６．水曜日の朝

　その日の目覚めは早かった。
　僕は手早く朝食を取ると、いつもより３０分ほど早めに家を出た。
　僕の頭の中では、きのうの佐藤美沙子の残像が、ぼんやりと残っていた。
　彼女に感じる母親のような雰囲気と、一方でたまらなく『女』を感じる部分・・・その相反した印象が、僕の気持ちの中で、ないまぜになっていた。
　僕は、中途半端な感情を抱えたまま電車に乗り、やがて乗り換え駅についた。
　かなりの席が空いたが、僕は時間の余裕にも関わらず、座らずに駅のホームへ降りた。　次に来る快速は、いつもよりかなり早い時間の電車である。
　僕自身、あえて早い快速にしたのは、ある企みがあったからだ。
　その企みを抱えたまま、僕の目は自然と、どこか母性を感じる女性を探していた。
　そのとき、駅の階段を上ってくる、１組の親子連れらしい３人組が目にとまった。
　両親と娘といったところだろう。
　娘は僕と同じくらいの年に見えた。大学生か何かなのだろう。
　しつけの行き届いた、まさに清楚なお嬢さんといった雰囲気だった。
　母親は、いかにもこの娘にしてこの母親ありといった、良家のお嬢さん上がりのように見えた。
　顔立ちはやや派手だが、どこか気弱そうな感じを受けた。。
　年齢は、５０歳前後に見えた。
　父親は２〜３歳年上ぐらいだろう。会社のお偉いさんといった雰囲気であった。
　妻を、家政婦ぐらいにしか思っていないような、どこか不遜な感じを受けた。
　母親が気弱そうに見えるのは、この夫のせいかも知れない、と僕は思った。
　父親と娘は親しげに会話を弾ませながら、先頭車両の、いちばん前の列に並んだ。
　ちょうど、終点の改札口が近いあたりである。
　母親は、一歩下がるように、２人の後ろについた。
　僕はおもむろに、親子の後ろに並び、快速電車を待った。
　並んでいる間、父親は、妻に対し、厳しい注意の言葉を向けていた。
「いいな。きょうの席は、せっかく先方さんが気をきかせて、我々のために用意してくださったんだ。くれぐれも、粗相するんじゃないぞ。わかってるな。」
　母親は、それを聞いて、やや怯えたように答えた。
「は、はい・・・わかりました。あなた。」
　この母親は、こんな感じで、結婚してからずっと、夫に対し、言いたいことも言えないのだろう。
　そう思うと、何となくこの母親が気の毒に思えてきた。
　やがて入線してきた電車は、心なしか、いつもの時間の快速よりも混雑しているようであった。
　扉が開き、乗客がいっせいに乗り込んだ。
　親子と僕は、ほとんど列の最後尾であった。
　乗り込むスペースは、開いたドアの近くに限られていた。
　乗り込んだとき、娘はドア左の手すりのところに立ち、それを父親が優しく庇うように位置した。
　母親は、その右隣に、ドアの方に顔を向けて立った。
　父娘は、母親にやや背を向けて立っていた。
　僕はうまく母親の後ろに位置した。
　扉が閉まるとき、母親と僕の密着が深まった。
　母親の黒のタイトスカート越しに、尻の谷間のところに、僕のすでに固くなっていた怒張がぴったりと沈み込んだ。
　その感触を感じてか、母親は驚き、一瞬僕の方を振り向いた。
　母親は、娘とほとんど年の変わらなそうな僕が相手だとわかると、当惑したように息を飲んだ。
　僕は母親を見つめたまま、さらに密着を深め、怒張を押し付けた。
　すると母親は、
「あ・・・・いやっ・・・」
　そう小さく放ったあと、恥ずかしそうに唇を噛んで、そのまま前を向き、うつむいてしまった。
　電車に乗り込んだばかりだというのに、痴漢の洗礼を受けてしまった母親。
　彼女はそのまま、夫や娘の側で、息子のように若い見知らぬ男に辱められ続けながら、駅までの時間を過ごすことになるのだ。

