１３　告白する教授

　なぜ、そんな行動をとってしまったのか……私自身にもわからなかった。
　気づいたときには、私はその男の子を、ホテルの部屋に導いていた。
　男の子は、所在なさげに、落ち着かない表情のまま、ふらふらと進んだ。
　そして、私の方に体を向け、ちょこんとベッドの端に腰を下ろした。
　私は、男の子の顔を、腕を組んだまま見下ろしていた。
　男の子は下を向いたまま、私に視線を合わせようとしなかった。
　まだ２０歳前後だろう。大人しそうな、どう見ても普通の若い男の子であった。
　自分の教え子……いや、４０代の私にとっては、結婚が早ければこれぐらいの息子がいてもおかしくない……まさに、大人と子供といっていい年の差。
　だが、間違いなくこの男の子が、さっきまで、私に卑劣な痴漢行為をしていたのだ。
　この男の子が、あろうことか電車の中で、身動きできない私を……太腿を、耳を、そして女の大切な部分を……そしてあろうことか、裸の尻まで……その手と指を使って、犯し続けたのだ。
　そして私は……男の子の執拗な痴漢行為によって、淫らな官能の渦へ堕ち……電車の中で、２度も……たまらなくなるような女の絶頂へと、上り詰めてしまった……。

　半年前にも、同じような出来事があった。
　あの時は、前日がゼミの懇親会で、車を大学に置いてきていた。
　久々の電車通勤と、駅の混雑に、私は戸惑いを隠せないでいた。
　到着した急行電車は、予想通りの混雑であった。
　私は奥へと押し込まれ、反対側のドアに体を張り付ける形になった。
　後ろには、遠足と思われる小学生たちの集団が乗っていた。
　発射間際であった。小学生たちをかきわけ、私の隣に滑り込んできた男がいた。
　それがあの男だった。
　どこといって特徴のない、３０歳前後の若い男だった。
　電車が発車してから、男はずっと、私を見透かすような、ぶしつけな視線を私に浴びせていた。
　私は相手にせず、目をそらし、窓の外の景色を眺めていた。
　その時だった。下半身に、違和感を感じた。
　はじめは痴漢かと思った。しかし、何かが違う……。
　私は気づいた。後ろの小学生が背負うリュックの端が、私の尻に触れているのだ。
　小学生は後ろ向きなのだろう。背が低いこともあって、ちょうど私の尻を刺激する位置に、偶然にリュックの端が触れただけなのだ。
　私は安心し、再びそのまま、窓の外を眺めていた。
　だが、事態は徐々に悪化していった。
　リュックの端が、相変わらず、私の尻を刺激し続けているのだ。
　電車の揺れにあわせ、ソフトなタッチで、リュックの端が私の尻を滑っていく。
　そしてそれは、時々、脚の付け根や、尻の谷間までも刺激してくるのだ。
　私は困った。相手はわざとではないし、しかもまだ小学生なのだ。
　しかも、これだけ混雑しているのである。小学生に注意したところで、戸惑うだけだろう。
　それに、こんなことで私が注意するということは、リュックの端で刺激されて、私がおかしくなっているような誤解を与えかねない。
　そんなふしだらなこと、私に限って、あるはずないではないか。
　しかし、リュックの刺激は、ますます優しく私の尻を襲っていった。
　私がどんなに心で否定しても、私の尻は、明らかに小学生のリュックの端の動きを、淫らで心地よい刺激として受け止めてしまっていた。
　私は、恥ずかしさに、ますます声が出せなくなった。
　男は、そんな私の状況に気づいたのか、笑みを浮かべながら私を見つめ続けていた。
　男に見られれば見られるほど、私の尻は、ますます敏感になってしまっていた。
　もうすでにここで私は、男の術中にはまっていたのだ。
　途中駅に着いて、小学生たちは無邪気な声をあげながら降りていった。
　しかし、乗り込んだ客達で、再び車内は動けないほどの混雑となった。
　その動きを利用して、男は私の真後ろに移動し、私をドアに押し付けた。
　そして、電車が再び走り出すと同時に、私に手を伸ばしてきた。
　もはや私は、抵抗できなかった。
　若い男の指は、信じられないほど巧みだった。
　小学生のリュックの刺激で、すっかり受け入れ態勢ができてしまった私の体を、慌てずゆっくりと、ていねいに愛撫を加えていった。
　私は周囲に知られまいと、必死に声を抑えていた。
　しかし、声を我慢すればするほど、内なる官能は、逃げ場を求めて私を襲った。
　男の指で、私の尻と太腿は、まんべんなく攻められていった。
　その指が私の秘部に伸びたときも、私は男の手を求め、知らず知らずのうちに、脚を広げていた。
　下着が下ろされても、私はまったく抵抗しなかった。
　男は、私が抵抗しないのがさも当然であるかのように、落ち着いた仕草で秘部を犯し始めた。
　私は必死に声を抑え、男の指に身を任せた。
　私の様子を見透かすように、男がささやいて来た。
「我慢できないんですね……いいですよ……このまま、いっても……」
　その声に、私はもう、耐えることができなかった。
　そして私は、男に攻め続けられ、とうとう、電車の中で上り詰めてしまった。

