| 序章 「合掌・・・・プワァァァァァン」 葬儀場を一台の洋装の霊柩車がクラクションを鳴らし参列者の前を通り過ぎる。学生服を着た男女が数十人涙ながらに俯いている。 その後を数台のマイクロバスと共に物言わぬ亡骸と、血縁者であろう人々が続き、その者たちが通り過ぎた瞬間、儀礼的に参列したものは本当の自分に戻る。 「あの先生、まだ若いのにねぇ・・・。」 「若いから病気の進行も早いのかしら。」 「私も健康診断予約しなきゃねぇ・・・。」 「あら、奥さま・・・どこの病院を？」 「新しく出来た、ほら、三丁目の。」 「あぁ、イケメンの先生ね。」 「奥さま、良くご存知じゃないっ・・・ハハハッ。」 数人の井戸端会議を後列から聞いていた背筋の伸びた姿勢の良い女は、その数人をかき分け霊柩車が見えなくなるまで目を瞑り念仏を唱えた。 肩をぶつけられた女達は、ヒソヒソ声でその女の評価を下している。良いわけのない批評を聞くこともなく合掌した女は、一筋の涙を頬に伝わすと、ハンカチで拭わず手のひらで拭い去る。 化粧の薄い女の頬を伝う涙は、筋を気にすることなく薄く塗られたファンデーションの上を流れ落ち、流れ去った後の頬は、カンカンとした夏の日差しを受けている。 その日差しを避けるように日陰を探し、駐車場にいく道すがら、蝉の泣き声を気にしなくなるほど姿勢の良い女は送られた女への思いを深めていった。 「なんで、どうして、杏子、なにがあったの。」 答えのない問題を解かされているような感覚の女は、焼けた車内の中でも自問自答を繰り返すが、簡単に解ける答えはそこにはなかった。 「どうして、・・・・。」 暑さに耐え切れず額を拭うと、エンジンをかけエアコンの噴出し口が音を立ててまだ温もったままの空気を噴射する。エアコンの冷気が届き始めても女の自問は解消されず、目を閉じたままだったが窓ガラスをノックする音にその自問は中断させられる。 「コンコンッ・・・吉川先生。」 「ジィィィィ・・・陣野主任。」 パワーウインドを降ろしたその先には、日に焼けた肌をした男が葬儀場には似つかわしくない白い歯を見せた。 「先生は、学校に戻るの？」 「えぇ・・・部活もありますし・・・陣野先生は？」 「私は、教育委員会に呼ばれてね。ここに来る時は、他の先生方と来たもので・・・。」 「では、お送りしましょうか？」 「そのつもりで声を掛けたんだ。」 陣野と呼ばれる男は、悪びれることもなく助手席の扉を開けると、ハンカチを額に当て、まだエアコンの冷気の行き届かない車内に入り込む。 「市役所分庁舎でしたっけ？委員会は。」 「あぁ・・・悪いね。」 陣野がシートベルトをしたのを確認するとアクセルを踏み、まだ多く残る参列者の中を通り過ぎた。 市の外れの工業地帯に隣接する葬儀場から市役所分庁舎までは、２０分ほど掛かる。その中で話された内容は、本日葬送された杏子の話で時間は潰れていた。 「吉川先生は、中学が一緒だったんだね。」 「えぇ、配属先は違えど、隣の校区ですし。」 「まぁ、落ち込まないでください。」 「でも、本当に。」 「あぁ、病死とのことだけど・・・。」 「ことだけど？」 「いや、憶測で物はかんがえないようにしよう。あ、ここでいいよ。」 「お、おつかれさまでした陣野先生。」 「ありがとう・・・ごくろうさま。」 陣野の言葉が、引っかかりながらも部活の時間が迫り、分庁舎の駐車場から左折する。その車と入れ替わりに入った運転手つきの公用車は、分庁舎の玄関に横付けされる。 「陣野先生・・・お早いですね。葬儀は参列を？」 玄関にたどりついた陣野に窓から声を掛ける男。大きく頭を垂れた陣野は、後部座席の扉に手をかけ、その男が降車しやすいよう扉をあけた。 「きょ、教育長。えぇ先程、終わりました。」 「そうですか、私も行ったのですが、時間が合わなくて、終わった後でした。先生は、タクシーで？」 「いえ、同僚の教員に送ってもらいました。彼女の同期だったようで。」 「そうですか。それは、さぞ、落ち込んでいたでしょう。」 「はい、・・・それで今日の会議は？」 「そうです、その話題です。・・・公には出来ない会議。」 陣野の前を行く教育長の背中は、憂鬱な会議であるはずが、その背には一片の曇りもないように陣野には見えていた。 正午を過ぎた夏休みの学校は、部活動の生徒もまばらで、昼の活動に備えるもの午前中で活動を終えるもの様々だった。 