| ８ 登山研修も終わり秋の深まりを感じ始める頃。学年主任である陣野からの依頼をこなすべく緑は、宮前杏子の母親との会話を伝えるべく生徒指導室に赴いた。 「吉川先生、どうでした親御さんとお話をされて。」 「えぇ、とても気がかりなことが一点。」 「ほぉ、どんな？」 「はいっ、病死と言うお話でしたよね、杏子の死因は。」 「あぁ、そう聞いていますが。」 「どうも、お母さんは納得されていないようで・・・。」 「でも、行政解剖の結果も、病死となっていると。」 「はい、でも死んでいた場所は、車の中だとか。」 「・・・。」 「お母さんにも車を購入したことは、話していなかったようなんです。」 「そこだけですか、気になる点は。」 「えぇ。」 「交友関係が派手になったとかは？」 「いいえ、特に男性とお付き合いをしているようにも見えなかったとか。あっ・・・。」 「何か、思い出されましたか？」 緑は、失念していた会話の中身を陣野に話そうとするが、直接的に関係の薄そうだと思い躊躇する。 「関係ないとは、思うのですが、自宅に請求書が届くようになったそうです、４月の中頃から。」 「どのような？」 「えぇ、ランジェリーショップの・・・たしか、『テンポラリー』とか。県庁通りの裏手にある会員制の。」 「へぇ、吉川先生も、行かれるのですか？」 「い、いえ、私は、量販店で・・・。先生、セクハラですよ。」 「ごめんごめん、つい。で、そこの請求書をお母さまは、見られたのですか？」 「いえ、そこまでは、でも、毎月来ていたと。」 「ほぉ、気になりますね。他の亡くなられた先生と、共通すれば・・・。」 「そうですね、そこまでは、陣野先生も判らないのですか。」 「えぇ、でも、吉川先生まずは、そのお店の様子を伺うのも。」 「はい、私もそう考えていました。陣野先生に行かせるわけにいきませんものね。」 「えぇ、一人身の私が、会員制下着屋にでも行こうものなら、ＰＴＡから・・・。」 「わかりました、では、早速今日の帰りにでも、行って見ます。」 「くれぐれも、気付かれないように、それと、身の危険を感じたら中止してもいいのですよ。」 「はい、ありがとうございます。私なりに調べさせていただきます。」 ペコリと頭を下げ、指導室の出口に向かう緑。緑の背後を見送る陣野の視線は、ジャージに薄っすらと写る量販店で買われたと白状したシルエットが見える。 授業も部活動も全てが終わり、夕闇に暮れる校舎を後にする緑。いつもの行動パターンとはまったく別の方向へ車を走らせると財布の中身を気にしてか、煩雑なバッグの中身を漁る。 「うーん、高いんだろうなぁ、会員制でしょ、うん万円？。カード使えるのかなぁ。」 緑の心配はまだその程度のものだった。 県庁通りの裏を直角に曲がると車がすれ違うのには苦労しそうな道へ入る。高級車の止まる駐車場が見えると、高級な皮製品でも置いてあるような暗めの照明が点いた店が目に入る。 飾り付けのないショーウィンドーには、人間と見まがうほどの精巧なマネキンが、透けたピンクのＧストリングを履かされ、上半身には揃いのキャミソールが掛けられている。 「た、高そー。」 意を決し高級車の横に車を止めると、深く息を吸い、吐き出す勢いで「テンポラリー」の扉の前に立った。 「いらっしゃいませ・・・あら、初めてのお客様ね、誰かのご紹介かしら？」 「あぁ・・い、いえ、紹介がなければ、見せていただけないのですか？」 たじろぐ緑は、門前払いを受けまいと、店の女店員に喰らいついた。 「えぇ。会員制ですので・・・マダム・・・どうします？」 店員は、奥でパソコンにデータを打ち込む女に声を掛ける。細い淵のメガネを掛けた５０過ぎの女は、メガネを眉の上に押し上げると、玄関に立ちすくむ緑の姿を目に入れた。 「静さん、お通しして、他の会員さまもいないから、いいわ。」 「えっ？」 「だって、そのお客さま・・・とてもスタイルが良いわ。どこぞの型の崩れたおば様より、余程、うちのアイテムが似合うと思うわ。」 「は、はぁ。」 「静さん、今日はもういいわ、後は私が・・・。」 「は、はい、では、失礼いたします。」 