　ゴシップ雑誌に記事が出たのは、１週間後だった。
　記事の詳細な内容は、明らかに、あの男が１枚かんでいると思われるものだった。
　私は、記事の削除を求め、編集部へと向かった。
　出迎えた編集長が女性だったのは、正直驚きであった。
　編集長は、私の要求に対し、まったく聞く耳を持たなかった。
　そしてあろうことか、私の主張する女性問題の考えに対し、真っ向異議を唱えてきたのだ。
　私は怒りに震えたまま、席を立ち、編集部を出た。
　しかし、所詮ゴシップ雑誌である。どうせ信用性など少ない、下種な雑誌だと、世間では思われている。だから、気にすることもない……。
　そうして、そのまま、あの一件は忘れていたのだ。
　少なくとも、あの絵を見るまでは……。

　匿名の電話がかかってきたのは、１週間前だった。
　男の話で、私はゴシップ雑誌の編集長の姉が、友人のビルで画廊を開いていることを知った。
　今から考えれば、それは罠への誘いだったのだ。
　そういえば、あの電話の声は、どことなくあの男の声に似ていた……。　
　画廊のオーナーは、私よりも少し年上だろう、女性の私から見ても圧倒されるような美しい女だった。
　だが、その匂いたつ色気が、どこか男に媚びているような気がして、私は好きになれなかった。
　私はそのまま、中の絵を見渡した。
　その時に、あの絵と出会ったのだ。
　その絵は、私の忘れたい忌まわしい記憶を、まざまざと思い出させた。
　その時の私は、きっと半狂乱だったに違いない。
　絵を取り外す要求、さもないと画廊を潰すこと、雑誌の記事を取り下げること……そんなことを、ヒステリックにまくし立てたような気がする。
　しかしあのオーナーは、そんな私のことを、落ち着き払ってあしらっていた。
　私は、いたたまれなくなり、画廊を後にした。
　しかし、高ぶる気持ちは収まらなかった。
　近くの喫茶店で何杯コーヒーを飲んでも、効果はなかった。　
　しかもきょうは、絶対に遅れられない大事な用事があった。
　しかし、車の修理が遅れ、私はやむなく急行電車に乗り込んだ。
　だが……恐れていたことが、起きてしまった。
　あの時と同じように、私は電車の中で、若い男の指に溺れ……達してしまった。

　「あなた……あの男の仲間？　……」
　ふとそんな気がして、私は男の子に尋ねてみた。
　男の子は、きょとんとした表情で、私を見返した。
　どことなく、気まずい沈黙が続いた。
　しばらくして、男の子が口を開いた。
　「あの……お願いがあります……」
　私は少し間をおき、深呼吸をして、再び男の子に話しかけた。
　「何かしら？　……お願いって……」
　「画廊を、潰さないでください……先生が、あの画廊を潰すかもしれないって、そう　話を聞きました……潰さないでくれませんか……」
　意外な反応だった。
　男からの電話で、私は画廊に出向いた。電話がなければ、画廊を潰すとか何とか、そんな話も出なかったのだ。
　しかしこの男の子は、画廊が潰れることを心配している……。
　となると、あの男、あるいは電話の男との関係は、薄そうに思われた。
　「じゃ、画廊の人？　……私が電車で痴態を見せれば、画廊を潰すことも、堂々と主張できなくなる……そう考えたのかしら？　……」
　男の子は、黙って何も言わなかった。
　それが肯定の意味なのかどうか、私にはわからなかった。
　しかし、そんなことはどうでもよくなっていた。
　「ま……どっちでもいいわ……気にしないでね……」
　だが、男の子はまだ心配そうな目つきで、私を見つめていた。
　私は、言葉を続けた。
　「潰したりしないわよ……そんな話も確かにしたけどね……こんな目にあって、こうして、あなたと一緒にホテルに入って……そんなこと考えたら、何か、あの画廊をどうこうしようとかなんて、馬鹿らしくなったわ……」

