた。 「おはようございます吉川先生。あ、そうそう、昨日陣野先生が遅くこられまして、吉川先生の携帯を置いて帰られました。そこに、置いておくとの事でしたが。」 「あ、あります。ありがとうございます。陣野先生に声を・・・。」 「あ、やめておいたほうが、陣野主任も渡し忘れていたと、バツが悪そうでした。だから・・・。」 「そ、そうですね。ありがとうございます山崎先生。」 そう言うと、封入された携帯を取り出すためにホチキスで一ヶ所だけ留められた封印を取り払う。バリッという音と共に携帯を取り出すと、入ったままの電源を気にすることなく履歴を見ようとする。山崎の視線を気にしてか、その作業を止めようとするが、 「まだ、始業時間じゃありませんよ吉川先生。」 守の工作が上手くいっているか気がかりの山崎は、少しでも緑の確認作業を見届けるためその場での動きを制しなかった。 「杏子・・返信してくれてないね。」 数分の間緑は携帯のチェックを行い、目を通している。その間の山崎は、チラチラ緑の表情を気にするが大きな変動はない。折りたたみの音を聞くと、山崎はようやく安堵し、自らの授業の準備に取り掛かった。 昼休憩が終わり掃除の時間が始まると山崎が保健室に向かう守に、声を掛ける。 「守さま・・・大丈夫でした。何も気がついていないようです。」 「あ、そう。で、なんだよ。」 「あ、お父さまには？」 「あぁ、いい教師だと言っておいた。」 「ありがとうございます。」 「ところで、大神信二って知ってるか？」 「あぁ、あの。」 「あの、なんだよ。」 「若くて男前でね、オリンピック強化選手。非の打ち所のない体育教師ですよ。」 「お前と正反対か？」 「えぇ・・・まぁ。あいつが何か。・・・まさか、吉川先生と。」 「そのまさかだな。・・・毎日メールしてる。昨日は夜中に着信もあった。」 「そうですか、まぁ、吉川先生も空手の国体強化選手。接点がないとは言えませんからねぇ。」 「・・・。」 守の表情を読み取った山崎は、詫びるように守の言いたげなことを先回りする。 「大神を・・・どうしますか？」 「あぁ・・・そうだな。まだ考えは浮かばないが、面白く陥れたい。それには爺さまの機嫌でも伺うか。」 「この山崎に何なりと。」 「あぁ、期待してるよ。」 保健室で生徒に頭を下げる教師は、そのまま生徒用シューズを舐めんばかりの勢いで腰を折っている。 夕暮れ時、部活動の生徒も帰宅し、緑も帰りの準備を進めていた。教官室の最終戸締りをしているところ、鍵をかけ、握り玉を何度か回し施錠を確認していると、室内からＦＡＸの受信を知らせる電子音が聞こえていた。 それに気がつき、もう一度室内に戻ろうと開錠を試みる瞬間、緑のポケットの携帯が大神信二からの着信を知らせる。 「あっ・・・信二さんだ。・・・ＦＡＸは、どうせＤＭね。明日でもいいわ。」 そういうと、体を反転させ、自らの車まで小走りで駆け出し、運転席に座ると同時に着信ボタンを押した。 「ごめーん・・・昨日、電話くれた？・・・携帯没収されててさぁ・・・嘘じゃないよ。・・・えっ・・もぉ・・・わかった・・・お詫びに晩御飯おごるね。」 甘い会話の向こう側の教官室に流れているＦＡＸの受信は、宮前杏子の訃報と告別式を伝える紙が、二枚ほど他愛もない連絡事項と同じホルダーに溜まっていた。 |
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| 2012.2.4掲載 |
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