（あなたとはこれっきりね・・・）
　という一言が最後に来たメールの結びに記されていた。

「あ〜あ、また振られちゃった。俺ってどうしてこう振られやすいんだろうな〜？付合い始めてすぐにガツガツしちゃうのがいけないのかな〜？」

　吾郎はそう言いながら珍しく鏡を覗き込んだ。
　男が鏡を覗くのは、ふつうヒゲを剃る時と髪をブローする時ぐらいのものだ。

「これでもオレってそんなに悪い男じゃないと思うんだけどな〜。どうしてこうダメなんだろう・・・。女の子には優しいつもりだし、う〜ん、やっぱり口下手だからかな〜」

　板垣吾郎・・・現在すでに２７歳になるが、いまだに女性との交際で長続きした験しがない。
　そこそこは進展するのだが、数ヵ月で頓挫してしまう。
　何が原因なのか？と考えてみるのだがよく解らないのが実情だ。
　自分の欠点と言うものは、自分ではなかなか解らないものだ。
　狭いワンルームマンションで、ひとり愚痴ったり、ため息をついている自分が情けなく思えてくる。

「チェッ・・・つまらねえや。今日はせっかくの休みだって言うのにデートの予定も無しか。まあ仕方が無いか。アーケードでもぶらぶらしてこよう・・・」

　吾郎はパソコンの電源を落とし、ロゴ入りのＴシャツとスリムなジーンズ姿のままで散歩することにした。
　梅雨の合間の僅かな晴れ間、雨が続いて気分が滅入っていたが、久しぶりに散歩日和と言える。

「つまらないな〜。もうすぐ梅雨が明けりゃ夏だって言うのに何にも予定がないもんなぁ・・・」

　吾郎は昨年パソコンを買ったのは、正直なところ恋人探しが目的であった。
　数多くの出会いのサイトを見つけ、月並みにメールを出しまくった。
　その甲斐あってメールフレンドは数人見つかったし、待望の恋人も近県に現われた。
　うまく実るかに思われた恋だったが、日頃の残業続きが祟ってデートも誘えない状態が続いた。
　そんな事情など詳しく知り得ない相手からは「熱意がない」としか思われず、結局、破局を迎えることになった。

　アーケードは不景気と最近の天候のせいで、人通りも少なくどこか物足りない。
　特に買うあてもなく、ブラリブラリとウィンドショッピング。
　先を急ぐ男がうざったそうに速足で吾郎を追い抜いていく。
　アーヶードも途切れたので、ぼちぼち帰ろうかと思った矢先、落ち着いた声の女性が声を掛けて来た。

「ちょっと、そこの方・・・」

　吾郎が振り向くと、そこには２０代後半ぐらいの神秘的な雰囲気の女性が彼を見つめていた。

「あのぅ・・・俺・・・ですか？」
「ええ、あなたですよ」
「何か用ですか？」
「あなたには幸運が待っています」
「へ？」

　吾郎は戸惑った。
　今まで神社に参ってもろくに手を合わせたこともない男だったし、雑誌の占いコーナーに目を通すこともなかった。
　そんな男に美しく神秘的な占い師が声を掛けたのであった。
　占い師の机を見ると『天と地 夢と現 真実と虚偽 チル占星術』と書いた白い布が垂れ下がっていた。

「もう一度言います。あなたにはすごく良縁が待っています」
「な、なんだって？そんな薮から棒に・・・」
「あなたはまだ未婚ですね？それならばとても良い結婚相手が見つかります」
「そ、そんなこと急に言われたって。どうして俺にそんなことを？」
「私は占星術師のチルといいます。夢分析も得意としています」
「それは嬉しいけど・・・にわかには信じられないっすよ〜」
「それは無理も無いことです。だけどこれは真実なのです」
「真実・・・なのですか・・・？」

　吾郎は信じられないと言った表情で占星術師を見ていると、彼女はおもむろに小さな石を取り出した。

「これは真実石といいます。これを持っていると、あなたの理想の女性が向こうからやって来ます。これを差し上げます」

　吾郎は貰った小さな石をじっと見つめた。
　特に変わったところはなくは見当たらず、ただの石ころのようにしか見えなかった。

「これってただの石ころじゃないんですか？本当にこれを持ってたら、彼女が出来るんですか？」

　占星術師は慈愛に溢れた微笑を浮かべコクリと肯いた。
　吾郎は言った。

「あ、判った！彼女ってもしかしてあなたのことではないのですか？」
「ｗはっ〜！違う、違う、違いますよ〜。私ではありません。別の方ですわ」
「なんだ、違うのかぁ。はっはっは〜。ところで、代金はいくらなの？」
「お金は要りませんよ。今度占いをさせていただいた時にでもいただきますわ」

　占星術師は品の良い笑みを浮かべながら答えた。
　吾郎はきちんと礼を述べて彼女の元を立去ったのであった。

　吾郎はタダで良いと言うから受取ったものの、何かキツネにでも抓（つま）まれたような気持ちになった。