　「私ね、今日、娘と会う予定だったのよ」
　男の子は、驚いて目を見開いた。
　なぜこんな告白をその子にする気になったのか、私にもわからなかった。
　わからないまま、私は続けた。
　「離婚して、娘の親権が、相手に移ってね……１年に１回の約束で、夫の実家で、娘と会わせてくれることになってたの……今日も、その日だったのよ」
　別れた夫も、同じ大学教授であった。
　最初は私の仕事に理解を示してくれた夫も、ここ数年、私のマスコミへの露出が増えるとともに、冷たくなっていった。
　離婚時には、２人とも、１人で娘を養うのに十分な収入があった。
　だが、夫には、自分の実家の助けがあった。
　面倒を見てくれる、祖母たちがいた。
　私は泣く泣く親権を渡し、以前にも増して、仕事に打ち込んだ。
　最近夫は、私が年に１度娘に会うことを、とても嫌がっていた。
　夫に、再婚相手に考えている女性が現れていたのだ。
　年頃の娘も、その女性にようやくなついてきているらしい。
　しかし、私は娘との縁が切れてしまうのが、耐え切れなかった。
　だから１年に１度娘と会うのは、私にとって、絶対に欠かせないことだったのだ。　
　もしこの機会を逃せば、夫は、娘に会いに来なかったことを理由にして、私を２度と娘に会わせないだろう。
　それほど、大事な日だったのだ。今日という日は。
　それなのに……。