静と呼ばれた店員は、緑を店内に招き入れるとバックヤードに消え、その数十秒後には、挨拶と共に帰宅した。 中に通された緑は、店内をくまなく見回すと、カゴに詰まれたセール品に目を通す。 「セール品で８，８００円、パンティーだけで。杏子、こんな高い下着を・・・。」 「はじめまして、当店のオーナーをしております、六沢麗子と申します。今後とも、ご贔屓のほどを。」 「あ、はい。」 「今日は、どのようなランジェリーを・・・情熱的なもの？それとも清楚なもの？」 「い、いえ、特に決めてなくて・・・。」 「あら、そう。じゃぁ、お客さまにお似合いを、探させてくださらない。」 「あ、お願いします。」 もじもじと落ち着きのない動きをする緑を嘗め回すように爪先から頭頂部を見回すと、背後に回りサイズを測り始める。 「良いわぁ、細身で、筋肉質で、出るとこは出、引っ込むとこは引っ込んでて。なにか運動でも？」 「あ、はい、空手を・・・。」 「まぁ、カッコいい。スポーティーというより何か凛とした趣を感じたわ。じゃぁ・・・これがお似合いね。」 麗子はハンガーに掛けられている真っ白な紐状の物を取り出した。麗子の指先には、あやとり紐のような形状で、隠すことを前提にしていないＧストリングスがある。ブラの方はハンガーに掛けたままだが、下と同じく隠すことを主にせず見せるための下着を想像させた。 「え、これですか。」 「えぇ、空手って、形とかなんかは、見せる演武でしょ。・・・まさにぴったりだわ。」 一瞬、否定的な言葉を掛けようかとしたが、店の素性など調べる点で緑は同調するしかなかった。 「よ、よく、ご存知ですね。形をする際、動きが俊敏で、スポーツショーツなんかでは、どうもしっくりこなくて。」 「でしょ、これは、履いてる感じがまったくないの。ちょっと、試着して・・・どうぞ、どうぞ。」 緑は麗子に追われるように試着室に押し込まれ、渡された上下の卑猥な下着をハンガーにかけた。試着室の中の大きな姿見は三方にあり、緑の姿を捉えている。 「試着できたら呼んでね。」 「は、はい。」 試着姿を見られることは意識せず、いつもどおりの着替え順にズボンと下着を脱いだ。汗ばんだままの緑は股間を気にし、備え付けのデオドラントシートをトイレで行うように股の間を拭った。数枚つかったシートはクズカゴに捨て、おりものシートのようなサポーターを汗まみれの陰唇に纏わせた。 白のＧストリングスに足を通すとそのまま肌と繊維の抵抗なく、緑の覆い隠せぬ陰毛をカバーする。はみ出した陰毛を押さえ込むが、小さめの三角からは、食み出してしまっていた。 「小さすぎる、こんなの穿く人いるの？杏子も・・・まさか。」 上半身も簡単に脱ぎ去ると、股間よりも回数少なく脇の汗を拭い、小さな三角を二つあしらったブラを装着した。小さめの乳首が幸いしてか、下と違い労なくして恥ずかしい部分は隠しきれた。 三つの姿見に自分の姿を写す緑。下着を着けている意識はまったくなく、裸でいるよりも恥ずかしさを覚えていた。 「真っ裸のほうが、恥ずかしくないなんて・・・。で、でも信二さんが見たら、興奮しそうね。こんどのデートで・・・。」 「シャッ・・・あら、とても、お似合い。」 「キャッ・・・し、閉めてください・・・恥ずかしい。」 「あら、ここは会員制よ、だれも見ていないわ。・・・これがうちのやり方でね、どれどれ。」 体とのフィット具合を確かめるように麗子は、緑の肌に食い込み恥ずかしい部分を隠そうとする部分を指先で確かめていく。 尻の割れ目に添った紐を少し張ると、陰毛を隠す三角がずり上がり、緑の陰唇をサポータ越しに割り裂こうとする。 胸の部分も乳首を覆い隠す部分の位置を調整し、見栄え良い姿に変えた。 「いいわぁぁ・・・ほれちゃいそぉ。」 「は、恥ずかしいです。・・・」 「だめよ、恥ずかしがっちゃ。・・・わたしには判るのよ。あなたの心、とても見られたがってる。彼氏にも、そして、見ず知らずの人間にも。」 「そ、そんなこと、ありません。」 「ないことないわ、だって、そうでなければ、こんなお店に、会員でもない人は来なくてよ。」 