| ６ 宮前杏子の葬儀が終わった数日後。夏休みの物静かな校舎を後にし、家路を急ぐ緑。その、行く手を変えさせる男の声が緑の歩を止めさせた。 「吉川先生、ちょっとお時間いいですか？」 「は、はい、なんでしょう陣野先生。」 「ここではなんです、生徒指導室で。」 夏休みの学校は生徒もまばらで、廊下を歩く教諭すら皆無だった。廊下の立ち話程度でないと察した緑は、陣野の後をついて指導室に入る。 「今日も暑いね、これから部活ですか？」 「いえ、今日は総体も終わりましたので、休みにしてるんです。そまめ五人の亡くなった先生は、臨時採用扱いだったそうなんだ。」 「きょ、杏子もですか？」 「あぁ、臨時だがなぜか、新卒で配属になっていた。もう一つ、気がかりは、皆、家庭は裕福ではなかったようで、母子家庭だったんだ。」 「たしかに杏子も。」 「なにか、偶然では解決できないような気がしてね、吉川先生は・・・。」 「私は、両親とも健在です。」 「そうか・・・死因は、すべて病死、臨時採用、母子家庭。これだけ揃ってしまうと、なにか恐ろしさを感じてしまう。」 「はい。先生、私に何か出来ることがあれば。」 「その言葉を待ってたよ、吉川先生。」 伏せ目がちな目を緑のほうに向けると、片手を出し握手を求める。緑は、なんの躊躇いもなく右手を出し、節くれだった陣野の手を掴んだ。 手を離し、核心に触れる陣野の言葉を緑は、神妙な面持ちで待った。 「まずは、吉川先生に、宮前先生のこと、お母さんにでも聞き取りに行ってはくれないか。」 「でも、四十九日が過ぎてからでも・・・。」 「あぁ、そうだね。」 「わかりました、何度か、お母さんにはお会いしてるのでなんとかなると思います。」 陣野はよろしく頼むよといわんばかりに、大きく頷くと最後に一つと言いたげなジェスチャーを人差し指で表した。 「それと、僕の協力者は君しか居ない。そう、今後だれにも協力を依頼することもない。このことは、忘れないでくれ。」 「わかりました、逐次、陣野先生に報告させていただきます。」 ありがとうという感じの敬礼を緑に向けた陣野は、緑よりも先に指導室を後にした。大きくため息をついた緑は、古びた天井を見つめ杏子の顔を思い浮かべていた。 「杏子、一体何があったのよ。」 宮前杏子の四十九日法要は、夏休みがあけてからだろうと楽観した緑。夏の日差しが指導室の窓から差し込むが、緑の足元にはジメジメとした泥沼が足を掬わんとしていたのだった。 富田守は、部活動をするわけもなく友達のいない夏休みを自宅の中で引きこもっていた。パソコンの画面を食い入るように見ながら、ぶつぶつと小声で囁き続けていた。 「ピンポーン」 玄関チャイムがなるが、押し売りか、宗教の勧誘と思った守は、下に降りることもないし、その気は毛頭なかった。 「ガチャガチャ・・・・バダンッ。」 ドアの開く音を感じた守は、父の帰宅と感じたかパソコンの画面を消し、部屋から階段を駆け下りる。 「こ、攻児。・・・何のようだよ。お前の来る場所じゃ。」 「相変わらず、細かいことを、俺だって鍵持ってんだこの家の。お前だって、こっちの家の鍵持ってんだろう。いつでも来いよ。母ちゃん喜ぶぞ。」 「・・・。」 「あっ、悪い、母ちゃんのパンツ、土産に持ってくるの忘れたぜ。こんどは持ってくるからな。」 「・・・。」 「黙ってんじゃねぇよ。あっ、そうだ。休み明けから、入れかわらねぇか俺とお前。」 「い、入れ替わるって？」 「お前が一中に行って、おれが二中。たまには入れ替わるのも、楽しいじゃん。」 「か、勝手なことを・・・。」 「いいのか、おれに盾突いても、母ちゃんのパンツ頭からかぶって精通したこと、ばらしても、写真も残ってんだぜ。」 「・・・。」 「双子の兄弟にしか出来ねぇ、楽しいことしようや。ま、ずっとじゃない、登山研修までだ、だから、ざっと２週間そんな感じだ。」 「い、家はどうすんだよ。」 「あぁ、朝と晩、どっかで落ち合って、カバンと名札くらいを変えとけば判るやついねぇだろ。」 「２、２週間だけだよな。」 「あぁ２週間、おまえそんなに一中がいいのか？友達もいねぇのに。」 「・・・。」 「親父には内緒にしとけよ。」 「うん。」 髪型にまで注文をつけ、夏休み最終日に床屋へ行く約束まで取り付けると、攻児は父親の住む家に興味はないと振り向くことなく立ち去った。 廊下で話した双子の兄弟の会話は一方的で、弟である攻児は弱みに付け込んで兄の守をいつものように制していた。父と母が離婚する前からこの二人の間は、攻児の力が勝り、そこから抜け出たい守は、父といることを選んでしまっていたのだった。 攻児の思惑は順調に進み、その標的の緑は使命感に帯びたまま、それぞれの夏休みを送っている。 |
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| 2012.2.18掲載 |
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