　私は男の子の横を通り過ぎ、枕元に座り、受話器を取った。
　約束の時間は、とうに過ぎていた。
　呼び出し音が鳴って間もなく、夫の声が受話器の向こうで響いた。
「千鶴子か……何やってんだ。何か、あったのか……」
　夫は心配そうな言葉を継いでいたが、それが形だけなのは、わかりきっていた。
　一呼吸おいて、私はゆっくりと話し始めた。
「あなた……私……私ね……ラブホテルにいるのよ……」
「な！……」
　夫は驚いて息を飲み、何も言えないようだった。
　私は続けた。
「遅れそうになったんで、急行に乗ってね……そう、車が修理中だったのよ……そしたら、急行が物凄く混んでてね……私、動けなかったわ」
　「な……何を言い出してるんだ……」
　「その時、私の体を、男の手が触ってきたわ……まだ２０歳くらいの、坊やみたいな男の子なのよ……その子の手が、私の体じゅうを、いやらしくまさぐってくるの……私、身動きできないまま、男の子に触られ続けたわ……」
　「…………」
「私、娘のことを考えたわ……こんな痴漢に、屈してなるものかと、耐えたわ……でもね……坊やの触り方、とても上手だった……あなたなんかより、とても上手だった……あなたのことも、娘のことも、忘れるくらい、気持ちよかったわ……」
「千鶴子……何を言ってるのか、わかってるのか……娘に、恥ずかしいと思わないのか……」
「私、そのまま、坊やに触られてね……電車の中で、果ててしまったわ……今、その坊やと一緒に、ホテルにいるのよ」
「ふざけるな！」
　夫の怒号が聞こえた。
「何てふしだらな……もうお前には、娘は会わせられない！　……お前を呼ぶのも、今日が最後だ。いいな！」
　そう言うと、ガチャンと電話が切れた。
　これで、２度と娘とは会えないだろう。
　でも、それでいいのだ。こんな淫らな母親を持つよりも、新しい母親の元で、きちんと育った方が、娘のためになる。
　一度会ったことのある、再婚相手となるだろう女性は、私とは正反対の、大人しい女性だった。でも、しつけがきちんとしているし、頭もいい。
　彼女なら、娘を任せられるだろう。
　
　私は、改めて男の子の方を振り向いた。
　男の子は、やや恐縮したような感じで、下を向いていた。
　心なしか、少し震えているようだった。
　私はゆっくりと話を始めた。
「さて……わかったでしょ……私には、家庭も、名誉も、なくなってしまったわ……娘にも会えないし……電車であんな姿をさらせば、名誉もなくなるでしょうね……こうなったのも、あなたのせいよ……どう責任とってくれるのかしらね」
　恨みがましい言葉を並べながら、なぜか私の口元は、笑みを浮かべていた。
　男の子は、しばらく黙ったあと、おずおずと切り出した。　　
「あの……とります……責任を、とります……僕が、先生を……守って……」
「ふざけないで！」
　私の怒号に、男の子は、思わず黙ってしまった。
　だが私は、男の子が吐くいい子ぶった言葉に、我慢ができなかったのだ。
「あなたが、私の、何を守るというの！　……あなたはね、所詮、私の体が欲しいだけなのよ……人でなしのように、私を辱め、犯したいだけなのよ……今更いい子ぶろうなんて、私が許さないわ」
　私は続けた。
「人でなしなら、人でなしらしく、したらどうなの……私を、電車の中でしたように、犯したらどうなの……犯しなさいよっ！」
　その時、男の子の目が、激情にかられたように燃え上がった。
　私はそのまま、勢いよく抱きつかれ、部屋の壁に押し付けられた。
　そこはベッドの横で、ほとんど逃げ場のない隙間しかなかった。
　私達は、激しく互いの唇を求め合った。
　私達の舌が、まるで愛し合う蛇のように、ねっとりと、淫らにからみついた。
　まるで互いの舌が、互いの口の中を犯しているかのようであった。
　私は壁を背にしながら、そのまま男の体に手を這わせ、ゆっくりとしゃがんでいった。
　そうして、唇で男の子のファスナーを咥え、ゆっくりと下ろしていった。
　中から取り出した男の子のものは、信じられないほど固く、逞しかった。
　私はそれを、おもむろに唇に含んだ。
　舌を使いながら、私はいとおしく、その怒張を口で愛していった。
　だが私は、従順な男の子の態度が、物足りなかった。
　そう……私は、犯してほしかったのだ。
　私のプライドを貶め、徹底的に、辱めてほしかったのだ。
　私は怒張を咥えながら、思わず、叫んでしまっていた。
「やめなさいっ……そんなにされたら、口に出ちゃうわ……ここは電車よ……みんなに、わかっちゃうわ……お願い、やめなさいっ……」
　その言葉が、男の子の加虐性に、火をつけたようだった。
　男の子は、私の頭をつかみ、逃げられないようにして、怒張にそって私の口を動かしていった。
　私は悦びに震えながら、言葉を続けた。
「うむっ……んぐ……だ……だめ……出さないで……みんなに、わかっちゃうわ……んんんんんっ！」
　男の子の怒張が、耐え切れずに、私の口の中で爆発していった。
　私は頭を抑えられたままで、怒張から唇を離すことができなかった。
　私はそんな状況に満足しながら、首だけはいやいやをしつつ、男の子の白い欲望をごくごくと飲み込んでいった。

　私はその晩、とうとうベッドで男の子と交わることはなかった。
　最後まで壁に押し付けられながら、スーツを着たまま、何度も私は辱められた。
　私は何度も言葉で抵抗しながら、数え切れないほどの歓喜に身を任せていった。

　翌日起きたのは、もう９時を回っていた。
　男の子の姿は、すでになかった。
　ホテル代のつもりだろう、万札が２枚、テーブルに置いてあった。
　私はそれを見て、何だかおかしくなり、笑い出してしまった。
　ひとしきり笑ったあと……何か、よくわからない疲れが私を襲った。
　昨日の疲れか、それとも今後の身の振り方を考えての疲れか、私にはわからなかった。
　だが、それも、どうでもよかった。
　私はただ、もう１度、深く眠ってしまいたかった。
　私は男の子が置いてあったお金を財布にしまい、そのまま、ゆっくりとベッドに入り、眠りに落ちていった。