「緑先生・・・今日のメニューは。・・・せ、先生？］ 「あ、ごめん。・・・そ、そうね。ランニングの後・・・素振りから・・・いつものように。」 「はいっ。」 体育教官室に座ったままの吉川緑は、陣野の言葉を繰り返していた。 「ことだけど・・・病死とのことだけど。」 「どうしました吉川先生？・・・生徒が待ってますよ。」 「あっ・・はい。」 葬儀から帰ったままの黒い礼服姿の緑は、声を掛けた先輩体育教師山崎の言葉に促され、着替えの入ったバックを片手に、教官室の傍らにある古びたロッカールームに消えた。 吉川緑の後姿を見つめ続ける山崎の視線に反応することなくバタンッと扉は閉まり、警戒音のように鍵が掛かる音が山崎の居る教官室に響き渡った。 徐に携帯を取り出した山崎は、登録された番号に躊躇なくダイヤルする。発信された先の者が素早く応答すると、山崎は一言だけ言葉を発した。 「守さま、ｉｎです。・・・プープー。」 緑の入ったロッカールームの中を想像した山崎は、ジャージの先端の膨らみを気にしながら、古ぼけた応接椅子に腰を沈めた。 汗臭さとかび臭さが入り混じったロッカールーム。カーテンで仕切られた窓ガラスからは、遮られることのない熱が緑の纏う礼服に覆いかぶさる。 時間を気にしながら、ジャケットをハンガーにかけると、ワイシャツのボタンに指をかける。上から順番にボタンを外していくと、Ｂカップのブラが乳房との隙間を作りながら現れる。 急いでいるのか、それが緑の順序かは判らないが、スカートを脱ぎ去る前に装飾のない地味なブラを脱ぎ去った。 「カタッ」 大きな音ではないが、耳に入らなくもない音がロッカーを席巻する。が、老朽化した教官室の響きであると確信した緑は、汗ばんだブラをカバンに仕舞うと、有名スポーツメーカーのスポーツブラを頭から通し、小ぶりの乳房と色目の薄い乳首をその中に覆い被せてしまった。 数秒間だけ、異質な事象を感じ取りながらも、五感に飛び込まないことは、すぐさま通り過ぎ、次の作業へと移行する。 スポーツブラの上に同メーカーの吸水性を謳い文句にしたＴシャツを纏うと、スカートのウエスト周りをクルリと反転させホックを目の前に回した。 「カタッ」 再び同じ音がする中、ホックを外し、するりと腰から抜くと、上下を対にした地味目なパンティを披露した。埃を被ったロッカールームの床を気にしてか、汚れがつく前に片足を椅子に上げ、汚れないよう両の足を開き礼服をたたむ。 短めのＴシャツは、緑のパンティーを隠すことなく露出させ、着替えをロッカーにかけるまで、その空間を自由に漂う。汗で食込み気味の尻まわりを指で拡げ、大きくない尻肉を容易く覆い被させた。 「カタッカタッ」 「だれっ？」 三度目の音が耳に入ると、反射的に声を出し、警戒の視線を浴びせる。周囲を一回り見回すと、扉付近や、鍵の施錠具合を確認する。何事もないと自らに言い聞かせると、警戒を解きハーフパンツの入ったカバンに手を入れる。 「気のせいか。」 「新しくならないかなぁ、このロッカールーム。シャワー室くらい新設してくれてもいいのに。」 古びた施設を視線で追いながら、色々な年代のトロフィーを見つめ、時間の経過と、経過しても変わらないその場所を感じながらため息をつく。 「無理か・・・予算なさそうだしね。」 諦めの一言と共にハーフパンツを穿くと、ＴシャツをＩｎし、再びパンティの具合を調節すると、ロッカーに鍵をかけ、誇り臭い教官室の扉を開け光溢れる校庭に赴いた。 「バタンッ。」 「カタッカタッカタッ」 吉川緑が夏の光を浴びたその数秒後、夏服を着崩した生徒がロッカールーム横の軟式野球部の部室から股間を膨らませながら後にし、再び教官室の山崎に合図する。 「守さま・・・数分ですよ。」 「あぁ・・・合図しろよ。」 山崎は守と呼ばれる生徒に簡易的なロッカーの鍵を手渡した。山崎がロッカールームの前に陣取ると、守は中に入り、女教師の汗ばんだ匂いだけを感知し、「吉川緑」と書かれたロッカーの鍵を躊躇なく開けさった。 |
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| 2012.1.21掲載 |
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