　電車の揺れは、僕と母親との密着を、ますます高めていった。
　そのたびに母親は、僕の怒張の感触を、尻に感じる形となった。
　母親の羞恥の色は、ますます深くなっていった。
　母親は体を固くしながらも、動く気配は見せなかった。
　確かにこの混雑では、動いても、逃げられるとは限らない。
　それにこの母親にとっては、変に動くことで、夫や娘に知られてしまうことの方が、羞恥が大きいように思われた。
　まして彼女の夫は、彼女が痴漢にあっても、とても助けるタイプとは思えなかった。
　恐らく助けを求めたとしても、
『痴漢だと？そんなの、お前に隙があるのがいけないんだ！それに娘の前だぞ。痴漢にあうような隙をつくるなんて、母親として、恥ずかしいと思わないのか！』
　と、かえって説教されてしまうのがオチであろう。
　これでは、ますます恥をさらしてしまうようなものだ。
　母親が動かずに我慢しているのも、そう考えると、無理のないことに思われた。
　僕はそんな母親の心情を思うと、同情を禁じえなかった。
　その一方で、僕はますます怒張を尻に押し付け、この気の毒な母親を困らせていった。　僕は下半身を押し付けながら、左手を黒のタイトスカートに伸ばしていった。
　そうして、腰から横尻のあたりにかけて、手のひらで撫で回していった。
　母親は小さく息を飲んで、体を固くした。
　そして、腰をもじもじと動かし、初めての抵抗をみせた。
　だが、すぐ側の夫と娘によほど知られたくないのか、その動きはどこか弱々しかった。　僕は、形だけの抵抗しかできない母親の腰から尻を、指先を少し立て、ソフトに撫でていった。
　母親は顔を伏せながら、弱々しく腰を動かし続けていた。
　僕はさらに手を下に動かし、脚の付け根の柔肉のあたりを、黒タイトの上から、優しく撫で上げていった。
　母親は、たまらないように唇を開き、体を縮めた。
　だが、何とか声を押しとどめ、脚を踏ん張り、気を確かに持とうと努めていた。
　僕はさらに、敏感そうな脚の付け根を、意地悪く撫で続けていった。
　母親の脚がかすかにもじついてしまうのは、僕の指に対して、体が反応してしまっている証拠のように思われた。
　僕はさらに、指先をそろえ、左手を母親の左の内腿に滑らせていった。
　そうして、黒タイトの柔らかな感触を味わいつつ、いやらしく母親の内腿を撫で上げた。
　その時だった。
「はうっ！・・・」
　彼女がたまらず官能の悲鳴を上げ、ガクンと腰を淫らに崩してしまった。
　その悲鳴と動きの大きさに、僕は心臓が止まりそうになった。
　何事が起こったのかと、周囲の好奇の目が、彼女に注がれた。
　加害者の立場である僕にとっても、自分の行為が暴かれてしまう危険をはらんだ事態となった。
　彼女の娘も、父親の背中ごしに、心配そうな目を母親に向けていた。
　その時、
「何やってんだ！」
　叱責の声の主は、彼女の夫であった。彼は自分の妻に向かって、
「こんな混んでいる電車の中で、そんな動くなんて、迷惑だろう！気分が悪くなったのかどうか知らないが、気をしっかり持たないお前が悪いんだ。迷惑かけて、恥ずかしいと思わないのか。まったく・・・」
　夫の声は、非情であった。だが彼にしてみれば、自分の妻をこうしたことで怒鳴るなど、恐らくほんの日常の一部に過ぎないのだろう。
　母親は、済まなそうに夫に答えた。
「は、はい・・・ごめんなさい、あなた。・・・大丈夫ですから」
　その一言を聞いて、夫は再び、妻に背を向け、娘を庇う位置に立った。
　娘はなお心配そうだったが、まさか、母親が痴漢されていたなどとは、実の娘の立場からは発想すらしていないに違いない。