「・・・。」 「図星ね、いいの、そうでなくちゃ、女は綺麗になれない。誰にもみられない体なんて綺麗になれっこないわ。」 緑の気持ちを代弁するかのように語る麗子は、正面、背後とくまなく覗き込む。三つの姿見と麗子からの視線をまともに受ける緑の股間は、シートで拭う前より汗ばんできた。 体の火照りを自ら感じ取ると、空調の働きを確認するように麗子へ問いかける。 「あ、暑いですね、エアコンの効き、悪くないですか？」 「いいえ、２５度設定よ。しかも、昨日、新しくしたばっかり。・・・あら、見られて火照ってきたのかしら？」 「そ、そんなこと、ありません。汚したら悪いので、脱ぎます。」 「うーん、いいの。そのまま着ていて、お近づきの印しに私からプレゼントさせていただくわ。」 「えっ。」 「気に入ってもらえないの？」 「いえ、でも、ちょっと恥ずかしくて・・・。どこで着たら良いのか。」 「そーね、お客さまの・・あら、お名前聞いてなかったわね。」 「あ、吉川といいます。」 「下のお名前で呼びたいわ。」 「緑といいます、吉川緑。」 「凛としたお名前ね。・・・緑さん、このＧストリングスはいつ着てもいいのよ、とっておきの日でも、普通の日でも、でも月一の日は厄介ね。」 「そ、そうですね・・・無理があります。」 麗子の冗談を受け入れるほど麗子に親近感の涌いた緑は、体を覆うものが紐だけの姿のまま麗子と談笑し始めた。 「なんか、自信がつきました。数分着てるとすごく楽なのが判ります。本当にいただいても・・・。」 「いいの、気にしないで、さっきも言ったとおり、型の崩れたおばさまたちに着られるより、みどりさんみたいな若くて綺麗な女の子のためにあるようなものよ、うちのアイテムは。」 「じゃ、遠慮なく。」 着替えますので出てくださいと言わんばかりの顔をした緑に対し、麗子は呆れた顔になる。 「みどりさん、それはプレゼントよ。今日はそのまま着て帰りなさい。そうすれば、Ｇストリングスの良さが判るから・・・ね。」 「は、はい。」 そう言うと麗子は、試着室のカーテンから出ていき、緑だけを残した。先程脱ぎ去った下着を麗子に渡された店のロゴ入りの袋に入れ、カバンに詰め込んだ。着てきた服を着ると、下着の感覚はなく、爽快感を感じた緑は、杏子のことを忘れかけ、ここに来た意味すら忘れかけていた。 「あ、ありがとうございました・・・えっと。」 「麗子よ。」 「麗子さん、次回来る時は、ちゃんとお金を払い購入しますので・・・。」 「いいのよ気にしないで、それよりみどりさん。うちのお店どこで・・・ホームページもないのに。」 「あ、と、友達が通ってて・・・。」 「誰かしら、お礼をしなきゃいけないわその方に。」 「宮前、杏子、・・・杏子から聞きました。」 「・・・あら、そう・・・宮前さんね。彼女、最近見ないけど元気かしら？」 「え、ええ、元気そうですよ。今度は、二人で来させて頂きます。」 「みどりさん、一人でも構わないわ。あ、そうそう・・・今度、こういうイベントを企画してるの、是非、あなたにも参加して欲しいわ。」 チラシを渡された緑は、内容に目を走らせずカバンにしまう。閉店時間を過ぎたことを気にしてか、緑はカバンを抱え玄関へ移動し始める。 「れ、麗子さん、そのイベント見学させてもらっても良いですか？」 「えぇ、大歓迎よ・・・前の日にでも連絡を頂戴、これ、私の名刺・・・携帯にかけてくれればいいから。」 杏子のことを寝堀聞こうか迷う緑は、次回のイベントに参加を前向きに考えることを麗子につげ、杏子が通うきっかけ等はその際に聞こうと考える。 「では、ありがとうございました。」 「・・・。」 緑の姿が見えなくなるまで深々とお辞儀をする麗子。その顔つきは、安価で落札出来たオークションのお気に入り商品を手にした時の顔と同じだった。 |
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| 2012.2.25掲載 |
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