　娘は、父親の、
「いいんだ。気にしなくて。」
　の一言に促され、そのまま母親から、視線を外していった。
　母親が姿勢を正すのを機に、僕は前２日のように、母親の背中右半身に、僕の前側左半身を重ねた。
　そうすることで、手が自由に動くうえ、彼女の表情も観察しやすいからである。
　母親はドアに両手を押し付け、体を支えていた。
　僕は再び左手を動かし、母親の黒タイトの上から、左の太腿の裏側を、ゆっくりと捉えた。
　母親は身構え、恐る恐る、僕の方へ顔を向けた。
　僕のぼんやりした視線が、母親の悲痛な視線とぶつかった。
　僕はそのまま視線をそらさず、太腿の裏側を、ソフトに撫で回し始めた。
　母親は、きっと唇を噛みながら、僕のいやらしい愛撫に耐えていた。
　母親の脚は、必死に緊張を保っているようだったが、ときどき、僕の指に耐え切れないように、淫らにもぞもぞと動いていた。
　脚が動いてしまうたび、母親は、羞恥と悔しさの入り混じったような顔で、唇を噛んだ。
　やがて、僕の降りるべき駅が近づいてきた。
　僕は駅に着くまでの間、太腿の裏側を、黒タイトの感触とともに、指で楽しみ続けた。　ホームに入線していった時、僕は、太腿の裏側を攻めながら、黒タイトに指を這わせ、徐々に手を下へ伸ばしていた。
　母親の黒タイトは、思いのほか短い丈で、彼女の脚の長さと相まって、手を伸ばせば裾を捉えることができた。
　やがて、駅に到着した快速電車は、僕たちの乗っているのと反対側のドアを開き、乗り降りする客を捌き始めた。
　だが僕は、降車の流れには乗らなかった。
　終着駅から折り返しても、出社時間には十分である。
　僕は予定通り、さらに一駅、この満員電車の中に留まることにした。
　客が乗り込み、車内はさらに混雑を増してきた。
　僕は混雑に乗じ、意を決し、はちきれそうな黒タイトの裾に指をかけ、たくし上げ始めた。
　母親は、慌てて僕に悲痛な視線を向け、いやいやをするように小さく首を振った。
　僕は構わず、そのままゆっくりと、黒タイトをたくし上げ続けた。
　母親の黒タイトは、脚が露になるまで上げられ、そのままの形で固定された。
　快速電車が、終着駅に向けて走り始めた。
　母親は、満員電車の中で下半身が露にされていることに対してだろう、たまらなく恥ずかしそうな顔でうつむいていた。
　僕は、羞恥の色を顔に帯びている母親の太腿の裏側を、優しく捉えた。
　僕はその感触に、少しどきりとした。
　どうやら、ストッキングをつけていないらしい。
　理由はわからないが、とにかく僕は、母親の太腿を、素肌の上から捉えることとなった。
　僕は指先を軽く立て、太腿の裏側を、らせん状に撫で回した。
　母親は、肌を直接僕の手で攻められ、きっと唇を噛んだ。
　だが、僕の手が太腿の裏側に円を描き続けるうち、耐え切れないように脚をもじつかせ、息を小さく荒げ始めた。
　その声は、きっと結ばれた唇の端から、ときどき我慢できないように、漏れ続けた。
「あっ・・・・・やっ・・・・・あっ・・・・・あっ・・・・・」
　彼女の官能的な声は、僕をますます興奮させていった。
　僕はさらに、指を上に伸ばし、脚の付け根を捉えた。
　そうして、黒タイトの上から攻めたのと同様に、優しく撫で上げ始めた。
　母親は、必死に脚を踏ん張って、自らの淫らな動きを自制した。
　が、体を動かさずに耐えた分、内なる官能の渦は、行き場を失ったように、彼女の内側を襲ったようだった。
　たまらないように、彼女が声を漏らした。
「んぐっ！・・・」
　母親は、自らが発した声に羞恥したように、再びうつむき、顔をしかめた。
　僕が脚の付け根を撫でている間、彼女の腰は小刻みに震え、僕の指に反応していた。
　僕は続いて、母親の内腿に手を滑らせようとした。
　慌てて、母親が厳しい視線を僕に浴びせた。
　その勢いに押され、僕は、太腿の上で、指の動きを止めた。
　しばらく２人は見詰め合った。
　と、やがて、母親の顔が、悲痛な哀願の表情に変わってきた。
　僕は、そのまま母親の顔を見つめていた。
　彼女は必死の顔で僕に目を向けながら、声を発さず、口だけを動かし、僕に何かしら訴えてきた。
　その口の動きは、こう読み取れた。
『やめて・・・・・やめて・・・・・』
　彼女の顔からは、やや恐怖の表情も見て取れた。
　理由はわからないではなかった。
　内腿といえば、母親が先ほど、僕に触れられ、腰をはしたなく崩してしまうほどに敏感に反応してしまった箇所である。その内腿を再び攻められれば、自分が再び電車の中で、たまらないほど恥ずかしい反応をしてしまうかも知れない・・・まして、今度は黒タイトの上ではなく、素肌なのだ・・・そう考えれば、彼女にしてみれば、僕の指の侵入は、何としても止めたいに違いない。
　だが暫くして、僕は再び手を動かし、内腿に向けて伸ばし始めた。
　母親は、必死に口を『やめて・・・』と動かしながら、いやいやと首を振って、僕を止めようとしていた。
　僕の指が、無情にも、さらに進んだ。
　とうとう母親は、僕の指で内腿を触られてしまう・・・それから逃げることはできない・・そう悟ったようだった。
　母親は、口を動かすのをやめ、覚悟を決めたように目を閉じた。
　そうして、きっと体を硬くし、ドアにぴったりと体を押し付け、僕の指を待った。
　僕は指先を揃え、母親の左の内腿を、脚の付け根に向け、ソフトにいやらしく撫で上げた。
　覚悟を決めていたはずの母親が、たまらず腰をくねらせ、下品な喘ぎ声を漏らした。
「はがあっ！」
　だが、電車は鉄橋を渡っており、その音にかき消され、彼女の声は気づかれなかった。　僕は、腰ががくがく震えている母親の体を、ドアに押し付け、何とか固定させた。
　僕の体は、再び、母親の真後ろに位置した。
　僕は、意識的に母親をドアに押し付けながら、内腿を非情に攻め続けた。
　内腿は、興奮のためか、熱を帯びたように生暖かかった。
　母親の腰は、逃げ場のない混雑の中、僕とドアの間でがくがく動き続けた。
　そのたびに、母親の尻の谷間は、僕の怒張をとらえ、沈み込ませていった。
　母親は腰を動かしつつ、必死で歯軋りしながら、官能の声が漏れないよう我慢していた。
　だが、彼女を襲う快感は、声を押しとどめることを許さないように思えた。
　母親の喘ぎ声が、ときどき耐え切れないように唇から漏れた。
「あっ・・・・はあっ・・・・・いやっ・・・・あううっ・・・」
　その声には、僕の思うがままに自分が感じさせられていることへの、どこか無念の思いがこめられているようであった。
　僕は内腿からさらに指を伸ばし、下着の上から、秘めやかな場所を捉えた。
　慌てて、彼女が小さく叫んだ。
「あっ・・・・だめっ・・・・」
　僕は下着の上から、ゆっくりと秘部を攻め続けた。
　母親の下着は、すでにぐっしょりと濡れていた。
　それを僕に知られた羞恥からか、母親の顔は、さらに火がついたようになっていた。
　僕は下着の横から手を忍ばせ、彼女の大切な部分を、じかに捉えた。
　再び、彼女が腰をよじりながら、小さく叫んだ。
「あっ・・・・や・・・・だめよっ・・・・」
　だが、彼女の蜜壺はもう、あふれかえるほどの愛液で、じっとりと湿っていた。
　夫や娘の側で、しかも他の客もたくさんいる満員電車という空間で、痴漢の指で、はしたなく反応してしまった彼女・・・痴漢の僕に、濡らしていることを悟られ、母親の心情はどんなものだったろう。
　僕はさらに、彼女の蜜壺を攻め続けた。
　攻め続けるうち、彼女の蜜壺は、まるで僕の指を受け入れやすくするように、ますます潤いを増していった。
　そうして、しばらくの時が過ぎた。
　母親が、僕の右手を握ってきた。
　僕は驚いて、指の動きを止めた。
　母親は、首を後ろに向け、僕を見つめながら、かすかな声で囁いた。
「もっと・・・・続けて・・・・」
　僕は戸惑ったまま、まだ指を動かせないでいた。
　母親は、さらに続けた。
「お願い・・・・続けて・・・・あなたの手で・・・・続けて・・・・」
　母親の顔には、すがるような、どこか悲しげな表情が浮かんでいた。
　母親に見つめられながら、僕は考えていた。
　きっとこの母親は、今まであの夫に、きっと家政婦のように扱われてきたのだ。
　当然、女性として愛される喜びも、ほとんど与えられていないに違いない。
　そして、貞淑な妻、娘に恥ずかしくない母親の顔だけを、強制されてきたのだろう。
　そんな自分が、こうした公共の場で、痴漢の指で感じてしまっている・・・しかも、よりによって、娘と変わらない年頃の若い男に痴漢され、娘の側で女として感じてしまっている・・・そんなふしだらなことが周りにわかれば、自分はもちろん、何より、側にいる夫の立場が、瞬く間に吹き飛んでしまうだろう。
　そうした危険に身を任せることは、この母親としては、自分を人として、何よりも女として扱ってこなかった夫に対する、密かな、しかし精一杯の復讐なのかも知れなかった。　僕は再び、指で彼女の大切な部分を犯し始めた。
　母親は、覚悟を決めたように目をつぶり、僕の指を静かに受け止めていた。
　やがて、終着駅が近づくアナウンスが聞こえた。
　僕は母親に向かって、最後の確認をするために、声をかけた。
「いいんですね？」
　母親は顔をややこわばらせながらも、口をきつく閉めて、こくりと頷いた。
　母親の目から、一滴の涙がこぼれ、頬を伝った。
　僕は激情にかられ、必死に彼女の蜜壺を、指で犯し続けた。
　たまらず、彼女の口から、女の叫びが漏れた。
「あがっ！・・・・あご・・お・・・」
　母親は、慌てて左手で口を押さえた。
　母親の右手は、ますます強く、僕の右手を握り締めてきた。
　僕は、あふれ出る愛液に指をからませながら、秘部を攻め続けた。
　僕の指は、何度か母親自身に侵入し、中をかき回していった。
　そのたびに、母親はがくがく腰を動かし、手でふさいだ口から、歓喜の声を漏らした。
「んんっ！・・・・・んむむっ・・・・・んぐっ！・・・・」
　やがて、駅がホームに入っていった。
　母親は僕の指を受け止めていたが、とうとう耐え切れず、最後の時を迎えた。
「んぐううっ！・・・・・」
　母親は最後の声を絞り出すと、歓喜に腰を震わせ、上り詰めていった。
　やがて電車が停止し、静かに扉が開いた。
　僕たちは、ホームへ吐き出された。
　僕と母親は、ホームに立ち尽くしたまま、暫く見詰め合った。
　母親は何か言おうと口を動かしていたが、言葉にならなかった。
　そのとき、
「何やってるんだ！」
　我に返らす声が聞こえた。彼女の夫だった。
「もたもたするんじゃない！先方さんに、失礼があったらどうするんだ。ほら、早くしろ」
　その声に、はっとした彼女は、慌てて、従順な声で答えた。
「は、はい・・・ごめんなさい・・・・今、行きますから・・・」
　そう言って、彼女は、夫と娘の後ろをついていった。
　僕の方へは、二度と振り向かなかった。
　僕は彼女の後姿を見送りながら、何か、妙な感動に包まれていた。